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2025年4月

2025/04/15

死を考える教え、仏教

息子の調子が、少し復活してきました。

今まではすごく調子が悪かったのですが、ようやく、今頃、少しバイタル安定してきました。

無呼吸もおさまってきました。

酸素濃度が88%くらいまで下がると、息をし始めるようになりました。

やれやれです。

 

生と死の狭間で、揺れ動きますね。

息子の右眼も見えなくなってから、生きようという意欲(アーユ・サンカーラ)が乏しくなったように感じます。

 ***

「どのように見る者が、どのような戒を持つものが『寂滅している』と言われるのですか」と聞かれて、ブッダは『スッタニパータ』849でこう答えます。

「(身体が)壊れる前に渇愛を離れている人です」

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ふうん、なるほどお。

生をみつめ死を見つめる仏教は、人間にとって無くてはならない考え方です。

仏教を学べて善かったよ。

 

死について考えることの出来る宗教って、あまり無いと思うんだよ。

死をテーマにしうる教えは、仏教だけかもしれない。

 

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