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2021年4月

2021/04/08

4月8日 順調だ!

毎日日記を書いているような気がしています。

が、実際は、一週間に一度。。でも、すごい!

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家族がお花をもらってきたので、ぱちり。

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オダマキが朝露をもらってきたので、ぱちり。

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電車が煙突をじっと見たので、ぱちり。

1年ぶりの苫小牧。なつかしい。

苫小牧駅のトイレが綺麗に改装されてた!

すごーい。

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大学の上にひろがる青空は、いつも美しい。

風景も美しい。

いつも飛んでる白と黒のセキレイ(?)みたいな鳥がいないな。

変わらないようで、変わる日常。

バスが空いてる。三密はない。

 

    ◇◆◇

 

ちょっと前に見つけた。これは、なあに。

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もしかすると、カタクリ! パチリ!

 

4月に入って、また今学期も始まりますね。

また、半年、どうなっていくのかな。

 

ちょっと「ジャータカ」にも眼を向けたい。

智慧を開発する1年にしたいけど。。無理かな。

 

 

 

 

 

 

 

 

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2021/04/03

4月3日だ!新学期が始まるぞ!っと

クロッカスは、一昨日が一つ咲き、昨日は二つ咲いた。

本日のクロッカスです。三つ咲いてるかな、と思ったら、

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一気に出てきました。まだ朝早いので花も眠ってる。

 

    ◆◇◇◆

 

また新学期が始まって、あわただしくなってきます。

今年は、個人的に勉強しようと思って、龍樹に取り組みはじめたら、

講義の準備が間に合わない。

去年は、オンライン授業でたいへんだった。

今年は、対面授業(ふつうの授業のことね)も加わるけど、

状況を見ながらだろう。

このありさまでは、まだまだ、ふつうの授業は無理かもしれない、って思う。

 

オンラインによって、学ぶスタイルが変わりましたね。

だけど、本当は何も変わっていない。

ブッダの頃から、学習の仕方は何も変わらない。

学習のやり方を学びたいなら、仏典を読むとよい。

『スッタニパータ』「船経」がよい。

わたしは、これで勉強の仕方を学んだ。短いからあげてみよう。


316 人が、誰かから法を聞いて知るならば、神がインドラ神を敬うように、その人を敬うべきである。
博学(多聞)のその人は、敬われると、きよらかな心をもって法を顕わにする。

317 かしこい者が、注意深く、これを(自分の)目的となして、法にしたがって法を実践していきながら、このような人に親しんで怠ることがないならば、智慧のある、分別のある、卓越した者となる。

318 小心者で愚かな者、さらには意義の理解に至らぬ者で、妬む者につかえるならば、実にこの世においては法を明らかにすることなく、疑いを超えることなく死に至る。

319 例えば、人が、満々と水をたたえた激しい流れの河に入って、水に運ばれ、流れにそってただ行くだけならば、どうして、その人が他を渡らせることができるだろうか。

320 同じように、法を明らかにすることなく、博学(多聞)の人々の説いている意味に耳を傾けることなく、みずからも識ることなく、疑いを超え出ることがないならば、どうして、その人が他を確信させることができるだろうか。

321 たとえば、頑丈な船に乗って、(その船が)櫂と舵をそなえていて、その人が(操船の)やり方を知る熟達した思慮深い者であるならば、その場合、それでもって多くの他の人々を渡すだろう。

322 同じように、ヴェーダに通じ(=明らかな知恵があり)、みずから修習する者であれば、悟りを得つつ、(話しに)耳を傾ける、喩えをもつ他の人々を確信させるだろう。

323 それ故に、智慧のある、博識(多聞)の者で、善き人に親しみなさい。ものごとを知って、実践していくならば、法を識ったものとなって、安楽に到達するだろう。

 

どんな場合でも、これは役に立つアドバイスだと思う。

ブッダは、菩薩時代ず~~っとこういう風に学んできた。

だから、ブッダになれたのだ。これは論理学の勉強の仕方だ。

法に従って法を実践するところ、これは習ったことを応用するやり方だね。

ほんとうに、賢い人は、みなこうしている。

他人の話を聞かずに自分の考えにしがみつくと学ぶことができない。

賢い人ほど謙虚なのです。

謙虚だから賢くなるし、賢いから謙虚でもある。

 

仏教では「おごりをはらいなさい」とか「高慢であってはいけない」とか言うけど、

それは学習効果を阻害するからでもある。

 

ブッダは、いつも正しいことを正しく伝えてくれる。

わたしたちの常識に乖離した話をしないのです。

 

学ぶコツは、これしかないと思う。

謙虚であること、ただ一つだけ。

 

龍樹を見ても、ブッダを見ても、だれを見ても、

本当に謙虚だ。。それが分かると真似ができるのかもしれないな。

 

だれでも賢くなる方法を、みんなに伝授っ!!

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少し伸びた? 緑が濃くなったかな?

 

 

 

 

 

 

 

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2021/04/02

4月2日の日記 今日も晴れ

昨日一輪クロッカスが咲きました。

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今日はその横にもう一輪クロッカスが咲きました。

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暖かい陽気に誘われ、チューリップもぐんぐん育ってきている。

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スノードロップも少しずつ大きくなっている。。かな?

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ボタンも、新芽が出ている。

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4月に入ったばかりなのに、春すぎる展開。

 

   ◇◇◇

 

昨日は、『中論頌』第6章に、ようやく決着をつけました。

何か、すがすがしいです。

龍樹がここまでブッダの教えに深く入っているとは!

 

感動のあまり、日記に書こうと思ったけど、

「混み合ってます」の表示が出て、ブログにいけなかったのです。

 

第6章というのは、10偈しかない短い章です。

そんなに難しいとも思えないかもしれません。

龍樹を読んだ人なら、「いかにも龍樹パターン」だ、って思うでしょう。

 

もう、似たような、ことばをもてあそぶような展開で、

だいたい龍樹でなかったら、だれがこんなもんを珍重するのか、って

感じが、正直なところだろうと思います。

 

正直なところ、わたしもちょっとそんな気がしました。

 

でも、わたしは、龍樹をやって長いのです。。

嫌というほど、痛い眼を見ているのです。

こういう場所ほど、危ない、って知ってるのだ。

 

    ◇◇◇

 

やっぱりね。いました! 龍が!

大龍(=ブッダ)がいた!

ブッダが奥底に隠れていて、

龍樹に教えをしっかりと伝授していました。

よくまあ、これほどのものを受け取ったなあ、って感じですが、

それでも、わたしの分かったことは、ほんの序の口。。

 

壮大だなあ、雄大だなあ、

 

『付法蔵因縁伝』の中で、龍樹は門番の神に

「おまえは如来に比べたら、月や太陽の光と蛍の光を比べるようなものだ」

などといわれている。

蛍の光でも、光ってることは大事だよ。

もし、龍樹がでなかったら、大乗はない。

つまらない出来損ないの教えばかりになってしまう。

 

おそらく、龍樹は、自分で蛍を選択したのだろう。

ブッダの光に導く道しるべになったのだろう。

確実に、ブッダに通ずる蛍の光は、仏道を照らしている。

 

ついたり消えたりする蛍の光は、わたしたちの煩悩がそうしている。

時々光って明るく照らす、気を緩めると闇が覆う。

本当は、月や太陽の光に等しい光をもちながら、

あえて、蛍の光を、選んだ龍樹

 

いいなあ、消えるものはほんとにいい。。

 

 

 

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