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2014年8月

2014/08/31

障子の張り替えしました。

障子を張り替えました。
ネコに爪を立てられて、破れたままのみすぼらしい障子だったのだ。

勇気を出して張り替えよう、
えいっ! 桟だけになっちゃった。
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できるんでしょうか。このわたしに。
ドキドキ!
などと、言っていたら

ああ、現れたなぁ、お邪魔ネコ、サム!
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じゃ、邪魔っ! 必死なんだから、来ないで。

あ、す、座るんじゃない、
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遊ばない、って、いってるでしょ。

ふーーー、汗かきました。

しか~し、見よ。
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うーん、たるんでるけど、
破れてるよりは、ましかも。


それにしても、むずかしいもんですね。

ノリを薄く塗らないと、べたべたして、
へたをすると、障子紙が汚れてしまうし、

ピタッと貼ろうと思うと、一気に紙を広げて
一度で貼らなくちゃならない。

どうやったら、ピンと貼れるの?
わからん。

余ったところは、カッターで切り取るのも
神経を使います。

昔の人は、器用だったんですね。

ああ、疲れました。

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こっちも、少々たるんでます。

試行錯誤で、何とか4枚張り替えました。

10枚くらい張り替えると、ちょっとうまくなるかもね。

それにしても、
集中力と神経の使う仕事ですね。


大胆で繊細というのが、必要なところかな。

障子張りには、 禅定が いる!
うん、悟ったかも。。

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2014/08/22

唄うヨーガ・スートラ

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狛犬ならぬ、コマ猫ふう。サムですっ!

眼が、らんらん というより なみだ眼で
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顔がよごれめ。。


        ◇◇◇


さて、日記は毎日書くもの、と決まっているけど。。。

父は、ずっと欠かさず日記をつけていました。

その父が亡くなったとき、
まだ、使用していない3年日記の日記帳を見つけました。

それじゃ、わたしが、つけてみるかな、って思ったのです。

で、

今年で3年目。。。

すでに、もう空白だらけ。
わたしは、どういう人生を歩んできたんだろう
結局、何もやって来なかった、ということか。

ほんとに、どうして、こうなんでしょうか。

日記をつけようと思うときは、暇なときです。
でも、
いざ、日記にかけるようなことが起こっている時は、忙しいのです。

忙しいときには、日記はつけられない。
暇なときには、日記に書くことがない。

こういうわけで、いつも空白なんだわね。

なっとく、なっとく


        ◇◇◇


して、どうする?


少し意味のあることを書こう。


わたしは、今まで、仏教の経典は「読むもの」だと思っていました。

それが、このようにインターネットがさかんになってみると、
いろんなところで、経典が、歌われているのに、びっくりしたのです。

しかも、パーリ語そのままで。

たとえば、帰依文が歌われています。

https://www.youtube.com/watch?v=dCkULxhldtU

経典のことばが、さまざまに歌われていて、
人々はそれを聞いたり、歌ったりしています。

お坊さんが唱える経典も、パーリ語で唱えるものは、
歌のように聞こえます。

考えてみれば

上座部(テーラワーダ)仏教を信仰している人には、
唱えることは、経典を自分の身につけることになりますから、
当然のことでしょう。

唄うこともなく
「読むもの」と思ってるわたしの方が、
不純な行為かもしれない。。。

と思ったりしていたのです。


         ◇◇◇


そんなことを考えていたら、こんな本に出合いました。

Prashant Iyengar, Lyricised Yoga Sutras, Pune, 2005

プラッシャント アイアンガー氏の、『唄うヨーガ・スートラ』(仮題)

という小さい本です。

小さすぎて、アマゾンにも載っていないみたいです。
では、写真でご紹介。
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横の本は、3年日記です。

では、なかも見てみましょう。
第一章の「サマーディ・パダ」から
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第一章は、じつは、紙がピンク!
写真じゃ、濃いピンクが、薄くなって、わからないですね。

このように
サンスクリット語のヨーガスートラと英訳があります。

そして、

CDがついていて、
その中で、唄っているのです、ヨーガ・スートラを。

唄う  ということは
それを 信じている ということです

と、こういうことが、歌を聴いていると
じっくりとわかってきました。

「歌う」ということは、直接、心に働きかける行為だから。


CDの声を、ここに載せることはできないので、
youtubeで、探したものを、ここに載せてみます。

こちらは、女性だけど、プラッシャントさんのは、男性の声です。

https://www.youtube.com/watch?v=fuIuq2tWdWc

『ヨーガ・スートラ』の第一章「サマーディ・パダ」を唄ってます。

こんな感じですが、

ついているCDの分には、男性の朗誦のあとに、
みなが声を合わせて唱える部分も入っていて、
いかにも、ヨーガを学習している雰囲気があります。

そして、

youtubeよりもっと唄っています。
信じて実践している人の声で、唄っています。
歌手が歌うのではなく、ヨーギンが唄っているのです。


そして


Lyricised Yoga Sutras の英訳も、
詩のように訳されています。
写真でも、少しわかるかな。。。

洗練された詩のような短い訳語のなかに、
スートラの哲学が、確実にひそんでいるのが、わかります。


『ヨーガ・スートラ』をこんな風に解釈するなんて、
夢にも思いませんでした。


なかなかの実力の人だと思います。

リリカルに流れているのではなく
リリカルを哲学に組み入れている繊細な人だと、わかります。


プラッシャント・アイアンガー氏は、世界的に有名なヨーガの師
B.K.S,アイアンガー氏の息子さんだそうです。


          ◇◇◇


このように、ヨーガは、現代インドに確実に生きています。


この『ヨーガ・スートラ』というのは、
インドの非仏教思想界においては、

聖典 なのです。

ヨーガの世界では、
これ以上のものはないと思われている 
聖典
なのです。


そのことが実感されてきます。


そして、わたしが、これを読んでいるのは、

三つの事情があります。


一つ。 仏教の影響を、特に、唯識の影響を
     強く受けていること。

一つ。 岡潔の思想と似ているサーンキヤ思想によること。

一つ。 現代におけるヨーガ思想の広がりを探りたいこと。


現代では、ファッションのように、ヨーガが広がって、
誰でも、健康や美容に気を使う人は、普通に行うようになりました。

しかし、

インドが生んだ偉大な「人間探究の道」であるヨーガは、
それらの流行とは別に、
インドに、また、世界に、根づいて
過去の聖仙たちが伝えるものを
現代にも生かしながら実践しようとしているのです。

「今」

ヨーガは、どのようにとらえられているのか

これも、わたしが知りたいことのなかにあります。

現代ヨーガ事情
瞑想の「今(現代)」を、斬ってみたい

過去のヨーギンたちと同じく
現代のヨーギンたちが求めるものを
探ってみたい

という思いもあります。

その意味では、
現代の瞑想事情も合わせてキャッチしていこうと
思っているところ。


答案つけて、ちょっと夏休みになった感じです。
でも、まだ、350枚の難関が残ってるけど、
それまで、しばし、ヨーガに逃げて、休息しよう。。


あ、ここにも、休息中が!
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なんか用ぅ? ダンだっ。


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2014/08/10

暦の上とは、北海道の上で、ということなんだな

立秋を過ぎたら、北海道はとつぜん涼しくなりました。
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暦どおりに、秋っぽいです。
でも、この写真は、ちょっと前に撮ったものです。

それに、あっという間にもう10日。
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この時の速さは、何だろう。

竜宮城に行った浦島太郎並みのスピードで、時が過ぎますね。

しかし、新しく出る本の方は、しばらく時間がかかりそうです。
まだ、数ヶ月先のようです。


なんとなく、物事には、 時機 というのがありますね。

この本は、「空」ということに焦点をあてているのだけど、
『サンガジャパン』の寄稿文を集めたものなので、
話題がばらばらで、
何か、自分としては、
しぼりきれないような、消化不良のような感じがしていました。

その感じが、ようやく抜けてきているので、
だんだん、本として形になってきている、ということかもしれません。

実際には、出版社の事情で遅れているようなのですが、
でも、なんだか、わたしの気持ちと合っているので、
わたしの気持ちの状態が、出版社に影響をおよぼしているのかも。

テレパシーで、出版って決まるのかな。。

また、読者のみなさんの気持ちが、「読もう」という風に
向かってくれないと、本というのは出ないものだから、
そういう意味でも、熟すのを待っているのかもしれないですね。

どう思う、龍樹くん? 


        ◇◇◇


さて、「龍樹」の名前が出てきたところで
龍樹の話題をさりげなく。

『スッタニパータ』を地道に読んでいると、
これは、龍樹が、熟読した経典だということがわかります。

これだったのか!

という感じが、どんどんしてくるので、
もっとよく読まなくちゃ、ならんのです。


スッタ(短い文章)にこめられた法のエッセンスを、
吸い尽くした感のある龍樹の論。

経典の一語に、無数の意味を見出す龍樹。

ブッダの法を、生かし切る術を心得ている龍樹。

論理だけではない、そして、もちろん倫理だけでもない、
インドラ網の目のようにめぐらされた縁起の鈴を
全部知ってる龍樹。

ブッダのように
龍樹もまた、知れば知るほど、深くて底がない。


くめども尽きぬ泉のような智慧がある。。

これかな、「言語で言い表せないもの」って。


言語で表された経典の中から
言語で表されないものを

導き出すのが、仏教のわざ。。。

それは、たとえば、規則だっているけど、乱雑にも動く
こんな形や
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こんな形に表れている。
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何言ってんだかね。
だいじょぶかしら、管理人の頭って。。


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2014/08/02

あち゛ぃ!

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お暑うございます。
お久しぶりです。 ダン だす。 あぢぃぃぃ~。

30度を完全に超えてる暑さの中、陽ざしの照りつける窓際で、
しかも、ホットな新聞紙の布団の上。
しかも、毛皮まで着て!

焼けちゃうぞ!

サムは、どうしたのか、って?

サムは、暑さを避けて、どこかに行っちゃいました。
北側の部屋の窓のところとか、冷たい床とかで
寝そべってるはず。

ちょっと、探してきます。。

あ、ここにいた、東の窓で優雅にごろり
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涼しいところを探せるのが、えらいぞ。

どうせ、暑いんですから、
あっつい常夏の果物でも
召し上がれ。
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三宅島からの贈り物です。
パッションフルーツというのです。

はじめまして。

管理人は、実は、生まれて初めて見ました。
とても良い香りです。

パッションフルーツのガムを食べたことがあったけど、
あれと同じ香です。

むぅ。。この説明、何か、悲しいですね。

松茸って、松茸のお吸い物と同じ香りですね、

ってのと、同じパターンですもんね。

味は、とてもトロピカルです。
ちょっと酸っぱくて、さわやかに甘くて、
だけど濃厚な雰囲気のする芳醇な果物。

とても魅力的な果物
貴婦人の味。。。  不思議なおいしさです。


       ◇◇◇

ようやく、補講も含めて、講義が全部終わりました。

あとは、段ボールいっぱいの採点がある だけ になった。


他の講師の先生に聞いてみても
同じ答えが返ってきます。


ほんと、数百枚、採点したら、夏休みなんてないですよね


やっぱり、そうか!

いっそうめげたので、
涼しい風景でも見ます。
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これから
『春雨の曲』に逃避しよう、っと。

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