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2014/04/02

『百論』と『大智度論』の関係 でけた!論文!わい!

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とうとう四月になってしまって、
どうしましょう、という感じです。

あ、


っと、思ったら、もう四月。
でも、気分は、ようやくお正月を終えたような気分でいます。

なぜなら、お供えもちの片割れが、戸棚にずっと残っていて
早く食べようと思いながら、
気づくと、四月。。。

ようやく、お汁粉に入れて食べました。

カビも生えずに、えらい。
でも、ゴムのようなおもちだったっす。

ゴムにはカビは生えないですよね。

       ◇◇◇


とうとう、『大智度論』の二つ目の論文を仕上げました。
「『百論』と『大智度論』との関係」という題名です。

http://homepage1.nifty.com/manikana/prajna/prajna2.pdf

三月末日をめざしていましたが、四月にずれ込んでしまいました。

加藤純章先生が、提示していた

『百論』と『大智度論』の関係を

洗い直してみましたよ。


うーん、いろいろ、調べると分かることもありますね。


『百論』には、だいぶ、鳩摩羅什の手が入っていることが、
僧肇の序などから分かってきました。
経録なども、丁寧に読んでみなくちゃ、あかんですね。


それにしても、『大智度論』が、龍樹ではない、とする説が、
ずいぶんと多いようですが、

多いようなわりには、
きちんと、研究して、はっきり述べている人は、
少なく

いわば定説化したような雰囲気の中で、

なんとなく、龍樹じゃないらしい、って感じで

ちまたに出回ってしまっているようだと、にらんでいます。


『大智度論』は、さらっと、
読みやすくできているようなところがありますが、

一つ一つ味わって、考えながら、読むべきだっ!!!

と、今回、しみじみ思いました。

提婆の、『四百論』『百論』『廣百論』を、
拾い読みしたり、斜め読みしたり、
サンスクリットを読んだり、チベット訳をにらんだり、
漢訳に頭から突っ込んだりして

思ったこと。


提婆を、しっかり読みたいなら、やはり、
サーンキヤ、ヴァイシェーシカ、ニヤーヤなども
ちゃんと当たっておかないといけないなあ。。


★鳩摩羅什が、提婆や龍樹をどの程度つかんでいたのか、
少し、疑いながらも、
興味深く思っているところです。

鳩摩羅什については、わたしは、そんなに評価が高くないのだけど、
でも、
中国の文化との間で、仏教の真髄を伝えようと、
彼なりにがんばったと思って、ちょっと気の毒な気もしてくるのです。


★提婆は、やはり優れた人のような気がします。
もう少し、せまってみたいけど、
資料などが少ないのが、残念です。

とりとめなく、思ったことを書いてみました。


三論宗という、宗派の気分が、ちょっと分かったような気がします。


しかし


『方便心論』が、眼に見えない形で、
中観派の文献や龍樹著作の中に
いかにしみていっているかを、

あらためて思っています。


龍樹の時代は、インドの中で

あらゆる思想や文化が、行き交って
交流していた時代なんですね。

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そうだ!うちの庭の隅っこに、
とうとう出てきました。ふきのとう。

ようやく春です。
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