« 時代は変わったんです | トップページ | 「ある」は、執着のあかし。。ああ無常 »

2014/04/29

百花繚乱の風情

昨日は、まだ咲いていなかった桜に梅
たった一日で、見事に咲きました。
Dsc00621s_5
まずは紅梅です。

そばには白木蓮が!
Dsc00626s

Dsc00628s

北大構内で、おそらく一番早く咲く桜じゃないかと思います。
Dsc00632s
どうして、ここだけ早いのか。。不思議。

他は、まだつぼみにもなっていないくらいなのにね。
Dsc00635s

急に暖かくなったので、緑もない枯れ木や枯れ草のところに、
一斉に花々が咲き始めました。

ほんとに、一気に春がきて、あっという間にとおりすぎます。


人生も、こんなでしょうか。。。はやすぎますよね。
もう、今年も3分の1が終わったんですね。

ほんと、はやっ。

死ぬまでになすべきことをなし終えられるだろうか。

人間って、学ぶものはたくさんあるのに、
ほとんど学ばずに死んじゃうんだなあ、って

しみじみしました。

せめて、何か一つでもちゃんと知ってから死にたい。
高望みかもしれませんが。


          ◇◇◇

この前、急に、すごく小さいころのことを思い出しました。
1-2歳くらいの記憶ですが、

そのころの自分を考えると

たしかに、今よりずっと賢く、
人間の出来がよかったような気がします。

善悪もわきまえていて
何でも知っていたような気がするのだけど

どんどん年をとるにしたがって
頭も心も悪くなって、今日に至る。。。。。


なぜでしょうね。
どうして、人間って、
悪くなるのは簡単なのに
良くなるのはむずかしいんだろね。

わたしだけかな?


|

« 時代は変わったんです | トップページ | 「ある」は、執着のあかし。。ああ無常 »

コメント

> どんどん年をとるにしたがって
  頭も心も悪くなって、今日に至る。。。。。

年を“経る”と、悪くなってきているという商量を “積み重ねている” (無明)


もう一つの見方
悪くなっているという、根拠を得てきている (正理を知ってくる)

> なぜでしょうね。

何故か (は) 分かるけど、
何故か  は   言わない 
( 言っても聞く気がない人には、言うと言わぬとは 反対の意味となる )

聞いても分かりたくない人は、この言葉を聞いても、
深く自省の念を起こすことはない

> どうして、人間って、
   悪くなるのは簡単なのに
   良くなるのはむずかしいんだろね。
   わたしだけかな?            <

Su. 762
他の人々が「安楽」であると称するものを、諸々の聖者は「苦しみ」であると言う。他の人々が「苦しみ」であると称するものを、諸々の聖者は「安楽」であると知る。解し難き真理を見よ。無知なる人々はここに迷っている。

他の人々  と 言うには、言う人がいる
その人は、人間には 入るかな ?  ( ひとの生を受くるは難し )

(他の)人々が「悪」であると称するものを、諸々の聖者は「正理」であると言う。

(他の)人々が「良」であると称するものを、諸々の聖者は「悪」であると知る。

人々という限りには、人は ひとり では 存在しない
あなただけではないから、人々と称する

良くあることも、 “悪くある” ことも 等しく簡単なことです
簡単だから、誰でも出来る
誰でも選んで、自分の道とする

Su.884
真実は一つであって、第二のものは存在しない。その(真理)を知った人は、争うことがない。かれらはめいめい異なった真理をほめたたえあっている。それ故にもろもろの<道の人>は同一の事を語らないのである。

この いいかげんな 訳  から、一つの真理  と  同一のことではないこととの
関連が分かるかな ?

Su. 842
『等しい』とか『すぐれている』とか、あるいは『劣っている』とか考える人、──かれらはその思いによって論争するであろう。しかしそれらの三種に関して動揺しない人、──かれには『等しい』とか、『すぐれている』とか、(あるいは『劣っている』とか)いう思いは存在しない

(他の人々の)商量はここに起きている

ブッダには 物差しが存在しない
ただ、菩薩 だけが、 「願」 をもつから、方向に沿った、 “ 量 ” を起こす

投稿:  春間 則廣  | 2014/05/01 08:44

> そうかも。

違うかも と 同値

> 「悪人は善をなし難い」と、『ダンマパダ』にもありました。

仏法を知るものは、
自らの言葉で語る

自らの言葉で聞き、
自らに 人生に 生きる

だれが 「悪人」 かは
親鸞に聞きなさい

悪を知る者だけに、善が起きる

善人は、悪を為さな

   

投稿:  春間 則廣  | 2014/04/30 09:17

春間さま

>やめるとよくなることをやめるのは、やめがたい

まったく、そうかも。

「悪人は善をなし難い」と、『ダンマパダ』にもありました。

投稿: 管理人エム | 2014/04/30 07:28

前世は一在家さま

>幼子は前世を覚えているとも時々伺います。

たしかに、前世があるなら、小さいうちは現世がまだないので、身についていることは前世から来たものですよね。

前世が身近にある、という感じがしているのでしょうか。

その記憶のことを、現代人は「遺伝子」と呼んでいるのかもしれませんね。

今生では、仏法に出会えてラッキーだったので、これが遺伝子にすり込まれてほしいです。

投稿: 管理人エム | 2014/04/30 07:24

やめるとよくなることをやめるのは、やめがたい
続けるとよくなることを続けるのは、やさしいことです

続けると悪くなることなどありませんが、
悪いことは、そこにあります

なにが悪いかは、
やめることができないことが、それにあたる

何を 悪いことと あてているかは、
続けることを見る 立場 を 得れば分かる

よいことは、悪いことを止めると現われい出る

なにが悪いことか 、、、、、
頭を冷やしなさい

投稿:  春間 則廣  | 2014/04/29 21:57

ミチ先生、こん**は。

>1-2歳くらいの記憶ですが、そのころの自分を考えると
>たしかに、今よりずっと賢く、人間の出来がよかったような気がします。

幼子は前世を覚えているとも時々伺います。
単純に前世も賢く人間の出来もよかったということでしょう。

ただ、そのままでは現世の修行にはなりませんので、すっかり忘れてしまうようですが。
まあ、これも輪廻の法ですので、そういうもののようです。

投稿: 前世は一在家 | 2014/04/29 21:05

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 百花繚乱の風情:

« 時代は変わったんです | トップページ | 「ある」は、執着のあかし。。ああ無常 »