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2013年4月

2013/04/25

「如来の十号」の原稿について

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ふう。。おはよ!

昨日は、二つの大学で三つの講義でした。
やっぱ、きつーー!

図書館に寄ったため、時間を見失い、
次の学校に間に合わないかと、ちょー焦ってしまいました。

自分の勘違いで、1時間、時間が遅れていると早合点。

焦りまくりながら
でも、実質は余裕でがっこに到着。。ふう、セーフ。
無事に講義にこぎ着けて、よかったっ!

しかし、
無駄に焦って
無駄にほっとしましたわ。

花壇のパンジーは、植えたてのホヤホヤです。
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撮るのがむずかしいなあ、こっち向いてほしいわ。


さてさて、がんばりますわの管理人です。

先日、といっても、3月15日ですが、
札幌でお話した在家仏教講演会のお話しが、
さっそく、月刊誌『在家仏教』に載せてもらえることになりました。

ありがたや!

実は、講演のあと、ご質問やご要望があって、

「聞いたその時は、よくわからないけど、
『雑誌』の載ったものを読みますと、
とてもよくわかりますので、載せてください」

と、おっしゃった方がいたのです。

そのようなご要望を受けてのことかもしれません。

関係者の方のご配慮で、
その時お話した「如来の十号」は、
とても早く載せていただけることになりました。

ホントに、感謝です。
で、
原稿をまとめて、さっそくお送りしました。

編集者の方が、それをご覧になって、
「とても面白いですね」
と、書いてくださったので!

        ◇◇◇

宣伝です!!

「如来の十号」

面白いです。

        ◇◇◇


まあ、これだけじゃわからないので、
少しお話ししますね。

如来の十号とは、お釈迦さまを称える十のことばです。

で、わたしのやった研究(?)は、
この十号の調査・検討なのです。


        ***+++***


自分でも、何だか、笑いながらやってたような気がします。

十号のそれぞれに、似たものどおしの特徴を見つけて、
分類して、それを検討するというものです。

どう考えても、小学生の夏休みの自由研究みたいですね。

発想が小学生だし。。。

名前の似たものどおしを集めて分類するという。。。

笑われちゃうかも。。。


って、思いながらやってたのですが!

いや~~~~!さすが、お釈迦さまぁ~
アホな小学生のわたしをお救いくださいました

という、

ちょっと、びっくりの結論に到達して、
いやはや、いろいろ感動したのでした。

それに、大発見もあったのよ!
龍樹がいた!
龍樹の『方便心論』に説かれている語法を
経典の中に見つけました。


          ***+++***


何のお話しだかわからないとは思います。
だけど、ここに書いちゃうと、ネタバレになるし。。

『在家仏教』に掲載されたら、読んでみてね!


仏教のお話しの中では、
珍しいタイプの読み物だと思います。。。


あ、編集者の方が「とても面白いですね」と言ったのは、
もしかして。。変わってますね、って意味だったのかな?

はは、、まぁ、まぁ、いいじゃないですか、ねっ!
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ん?笑ってごまかしちゃあかんよ。 by サムどん
ん~、いいんじゃない、どうでも   by ダンきち

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2013/04/22

お天気の良い日は、ノーテンキ

今日は、北大の構内を歩いても
キツネには出会えませんでした。
代わりに、こんな青空を!
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雪は残っているけど、ずいぶん暖かくなりました。
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最高気温13℃です。暖かくてええね。

ところで、庭の雪が解けたら、
何だかお芋のようなものが下から出てきました。
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何だろう。。何を植えていたっけな?
あ、わかった。ビーツだ。
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切ってみると、きれいな赤い色。
食べれるのかしらね。

切っただけで、そのまま台所においてありますが。。どうするの?

そんなことより、花の写真でも見よう。

今年はじめて見た花は、クロッカス。
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よその庭には、きれいな花がたくさんですね。
いいなあ。
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うちの庭は。。。荒れ地。
写真を載せようと思ったけど、あんまりひどいので、カ~ット!

もっと、学術的で、むずかしい、
みんながちょー感心するような話しを書きたいけど、
今日は、もう、なんにもでてきまへん。

天気の良い日は、ノーテンキなわたし。

うむぅ~。。天気の悪い日もかもかも。


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2013/04/18

春のときめき。。ってほどでもないけど

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遅い春です。
ようやく雪が溶けて、ふきのとうが顔を出しました。

さっそく、もう、ボロボロの管理人です。
学校が始まったばかりで、
身体が慣れないせいか
はたまた
たんに過重な労働のためなのか

疲れはてています。

なのに、授業が始まると
しゃきーーーーん、となるのが、不思議。

でも、終わると、とたんに、どっとよれよれです。

講義を三つやって、本気でよれよれしながら、

もう、わたしも、ダメかもしれない。。。

と、思ったとき!
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こんな写真が、撮れました。

おお、おお、何か、げーじゅっつっぽいぃーー!

なんか、元気になるわ。。すごっ!

何を撮ったのでしょう?

帰りに寄ったスーパーで、
買い物かごを取ったら、

手に持っていた携帯が、勝手に開いて
ぱちって、みずから写真を撮りました。

おお、床が、何かカゴと重なって、おもしろい。。

うーーん、すばらしい。
晩ご飯は、考えなくても、放り込めば出来上がる鍋です。
こちらも、すばらしい。

さて、よれよれしているわりには、

あっちこっち、このように引っかかる管理人です。
ダメなヤツほど、引っかかります。

で、もう一つ、引っかかったものが。。

北海道大学のキャンパスを歩いて仕事に向かう途中、
二日続けてキツネをみました。

携帯で取ろうと思ったけど、遠すぎてうまくいかない。
すっと逃げてしまうし。。
ようやく、とって見たけれど
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こんなです。
なんだか、わかんないよね。


でも、二日目に出会ったときは、建物の壁にそって

キツネは歩いてました。

よし!こちらに向かってくるから、今度こそ!

って、思ったら

あららん、あなだー
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まるい穴の中に、すすっと入っていって
見えなくなってしまいました。

ここに住んでるようですね。
いいおうちを見つけたね!

よれよれしてても、春はくるんだなぁ~。。にゃんこ!
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そうだなあ、にゃんこ。。ほんと、よれてるよ、管理人  by サム丼

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2013/04/11

佛さんだわいのう 妙好人因幡の源左

柳宗悦・衣笠一省編『妙好人 因幡の源左』
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無弟 長谷川富三郎 『妙好人因幡の源左語録版画集』
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こんな本が、見つかりました。

『サンガジャパン』Vol.13の中で
藤本晃先生が、取りあげていた 因幡の源左と言われる人です。

妙好人 というのは、

浄土宗、中でも、浄土真宗の 在家の篤信家をさしていうことばです。

源左は、こんな人です。米寿のときの写真です。
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『妙好人因幡の源左語録版画集』の中にいる源左は、
同じ表情で、座っています。
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そっくりだわいのう。


ほんとに、源左は、佛さんだわいのう。

少し、話をあげてみるけ、味わってごしなはい。


一三三 返事
源左はあちこちからよく招かれたが、返事を出したことがなかったので、
先方では源左さんの様子を心配した。突然たづねた源左、
「返事は宛てになりませんでなあ、おらが體が返事でござんすけえなあ」。

一三九 牛(三)
田を鋤かん仔牛は源左によく頼んで来た。
源左は仔牛のするが儘にして置いた。
別段歩かせようともせず、他所見すれば、したままに、
草を喰いたがれば、喰わせるまゝにしておいた。
そうしてから後でこう云った、「デンよ、まあ歩かいや、
人さんが横着者だつて笑はれるけれなあ。」
仔牛はこつとりこつとり歩き出して鋤き始めた。

一八二 答
源左、「語法話に来いつて招待があつで、ついて行くだが、
人様から色々のお尋ねが出ると、するすると答へさして
貰ふだがやあ、何も知らんおらが云へるなあ、全く親さまの
御恩だで、有難いむんだいのう。
我が言ひながら我が聞いて我が喜ぶ。
我といふことはないだでのう」。

二〇二 鰯
或時村の青年會の會食の用意をするのに、源左同行は
鰯の料理を引受けた。一人の男が「お爺さん、そりや頭を取つた方が
えゝで」、源左「あゝよしよし」。
又他の男が「お爺さん、頭は取らん方がえゝで」。源左「あゝよしよし」。
漸く出来上つて皆が膳についてみると、皿の上に
頭の有るのと無いのとが載せてあつた。

二一七 人を大事に
源左、「わが身が大事なら、人さんを大事にせえよ」。

二五四 おらあがやな者
源左、「おらがやあなむんを佛にしてやるつて呼んで下さる
如来さまだけに、参らして貰ひますだいな」。

二六三
源左、「おらにや苦があつて苦がないだけのう」。

二六五 仕合
「この源左は一(いつち)番悪いで、仕合せだがやあ」。


信心が厚いと、ことばが、佛さんだけえのう。


源左は、そのまんま、佛さん。


何か、ええのう。。


 

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2013/04/09

人生は何もないけど

毎日が、あっという間ですね。

なんて陳腐な文でしょうか。

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子供のころに、こんな夕日を見たら、
ずっと見続けていたかもしれないけど、
今では、写真を撮ったら
「ほら、さっさと行かないと」
って、思ってしまう。

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子供のころ、白樺の並木にきたら、
周りをめぐって、木の芽や草の芽を探したのに
今では、写真を撮ったら
「うろうろすると怪しまれるかな」
って、思ってしまう。

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子供のころ、膝の上にネコが乗ったら
大喜びで、遊んだのに
今では、写真撮ったら
「もういいよ、降りても」
って、思ってしまう。

ほんと、つまんない人生かもしれないな。。

って、思って

子供のころと

同じようにしてみたら


きっと

生きては

いけない

だろ

な?

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2013/04/01

四つの悉檀(シッダーンタ) =話し方のいろいろ=(訂正しました)

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4月に入りました。
なのに、この雪は、 なんだっ!
窓をふさいでいます。

きっと、エイプリールフールだ。。

明日になったら、
冗談だよと、空が笑ってくれないかな。
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4月の終わりころには、全部、融けてほしいわ。

     ◇◇◇

さて、さて、リクエストを頂戴しましたので、

『大智度論』の最初に説かれる

四つの悉檀 について お話ししますね。


といって、はじめたのはいいのですが、ミスをして、
みなさまにご迷惑をおかけしてしまいました。

間違って、各各為人悉檀と對治悉檀を入れ替えてしまいました。

再度、挑戦して、訂正いたします。


申し訳ありません。
以下に、あらためて改良版を書きますので
ご覧ください。

何かありましたら、教えてくださいね。 

========================
コメントでもお話ししましたが、

四悉檀は、龍樹せんせが、論法を編み出したとき、
明らかになった
ブッダの「話し方」の極意のようなものです。


『方便心論』という本の中にある、「執の四種類」というのと
同じものです。(1・3・2)

でも、説明の仕方が、それぞれ本によりちがっているので、
あわせてみると、よくわかりますよ。


お釈迦さまの語り方には、全部で四つの種類があります。
『大智度論』から

1.世界悉檀 (せかいしっだん)
2.各各爲人悉檀 (かくかくいにんしっだん)
3.對治悉檀 (たいちしっだん)
4.第一義悉檀 (だいいちぎしっだん)

必ず、これのどれかによって、お話しするのがお釈迦さまです。
なぜ、四種類で全部かって?

それはね、こんな風な構造になっているからです。
今度は『方便心論』を参考にしてみましょう。

話をするときは、二人の人が必要です。

その二人の人が、話をすると

1 意見が同じになる      (直接知覚して語る)     
2 最初ちがうけど後は同じ  (経書を参考にする)
3 意見がまったく異なる    (推理して語る)
4 最初同じだけど後がちがう (喩えを用いて論法を使う)

こういう場合が考えられますね。

実は、最初に、ここでミスをおかしてしまいました。
『方便心論』の順序を間違って当てはめましたので、
ここで、おわびして訂正します。


このように、意見が同じかちがうかで分けると、
四種類できます。

二人のうちの一人がブッダの場合、

1.ブッダが、相手と同じことを説く  
2.ブッダが、人にあわせて説く    
3.ブッダが、相手の症状に合わせて説く
4.ブッダが、最後は沈黙してしまう


★★1の場合、これが 「 世界悉檀 」 です★★

相手の使うことばにあわせて、
相手が「人」というなら、ブッダも「人」と説きます。

目でみてわかることを説くとき、反論は起きないので、
相手の言い方を用いて説きます。

世間一般に通用する説き方なので、世界悉檀といいます。

『大智度論』より、詳しく引用してみます。間違わないようにね。

~~~~
「瓶沙王迎經」の中で、ブッダが
「凡人は法をきかず、凡人は我に著す」と説くように。

また、ブッダが「二夜経」の中で、「ブッダが得道の夜から
般涅槃の夜に至るまで、この二夜の中間にとく経典の教えは、
一切みな真実であって、顛倒ではない」と説く。

もし、実際、「人」というのがなければ、ブッダはどうして
「わたしは天眼によって衆生を見る」というだろうか。

このことからわかるであろう。
「人がある」というのは、世界悉檀だからいうのであって、
第一義悉檀なのではない。
~~~~~~~~(『大正蔵』25,p.59c)

凡夫の使うことばにあわせて
「人」「わたし」「凡人」などのことばを、ブッダも使います。


★★2の場合、これが 「 各各爲人悉檀 」 です★★

こちらが、人にあわせて語るタイプです。
はじめはちがっているけど、後は同じになるタイプですね。

「人」に執着していなければ、
「感受するもの」「触れるもの」と言います。

「人」に執着している相手には、
「感受するもの」「触れるもの」とは言わず、
「感受がある」「触がある」と説明します。

『大智度論』で詳しく見てみましょう。

~~~~~~~~~
法を説くのに、一つのことがらについて
ある人には許すが、ある人には許さないことがある。

経典の中に説くところでは
「さまざまな業報のために、(人は)世間にさまざまに生まれ、
さまざまな触を受けて、さまざまな感受を受ける」とある。

さらに、「パッグナ経」では
「人は触を受けることなく、人は感受を受けることはない」と説く。
~~~~~~~~~~(『大正蔵』25,p.60a)

上の文では「人が触や感受を受ける」と説くのに対して、
下の文では「人が触や感受を受けるのではない」としています。

これは、各各為人悉檀で、個人の過失にあわせて説きます。
しかし、最後は、ブッダの法に両者とも行きつくのです。


★★3の場合、これが 「 對治悉檀 」 です★★

相手の病状にあわせて処方するおしえです。

常住に執着する衆生に、無常を説くのが、
これにあたります。

『大智度論』には、このようにあります。

~~~~~~~~~~
(ブッダが)無常と説く場合を考えると、これは、衆生が三界において
楽に著するのを抜こうとして、ブッダは、
「どうやって、衆生を欲からはなれさせたらよいだろう」と
考えて、このために、無常法を説くのである。
~~~~~~~~~~(『大正蔵』25,p.170c)

無常法を説くのも、症状に合わせて教えを説く對治悉檀です。
第一義悉檀ではないことが、強調されています。


★★4の場合、これが 「 第一義悉檀 」です★★

相手が、見解をもって議論する場合、
ブッダは喩えを用いて論理的に語りますが、
述べ終わると、
ブッダは、最後には、黙ってしまいます。

こうして、
あらゆる見解から離れていることを示します。

これは、誰とも意見がちがう沈黙の語りです。
これを、第一義悉檀と言います。

むずかしいね。『大智度論』で見ましょう。

~~~~~~~~~~~~~~
一切のことばや表現の道をすぎて、
心の行いは滅してしまい、
あまねくよりどころとなるところもなく、
諸法を示すこともない。
諸法実相は、はじめなく中なく終わりがなく
尽きることなく壊れることがない。
これを、第一義悉檀という。
~~~~~~~~~~~~(『大正蔵』25,p.61b)

ここにおいて、ブッダは、言い争うことなく、
過失を離れています。


         ◇◇◇


1,2,3に含まれないものは、みな4になってしまう
と言われます。

4のおかげで、ブッダの語りは、けっして壊れることなく、
否定されることなく、はじめなく中なく終わりのなく、
諸法を示さないものとなるのです。


この四つの語り方は、全部が真実であって、
どれもウソではありません。

ブッダは、
この四つを、どうやって使い分けたのでしょう。

ブッダみたいになりたいから、
わたしもやってみよ、って、思って、
安直にマネしない方がいいですよ。


だって、
テキトーに、好きなように、この四つを使うなら、

「インチキなヤツ」って、言われるような人になっちゃうからね。

インチキ、って言われないためには
間違わずに、四つを使い分けなきゃいけないのです。


コツは何かというと、

必ず、相手のためになるように、使うこと。

ちょっとでも、自分のためになるように使うなら、
すぐさま信用なくしちゃうので、
くれぐれも気をつけてね、わかった。

お返事は?
はーーーい、って、いうのよ!ほれ!
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ぷいっ! しらないもんね、ぼく。

五番目は、
サム丼の発明した檀ボール箱の語り方、檀ボール悉檀。。

にゃんだ、それ。


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