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2012年8月

2012/08/30

管理人には管理能力ありやなしや

原稿書きをしながら、
サイトの’管理’に目覚めた管理人でございます。

日常というのは、習慣だから、一度決まると

         ずっとそのまま

って、ことになりますね。
で、これをいちいち変えるのもたいへんだよね。
         というわけで、

  すぅぅ~~っと、そのままだったこのサイト

とうとう、にっちもさっちもいかなくなって、
掲示板を大改造しました。

でも、久しぶりに、サイトの掲示板を管理して、
やっぱ、たいへんね、ってことになりました。
         だから、やっぱり

  きっと、このまま、ずっと、そのまま このサイト
         って、ことになりそ

どうしても、ルーズな性格が、そのまんま出ちゃいますねぇ。。
隠したいのに、隠れません。

よし、ごまかし作戦 ワン
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ダン吉にゃん、でっかい! ごろりん、重量感。

ごまかし作戦 ツー
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サムにゃん、新聞紙いっぱいに広がる、幅広感。

ごまかしきれない作戦 スリー
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出窓が、出窓が。。。底抜けそう、 まさか!


さらに、この「カレー日記」も、レイアウトを変更。

    これも、このまま、ずっと、そのまま
     って、ことになりそ。

どうして、わたしは、こう、ものごとの管理がへたなのか。。

    と、ちょっとは反省するけど、3分で忘れる。

==========

で、すっかり忘れて、仏教のお話しを!

今、『梵網経』をじわっと読んでるところです。

62見を、あっちに並べ、こっちに比べ、
上から見たり、下から覗いたり、
右から読んだり、左から読んだり。。。

すごいのう。
ほんっと、すごい。


沙門・バラモンたちのもつすべての見解は、
ブッダの62の見解のうちに収まっている。

漁師が、池を網でぐるっと取り囲んで、

「この池に住むどんな生き物も
みなこの網に捕らわれて跳ね回っている」

と考えるように、

ブッダは、梵網で、すべての見解を絡め取った。

ああ、管理能力ばっつぐん!

ほんとに、すべての見解を含んでいるか、
いちいちチェックしてるからね。

サイトは管理できなくても、
ブッダのことばはチェックするぞ!

過去にかんする見解   18
未来にかんする見解   44

未来にかんする44の見解の内訳

有我有想          16
有我無想           8
有我非有想非無想     8

断滅論            7
現法涅槃論         5

断滅論と現法涅槃論の中には、
ブッダが弟子たちに教える8つの瞑想が入ってます。


なるほど、見えてきましたよ。


ブッダの説く最後の瞑想  想受滅

これは、一切の見解を寂滅へと導く瞑想だね。

62見をまとめる最後のブッダの「見解」は、いずこに?

いずこにもない。

ブッダは、62の見解よりも、もっと善いことを説く。

*****『梵網経』より
「如来の身体は、生存へ導くものを切断している。
かれの身体が存続しているあいだは、
天も人も、それを見る。
身体が滅んで命が終わったあと、
天も人も見ることはない」
*****

見解を超えて、
納得を得るためには、
見解すべてを知らなくてはならない、ってことかぁ。。
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2012/08/17

「仏教の「ものの見方」と宮沢賢治」 という題で

ようやく、携帯を買いました。
昔の携帯です。スマホじゃなくて。
写真を撮ってみましたが、パソコンに取り込めません。。
いろいろ、アセアセ。。

メールに添付して、
自分のパソコンに送るというめんどくさいことをしています。
何とかしよう。。

さて、さて、

このような専門の雑誌に、記事を載せていただきました。

『文芸教育』98 (2012年 夏)
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「教師のための論理学」と題して、特集を組んでいただきましたのは、
ほんと、ありがたいことです。

「仏教の「ものの見方」と宮沢賢治」


という題で、
仏教の「ものの見方」をわかりやすく論じ、
さらに
宮沢賢治の「烏百態」という詩に、
その、「ものの見方」を応用してみました。

『法華経』の中に説かれている 

諸法実相

という「ものの見方」を、宮沢賢治は、どう受け取ったのだろう。

そして、それを、どのように作品に表したのだろう。

こんな視点で、書きました。


『法華経』と宮沢賢治のつながりは、
多くの人が指摘するところです。

研究もたくさんあって、
具体的に、浄土真宗や日蓮宗などとのかかわりも
取り上げられています。

さらに、

宮沢賢治は、「法華文学の創作」をめざした


とも、よく言われます。

では、どのような点が「法華文学」なのでしょうか。

宮沢賢治の、あの、美しい 童話の中に、
どのような『法華経』の心が、息づいているのでしょうか。

息づく 『法華経』の鼓動が、
宮沢賢治の目を通して
現実の世界に、
どのように
現れてくるのか

そこを具体的に知りたい


こういう風に、みなさんは思うのじゃないでしょうか。


あの美しい童話のどのような部分が
『法華経』の文学を形成する要素になっているのか

そこを具体的に知りたい


こういう風に、みなさんは思うのじゃないでしょうか。


ブッダの論理によって
『法華経』の諸法実相が
宮沢作品の中にも
表現されていることを
示してみました。


ただひたすらに自然ととも生きる

そんな
あるがままの世界

心を清らかに保ち
自然の中で呼吸をすれば
見えてくるのが
『法華経』の心。。


そんなところを、
「論理」をものさしにしてわかるのか、
と言われそうですが、
ブッダの論理は、それを可能にします。


そこでの、キーは、「あるがまま」

この「あるがまま」ということを

ほんとに、あるがままに

知ることができれば

それが、仏教だ!

と言ってみましょう。


これがむずかしい。。。

「あるがまま」ということは、
なかなかあるがままには、わからない。

目がとらえる「あるがまま」とは?

たとえば、こんな風。

サムにゃんの、あるがまま。。。
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うわっ、ダンきっつぁんの、あるがまま。。。
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ああ、あるがままは、あるがままなり、

わがまま、気ままに

ときのまにまに。。


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2012/08/14

ああ、夏休みだというのに。。

夏休みだというのに、どうして忙しいのだ?!
夏休みだというのに、どうして携帯が壊れるのだ?!

携帯は、夏休みと、関係ないと思うけど。。

で、携帯壊れているので、昔の写真でがまんしてね。
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ぼく、ダンディライオン・ダン吉です!

あら、なんか、犬っぽいにゃん。

Sbsh0167
あたくし、ノーブル貴公子・サム丼です!

あら、にゃんか、貴婦人って感じかしら。

さてさて、なつきません、ダン吉くん。
野生種のダン吉は、なかなか人になれません。

だっこが嫌いで、だっこしようとすると、すぐ逃げる。
ちょっとかまおうとすると、すぐ逃げる。
写真撮ろうとすると、すぐ逃げる。

なのに、えさのときだけ、ニャーニャーうっさいのっ!!
Sbsh0168
ようやく、隅っこに追い詰めて、ぱちり!

さてさて、サム丼、なつきすぎ。

椅子に座っていると、ぴょんと膝に跳びのる、サム丼、ドン!
ドンと重たいサム丼や。
歩く前を、ごろりんと横たわって行く手をじゃまするサム丼、ドン!
猫じゃらしをくわえて、見せびらかすのは、サム丼、ドン!

いつでも、猫じゃらしは手放せないのよ、にゃんこ!
Sbsh0169
ぜんぜん動かないから、おんなじ写真じゃ。

====
8月に入ってから、答案抱えて、
毎日、だらだら採点してました。

もっと、きりっとしたいのに、

積年の疲れが、どっと出て、何をするにもけだるい毎日。。

はあ、答案
やれ、答案
それ、答案
いやだ、答案
励めよ、採点。。

って、こんな日々を送りながら、あっという間に14日。

そんでもって、ようやく一山採点が終わり、
あとは、もう二山の答案だけになりました。

この分じゃ、このまま夏休みが終わっちゃう。

どうも、疲れた日記だなあ。
でも、これでアップしよっと。

今アップしないと、あと14日くらいすぐ経っちゃうからにゃ。

んにゃ!

Sbsh0164

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