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2012年4月

2012/04/30

中洲ったら、中洲ぅ

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豊平川のサイクリングロードで。雪解け水で川は増水してます。

ほぼ20キロの距離を走ってきました。
最初なので、ちょっと息切れ。。。ゼイゼイ。。
やれ、なさけない!
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正面にある汚いものは、雪の山。
雪捨て場の名残ですが、まだたくさんあるね。

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自転車の人がいるけど、ここで、ほぼ行き止まりです。

それにしても、もう少し、体力つけないとダメね。

         ***

さて、さて、これは中洲。
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豊平川の、中洲をみて、

ああ、そういえば、

「自己を洲とせよ、法を洲とせよ」

って、ずいぶんサイトでも、このことばでもめたなぁ、って、
思い出しますね。


豊平川は、雪解け水で、中洲もだいぶ小さくなったかも。

こんな濁流の中にあるとき、
やっぱり、

自己は、中洲(よりどころ) です。

大事な、中洲!
流されるなよ!
しっかり踏みとどまって、足場を作れ。

自己が消えていくなら、
法を中洲にしていなさい。
さっきより、少し小さいかな、でも大丈夫。。
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法は、ほんとうに安全地帯のような気がするね。

だけど、こんな風に中洲もないなら
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暴流にあらがうことなく、
力まず、足場をもたずにもがき逆らわずに、渡るんだよ。。

わたしは、そうやって渡ったんだよ、って

ブッダは言ってます(『サンユッタ・ニカーヤ』1.1.1)


しかし、やっぱり川の流れが速いと、こわいね。

中洲は大事にしよう。
中洲にたよって、渡ろう。


というところで、お知らせです。

札幌で、在家仏教講演会があります。
石飛がお話ししますので、お暇な方はどうぞいらしてください。


日時:  5月18日(金)、3時~4時30分
場所:  大通り7丁目 ダヴィンチ札幌パークフロント4階

演題  自己を洲とせよ、法を洲とせよ

http://www.zaikebukkyo.com/zaike/b/b07.html 


え、なんですか。。

演題が、安直じゃないかって。

えへっ!
とっさに出てきたのが、このことばで。。

ほんとに、

わたしの中洲に、なってくれてる、このことばっ!
ありがたや~~!

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サイクリングに行けなくて、
ぼく、一人で遊ぶもん、すねちゃうもん。

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くーーーーーー!
ぼくを、中洲。。じゃなくて、泣かすなよぉぉ~。
ずるいぞ、かんりにーーーん、にゃん、にゃん、ぐす。


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2012/04/29

ブッダに成るには、どうすりゃいいの?

ようやく花の写真が撮れるようになりました。
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パンジーは、鉢植えですね。

自力で咲いているのは、クロッカスのよう。
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知らないうちに、連休に入っていたことに今朝気がつきました。

よっしゃ!
とばかりに、
自転車に、荷台を取り付けました。
泥よけは、なくてもいいか、って気がします。
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連休中に、自転車乗ってみなくちゃね。

最近、ほんとにヘロヘロになってるので、
よくわからないうちに、日が過ぎてく感じです。

書いておかないと、忘れちゃうかも。
昨日は、朝日カルチャーセンターだった。


『ダンマパダ』第14章 「ブッダ」

毎回、一章ずつ読んでいくことにしたのだけど、
回を重ねるごとに、

ほんとに、『ダンマパダ』って、いいなぁ~~~~っ、って、

心の底から思うのだ!


すごくいいのは、ふつうっぽいところ。
世俗の人に、よくわかるのに、
出家の人にも、十分大事な内容だ、ということ。

世俗と出家の距離が、あまりない。
でも、
出家には出家の悩みがあり、
世俗には世俗の悩みがある、
ってことがわかる。

そして、それら出家と世俗とは別に、そびえる高い壁。
それが、ブッダ!

ほとんど、人間が成るのは不可能かと思うくらい、
だけど、ブッダ!

どんなに成るのがむずかしくても、なれないとは言わない
それが、ブッダ!

それが、目覚めたもの! なのさ。

『ダンマパダ』を読んでみよう。
====
184 
忍辱、忍耐は、最高の苦行である、
涅槃は最高である、と、
諸仏は告げる。
実に、出家者は、他を害しているものではない。
沙門は、他に害を加えていることはない。

185 
非難することなく、他を害することなく、
戒においてよく守り、食事において適量を知り、
一人離れたところに寝起きして、禅定に励む、
これが,諸仏の教えである。
====

むずかしくても、まるきりできないわけじゃない。
だけど、誰でもができるわけじゃない。

考えてみれば、そうだけど、
どんなことでも、何か一つをやりとげるというのは、
ブッダに近づくことかもしれない。。。ね。

世の中、どんなところにも、
自分のできる範囲で努力する人というのは
必ずいるものだ。

立派な人というのは、ほんとに、
まわりを見回すと、けっこうたくさんいるんだよ。

心を入れ替えて(?)
ちょっと見習ってみようと、思ってるところです。
(うまく人間変えられるか、祈っててくれい)

で、

コツはね、
「自らを制御すること」

「他を傷つけないこと」

どうやら、この二つみたい。。ね。

ブッダになれてもなれなくても、
この二つ、何とか守れるなら、

ちょっと幸せになれそうだ。


    ***

実は、今、宮沢賢治を読んでるところ。。
いろいろ書きたいけど、ちょっと、今は秘密。。
考えてるとこだからね。

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よ、ちょっとまともに写ってる、おすまし猫ちゃん。

っと、思ったらぁ~~、なんだこりゃぁ~
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2012/04/21

雑に雑感、

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泥よけ買ったついでに、ヘルメットと手袋も買っちゃったです。

どないするねん!
道があるねん。
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走るねん。
走ってる写真は、ないねん。

自分が乗ってるからだねん。


ほんとに、これが自転車なのか、っていうくらいちがう。

軽い、速い、ものが乗らない。。
(いつも、同じセリフです)

こわいのは、止まるとき。
急に止まるので、つんのめってしまう。

だから

だから?

一度乗ったら、止まらないことにしました。
一回り3kmの公園を三周して、ほぼ10km走ってきました。

止まったのは、信号の二回だけ。

まずまず、です。
====

さて、昨日の金曜日、
午前1時半に、起きて、介護スタンバイ+予習をしていたら、

朝になり、そのまま仕事に行きました。

帰ってからも、介護+家事+介護+家事+介護zzz。。おっと。


そのまま、夜の11時を過ぎ、なんと、22時間近く起きていました。

さすがに、ときどき意識不明になって、やばかったです。


もう少し、時間調整を考えた方がいいね。

====

そんなこんなで、時間は足りず、仕事は足りすぎで、
けっこう追い詰められてましたが、

死にそうになりながら
『大智度論』を、意識不明の頭で読んだら、
なんとなく、蘇りました。

眠くて意識はないけど、覚醒感がある、という不思議な感覚です。

      ***


『ダンマパダ』より、

46.この身体を、泡沫のようであると知って、
まぼろしの性質(法)であることをよく悟っている者は、
花で飾った悪魔の矢を断ち切って、
死王の見られないところに、いくだろう。

47.花を摘み集めるのに心奪われている人を、
死は、連れ去っていく。
あたかも、眠っている村を大洪水が連れ去っていくように。

48.花を摘み集めるのに心奪われている人を、
まだ欲望が満たされないうちに、死神は征圧する。

          ***


「つねによく気をつけ、自我に固執する見解をうち破って、
世界を空なりと観ぜよ。
そうすれば死を乗り越えることができるであろう。
このように世界を観ずる人を<死の王>は見ることがない。
(『スッタニパータ』1119、中村元訳、岩波文庫)

          ***

ブッダのことばで、印象深いのは、この、死王と「空」の関係です。

この世を空であると観ずるもの(『スッタニパータ』1119に関連)
幻の性質であることを知っているもの(『ダンマパダ』48に関連)

これらの者は、死王を見ない、と、言われます。


ここは、龍樹の『中論』では、

===
輪廻は涅槃とまったく区別なく、
涅槃は輪廻とまったく区別がない。
//25-19//
===

ということとも関係するのだろうな、と思います。


世界を空と見て、
事物はまぼろしのようと見て
それらの特徴を取らないならば、
世界は寂滅して、涅槃のようだからです。


輪廻世界にいても、涅槃のごとし、なのですから、

===
涅槃の究極は、輪廻の究極である。
両者にはいかなる微細な隙間も存在しない。
//25-20//
===

と言えるでしょうね。

涅槃の果ては、輪廻の果て。。。

なかなか、わかるようなわからないような、でも、いいことばのような。。

お、反抗期のような。。
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フン、おいら、猫だいっ!

反抗期のまま、寂滅静止してまんねん、ねん、ねこ、ねん。

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2012/04/08

ああ、自転車操業の日々

毎日雪が降っている北海道。
4月だというのに、どうなっているんでしょうか。
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お、猫の写真じゃない!

新しい自転車を飼いました。。あら、買いました、でした。
猫の話ばかりだったので、パソコンも猫化してます。

なんと、紫色。後ろのは、15年前には新品だったママチャリ。
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うーーん、同じ自転車とは思えない。

軽い、速い、物が乗らない。。。どこでも行けそう。

自転車屋さんが、「世界が違いますよ」って。
ほんとだ、世界がちがう。

ブレーキをかけると、なんと! とまるっ!!

ママチャリなら、ずずず~っと、いう具合に止まっていたのに。

自転車の前に身体が飛び出しそうです。


====
介護で、夜中に何度も起きるのがつらいので
とうとう、明け方から起きてる予定を組みました。

けっこういい感じです。


そんなわけで、

どんなわけで?

龍樹なのです。

なんでそうなるの?


スピード感のある世界は、龍樹のもの。
色即是空、空即是色

薄紫の色も、龍樹っぽいしね。(どこが?)

今年は、自転車こぎながら、龍樹をべんきょしよう。

ま、言い換えれば、今年も自転車操業、ってことね。

====

この世にブッダのいることを知ったのは、
ついこの前だったけど、

いまや!
ブッダがいなければ、
もはや、一日も成り立たないのが、わたしの生活。

あらゆることが、混乱してくる。

ブッダのおかげで、毎日、忙しくても
何とかスケジュールがこなせるのです。

もし、ブッダに出会えなければ、
介護と仕事と家事と猫の世話と原稿書きと自転車は、無理だと思う。。。
あ、まれにブログも書いてるし、ツイートまでしてる。。

でも、さすがに、べんきょができない。

お釈迦さま、お願いします。
われに七難八苦を。。じゃ、なかった、べんきょする時間をお与えください。

って、こういうときだけ、お釈迦さまにお願いしてもだめだよね。

====

何とかしよう、自分で。


仏教を知って善いところは、

仕事が忙しくて
生活が悲惨でも

あまり気にならないことです。

能力が乏しくても
お金がなくても

あまり気にならないことです。

思想が変化しても
流行が変わっても

あまり気にならないことです。

煩悩があっても
悟りがあっても

あまり気にならないことです。。ん、悟り?

悟りはないかもしれないけど、気にならないことです。


ただ、生きてるかぎり、大事なことは
「行(意志)」
ではないか、と思うようになりました。


生きていこうと思うならば、
善き意志をもたなければならない。

「願」と呼ぶんだね。

=====
生じたものが滅する理であるならば、
善き意志をもて
=====

っと、言ってみよう。

そうすれば、どんな毎日でも、幸せにおくれる。
ああ、しわよせはくるけど、しあわせもくる。

そして、猫もくる。なんか、ずずっと、寄ってくる気配。。
にゃ、にゃん、ずり~、こにゃにゃちは。。
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