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2012/02/18

雪と道元と猫


久しぶりに、猫じゃない、って思ったあなた。。

だけど、なに?これ?
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これは、タクシー乗り場へ向かうところ。

駅前のね。。。すごい雪山登山のようだわ。

そう、岩見沢です。
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全国的に有名になった 大雪の町、岩見沢!

これは、岩見沢駅です。
見えてる建物は、おしゃれな岩見沢駅。。よく見えないけど、雪で!

2月14日、もう数日前の写真です。
行ったら帰って来れないかもしれない、って、
覚悟して出かけたけど、

何とか無事に帰還しました。

でも、また、大雪に見舞われているようで、
無事講義ができたのが、奇跡かもしれない。。。

来週はどうなっているのかなぁ、不安だわ。

大雪は、珍しくない岩見沢ですが、
それにしても、今年は破格の大雪です。
積雪2メートルを超えて、雪の壁の間を歩いているようです。

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この駅前の風景も、すごいわ。
遊歩道の屋根が、雪でつぶれないかしらね。

===

少し、余裕ができたと思ったら、風邪を引きました。

病気になったら困るぞ、と思うと、
風邪も引きませんが、

ちょっと油断すると、こうだもんね。
長引いて、少しもよくなりません。

これで、仕事がはじまったら、すぐ治るんだろな、
人間って、げんきんだよね。

===

道元さまの、『正法眼蔵』をしみじみじみ~ぃに読んでます。

こういう本は、ある程度仏法を知ってから、
読むといいかもね。

いろんなところに、気がついて、
「いいなあ」と思います。

なんと言いますか、
道元さんとわたしの二人だけ、
って、読み方です。

他の人の意見に惑わされない、
というところが出てきます。


「仏祖正伝」 の教えを受け取る ことだけを
心に願って、それに全神経を注いだ道元。
だから、禅を用いている。


という、感じがします。


只管打坐(しかんたざ)

只ひたすら坐れ、

とする、そのシンプルな行は、
シンプルさ故に 誤解されるかもしれない。


これは、わたしの思うところでは、
ただ、ただ、むやみと坐っていればそれで善い、
という教えではない。


こういう条件がついていることが、
言われずとも見えてきます。


「坐るときには」

只管打坐


こうだと思う。

もし、あなたが、坐ることをえらぶなら、
そのときには、ただ坐れ。

なぜなら、そうしないと、
ブッダが教えて、次々と仏祖に伝えきた
正伝の教えを
そのまま受け取ることができない
からなのです。

「坐る」という行為に
不純物を入れるな

ブッダの教え以外のものが
混じるのを排除せよ

塵ほども入らぬように
気をつけるんだぞよ

わかったな!

って、道元は、言ってます。

ブッダの教えを
「坐る」という行為の形で、
純粋に受け取ることを、
めざしたのですね。


したがいまして、
道元禅師は、論理の人、となりました。

ブッダの法を受け取ったからです。

かれの自在な語りの中に

仏法が、生き生きと息づいています。


受け取るということがどういうことか
かれは知っているのです。

ブッダの法を、面授する(そのまま授かる)ため、
只管打坐という方法をとっているのです。


修証一等も、面授も、只管打坐も

一つのことがらを、いろんな方向から

述べているだけなのです。


道元、すばらしい。
口を開けば、ブッダの法が流れ、
その行いは、一滴中のブッダの姿、
その心には、仏性の道理あり。


かっこつけて書きたかったけど、
何書いてるかわからなくなっちゃった。。

日記だから、いいや。

006
舌なめずり。。変な猫ちゃん

010
向きを変えて。。あれ、どっち向き?

009
へぇ、やれやれ、ようやくハンサムなぼくのお姿、アップ。

やっぱり、猫で終わる日記だにゃ。にゃんは、まんぞくぅ

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コメント

ハンサム って サム の 形容かな ?

自分で言って、自分に寒い

サム 君 ないかい ?

もっと スマート“ smart ” が 粋 でショッ ?

投稿:  春間 則廣  | 2012/02/20 12:21

ただ を 言葉で理で説明しようとすると 膨大な言葉になる 経典が膨大なように ですね。

でも 実践で自ら知るためには ただ 行え という言葉だけでいい場合がある ということでしょうね。

投稿: magagiok | 2012/02/20 09:27

吉村均先生

こんばんは。
おお、孤島にもっていくご本が、なんとなんと『正法眼蔵』ですか!!

わたしは、最近読み始めたので、まだまだです。でも、読むたびに、もう、目が  こんなんなって、読んでます。

お釈迦さんと同じにおいだ!
お釈迦さんと同じくらいやさしい!
龍樹のようにことばを使って論理的!

『宝慶記』がお勧めなんですね。ありがとうございます。

「心不可得」、最近熟読しましたよ。

禅宗では、有名なお坊さまがたくさんいますね。
それぞれに味わい深そうですね。ゆっくりとお近づきになっていくと思います。

いろいろ教えていただいてありがとうございます。

投稿: 管理人エム | 2012/02/19 18:08

吉村均 君

他人をほめる前に
自分を見つめなさい

褒めているつもりで、おとしめていると知りなさい

おとしめられていると感じて、
身の程を見つめなさい

はねつける前に、届いていることを、
よくよく怠りなく
 精進の道に載せなさい

投稿:  春間 則廣  | 2012/02/19 10:44

『正法眼蔵』、本当にいいですね。。。私も(下手の横好きですが)よくある「孤島に本を一冊持っていくとしたら」に選びたいくらい、好きな本です。読むたびにいろいろな発見があります。ありがたいです。(『中論』もいいですが、ナーガールジュナが読み手に想定しているインド人の論理的思考を持っていないと、感覚的にわからないところがあるので)。
なによりも、確かなものをはっきりつかんで説かれているという、安心感がありますね。
道元禅師も、そのお師匠さまの天童如浄師も(よく入門書として『正法眼蔵随聞記』を挙げる方が多いですが、私は『宝慶記』をおすすめします!)本当にすばらしい。
『正法眼蔵』は、仏教の、本当に微妙で説明しにくい大切なところを、匙をなげずに、懇切丁寧に説いてくださっています。あれこれ言わずに伝われば、わざわざいろいろ書き残す必要はないので、この懇切丁寧さが必要とされるくらい、将来教えが正しく伝わることに危惧の念を抱かれていたのでしょうが。
「マジカナ道場」では議論が盛んですが(仏教そのものより、仏教を題材にあれこれ論じるのが好き、という方の方が多いのかもしれませんが)、『正法眼蔵』を読めばすべて解決する、とまではいかなくても、少なくともそれを踏まえて論じ合うならば、充実した語り合いができるのに、と思ったりします。
たとえば、すぐ思いつくものでも、
至高体験と悟り:「四禅比丘」巻
悟り体験と教えの理解:「心不可得」巻
中観と仏性:「仏性」巻
などなど。
昨年暮れ、インドで曹洞宗の藤田一照師にお目にかかる機会があり、西洋人に禅を教える工夫などいろいろうかがうことができ、とても楽しい体験でした。『サンガ』などにも書かれている方で、今年の『大法輪』2月号に、ちょうどお話しをうかがった指導法のエッセンスが掲載されています。

投稿: 吉村均 | 2012/02/18 18:22

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