« 雪と道元と猫 | トップページ | 『在家仏教』4月号に書きました »

2012/02/27

自己と悪

あ、やっぱり猫だ。
猫のブログにすれば、って、言われそう。
033
だり~~っ!かったるいぃぃ~~。

035
でろ~~ん、ニャンか文句あっか~~!

ほんとに、怠惰を絵に描いたような姿だよお。

いいのか、そんなことで。

って、いうか、うらやましい。。おいおい。


ああ、ほんとに、猫に生まれたい。。
でろ~~ん、と生きてみたいですね、みなさま、こんにちは。

風邪がようやく治ったら、明日はまた、岩見沢。。
大丈夫かな、JRが無事に運行していますように。

===

さて、朝日カルチャーセンターで購読の『ダンマパダ』

とうとう、「自己(アッタン)」の章に突入しました。


ほんとに、マジに、まじめに、「自己」を検討してみました。


いろいろわかることがいっぱいです。


「自己(アートマン)」


この一つのことばに込められた意味は、た~くさん、ある。

唯一なる自己、永遠不滅の我がたましい。
姿ももたず目にも見えない霊魂。

一切宇宙のもとになる原理、最高のアートマン。

なんて深淵な哲学なの、自己の探究だわ。


いやいや、そんなにむずかしく考えなくても大丈夫。


簡単にいうと、自分のことさ。
ほら、このぼく、このわたし。

他人と比べてみるとわかる自分のことだよ。

こんな風に

いろいろな意味で、「自己」が見出されてくる。


どんな意味にとっても、自己は、やっぱり自己です。
そして、自己は、大事なものであることに、変わりはない。

そこで、どんな意味で「自己」といっても、
ブッダは、それにあわせて答えてくれる。


大事なことは、ここかな、って思うところ、
ご紹介します、『ダンマパダ』より

===
161.自己がつくり出し、自己から生まれ、
自己の中で育った悪が、智慧弱きものを打ち砕く。
あたかも、金剛石が、堅い宝石を打ち砕くように。


165.自己がなした悪が、まさに自らを汚すのである。
自己がなさなかった悪は、自らを浄めるのである。
清浄なるもならぬも、各人各様である。
他人が、他人を浄めることは
ないのである。
===

自己が、どんなものであっても、関係ない。

そんなことより、
悪というのは、けっきょく
自己の中から出てくるものだ、

っていう、ここ!

どんなに悪い仲間にそそのかされようと、
社会の仕組みがゆがんでいようと
もし、悪いことをしてしまうなら
それは、全部自分の中から生まれたものだ、って!

きついなあ。。でも、これjは、そのとおりだ。
悪は、自分が育てて自分が生み出すものだと知っておこう。

だから、165のことばが大事になるね。

特別善いことをしなくても、悪いことをしなかった!
というただそれだけで、しなかった悪によって、
みずからが清まるのである。

すごいことだ。

悪いことをしないでいることは、

すごいことなんだね。

036
ああ、悪に転落しそうでぇ~~しないのぉ~~。

サム猫や、きみぃ、微妙な生き方だぞぉ。
悪いことをしないでいるのか、しているのか、
その姿、ギリギリのライン。。

|

« 雪と道元と猫 | トップページ | 『在家仏教』4月号に書きました »

コメント

きのこさま 春間さま

>>一つの行いを為すときに、
必ず、悪を離れる道が存在します

>という文が、いいなぁ、と、思いました。

ほんとね!
同時に、そうだなぁ、とも思います。

悪い心をもってすれば、悪い行為
善い心をもってすれば、善い行為

悪い心を離れるなら、悪を離れる道ですね。


投稿: 管理人エム | 2012/02/28 22:07

春間どん

ギリギリ 生きてますのや わたし。

キリキリ かな。。きりきり舞い。

投稿: 管理人エム | 2012/02/28 21:44

気づいている、ということが、すごく大事なのかなぁ。

気づいていない、ということが、無明ということなのかなぁ。

>見えているのにそれを為せば、それが悪です

>悪いとしれば、
人には、それを為すことはできないという仕組みがあります

最終的に、本当に、きちんと順番どおりに(同時的でも順序はあるとして)起きていることを、起きているとおりに、知ることができれば、それは為す気がおこらないのかなぁ。

むずかしいけど、今の私には、

>一つの行いを為すときに、
必ず、悪を離れる道が存在します

という文が、いいなぁ、と、思いました。

ありがとうございました。

投稿: きのこ | 2012/02/28 14:46

まず最初に

春間さんへ。

この前、おこってひどい発言(春間さんの言葉の受け取り拒否発言)しちゃって、ごめんなさい。受け取り拒否を撤回します。ごめんなさい。

「ぷんっ!」ってすることを、許してくれる(許してくれない?)春さんは、やさしかったのかも・・・と、思いました。

でも、春間さんの言うことをききますっ、ってことではないです。

春さんは、なんとか、きのこに伝えたくて、いろいろ言ってくださるのかも、とも、思うけど、

まあ、超未熟者なので、また、「そんなこと、ききたくないもん!いやだ、もん!」っておこっちゃったらすみません。

とりあえず、ごめんなさいコメントを送ります。

投稿: きのこ | 2012/02/28 14:32

管理人 エム 様 ・ きのこ 様


自分が、何か、事を為そうとするときに、
その行いの 善悪を判断することができます

よくない面が
見えて、知ることができれば、それを為さない
見えているのにそれを為せば、それが悪です

悪が見えれば、それを為さないという、善が起きます

見えなければ、それが無明です

一つの行いを為すときに、
必ず、悪を離れる道が存在します
その道が見つけられなければ、
悪を為すのは止めておきなさい

無明にあって、開き直ることも、悪です

悪いとしれば、
人には、それを為すことはできないという仕組みがあります

悪いことをしたくて、
( 善いことがあっても、敢えて、悪いことを )
していると知ってください

おなじことに、思えて(商量されて)も、
先を見て行われていることは、
その先( 「願」 に、沿った 、テキリョウ となります )

一直線に 彼岸に向かえば、岸にたどり着く前に、
壁に突き当たります

行く末 を 見つめれば、
廻り道が、最短の道となります 、、、、

投稿: 春間 則廣 | 2012/02/28 13:05

先生、こんにちは。
自分が実践しようとしたとき、「悪」って、なにかなぁ。
とん・じん・ち、かなぁ。?

投稿: きのこ | 2012/02/28 12:34

ひまな 猫

それを見て イウル イウル 

ヒマ な  ヤツ


どこに ギリギリ が アンノヤ !!


ギリギリ みている 虚仮の身を 、、、、

投稿: 春間 則廣 | 2012/02/28 09:25

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 自己と悪:

« 雪と道元と猫 | トップページ | 『在家仏教』4月号に書きました »