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2011/08/16

時を超えて。。自由であれ

004
ひさぁしぶりに、会ったパン屋さんのお兄ちゃんに

開口一番

「若くなりましたね」って。

「ならならいっっっ!!
ならないよぉ、年っつーのは取っていく一方なんだから」


これでも、いちおー、くろーしてんです。


先週も、ひどい一週間で、
父の具合は日に日に悪くなっていくようで、
とうとう、自宅に帰って身辺整理するとか、
うわごとのように言い出しました。

そして、
「今晩、死ぬかもしれないから」
とか脅かすので、

どう考えても、今死ぬのは、理屈に合わないと思って
「今晩は!死なないでね、困るから」
って、ダメだししてました。

で、
「今晩は、止めるか」
と言うのを聞いてから、
病院から帰るというありさま。

今にして思うと、
どう考えても、会話が冗談ですが。


しかし、へぇ、けっこう堪えたので
「人間ってさ、こうして、親子でやつれていくんだよな~~」
って、思ってたのに、、

「若くなりましたね」
って、
それは、ないす。。

でも、

会話が冗談のうちは、
まだ、くろーのうちには入らないようで
今週は、具合が好転してきました。

ああ、やれやれ、です。

ゆとりで、ブログも書けてます。


やっぱり、生でも死でも、
自分でコントロールできてるうちは、
生きてることになるのだ。。。ろうか。


ブッダは、みずから、涅槃に入りました。
龍樹も、みずから、身体だけを残して去っていきました。
弘法大師も、同じようにみずからの死を選びました。


だから、かれらは、いつまでも生きている。。わたしたちとともに。


あらゆるものから自由である、って、

こういうことなのかもね。

006
上も下も、写真の花は、病院の近くで。
雑草のように咲いていました。


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コメント

マニカナ先生 こんばんわ

いかなることも因により起こり給う。
菩薩はリハビリの苦の因について説かれ給う。
また、リハビリの苦の滅について説かれ給う。
       (偽マハーヴァッガ23.5)

投稿: 苺矢毒蛙 | 2011/08/21 18:23

苺矢毒蛙 さま

わあ、論理の鬼! って言われちゃった。

>悟りを啓かないと入滅は許しません!!!
>って感じですかね。

ちゃいますよん。
病院の先生も看護師さんも、何にも言ってないし、リハビリの先生も、「リハビリしましょう」って。

でも、悟り、ね。。言ってみようかな。

投稿: 管理人エム | 2011/08/19 00:11

マニカナ先生、こんにちわ

>どう考えても、今死ぬのは、理屈に合わないと思って

すごい、論理の鬼!

悟りを啓かないと入滅は許しません!!!
って感じですかね。

マニ父さま大変だ(=人=)ナムー

投稿: 苺矢毒蛙 | 2011/08/17 11:17

今あなたの見ている、
見るために用いている、
用いるために知っている、

知るために 「 ヒカリアレ 」    

とおかれている

その 言葉 が 光明 です

投稿: 春間 則廣 | 2011/08/17 09:58

>光は重ねるほど、明度を増しますが、
>「 色 」 を重ねれれば、暗くなっていきます

ほんとうですね。

わたしにとって、いまだかつて聞かれたことのなかった法において、眼が生じ、知が生じ、智慧が生じ、明智が生じ、光明が生じた。

光明まで行ってみたいですね。。どんな光なんだろ?

投稿: 管理人エム | 2011/08/17 09:29

前世は一在家さま

>思いますと、私は「お疲れ様でした」と暗くない表情になることが多く、
>周りの方々の雰囲気とは合わないので苦手です。

ああ、わかります。
そんな気持ちがします。

苦しみがなくなった穏やかな表情を観ると、何だか「よかったですね」とでも言いたくなるようです。

十二支縁起のあらゆるところから「苦」が吹き出してくる、ということが、何だかよく納得できるようになってきました。

投稿: 管理人エム | 2011/08/17 09:23

ミチ先生、おはようございます。

>ブッダは、みずから、涅槃に入りました。
>龍樹も、みずから、身体だけを残して去っていきました。
>弘法大師も、同じようにみずからの死を選びました。

意識は梵天界、ト卒天、人間界を往き来して衆生済度のミッションを
まっとうすればまた身体を脱ぎ捨てて往くようです。

お通夜や告別式では、すぐそばで遺族や私達を見ている意識(ご霊)を
思いますと、私は「お疲れ様でした」と暗くない表情になることが多く、
周りの方々の雰囲気とは合わないので苦手です。

投稿: 前世は一在家 | 2011/08/17 06:45

重ねることと、とることを
顛倒すると、

とることが、トラワレルことを表します

光は重ねるほど、明度を増しますが、
「 色 」 を重ねれれば、暗くなっていきます

「 いろはにほへとちりぬるを 、、、 」

 散りぬる我が身につねあらむ 、、、、

無常を顛倒すれば、
恒常に  囚われ・執着している こととなります

投稿: 春間 則廣 | 2011/08/16 14:20

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