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2011/05/03

ただちに影響はでない。。

雨のお休み、日曜日。
002
ロマンチックに朝からお出かけ、すてきだわ。。
006
こぶしが、きれい。。。
あ、桜も咲いてた、知らなかったわ。
009

な~~~んて、言ってるばあいじゃ、なかとよ。

朝もはよから、仕事です。。んでもって、ほぼ徹夜です。
雨と風が、いっそ気持ちいい徹夜明け。

先日、話題に出たので、『バガヴァッド・ギーター』を勉強して
ギーターに説かれるヨーガについて
お話してきました。


ジュニャーナ・ヨーガ(知識の道)
カルマ・ヨーガ(行為の道)
バクティ・ヨーガ(信愛の道)


この三つのヨーガが説かれています。

たしかに、ヨーガの行法も説かれています。
しかし、それだけではありません。

いろんな哲学思想も説かれています。

でも、気づくのは、仏教思想の強い影響ですね。
いいところは、みな仏教から借りてきてるような感じです。

いかに、仏教が、インドにおいて大きな存在であったか
あらためて思います。


それと、カルマ・ヨーガですが、これは

「汝の本務(スヴァダルマ)を果たせ」

というメッセージとして説かれます。

「専念すべきは、ただ行為そのものであって、
行為の結果を動機としてはいけない」

執着を捨てて、
ヨーガに立脚して行うことが求められるのです。

このやり方は、いささか危険もともないますね。
善悪を判断しないと、危ないです
でも、
使い方しだいでは、役に立ちそう。。

とくに、わたしの場合、
これだけ忙しいと、
何も考えずに、行為そのものに没頭して、
無我の境地で行った方がいいかもね。

もう、そうするわ。。。

っと、講義をしながら、そんなことを考えちゃいかん!

ヨーガの講義なんですが、
講義をヨーガでしちゃったわたし。。。

========
さて、
震災以来、有名になったことばがあります。

「直ちに影響はでない」

放射線量の
基準値を超える放射線をあびても
基準値を超える食物をとっても
基準値を超える水を飲んでも

直ちに影響は出ない

と言われました。

否定のことばは、人を巧みに翻弄します。

直ちには影響は出ないが、後々出る、のか
直ちにも、後にも、影響は出ない、のか

よくわからないので、みな、買い控えると

風評被害だ、

と言われます。

直ちに影響が出ないのが、放射線被害
直ちに影響が出るのが、風評被害


あいまいな言い方やあいまいな情報に終始すると、

風評被害という名の影響が直ちに出てくる

と、情報を出す政府関係者のみなさんは覚えましょう。


「直ちに影響は出ない」という言い方が、

直ちに影響の出る風評被害を

生み出すのです。


情報は、早く正しく的確に!


実際に原発で作業している人たちに
重要な放射線量の情報を知らせないのは
もってのほか。
彼らの健康を守ってください。

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コメント

シャン坊さま

そうですねぇ、神の遊戯(リーラー)へと行きつくこの世界。

>虚しいといえば虚しいし、荘厳といえば荘厳です。

わたしには、哀愁とかアイロニーとか、そんな感じでしょうか。
リンクのモンテヴェルディ、しみじみ聞いて、さらに、次のⅡも聞いてしまいました。どうも、ありがとうございました。

投稿: 管理人エム | 2011/05/05 08:15

P.S. そういえば、神々の「ゲーム」に翻弄される人間たちの話は、ギリシャ神話にもたくさんありました。
『マハーバーラタ』『ラーマヤーナ』に、まさに比べるべき『イリアス』『オデュッセイア』。後者にテーマを取った、初期バロックのオペラの序曲です。十代の頃から聞いていた、なつかしい曲です。惨事の想いもつのる中、その華麗に無常を歌い上げるプロローグの出だし、です。。

http://www.youtube.com/watch?v=9LSkwbzEV8M&feature=related

投稿: シャン坊 | 2011/05/04 22:25

>「勝ち負けが消えていくところに、神を目の当たりに見れる」とすれば、なぜ、その前に、クリシュナ神(ヴィシュヌ神)は、アルジュナに「戦え」と勧めたんだろう。。。

だからこその神の遊戯(リーラ)、なのかもしれませんね。
どこか、かの気高い「定言的命令」を思わせるカルマ・ヨーガも「神から見れば」、やはり壮大な遊戯(リーラ)のほんの一こまにすぎない、のかも。
それはそれで、どこかニーチェの『ツァラトゥストラ』を思わせる風景です。虚しいといえば虚しいし、荘厳といえば荘厳です。ごく個人的な感想ですが。。
(仏教との関係は、まずは措いておきます。)

「本来の仏教」や「影響」という<言葉>も、やはり、それに込めるニュアンス次第、ということかもしれません。
それでは、この辺にて。ありがとうございました。

投稿: シャン坊 | 2011/05/04 20:54

シャン坊さま おはようございます。

前回の続きのようになってしまうので、ほどほどにしますが、

本来の仏教では、ふつうに考えられるような「他から影響を受ける」という言い方は、何となく当てはまらないですね。

無我の教えですから、そもそも他に合わせて説くので、そういう意味ではいつも影響受けてることになるし、しかし、それにとらわれていないという点では、いつも影響を受けていないことにもなりますね。

「勝ち負けが消えていくところに、神を目の当たりに見れる」とすれば、なぜ、その前に、クリシュナ神(ヴィシュヌ神)は、アルジュナに「戦え」と勧めたんだろう。。。

などと、思ったりもする今日この頃。

でも、このシャン坊さまの「勝ち負けが消えていくところ」の一文は、テロに勝利したと凱歌をあげている米国に、聞かせてあげたいような気がします。

リンクもサンキューでした。
考えない人々に警鐘を鳴らしてますね。
縁起(理法)を知れば、考える手立てが生まれます。

投稿: 管理人エム | 2011/05/04 09:45

おはようございます。

今の「カルマ・ヨーガ」のご説明を聞いていて、ちょっとカントの定言的命令「なすべきであるが故に、なせ」を思い出しました。もちそん、その思想的背景は違いますが。

「力の強いかたよ、多くの口と眼をもち、多くの腕と股と足をもち、多くの眼をもち、多くの恐ろしい牙をもった、おん身の偉大な形相を見て、世界はおそれおののいています。……
おん身は、あたり一面のすべての人たちをのみこみながら、燃えさかる口でなめつくします。ヴィシュヌ神よ、おん身の恐ろしい光明は、全世界を炎でもって満たし、熱します。」
(宇野惇訳『バガバッド・ギーター』)

今、本書を見直してみて、この箇所などは、先に私が、

>こうやって、勝ち負け全てが消えていくところ、神をまのあたりに見れる者なら、ここにこそ「神の任運な遊戯(ゆげ)の幻(マーヤー)」を見て、その荘厳な光景に圧倒されるでしょうに。。

といった感覚に近いようですね(まあ、以上はまだ、一方が勝っている状況で語られるものですが)。
こんな感じの千手観音のように多面多臂のヴィシュヌ像というのも時々あって、「ヴィシュヴァ・ルーパ(様々な姿 or 宇宙的な姿)のヴィシュヌ」と呼ばれています。
思想的背景を別にすれば、こうしたイメージが仏教に与えた影響も大きかったでしょう。弥陀と同じく、法性から人々の性質に応じて現れる、という意味で。

まあ、この話はこの辺にしておきますが(笑)、『大智度論』に引かれるラーフラバドラの『般若波羅蜜讃』、いいですね。クマちゃんも「あっ、お母さま!」なんて喜びそうです。やはり『バガバッド・ギーター』にも通じる、インド的な感性があるようです。

「あなたこそは、愚者にとっては恐怖をもたらす者であり、恐るべき形相をしたものである。しかし、賢者にとってはやすらぎを与える者であり、親愛の表情を示す者である。」(梶山雄一、赤松明彦の該当梵文からの和訳)

原発については、これを興味深く見ました(とくに、作成者のコメント)。

http://www.youtube.com/watch?v=e3YUFWmj1mA

連休中は、ゆっくりとお休み下さい。。

投稿: シャン坊 | 2011/05/04 06:25

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