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2011年4月

2011/04/24

神さま、神さま、神さまって何なの、教えてよ!

005_2
薄暗がりの中で、何か小さな花のようなものが。

ぱちっ!

スイセンみたいですね。
まさか、去年の咲き残りじゃないよね。
って、いうくらい、目立ちません。
なので、めいっぱいアップです。

さて、っと、

昨日、土曜日、目覚めた時間が、なんと午前0時台。
晩ご飯の後、爆睡してしまい、変な時間に目覚めました。

キリもよいので、そのまま予習をはじめ、
ずっと、起きてて、そのまま朝に突入。
がんばって仕事にも行き、無事終えて、
午後の3時頃、地下街を歩いていました。

と、とつぜん、
歩くスピードが、いつもの半分くらいになってしまいました。

あれ?おかしいな?
エネルギーが切れた?

なんだろ?

はっ!

もう、わたし的には、夜なんだ。
15時間も働いてる!

帰ったら、即、寝る時間!ってことかぁ。
ま、まぎらわしい生活だわ、まったく。

でも、仕方ない。
1日24時間じゃ、足りないのよ。
寝る時間削って、勝手に変更してます、ハイ。

=====
さて、さて、
シャン坊さまとおちゃらけさまの宿題が、あったっけ。。
さっさと、宿題しなくちゃなっ!

>「神」についての、インドの論理と、王仁三郎の論理の違いを、もう少し、具体的に教えて頂けませんか。
>ちょっと気になっていましたし、とても重要な点のように思いますので。

へいへい、すんごくいい加減ですが、
口から出任せにやってみます。

気分だけ、王仁三郎のまね!っこだい。。。霊界物語口述をイメージしてね。

 ~~~
インドで神の存在証明を行ったのが、
ニヤーヤ学派。

また、他の学派では、ヨーガ学派が神を説きます。
(サーンキヤ学派は、神を説かないけどね)

いろいろ哲学的には言えるのですが、

そんなこたぁ、どうでもいいのです。。。
いや、
どうでもよくないかもしれないけど、でも、やっぱりどうでもいいのです。

なぜなら、インドの「神さま論」は、
しょせん仏教の無我論に対抗する役目しかないかのように
仏教の論理の枠組みをこえでるものではないからです。

はっきり言って、物足りないのです。

え?これが、神さま?
なんか、何にもしてないじゃん。。。みたいな。

たとえば、鉄を引きつける磁石の力のような、
そんな程度の影響力しか、神の力を認めないような。。。さびしいのです。

そもそも、神さま”目線”というのが、まるきりないのです。

いくら、人間が被造物であってもですよ、
神さまとはかけ離れているとしてもですよ、

神さまがいるなら、
神さまがいる、と感じ取れるような存在感が
わたしたちに向かって
醸し出されてしかるべきであります

が、

そういう感覚が、まるきり感じられません。

人間を超える創造主たる ”えらそうな神さまぶり”、ってのがないのです。

そういえば、

ヴェーダの頃から、神さまは肩身が狭かったっちゃ(しみじみ)。

バラモンの祭式の道具みたいなもんで、傀儡でした。
バラモンの唱えるヴェーダのことばは、呪力がありました。

神さまは、そのことばに操られるがごとく
招福除障にかかわる現世的な願いに応えてきたのです。

なんて、かわいそうなインドの神さま。。
神さまに代わって、力をもってきたのがブラフマン(ことばの力)
また、自己であるアートマン。

これらは、宇宙の原理とされていきます。
こうして、ウパニシャッドの世界が、広がっていきます。
神より、ダンゴ。。じゃなかった、人間を形作る要素が主役に。

たとえば、プラーナ、たとえば、アートマン、たとえば、プルシャなどなどなど。

この中で、最高のアートマンを、神(イーシュヴァラ)として
哲学的にとらえ、検討するようになりますが、

あくまで、論理的に、仏教の無我思想の枠(すなわち、因果)を
超えない力しか与えられてこないのです。

★バラモン教においても、神さまは、肩身が狭い
★仏教においては、もちろん、神さまは仏・菩薩の下

なんか、神さまに冷たいのが、インドなのです。
あんなにたくさんの神さまがいて、人気を博しているにもかかわらず。。

で、
=============
こんな神さまがいるインドは、やっぱり、人間が主役で中心の世界なのですね。
=============

さあて、

ところで、極東の島国、われらが日本。

八百万の神々が住まう山や川や田に暮らす人々。
『古事記』『日本書紀』の神話とともに生きてきました。。どうかな?

出口王仁三郎が、取り上げた
日本にあって、インドにない神さまの属性は、

★一つには 「言挙げしない」という点。
ことばで言い表せないことにより、人間と神の間には線引きがなされます。

一神教的な側面も持ちえますし、何にもしない邪魔にならない神さまにもなれます。

★もう一つは、神は意志をもつという点。
しかも、人間とは基本的に異なり、善という属性のみからなる、とするのです。

ここで、善悪を説き、倫理を説く神が出てきます。

これが大きいです!!!!

インドでは、神は、けっきょく倫理・道徳を説けないのです。
解脱を目標にする人間と、天界を目指す人間の補助の役目をするだけ。

王仁三郎の神論では、
すべての人間を平等に愛して、社会をよりよいものにすべし、
という社会性が出てくるのです。

神は主導的なのです。。。神さまっぽいわん。

しかし、だからといって、民を圧迫する神ではありません。

言挙げしない国の神は、ことばで押しつけるという苦しみを与えることはないのです。

すごいぞ!神さま

神さまらしい神さまでありながら
しかも
人間の暮らしに役に立って、彼らを支えます。
さらに
人間に、あるべき理想をも示し、苦や恐れを除くのです。
そのために
神は、神を生んで、多方面に能力を発揮するべく多神教を取ります。
こうして、
次第に人間っぽい神さまの事情も語られはじめます。
神の性格は微妙に変化しうるのですが、自然に無理なくなされます。

日本の神だけでなく、いろんな名前の神や仏が、縦横に結びつけられて、
霊的な世界と現実世界を行き交います。

人間は、神から影響を受けて、宣伝使となってはたらき
神と人とを結びつけます。
(なんか、いい加減な表現です、もうちょっと、よく調べなきゃね)

とにかく、なかなか、すごいです。

わたしの力では、まだまだ、語りきれてません。

未熟ものっ!

ははっ、もうしわけござんせんです。

以上、ぼろが出たところで終わります。

===
まだまだ、いろんな要素をあげられると思いますが、
検討不足のため、アバウトに述べてみました。


王仁三郎と、『法華経』や『大日経』などとの関係も調べると
おもしろいと思います。

読んでいますと、
かれがあらゆる思想・宗教を手中に収めようとしているさまが、
著作の行間から読み取れるようです。

聞いた話では、王仁三郎は、暇さえあれば辞書や辞典を
読んでいたそうです。

そんな王仁三郎の霊的な精神を、
著作や伝記の中から、わたしなりに
キャッチしようとして、悪戦苦闘中です。
002
最後は、妖しい花で、終わります。。暗がりに白い。。。こわっ!


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2011/04/16

出口王仁三郎と神論

005
近代的な都市文明、って感じの写真ですね。
北大構内です。

原始のたたずまいは、どんどんなくなりまして、寂しい。。

====★

新学期も始まり、一週間があっという間。
最初の週は、きついっ!!

講義のはじめに、イントロダクションを語って、

次に、自己紹介をやってみたら、異様に盛り上がってしまいました。

わたしが、一人一人、見たまんま、
学生さんの性格分析をしてみたら、
すんごくあたってたみたいで、

「せんせ、占いの授業、よかったです」

って、言われました。

占い?!

ちゃうねん!

縁起の理法の応用問題です。
それに加えて、

個性を重んじる教育的配慮、って、いってほしいぞ!!!


で、「先週習ったことは何ですか」って聞いたら、
他の大事な講義内容は、みんな、全部、忘れてました。


あちゃぁ~。

教育的配慮の行き届かない、せんせで、すんませんです。

====★

さて、あいかわらず、出口王仁三郎さまにはまり続けているので、

神さまの世界にも、ちょっと、すたすたと歩み寄ってます、っと。

『出口王仁三郎著作集』第一巻に収められている
「信仰の堕落」と題した小論は、なかなか読ませます。

その前に、
わたしの知った王仁三郎氏について、
語りうるところを語りますと


かれは、ウソのない人だ


というのが、もっとも強烈な印象です。

彼が語るところによりますと

明治30年、産土(うぶすな)の小幡神社に夜密かに
お参りして、神さまの教えを請うていたら、
とうとう神さまの教えを受けることができたのです。

神がかりになって、いろいろ教えを受け取ったわけですね。フムフム。

さらに、高熊山の岩穴で受け取った教えの中に、
印象深いことばがありました。

(神)==
汝恐るることなく惟神(かんながら)の大道に向かって
撓まず屈せず研究せよ。
==

と、神のことばを賜った後、かれは

(神)==
第一に精神的宗教的の人と成り、亦現世的、社会的、政治的、倫理的の人なりて、
惟神の大道を宇内に発揮せんことを勉めよ。
==

と、教えられるのです。

ここを読んで、ほんとに、ビックリ仰天しました。
何が、って、見てください。

出口王仁三郎が、どんな人か、すぐにわかるではありませんか!

よく数え歌で 「♪ かみさまのいうとおり ♪」って言いますけど、

ほんとに、神さまの言うとおりの人だっ!

まず、精神的宗教的の人 :、 そうだ、そうだ、神さま一番の人だ
それから、現世的 :  そだ、そだ、人々の現世的な利益も大事にする、
社会的、政治的 :   そだ、そだ、社会正義を訴える世直し
されど、倫理的の人 :  そだ、そだ、人類愛善も説いたね

ほんとに、神さまの言うとおりに生きた人なんだと思って、
ここから、また、
かれの言ってることには、「ウソがなかろう」と
思うわけなのです。

ですから、読む価値があるのです。

こういう人生、送れるなんて、いいですね。きもちいい人生だったろうなぁ~。

====★
そこで、先ほど述べた「信仰の堕落」という論文についてですが、

これは、まじめに述べると、
「出口王仁三郎の思想論」という大論文(?)が書けそうな気がするほどの
深い思想的な内容を含んでいるものです。

それを端折って、短く言うと、

王仁三郎は、けっこう、ブッダ並みの境地に達している人ですね。

といいますか、かれが神懸かって、神さまのことばを伝えているとしたら、

神さま、っていうのは、
仏さまと同じくらい、すごいということが、よくわかります。

これまで、わたしは、仏さまクラスの教えを説いている神さまに
出会ったことがありませんでしたが、
ここに至って、はじめて、
神さまもすごいんだ、という教えに行きつきました。


王仁三郎は、基本的に、一神教に賛成しています。
その神さまは、天御中主神(アメノミナカヌシノカミ)というのです。

ですから、ユダヤ教の神エホバ(ヤハウェ)というのは、
王仁三郎的には、天御中主神に他ならないのですが、

その神は、ユダヤの神エホバの説いたとされる神諭のごとく、
「我以外を神とすべからず」とか
「自分のために何の偶像も刻むべからず」とか
そのような偏狭なことを説いたのではない、とされます。

全宇宙の主催神としては、ちょっとね…、というところでしょうか。

では、天御中主神は、何を説いたのでしょうか。

宇宙開闢の第一の神、天御中主神は、人智の及ぶところではないので、
『古事記』にも、ほとんど、この神さまのことは書いていないのだそうです。
書かないというより、書けなかったのだ、とあります。

え?インチキくさいって?

いや、それはそれでよいのです。
柿本人麻呂も、
「葦原の 瑞穂の国は 神ながら 言挙げせぬ国 」
と歌っているじゃありませんか。

「言挙げしない」とは、ことばでは表せない、表さない、ということでしょう。

そのまま、受け取っておきましょう。

で、

ことばで書けるところを見ていくことにしますと、
この神さまは、理想の社会をつくるために、新たな第二の神として顕れるのです。
高皇産霊神(タカミムスビノカミ)です。
このようにして、次々と、第三の神となって顕れ、というようにして、
たくさんの神々が顕れてくるのが、この世界だと、述べていくのです。

ずいぶん省略しています。
天照大御神(アマテラスオオミカミ)まで語ると長くなっちゃうし。。


多神教が、ここに生まれます。

さらに、その思索を自由に広げて霊的な世界へと誘いつつ、
汎神論の世界へと導く手腕は、さすがです。

王仁三郎のことばでは、こうなります。
「かの万有神教というのは、物質的有形庶物をまつる所の宗教である。
動物、植物、鉱物、山川、森林等を、そのまま神として祭る所の宗教である」

「万有神教」とは、汎神論のことです。


こうして、汎神論の世界をも語ります。

さらには、科学用語の、エネルギー、エーテル、引力など、これらも、
抽象概念の具象的表現として、この汎神論的世界に組み込んでしまいます。

以上を、要点だけ述べましたが、

これをさらに、もっと要点だけに、まとめてしまいますと、

王仁三郎の説く「神論」のすごいところは、次のごとくです。

◇ 一神教にはじまりながら、多神教へと展開し、さらには、汎神論へと移りゆく
宗教的世界を描ききる、一切智の開示です。
生きとし生けるものを、すべて包み込んで捨てない神の技、といいましょうか。
あらゆる宗教を手中におさめる懐は、神の懐です。

◇ しかも、哲学的・論理学的には、
言挙げする部分、しない部分を分けられる、という
いわゆる「語り得ぬものに沈黙」できる、一切知者の力量も持つ所です。


久しぶりに、圧倒される人に出会いました。
ブッダや龍樹の他にも、世の中には、すごい人はいっぱいいるのかな?

けっこう、ごろごろいるのかも。
どうなんでしょうね。

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2011/04/13

出口王仁三郎とサンスクリット

013
雪のトンネル。

では、こっちからも。
014

雪のトンネルを抜けると、そこは、春だった。。
007

前回の日記は、日本人の心を意識して書いてみましたが、
最近、わたしは、
日本人の心のふるさと、民間信仰や神道に興味があります。

それは、きっと

福島の原発事故も影響しているかも。

「福島」  幸福の島 とも読める。
何か皮肉に聞こえるかもしれなけど、そうじゃないだろうと思います。

わたし流の、いい加減な、「言霊信仰」によると、
このことばの力によって、
わたしたちは、がんばることができるだろうと。

この名前があるからこそ、
原発の事故を解決していく力をもてるのかもしれません。

そう信じよう。

===
倭は 国のまほろば たたなづく 青垣 山こもれる 倭しうるわし
===

と、歌ったところで

=====================
前に、ちょっと触れた 出口王仁三郎 (大本教の開祖の一人)について
少々、書いてみます。

最近、いろいろ漁って読んでいますが、いや、もう、すごい人です。
確実に、ある種の天才・奇才・異才と呼んでもいい人ですね。

そもそもの彼を調べるきっかけは、

出口王仁三郎の超大作『霊界物語』に出てくるサンスクリット語は、

本物なのか??

教えてほしいと人に頼まれたことなのです。


そこで、おちゃらけさまに教えてもらったネットも使って
              ↓
http://reikaimonogatari.net/
霊界物語ネット

あれこれ、あれこれ、サンスクリット語を抜き出して調べていました。

主に、60巻の前後に多く出てきます。

抜き出して、ビックリ!
いや、もう、自由自在に使いこなし、また、よく単語を知っていること。

それに、読み方が、どこかインドの現地の人か話すような発音で、
ローマナイズしたサンスクリットを、そのまま読んだものではありません。

いろいろ不思議です。
どうやって、どこから、このサンスクリット語の単語を手に入れたんでしょう?

仏教で用いられる用語が多いから、仏典からでしょう、きっと。

おや?

六師外道の名前まで出てくる。。
ブランナーカーシャパ、マスカリーガーシャリープトラ。。。へぇ~、すご!


話によりますと、王仁三郎は、寝ながら次々と口述し、
それを、筆記者がどんどん筆記して、書き上げていったのだそうです。
ほんとにわずかの間に、膨大な量の作品ができあがっていったのだから、
ものすごいエネルギーとものすごい知識量とものすごい創造力です。


どこから、このサンスクリット語の知識はきたのかしら?

ますます興味深く思って、あれこれ、あれこれ単語を調べて

これだ!

と気づきました。

『法華経』(サッダルマ・プンダリーカ・スートラ)
ですね。
ここから、皆、サンスクリット語をとっています。 

じつは、1908~12年にわたり、

南条文雄氏とケルン氏による法華経の梵本が出版されています。

そして、翌年1913(大正2)年、

『梵漢対照 新訳法華経』 が出版されるのです。

おそらく、このあたりの和訳を元にして、サンスクリット語の知識を
身につけたのではないでしょうか。


まだ、まだ、謎はあるのですが、

とりあえず『法華経』からとった、とわかっただけでも収穫だわ。


何か、サンスクリット語などや、他にもエスペラント語にも、力を入れて
あっという間にマスターしたようなので、

予感では

語学の天才か、あるいは、神さまの力か、はたまた、
はったりか。。ちゃう、ちゃう、それはない。。

そうではなくて、なにやら、かれの研究していたという

言霊学

これが作用していることもあるかもしれない、なぞと
考えておる次第です。

いい加減です、このあたり。

でも、そう思ったら、言霊が気になり始めて、そっちに目がいくわたしです。

================
あ、
ちょっと寝ます。
今頃ですけど。。明日も早いので、って、もう明日だ。

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2011/04/10

そして、伝説へ

009

寝ながらずっと考えていました。

その土地に生きる人は、その土地の心(魂)とともに生きる。
その土地の心(魂)は、  神 と呼ばれる。


東北・関東大震災の直後の、テレビのインタビューでした。
被災した若者が、津波にさらわれた自分の町を背にして、

途方にくれたように、
しかし、
かみしめるように、こう言いました。

「ここは、海の幸が豊かで、魚がうまいです。
山に行けば、いろいろ山の恵みもあります。
みんな、うまいです。そして、人は優しいです。
ぼくは、ずっと、これからもここに住むと思います」


また、あるとき、テレビで、身内を捜しているのでしょう、
がれきの中で、お母さんが、泣いている子供を抱きしめながら

こう言っていました。

「おばあちゃんは、みんなの身代わりになって
死んだんだよ。
おばあちゃんが、みんなを助けてくれたんだからね」

また、新聞には、こんな記事もありました。
三陸の普代村の和村村長さんは、
明治のときの大津波を教訓に、15mを超える防潮堤をつくり、
村を守りました。

また、宮古市の姉吉地区の人々は
「此処(ここ)より下に家を建てるな」とある石碑の教えを守って、
高台に家を建てたため、被害をまぬがれました。

003


==============
その土地に生きる人は、その土地で死んでいきます。

その土地に生きてきた人は、後の子孫のために
智慧を残して死んでいくのです。

無念にも不慮の死を遂げた人の魂は、やはり、
その土地に残って、子孫を見守っているのでしょう。

こうして、人々は、亡くなった人を弔いながら、
多くの亡くなった人の魂とともに生きていくのです。

不本意のうちに亡くなった人の荒ぶる魂は、供養されていくうちに
時とともに純粋に浄化されていき、先祖の魂に帰っていきます。

こうして、先祖の魂は、その土地を守る神さまになっていくのです。


言い伝えや伝説は、先祖の智慧であり、
何かしらの生きるヒントなのです。

1000年に一度の大災害は、
わたしたちに大きな被害をもたらし、多くのものを奪っていきました。

しかし、思い出させてくれたものもあります。

わたしたちは、この土地に生きている、ということです。
それも、今、生きているだけではなく、
ずっと昔から、先祖の魂とともに生きてきたのだ、と知るのです。

そう知るとき、これから先、
自分たちの子孫もまた、同じように生きていくだろうと知って、
奪われたものも多いけれど、残すものもあることに気づくのです。


いかにして、未来の人々が幸せに生きられるかを
今生きるわたしたちが、考えねばならない、と知ります。


子孫のために役立つ智慧を記憶に残すために、
神話があり、伝説が伝えられていくのではないでしょうか。

そんなことを思うと、
福島の原発事故が、また、頭をよぎります。
これは、これまで、わたしたちの祖先すら経験したこのない出来事です。

今まで生きてきた土地に、これからも住み続けられるのかどうか、
そうするためには何をしたらよいのか、わからないことだらけです。

(この)土地に生きる。。

どうやって、これを取り戻せばよいのか

望まない先駆者になってしまったけれど、
わたしたちの生き方が、後の人々のいく末にもかかわると思って、
何ができるか、何をしたらよいかを、考えていきたいと思います。

010

とりあえずは、あきらめずに、怖がらずに、
放射能や放射性物質を、知っていくことでしょうか。


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2011/04/02

ああ、きみも目指せ、菩薩を!

ようやく、春らしい日の光に恵まれてきました。
008

被災された方々の集団移転などが課題になってきていますね。
特に、福島県のように放射能汚染の心配のあるところは、
いろいろたいへんな問題を抱えているでしょう。

個人的には
福島の農業、牧畜業の方には、北海道はどうだろう、
と思ったりする今日この頃。

温暖化の影響で、北海道の気候が、
サクランボなどの果樹栽培に適した気候になってきている
と、聞いたことがあります。

北海道は何かできないでしょうか。
土地もいっぱいあります。

こういうことを書くのを、ツィートというのかな。
ちょっと思ってるだけだけど、何かアイディアが出そうなこと。

======
さて、ちょっと珍しいかも。
011


012

何かって?
中央にいるカラスを見て!

羽が、白いんですよ。
あれ?って、思って、近づいて撮ろうとしたけど、
このくらいまでが、限界でした。

でも数本、白い羽があるのがわかるでしょう?

「カラスは黒い」という命題は、偽になりましたか。
ヘンペルのカラス、という、パラドックスがありましたが、
この事例は、どう作用するでしょうか。

ま、検討は専門家に任せて、っと。

======
こちらは、少し前の「在家仏教のl講演会」でお話しした
菩薩について
触れたいと思います。

03/18(金) 札幌の会場で

「幻のごとく化のごとく」という題名で

東北関東大震災に絡めて

菩薩をアピールしてきました。


菩薩(ボーディサットヴァ)

菩提(悟り)を求めて励む人


こう言ってしまうと、あまりよくわかりませんが、

かんたんに言いますと

★「他を助けようとがんばるもの」★

ということです。

本当に、こういう意味だと思います。
今、続々と菩薩たちが、この日本で生まれてきています。

何とかしなくちゃ、と思って、
他の人を救おうと自分を投げ出す人がたくさんいます。

現代用語では、「ボランティア」 と言いますが、
仏教では、「菩薩」 と呼んできたのです。

「ぼ」の字が同じで、覚えやすいでしょ。

大乗経典というのは、
菩薩のやり方を書いたマニュアル書だって
知ってた?

本格的な、プロのボランティアになるにはどうしたらよいか、
その心構えを記した書なのです。

ですから、

菩薩のボス・キャラ

それが、、ブッダ、と呼ばれるのです。

究極のプロ、あらゆる人のために尽くしまくる人、
スーパーボランティアの第一人者

かれの名は?

ブッダなりぃ。

つまり、

悟りを得ようというのは、実は、ボランティアの達人になる

ということなんです。

珍解釈じゃないよ。
ほんとに、そうだって、わかるから。

龍樹の
『十住毘婆沙論』は、そんな菩薩の

なみだなみだポロポロの修行を、
これでもかっ!と描いた論書なのです。

そのなみだの修行を、ビシッと名づけて

般若波羅蜜というのです。

さらには、拡大して、六波羅蜜という行に発展していくのです。


こんな話を、講演会でしてきました。

これから、わたしは、「菩薩」の話を語っていこうと
心に決めています。

運がよければ、講演会のお話を
『在家仏教』の雑誌に載せてもらえると
ほんとにうれしい。

きっと、菩薩が増えていくに違いない。
菩薩が増えれば

いつか、いつか、きっと


ブッダも、生まれてくるんだよっ!!


白い羽のカラスが生まれる確率より、少ないかもしれないけどね。

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