« 2010年2月 | トップページ | 2010年4月 »

2010年3月

2010/03/26

ああ、春は、いずこ

003

これは、荒れ模様の札幌の街。

証拠は?

どーんと正面に見えるのが、道庁の赤煉瓦庁舎です。
 
観光してくださいませ。
 
 
3月半ばには、終わっていると思った本は、
3月終わりまで引きずりそうです。
 
この天気と同じで、荒れ模様。。。
 
 
なんで、こんなに手間取るねん。

本が出たら、みなさま、そう思うことでしょう。。ねっ!
こんな本の、どこに、そんなに手間かけたんだ、って。
 
 
著者にも不明です。

お祓いしてないからかも。。
帰敬偈がないからかも。。
龍樹に見放されたかも。。
春の陽気が悪いのかも。。
ブログが一週間で白くなるからかも。。(なに?)
龍樹の著書全部みようとしてるからかも。。
ブッダが脇役だからかも。。

この中に、答があるはずだ!
 
脇役のブッダがすねた。。。

というのは、発想自体がありえないっすね。

 
つらつら思いますに
 
帰敬偈がない、って、これ、大きいかもしれません。

★帰敬偈とは★

本の冒頭に、神仏などに帰依のことば(詩偈)を捧げることです。

こうすることによって、
神仏のご加護で
本の執筆が順調に進むのです。

そうか!
帰敬偈がないせいか。
 
今からでも、

帰敬偈を、ここに書いたら、完成するかも。。。


よし!
善は急げ!
 
 
縁起を説いたブッダと、中道を説いた龍樹と、
般若波羅蜜を説いた観世音菩薩と、
浄土を説いた阿弥陀仏と、
智慧の菩薩文殊と、ついでに
ガネーシャ神に帰命します。。。


盛りだくさんすぎたかしらね。

最後の、ガネーシャ神は、ヒンドゥー教の中で有名な
知識や学問の神さまです。

帰敬偈の中で

まさか!

神と仏と、けんかしないよね。。
 
完成が、ますます。。遅れそうかな。。まさか!
 


| | コメント (8) | トラックバック (0)

2010/03/19

雪解けのはる~!のど元すぎれば~

002

雪解けですね!

雪解けですよ!

編集者の方から、お電話いただきましたっ!

 
怒ってませんでしたっ!
 
わはは。。ああ~、よかったっ!
 
 
でも、

相手が名前を名乗った瞬間に、マシンガントークで
 
「ごめんなさい」を100回連発したので、
 
怒れなかったのかも。。。。

  
あ!

相手の電話代でしたね。。。そういえば。。たらっ!

 
ま~、いいですよね。
怒ってない、というのは事実だし。
 
 
あるがままに見るのが、縁起的な見方ですもんね。
 
事実は大事だ、ウン!
 
 
さぁ~、遊びに。。。
 
は!
 
ブログに本音は御法度だったわ。
 

さぁ~、これから、原稿の仕上げにかかろ、っと。。。ホッ!


003
 
何か、道が短くなった。。。チサトの道もイッポはすぎた!

| | コメント (7) | トラックバック (0)

2010/03/11

ぐち

012

一週間って、早いですね。
すぐ、真っ白ブログになっちゃう。

おちゃらけさまの、「ちゅら ちゅら」攻撃で、真っ白け。
 
 
ああ、仕方ない、愚痴ることにしますか。
 
龍樹の ばかぁ~~
何で、こんなに広い範囲をカバーするんだよぉ~

仏教全~部みなくちゃいけないじゃないかぁ~
 
ほとんど、息も絶え絶えの管理人ですよぉ~
 
 
ああ、少し、すっきり。。。しないかな。
 
 
あと、原稿用紙数枚で、止まったままです。
 
こんなに難行苦行するとは思わなかった。
 

結局、長いものが書けないので、

要点を押さえて、

簡潔に大事なことを書かなくちゃいけない。。。
 
 
でも、

何が大事で何が大事でないか、よう、わからん

全部大事に見えるし。。
 
 
それに、後代のさまざまな人が触れている龍樹は
 
それぞれ、なんとなくちがうんですよね。

それだけ、器が大きいんでしょうかね。。。
 
仕方ないわ、管理人のひしゃくで太平洋の水を汲むかな。
 
ひしゃく:    管理人のアタマ
太平洋の水:  龍樹のアタマ

008

遠く長い道。。。電車でゴー。。って、いかないわ。


 

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2010/03/04

輪廻は長い長い道 泣き!

015


先日、朝カルで、

輪廻のお話しました。


輪廻は、縁起を知らないと、理解できません。

    「縁起を知る」

これがどういうことか、ここも、またむずかしいのです。
 
ブッダは、こういっているからです。

============================
(アーナンダがブッダに語ります)
「不可思議なほど、尊師よ、未曾有なほど、尊師よ、深遠なる、この縁起は、
尊師よ、深遠であるように見えます。
しかし、
わたしには明らかな上にも明らかであるように思われるのです。」

(ブッダは答えます)
「アーナンダよ、そのように言ってはいけない。
アーナンダよ、そのように言ってはいけない。
アーナンダよ、深遠である、この縁起は、深遠に見えるのだ。
アーナンダよ、この法を悟らず理解しない、このような人々は、
糸のもつれから生まれてきて、腫れ物に覆われた中から生まれてきて、
ムンジャ草やバッバジャ(燈心草)草の中で生存しており、
苦界や悪趣や地獄や輪廻を超えでることがないのである。」
=============================

ブッダのことばをしみじみ読んでみましょう。
わかるでしょうか。

簡単にいっちゃうと

★★★★★★★★★★★★

縁起を悟らず理解しない人は

輪廻するのです。

★★★★★★★★★★★★

こうなのです。

ですから、
縁起の理法を理解しないことと
輪廻をすることは

同じことなのです。

逆に
縁起の理法を理解すると
輪廻しない道も選べるのです。


わたしたちが、「縁起」ということを

ほんとうに理解しているかどうかは

輪廻ということがわかるかどうかに

かかっているとも言えそうです。

輪廻がわかれば、そこから

縁起を用いて抜け出せるのですから。


ですから、
縁起は認めるけど
輪廻はありえない

という人は、
縁起もきっとわかっていないのです。


それで、朝カルのみなさんと

縁起の勉強を、また、一からやりながら

延々とブッダの論理を語り続けました。

昔、二つ書いたエッセーを用いて、

脳みそを爆発させながら、勉強したのであります。
http://homepage1.nifty.com/manikana/essay/reincarnation.html

http://homepage1.nifty.com/manikana/essay/reincarnation2.html

「わたしたちが生きる」ということは、どういうことか
という問題と同じことだと思います。。


あなたが、どうやって生きてきたのか
それを、もう一度考えてみなさい
ということだと思います。


両親から、生まれ、
いろんなことをおぼえながら人とかかわって、
いろんなことをしながら社会とかかわって、
いろんなことに苦しみながら
死んでいくのです。
 
未練を残すから、死にきれないのです。
納得して死ぬ人は、少ないのです。
死は、恐怖であり、避けるべきものになるのです。
ほとんどの人は、「死にたくない」といって
死ぬのです。

ですから、
死にたくないのに死ぬので
また、
生まれてこざるをえないのです。

心が、求めるからです。

こうして、煩悩→行為→苦→煩悩→行為→‥‥

この三つの輪の中に人は居続けるのです。

==================
ブッダのことばを聞きましょう。

「比丘たちよ、輪廻はその始めもなきものであって、
生きとし生けるものが、無智におおわれ、貪欲に縛せられて、
流転し、輪廻したるその始源は知ることをえない。

 比丘たちよ、これを汝らは、どのように考えるであろうか。
四つの大海の水と、汝らが、
怨憎する者と会い、
愛する者と別離して、
ながいながい歳月にわたり、
流転し、輪廻して、悲しみ歎いた時に流し注いだ涙と、いずれが多いであろうか」

弟子たちは、四海の水より多いと答えます。
ブッダはそれ受けて、こう言います。

「比丘たちよ、汝らが、
怨憎する者と会い、
愛する者と別離して、
ながいながい歳月にわたり、
流転し、輪廻して、悲しみ歎いた時に流し注いだ涙は
はなはだ多くして、
四つの大海の水といえどもその比ではないのである。
 比丘たちよ、汝らは、ながいながい歳月にわたって、
母の死に逢ったのである。
 比丘たちよ、汝らは、ながいながい歳月にわたって、
息子の死に逢ったのである。
比丘たちよ、汝らは、ながいながい歳月にわたって、
娘の死に逢ったのである。
比丘たちよ、汝らは、ながいながい歳月にわたって、
眷属の死に逢ってきたのである。
比丘たちよ、汝らは、ながいながい歳月にわたって、
財宝を失う悲しみに逢ってきたのである。
比丘たちよ、汝らは、ながいながい歳月にわたって、
病気の苦しみに逢ってきたのである。

比丘たちよ、そのようにして、汝らが、
怨憎する者と会い、
愛する者と別離して、
ながいながい歳月にわたり、
流転し、輪廻して、悲しみ歎いた時に流し注いだ涙ははなはだ多くして、
四つの大海の水といえどもその比ではないのである。

それは、何故であろうか。
比丘たちよ、この輪廻はその始めも知られざるものであって、
生きとし生けるものが、無智におおわれ、貪欲に縛せられて、流転し、
輪廻したるその始源は知ることをえないのである。

だから、比丘たちよ、この世におけるもろもろの営みは厭うがよく、
厭い離れるがよく、したがって、そこより解脱するのがよいというのである」

(増谷文雄訳 『阿含経典』「涙」より)
 
============================

あなたが流した涙は、四海の海よりも多いのです。
どうして、輪廻しないと言えるでしょうか。


朝カルのみなさまの!今回の講義は、「泣き!」でございました。

では、ブログのみなさまにも、泣いてもらいましょう。

生と死を見つめて
涙にくれない人はいないでしょう。

何度も何度も、別離をくりかえし、出会いをくりかえして
わたしたちは、ここにいるのです。

縁起を知ることは、そのまま、輪廻を知ることなのです。
これも、輪廻の長い道   005

雪解けや 涙の果てに知る涅槃

(なんだか、俳句ができたっち!)

| | コメント (10) | トラックバック (0)

« 2010年2月 | トップページ | 2010年4月 »