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2010年1月

2010/01/31

真っ白け!

ああ、おちゃらけさまのコメント攻撃で

真っ白カレー日記になっちゃった。。

 
どうして、ときどき、日記が真っ白になるのでしょうか、って思ってましたが、

わっかりました。
 
以前の日記に、コメントが入ると、

一週間を超えて日記を書いていないときは、

バツとして、真っ白画面になるのだ!
 
 
バツだったのか。。。

では、これも
 
天罰なのか。。。

地上に、こんなものが降りそそぐとは!
006
 
 
ちゃう、ちゃう!
これは、流氷のかけら! 
 
。。。かけらって。。。
 
でっかいなぁ~。。。
 
では、視点を変えまして
007
 
 
008
 
 
あら、写真も、でっかくないですか?
 
なんだろ?
ニフティで、ココログ、変えたのかしら?
 
日記を放り出してたもんで
 
これも、天罰か。。。
 
 
そ、それより、なにより、真っ白なのは。。。

 
真っ白なのはぁぁぁぁぁぁ~
 
わたしの

あ・た・ま だぁ~~。。。。
 
お頭(かしら)!
 
 
本が、書けてませんぜ。。
お頭、どうすんで?
 
 
あ、き、記憶が。。。。

 
ま・っち・ろ・けぇ~~

(管理人ってば、相当、必死の形相ですね。。)

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2010/01/16

What day is it today?

今日は、儲けたのか、損をしたのか、わからない一日でした。
 
 
明日は、講義があると思ったわたし。。
今日が、日曜と、勘違い。。
 
間に合わないかも、っと
 
けっこう、必死になって、
 
予習をしたり、本を書いたり
 
家事をしたり、雪かきしたり。。。。
001
006
 
 
 
 

  

 
必死なんですから、わたし!!!
 
 
って、
 
 チョー 勤勉オーラ  を

振りまきながら
はたらいてました。。
 
 

 
 
「明日、仕事だから」
と、家族に言ったら

「明日は、日曜だよ」
と、答えが。。。
 
 
は?!。。。
 
 
このくるりんと
なった雪庇のように
004
 
 
 
 

くるりんと、
一気にテンションが
下がってしまいました。
 
 
で、
 
日記なんか、書いてるわけです。
 
 
そうだ!
 
テンションを盛り上げるために
 
artha(ものごと、意味、対象、目的、利益)について、
 
ちょっと、書いてみようかな。。。 
 
 
====================
artha(アルタ)
 
 
このことばは、わたしには、忘れられないことばです。
 
 
なぜなら、
『ニヤーヤ・スートラ』の註釈『ニヤーヤ・バーシャ』の
 
冒頭に、

arthaと認識根拠(プラマーナ)との関係について
 
延々と書いてあって、そこを訳するのが、
 
すごくやっかいだったからなのです。
 
 
認識されるもので、外界にあるもの、
 
それは、

artha(アルタ)といわれます。

「ものごと」「事象」「事実」という意味です。


~~~~~~~~ 
■ニヤーヤ学派では
~~~~~~~~

外界に、ものはしっかり「実在」すると

思っているので、

artha、とくれば、

★実際にそこにあるんだぞ!★
 
という、ニュアンスが、プンプン匂うのです。
 
 
だから、日本語で

「あるがまま(如実に)」

と訳したくなることばは、
 
ニヤーヤ学派では

yathArtha(yathA・artha、ヤター・アルタ)

ということばなのです。

ヤターは、「~のごとくに」
アルタは、「事実」
 
「ヤター・アルタ」は、「事実どおり」
 
すなわち
 
「あるがまま」「如実」
 
となるってわけです。 
 

 
 
ところが!!

 
~~~~~
■仏教では 
~~~~~
 
arthaは、「事象」「(認識)対象」にちがいありませんが、
 
arthaと聞いただけで
 
そこに実際にある、などとは思いません。
 
外界にものは実在する、という立場ではないからです。
 
 
遠くに「水がある」と言われるとき、そこに行って

そこで、水を飲んだりかぶったりすることができるとき
  
ようやく、その認識は、役立つ認識ということになるのです。

 
仏教にとって、アルタの世界は、あんまりあてにならない世界です。
 

では、ちょっと話しを進めましょう。 
 
仏教でも、よく
 
「あるがまま」などと訳されることばが、あるんじゃありませんか。
 
 
あれは、なんという原語なんでしょうか。
 
 
ニヤーヤ学派では、
「ヤター・アルタ」が「如実」「あるがまま」 でした。
 
 
仏教では
 
「如実」「あるがまま」は、「yathA・bhUta(ヤター・ブータ)」
 
ということばが用いられるのです。 

 
bhUta(ブータ)は、bhAva(バーヴァ、存在)とも関連する語で、
 
bhU-という語根から作られています。
 
bhAva は「存在」と訳されたりしますが、

ニュアンス的には、生きもの、生類といった
 
意味合いをもつ「存在」をあらわします。
 
 
現代用語で言えば

アルタって聞くと、無機的なもの (外界にある)
 
バーヴァって聞くと、有機的なもの(内面にある)
 
という感じに近いかと思います。
 
 
そこで、

「ヤター・ブータ」となると、どんな感じがするかといいますと
 
生類が認識したとおりにある
 
「存在どおり」「あるがまま」「如実」
 
という感じになるのです。
 
 
生きもの、生類である存在が、かかわって
 
認識しなければ、ものは「ある」とは言えないからです。
 

 
認識に先立つ、事実(アルタ)を承認するのではなく
 
認識によってはじめて、対象を知って
 
「存在どおり(ヤター・ブータ)」
 
と納得するからです。
 
 
 
ですから
 
同じ「あるがまま」という意味をもつことばであっても、
 
その哲学基盤の相違によって

ヤター・アルタを用いる学派(実在論)もあれば
 
ヤター・ブータを用いる学派(仏教)もあるんですね。。。 

 
 
あら、こんな話しでいいんでしょうか。。。
 
勝手に、話しが、進んで。。。もう。。
 
困っちゃいますね。
 

 
あるがままに進んだ、

っていうより
 
成りゆきまかせに行きついた

って感じですね。。。
 

本を書くまで

わたしの頭は 

一番わがまま放題し放題 で、もう。。
 

わたしなんて、わたしの頭の奴隷です。。
 
だから、自分の頭のこと

「お頭(かしら)」って呼んでます。。。。

おかしら!
おかしらの考えたダジャレ、つまんないす。。

 
 

 

 
 

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2010/01/15

さむっ!

002






ようやく写真を撮ったので
日記を書こう、っと。。

 
そびえるまるいホテルを、
半分切りとってみました。 

ホテルにかかる枯れ木は、
黄色に紅葉(黄葉?)していた
イチョウです。

ちょっとさびしいですね。

では、っと
 
 
目を下に向けますと
004
 
  

 
 
 
 
すべる雪道。。。つるつる
 
 
やっぱり、
目は上に向けた方がいいかな。。
005
 
 
  

 
 
 
枯れ木とともに
電線が視界を制限するところが、
なんとも言えませんね。。。
 
 
まあ、冬は、こんなもんですねぇ。
 
これだけ、空が青いと
 
気温は低いでございます。。さむっ!
 
 
=========

どうも、日記も、さむっ! でございます。

 
さむっ!のわけは

締めきり間近の 本が、
 
控えているからなんですわ。。 
 

 
  ##### 

 
何書いてるの?

 
あら、龍樹くん。
聞かないでよ、聞かなくてもわかるでしょ。
 

ああ、わかった、龍樹本だね

 
あたり! 

 
言っちゃあ、なんだけど、
管理人って、書くもん、
それしかないんか? 
 

うるさいわね。。
そんなこと。。。そんなこと。。。あるわよ。。
 
 
やっぱりね!
こう言っちゃあ、なんだけど、
管理人の人生、って
さむっ!だよね。。
ぼくがいないと、人生なりたたないもんな。。  

  
むむ、失礼な。。。(図星がイタイ)
龍樹っ!君の人生だって、
「さむっ!な人生である」
って、今、本に書いたとこだから
 
 
なに?
なんで、そうなるの? 

 
だって、生まれて、死ぬ、というトピックの他に
二つしか、できごとないもん。。
四つだよ。。人生のできごと。。さむっ! 

 
二つのできごと、って、なんだよ?
いっぱいあるのに。。  

 
それは、話せないわね、ふっふっふう。。
本の中味だから。。 

 
なんか意味深だなあ。。
ま、いいや、
ところで
管理人の人生は、二つだけだね。
生まれて、死ぬ、って二つ。
 
 
む。なんか、図星がイタイ。。
しか~し、ここで反撃だっ!
 
生ずる性質のものは、滅する性質である
 
真理は、われにあり、って、のは、どう?
 
 
管理人にしちゃ、うまかったかな。。
で、けっきょく、生まれて死ぬだけ、だけどね。。
 
 
うーん、やっぱり、さむっ!

    ####

 
寒さの厳しい折柄、みなさま、ご自愛ください。
 
 
こんな、さむっ!な、話題ですみません。

============ 
 
というわけで

 
 
お気楽ボードで交わした(?)
おちゃらけさま
シャン坊さま
とのお約束の
 
アルタ(artha)のお話も
 
ままなりません。

 
もうちっと、待ってね。
 

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2010/01/03

明けましておめでとうございます

はやくも、今年も三日目です。

みなさま、
おめでとうございます。
008

 
 
 

 
 
 
病院の玄関前に立派な門松がありました。
 
今年は、この病院が我が家です。
 
 
難病とたたかうおばあちゃんは
今までとはちがう人生を歩みます。
 
それにつられて
 
家族全員も、がらりとちがう人生に
なってきました。
 

今年も、ばたばたと暮れていきそうな気配です。 
 
 
なるほど!これがじんせいね!
 
 
==================
 
 
というところで!
 
 
「諸行無常」のお話を一つ。
 
 
 
 
ほんとに、この「諸行無常」ということば、
 
日本人なら、ほとんど誰でも知っています。 
 
 
 
あ、なんだっけ?
 
ええっと、ものごとは変化していく、ってことかな~。。。
 
 
 
たいていの人は、こんな風になんとなく知っているのです。 
 
 
たぶん古典の時間に、『平家物語』を読むからかもしれません。
 
 

祇園精舎の鐘の声

諸行無常の響きあり

沙羅双樹の花の色

盛者必衰の理をあらわす

 
 
あらゆるものが変化していくことわりを
 
日本人独特の叙情性をもって唱った
 
この詩のもつ意味は大きい、と思います。
 

 
この詩を口ずさむわたしたちには、 
 
変化を受け入れる素地が、
 
ある!
 
ということかな、

って思うからです。
 
 
 

 
変化していくことがらを見つめ
 
それをそれとして受け入れる。。。
 
 
まあ、そうするしかないわけですが。。
 
 
しかし、人間の心は、受け入れがたいことも
 
たくさんあるので、
 
心の中で葛藤が起きるのです、悶々と
 

 
 
そのとき!
 

 
 
この、魂のことば 「諸行無常」が
 
胸に響き渡るのです。。 
 
 
ある種の諦めの気持ちとともに
 
できごとをあるがままに見つめる心が
 
生まれてくるのです。。。 
 
 

 

 
 
こんなことを書いているのも
 
実は
 
テレビで、
 
世界一美しいミイラ、というのを
 
数分見てしまったからなのです。
 
 
断片的に見たので 
詳しくはわからないけど
 
幼い娘が亡くなったのを悲しんだお父さんが 
 
科学の力を用いて、

娘をミイラに作りあげ
 
眠っているがごとき 
 
そのままの姿で
 
残したのです。
  

 
金髪と白い肌 
 
かわいい娘は
 
そのままです。
 
 
 
しかし。。。。

 
 
お父さんは
 
やがて 
娘のところに訪れなくなった
 
と、
 
ナレーションは言っていました。
 
 
 
何かわかるような気がします。
 
かえって、会いに来るのがつらくなるのでしょう。。
 
心模様は複雑です。
 
 
 
 
で、
 
しばし、考察を。。。。つらつらと。。。 
 
 
永遠にかわいい姿の娘 。。変わらずにある。。。
いつでも、かわいい娘に会える 

 
 
ちょっと待って!
 
永遠に変わらない。。。そんなことはない。。。
 
ミイラになって、当時の姿のまま、ですって? 
 
いや、気のせいです。。。 

 
 
いくらか古びていくのです
ミイラとして。。。。。
 
 
そして、ミイラとして古びていく年月は
 
お父さんの心の変化を示す年月でも

あるのです。。。
 
 
心の変化のスピードと
ものの変化のスピードが
あっているとき
わたしたちは、そんなに苦しみを感じない。
   
 
でも、
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
急になくなった娘を悲しむお父さんの心のように
 
ものごとの変化の方が、心の変化よりはやいとき、
 
心はとても苦しいのです。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 

 
また、
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ミイラになった娘に会いくるお父さんの心のように
 
心の変化の方が、ものの変化よりはげしいとき、

心は、やっぱり、とても苦しいのです。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 
 
お父さんは、
娘の死を苦しむだけではなく
 
自分の 所在ない心 にも
苦しむことになったのではないでしょうか。
 
 
一つですむ苦しみを、二つに増やしたような気もします。。。
 
 

 
変わらぬものはないと
 
「諸行無常」のことわりを
 
よくよく知ることは
 
 
苦しみを減らしていく
 
 
よい方法でもありますね。。 
 
 
 
わたしたち日本人は、よいことばを
 
もっているのですねぇ。。
 
 
ブッダ、ありがと!
 
001
002
 
  
 
 
 
 
滑り止め用の砂袋の設備
 
なんで、これを撮ったか、って? 
 
雪道ほど 
 
変化のはげしい、無常なものはないんですよん。。
 
ま 
 
ほんとは、撮るものがなくて、目の前にあっただけなんすけど。

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