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2009/08/12

聖地チベット ポタラ宮と天空の至宝

昨日は、暑かったです。
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何ですか。これ?

空でしょう。。。電線が入っちゃったす。 
 

 
 
猛暑にめげずに

チベット仏教の至宝を、観に行ってきました。

圧倒される数々の仏教美術作品。

仏教がチベットに伝わった歴史的な変遷を

仏教美術の作品で、丁寧にたどっていきます。 
 


展示の仕方が、すごくいいと思いました。

説明もとても気を使ったわかりやすいもので、

チベット(吐蕃)が仏教を受容し、

独自に発展していく様子が、順序よく伝わってきます。 
 
  
 

 
展示作品のもっとも古いものは、目立たないけど
これです。

めちゃかわゆいブッダ
とても小さいのよ。

でも
 
アップで、どん!
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写真を写真してみたので、
著作権は、どうなってるのかわかりません。
ブッダのかわゆい顔に免じて、許して!
 
 
 
あれ、チベットっぽくない。。。

でしょ、これはね、中国から伝わったものなのです。

西暦473年に、北魏で作られたものです。。。
 


。。。。感動です。。。。 
 


何で? 
 


だって、この1年前、西暦472年には

北魏では、吉迦夜と曇曜が

『方便心論』を漢訳しているのです。
 


 
『方便心論』に、もっとも近いところにいた
お釈迦さまなのです。。。 
 


ああ、来てよかった。。。
こんなお宝に会えるとは。。。。
 
 
 
そんなところで、感動してないで、
もっとちがうものが観たい、って。。
 
 
もっと、チベットっぽい作品はないの?

それじゃあ、とっておき

あまり、写真を写真するのも、
まずいかもしれないので

後一つだけ。。

じゃん、ダーキニーさまでございます。
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17-18世紀の作品で、
宝石の数々をちりばめた豪華なお姿です。

口から覗くとがった牙がチャームポイントね。

首には、どくろの首飾り。

左手には、カパーラ(頭蓋骨で作ったいれもの)
右手には、カルトリ刀

左肩には、カトヴァーンガ杖
ダーキニーの力の結晶です。

足の下には、人間が踏みつぶされています。。。
 
 
悟りに向かう聖者ナーローパを助けるナーローダーキニー
 
 
 
それにしても、
不思議な世界ですね。。。
 
清濁あわせのみこんで

人間の幸せの究極を求める

チベット仏教の華麗な世界。。。圧倒されますね。
 
 
 
そうそう、マニ車も回してきました。
 
なかなか上手に回りませんわ。
 


経典につっかかって進めない

管理人のありさまをよく表しているのかも(トホホ)
 

 
(写真は『聖地チベット ポタラ宮と天空の至宝』より)

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コメント

みともりさま

>電線だけ見たいですね !

ああ、ええ、おお、、禅問答のようですね。

電線だけ、電線だけ、おろおろ。。。ウロウロ。。。


あった!

 

断面図でございます。。。にげろ~~

投稿: 管理人エム | 2009/08/15 13:38

シャン坊さま

こんにちは!
蘊蓄のお供物、おいしくいただきました。

ヴィシュヌ神ではなくて、カールッティケーヤだったのでしたか。。昔の本だからなぁ、わたしのもっているのは(笑)。

お盆のお休み、少しゆっくりなさってください。

『方便心論』は、夢を呼ぶ論書だったなぁと、しみじみしています。

投稿: 管理人エム | 2009/08/15 13:35

>空でしょう。。。電線が入っちゃったす。 

      

空が三つで、
電線がひとつですか、、、

      

電線だけ見たいですね !

投稿:   みともり   | 2009/08/15 09:41

あ、採点中でしたか! 私も自宅で持ち帰りの仕事中です。どうもなかなか、人生ままならぬものですね。気分転換に、書き込みます〈笑〉。
お邪魔をしてはいけないので、ご返信は不要です、とした上で……

で、おっしゃられた、雲崗第8窟の入口に刻まれたヒンドゥー神が、まさに私の申し上げたものです。
その内、片方はシヴァで問題ないのですが、他方のこれまでヴィシュヌとされてきた像は、手に鳥を持ち、6面ある特徴がインドのカールティケーアの図像と共通することから、近年は、そう見る説が有力のようです。この場合には、下にいる鳥は、カールティケーアが乗る孔雀ということになるでしょう。

これにわずかに遅れる、西魏の敦煌第285窟の本尊ブッダの周囲にも、シヴァ・カールティケーア・ガネーシャ・ヴィシュヌなどのヒンドゥー神が描かれています。
また、北魏の『洛陽伽藍記』巻第5所収の「宋雲行記」には、ガンダーラ・烏場国(ウッディヤーナ)の善徳山の仏塔の守護神は「湿婆僊」(シヴァセーナ?)であった、と記されています。実際、あまり知られていないことですが、ガンダーラ彫刻にはヒンドゥー神も見られ、中でも多いのはシヴァとカールティケーアといった、シヴァ教系の神々です。これは、中国の石窟や以上の文献の記述とも、よく合うものといえるでしょう。
『大吉義神呪経』も、こうした流れの一環を伝えるものと思われます。

ここで面白いのは、こうした状況の中で『方便心論』も中国に伝えられていることです。本論も、角度は違いますが、やはり仏教とヒンドゥーとの交渉の跡を留めるものである、という意味で。
シャーンタラクシタあたり以降の後期インド大乗では、高度な論理的思索と、神秘的な密教の行が共存するようになりますが、あるいは、その遠い萌芽を、曇曜と吉迦夜に見ることができるのかもしれません。

ということで、お仕事中のユクティダーキニーさまに、〈蘊蓄の供物〉をお捧げした次第でした。
吉祥あれ!!〈笑〉

投稿: シャン坊 | 2009/08/13 19:36

シャン坊さま

インド、チベット、中国、日本に渡る壮大な仏教絵巻をくりろげていただいて、堪能しました。

どうもありがとうございました。
博覧強記ですねぇ。。すばらしい。

インドの祭祀にも、火神アグニが火中に投じられた供物を天の神々に届ける役目を果たすなどと、解釈されるものもあるようですから、この場合は、「よい香りの煙自体を捧げる」ということとも関連するかもしれません。
ぜんぜんよくわかりませんけど、ちょっとそんな感じがしました。

何かヴェーダの伝統も大事にしている姿も垣間見られて、人々の敬虔な信仰心が伺えます。

こうしてみますと、『大吉義神呪経』は、魅惑の経典ですね。

>雲崗石窟の入口には、シヴァとその息子のカールティケーアを守護神として表した例も見られます。

あら、ほんとだ。『雲崗石窟の旅』という写真集を引っ張り出してみましたら、シヴァ神とヴィシュヌ神も載っていました。

ほんとに、仏像・神像の造形美は、見飽きないですねぇ。

ユクティダーキニーはですね、天翔るどころか、赤い舌を出しながら、牙を剥きだして、採点中です。
締めきり過ぎてしもうた、です。。。ごめんなさい。。

投稿: 管理人エム | 2009/08/13 15:03

みともりさま

>この写真の仏像は、柔な表現です

ほんとに、柔らかいです。
説明には、延興3年5月に亡くなった、甥の(慧)文の菩提を弔うために、「比丘尼僧(香)」が発願したもの、とあります。

だから、柔らかいのかな?

>敦煌の下地に、厚化粧という感じです

言われてみると、なんだか、そんな風に見えてきました。。。


投稿: 管理人エム | 2009/08/13 14:33

北魏、曇曜のネタが出たところで、私も1つ……やはり、エムさまは曇曜と吉迦夜には、ひとかたならぬ想いがあるようですから……

曇曜が漢訳した『大吉義神呪経』は、最初期の密教経典の1つといえますが、そこには、仏教の守護神となったヒンドゥーの神々に、香を焚いて供養することが説かれています。
これは、仏教に取り入れられた護摩(ホーマ)の起源とされることもありますが、護摩では「火中に供物を投じる」のに対して、ここでは香という「よい香りの煙自体を捧げる」という違いがあります。

実は、これと似た趣旨の供養がチベットでは、今でも日常的に行われています。寺院の前や民家の屋上に設けられた炉で、香草を焚いて、その煙を仏教守護の神々に捧げるのです。
特に、夏に行われる「ザムリン・チサン」は、「ザムリン」(=閻浮提・えんぶだい。私たちの住む世界)の全ての神仏にそれを捧げる、大がかりな行事です。
『大吉義神呪経』は、このような儀礼を説く、最古級の文献ともいえるでしょう。

仏教で、神々に幸福を祈願することは、たとえばヴァイシャリーの疫病消滅を祈願するために釈尊が説かれたというパーリ小部『ラトナ・スッタ』(宝経)のように、初期仏教から見られます。
本経については、私は未見ですが、スマナサーラ師の解説もあるそうです。

チベット仏教信仰において、私にご縁の深いナーローパ流のダーキニーさまについても、その瞑想は、このダーキニーさまをはじめとする無数の諸尊や世間の神々を供養して締め括られることがあります。
これは日本密教で「神供」(じんぐ)といわれる作法に当たるものでしょう。

雲崗石窟の入口には、シヴァとその息子のカールティケーアを守護神として表した例も見られます。
こうした信仰1つをとって見ても、初期仏教から密教時代のインド、そして中国・日本・チベットへの壮大な展開が感じられるようです。

……それにしても、わたくしは今日からやっとお盆休み。北の島のユクティダーキニさまは、冒頭の電線のある天空を、天翔けておられるのでしょうか……〈笑〉

投稿: シャン坊 | 2009/08/13 13:35

雲崗石窟

「曇曜五窟」は、ガンダーラやグプタ朝の様式の影響が色濃いのですが、
この写真の仏像は、柔な表現ですね
後世の補色により表情は変わりますが、、、

造形が、ふくよかで、
敦煌の下地に、厚化粧という感じです

投稿: みともり | 2009/08/13 09:28

その「牙」で、実在論的論理学を噛み砕くのでしょう!

それとも、学生の怠慢をガブリ? おいしいものをガブリ?!

投稿: シャン坊 | 2009/08/12 21:37

シャン坊さま

ドンピシャでしたか!
シャン坊さまの「マドンナ」って、なかなか、チャーミングですね。

ヒンドゥー教のカーリーですと、牙でなくて、赤い舌を出していますね。。どっちがいいかな、って、いう問題ではありませんが。。。


>本当は大悲に満たされた、「智慧の女神」です。

ほんと、「神はは見かけによらない」っていうことわざ(?)はほんとうなんですね。

カーリーですと、血を好むおそろしい女神ですが
ダーキニーさまは、智を好む慈悲の女神というわけですね。

同じ「ち」でも、だいぶちがいますね。。  じゃ、管理人もちょっとチャームポイントの牙を 

投稿: 管理人エム | 2009/08/12 20:47

あの、さっそくで恐縮ですが……

なんてたって、ナーローパ流のダーキニーさまがお出ましになったのですから! これぞ、わたくしの「マドンナ」さま、です!
ヒンドゥーのカーリーにも似た恐ろし気なお姿ですが、本当は大悲に満たされた、「智慧の女神」です。空の智慧、般若の智慧、光明なる心の智慧、ですね。
先に管理人さまにお伝えしたルネッサンスの歌曲、

http://www.geocities.co.jp/MusicHall/6654/ecco.htm

の歌詞でいえば、

”光はあなたの使者、
そしてあなたは光の使者
それはすべての無明の心をよみがえらせる。”

とでも、讃えるべきでしょう!

後期密教に、確かに、漢訳『方便心論』の誕生を見つめておられたかもしれぬ、北魏の金銅仏……チベットは、仏教のさまざまな潮流が集う、まさに「聖地」でした。

投稿: シャン坊 | 2009/08/12 19:04

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