« 2009年6月 | トップページ | 2009年8月 »

2009年7月

2009/07/27

「一切智者」について、一切合切話します!

 003






こんな空が欲しいです。。。
ちょっと前に撮った写真ですが、

しばらく前のような気がするくらい
じとじと雨ばかり。。

全国的にも、豪雨の被害も大きくて
今年は、どうなるんでしょうね。


先日、土曜日は、朝カルで

「一切智者」について、
お話ししてきました。


ブッダの解脱を語る 

三明(三つの明智)についての経典は

熟読する必要がある!

と、思いました。


サッバヴィドゥー(一切智者)

サッバンニュ(一切智者)


二つのことばがあるけれど、


ブッダの場合は、サッバヴィドゥー と自らを呼んでいます。


サッバヴィドゥーって?

ヴィドゥー(智者)はね、vid-という語根から作られてます。


このvid-という語根から作られた、もう一つのことばが

ヴィディヤー(明智)なんすよ。。。。三つあるので

三明(さんみょう)

と申します。


ですから、わかるでしょう。

一切を知ったという、

その知った中身が、何かを知りたければ

三明について書いた経典を読むのがいいって、ね。


ブッダの一切智は、
とくに解脱のために必要な一切智なのです。

 
管理人の財布には、小銭しか入ってない、とか、
近所のスーパーでモヤシが25円とか、

そんな知見が、絶えずわき出てきてるわけではないのです。
 
(ほれ、管理人、モヤシ買わないと)

。。。じゃ、なくて

 
三明、三明。。。これって、なに?

これを知ると、どうして「一切」を知ることになるの? 
 
 
教えましょう!

三。。。これが大事。。。ここに「一切」がありますよ。


つまりね

過去、未来、現在の三つです。
 
 
★一つのヴィディヤーは、過去世を知る智★
 
ゴータマは、思い出します。
自分の過去をずっと。。。

一つの生涯、二つの生涯、三つの生涯
四つの生涯、五つの生涯、十の生涯、
二十の生涯、三十の生涯、四十の生涯、
五十の生涯、百の生涯、千の生涯、
十万の生涯、
幾多の消滅の劫、幾多の生成の劫、
幾多の消滅・生成の劫を
思い起こす。

すごいね。。劫は、果てしない時間ですから。。
宇宙の生滅もずっとずっと見通しているゴータマがいます。

果てしない。。。。。過去。。。。ず~~~~っとっとっと

ああ、疲れた。。。あ、ブッダじゃなくて
書いてるわたし。。。。じゃ、次の智に行きます。。ふう   
 


★もう一つのヴィディヤーは、未来世を見る智★ 
 

死につつあり再生しつつある生ける者を見る。
劣っている者、優れている者、
美しい者、醜い者、
幸福な者、不幸な者、
行為に従って行く生ける者を知る。 
 
 
今度は、果てしない人々を見る。。。。
みんな、いろんな境涯に行くんだなぁ。。。
あなたも地獄
わたしも地獄

みんな仲良く地獄行き。。。なんちゃって
 
さて、それから、現在

★ 最後のヴィディヤーは、煩悩を滅ぼす智★
 
<これ>が苦であると、ありのままに証智した。
<これ>が苦の原因であると、ありのままに証智した。
<これ>が苦の滅であると、ありのままに証智した。
<これ>が苦の滅にむかう道であると、ありのままに証智した。

<これら>が煩悩であると、ありのままに証智した。
<これ>が煩悩の原因であると、ありのままに証智した。
<これ>が煩悩の滅であると、ありのままに証智した。
<これ>が煩悩の滅にむかう道であると、ありのままに証智した。
 
 
最後は、こんなにたくさん
知ったのね。

そして、煩悩を滅して解脱したのです。。。


どうして、これが「一切」なの?

 
ちょ、ちょおっと、わからないですか?!
 
 
「一切」じゃないすか。
 
過去について、自分の道筋をどこまでも辿れるんだよ。
さらに、宇宙の生成や消滅も、ついでに見ちゃうんだからね。
 
ひるがえって

未来については
 
どんなものの行き先でも、ぜ~んぶ、見えちゃうんですよ。。。
ま~るみえ、なんですから。。。  
 
 
って、ことは、どんな生き物についても
過去や未来を知る、ということになる。
 

 
わからないのは、現在だけだけど
 
現在については
知るべきことは、ただ一つ。

過去と未来を見て
輪廻の仕組みはわかったから

知りたいことは 解脱のメカニズム。 

 
この智は、現在、自らのこの身をもって
知るほかはない。 
 

 
手に入れるべきは、解脱。ただ一つ。
 
それは、この現在において
この身をもって
真理を知り、実践して確かめるしかない。
 
 
生きているうちにやらないと、
すぐ輪廻しちゃうから、さっさと煩悩を滅ぼさなきゃね。。えいやっと。
 
 
どーだ!

輪廻の道筋をすべて知り、
そこから脱する道も手に入れた!

これを

一切智者、
 
と言わずして
 
一体、なんと呼ぶのか。
 
 
ブッダは、たくさんの人の死んだ後の行き先を
人々に教えてあげたりしているね。

一切智者の証拠だね。
 
 
ここから、わたしたちは、
 
 
★★サッバヴィドゥー(一切智者)★★の意味を知るのです。

==================== 
ですが、 
 
サッバンニュ(全知全能の智者)
 
という意味は、ブッダにはないとはいえ、

生類にかんしては、 
 
 
われわれ感覚ですと
 
 
全知全能の智者に、近いと思いますよね。
 
 

 
たとえば、モヤシを25円で買った
正直者の管理人は
買い物袋持参で、エコに協力。。。
 
一つ善いことをするのを見て、
 
ブッダなら、わたしの
 
未来の行き先を見届けるのです。。。
 
買い物袋持参するだけじゃ。。ま、天界は無理だな、って。あちゃぁ。。
 
 
また、
ブッダなら、わたしの過去世も見るのです。。
 
 
管理人は、過去にも、スーパーで袋を持参したことがあった。。
そのときの、店員が、わたし(ゴータマ)であった。
買い物客が、管理人であった。
 
って、『ジャータカ』という過去世物語も

生まれてくるんだよ。。。

やっぱ、すごいね、一切を知るって。。。。

無数の生類の生涯を、全部知ってしまっているんだもんね!
002
                    
 
 
 

 
これを支えるブッダ論理学は

演繹論理学です。。。

「一切」を知ることができるのは

縁起にもとづく

演繹的な思考だからねっ。
 


なんか、これを言いたかったんじゃない、管理人って。。。

エヘ、ばれたか。。

| | コメント (23) | トラックバック (0)

2009/07/20

雑草は、雑念を雑記する

管理人は、昨日・今日と

幸せです。 
009
 
 
 
 
 
ほとんど、今年、はじめてと言っていい。。。

何がかというと

テキスト読めて、勉強できてる!
 
 
一月~四月  本を書いてました。
四月~七月  講義をしてました。
 
 
ああ、まともに勉強できるのは、
これからの一ヶ月。
きっと、なんだかんだあるだろうなあ。。

でも、一ヶ月で、

膨大な龍樹作品と
それに関連する研究と

大乗経典
サーンキヤ・ヨーガ・ニヤーヤの論書
中期・後期大乗の論書
アビダルマ論書(『大毘婆沙論』)

読もう

と、ありえない計画を立ててみました。
 
 
昨日は、
あっちこっちからダウンロードしたファイルの整理や
あっちこっちからいただいた資料の整理やら

あっちこっちに散らばった本の整理やら
あっちこっちにもぐり込んでる論文抜刷の整理やら

に、没頭してました。
 
 
時間が、圧倒的にないので
論文を見る目が、なんとなく、シビアです。
 
自分にとって役に立つか立たないか
新しい視点があるか
新しい情報と主張があるか

ざっと目を通しながらチェックしました。。。。が。。 
 
なんとなく、こういう作業って、
苦手っぽいんです。。。。。。。。。。けど

がんばれ!管理人 

きりっと有能な秘書をイメージして。。。。。
 
テキパキっぽく。。。。。。。。。  
 
さあ、どんどんチェック、チェック。。。。チェ。。ッ。。ク。。 
 
ああ、しか~しぃ。。イメージだけだなぁ。。。

ついつい、論文にズボッとはまって、

あれこれ考えはじめてしまう。。。。
 
え、これ、そうだっけ?
あら、あのテキストにもあったかも?
ほかの人も、論文に書いてたっけ?
あの先生の抜刷、どこ行った?
え、チベット訳は、テキストどこだっけ?
 
 
 
は! 
 
 
 
整理してたんだった!!!
 
 
せっかく、書棚に収めた本も、
また、散らばってる。。。いつのまに。。。だれが?
 
あ、自分がやったのね 
 
しまってた
資料もひろげたりして

元の黙阿弥状態だぁ~~ 
 
 
 
際限なく流転する わたしは 迷いの人生 です。 
014
 
  
 

 
 
こんな空のように、
きれいなシマシマに
知識を整理してみたい。。。。
 
 
というか、こんな風に
 
ムラのある人生をおくってるわねぇ。。
 


 
 


| | コメント (14) | トラックバック (0)

2009/07/18

雑草は雑想する。。。

けっこう、危ない橋を渡っていることに

渡り終えてから気づいた管理人です。

やれやれ!なんとか、間にあった。。。


じつは、試験問題を作らなくてはならなかったのだった。。

んでもって

Wordで作るのよ。。。
 
 
よく考えたら、WordやExcelって、

ほとんどほとんど使ってないので、

どうやって使うのか、よくわかっていなかったのでした。
 
 
  
最近は、秀丸エディタと一太郎で生きてます。
 
 
一太郎は、Wordにも変換できるので、

これで作っておけば問題なかったのに

Wordで作ってみようと思ったのが、運の尽き。。。
 
 
もう、悪戦苦闘する。。。。
 
一晩、消耗して、けっきょく一太郎で作って

Wordに変換して、やっとさっき、大学に送りました。。。。。
 
ホントに、ぎりぎりだった。。。ごめんなさい。。
 


もぉ~~~、最初から、そうしなさい。。。002
 
 
 

  
 
 
さらに、プリンタも壊しました。
 
 
もぉ~~~!

紙がつまったので、ちょっと引っぱったら、

壊れちゃったみたいです。。。
 
ほんのちょっと!「エイっ!!」って、引っぱっただけなのに。。。
 
  
 
ショックで、そのまま放置してます。。もぉ~~~!
 
 

 
でも、いつも、ホントにありがたいのは

壊れるときが、夏休み、冬休みにかかるときなんですよ。
 
これが、講義のまっただ中だったら、
 
パニックで、絶命してる。。。

ついてる!

004 
  
 
 
 
 
 


って、思えるわたしは、雑草の人生だわね。。。

しかし、アカツメクサも、 
アップにすれば、
ちゃんとした花だねっ!
 
 
 
 
うふふ、アカツメクサのわたしは

ツメに火をともして、今日は、べんきょするからねっ!

ようやく、りゅうじゅだあぁ~~、うれしぃ~~ぞぉ~

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009/07/14

スマナサーラ長老『原訳 スッタ・ニパータ 蛇の章』

001
 
 
 
 
 
熱が出るかと思って、ビクビクしてたけど
なんとか無事に

熱っぽい程度でおさまりました。
 
 

ここ数日

『ブッダの優しい論理学』を集中して

講義して、頭すっかり、パーリ仏典です!
  
 

 
この勢いで、

そうだ!

スマ長老さまの新著『スッタ・ニパータ』を買おう

と、
 
講義の帰りに

駅前の三省堂に立ち寄る。 
 
 
  
前から欲しいと思ってたけど、

どういうわけか

駅前の紀伊国屋では、どこにあるのか見あたらず

買いそびれていました。 
 
 
 
『スッタ・ニパータ』

天下に、名の知れたこの経典!

ブッダの直説の教えも含むのではないか、とも
言われたりする

古い古い古い経典です。 


多くの学者が、訳に取り組み
 
編纂の時期を探ろうと
 
いろいろな検討を続けています。
 
 
さて、そんな中で、パーリ経典を所依とする

テーラワーダ仏教では

この『スッタ・ニパータ』を、どのように読むんでしょうか。。。
 

 
興味津々です。
 
 
●しかも、著者は、スマ長老さま。。
 

智慧の長老は、どんな解説をしてくれるのでしょう。 
ただではすまない。。。という気がします。


●しかも、蛇の章です。


ここ、めっちゃムズイのです。
ま、他も、めっちゃムズイけどね。
 
 
修行の相当進んだ、
ほとんど悟りに達したような人の境地が
説かれているからです。 

 
●しかも、管理人は、中村先生の訳には
ちょっと疑問があるのです。 
(『ブッダのことば』岩波文庫、p.12)

 
第八偈~第十三偈にあることばです。 
 
ちょっと見てみましょう。

 
【第八偈】 中村訳

走っても疾(はや)過ぎることなく、
また、遅れることもなく、
すべてこの妄想をのり越えた修行者は、
この世とかの世をともに捨て去る。
―― 蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。
 
 
【第八偈】 スマ長老訳
 
行き過ぎることもなく止まることもなく
現象世界をすべて乗り越えている修行者は、
蛇が脱皮するように
この世とかの世をともに捨て去る。
 
※後退することもなく(?)(p.152の解説では) 
 

 
ああ、やっぱり。。。 
 


知りたかったのは、一行目の訳です。

「現象世界」はパパンチャですね。
ふつう、戯論(けろん)とか、妄想とか訳されたりしますが、
スマ長老さまのお好みでは、
「捏造」の訳語が与えられることも多いです。

何が「行き過ぎたり」「止まるのか」と言いますと

パパンチャ(妄想、データの捏造)が、「行き過ぎる」と
いうことだ、とあります。

「考え過ぎ」ということですね。
 
 
また、

ここでは「止まることなく」ですが
解説では「後退することなく」となっていますね。

ちょっと、ミスなのかな?

こちらの「後退することなく」が正しいのでしょうね。
 
 
これも、考えずに逃げることと説明されますね。
 
 
中村先生の訳では、ちょっとわかりにくくて、
どうもピンとこないと思っていましたが

すっきりしました。
 
 
ちょっと、わたし的には
================== 
パパンチャという、

思惟や言語の広がる妄想の世界を

行き過ぎたりもせず、もどったりすることもなく

修行者は、へびが脱皮をするように
 
この世とかの世をともに捨て去る
==================
という感じでしょうか。
 
 
空の世界が広がります。
行者の、寂静とした安らぎの境地が
イメージされてきます。
 
 
あと、138頁の「概念の実用性」という節は

非常に簡潔ながら、高度な内容です。

アビダルマの勝義がちょっとだけ語られています。

====================
「無常」とは真理です。しかし、「無常」という語は
施設(せせつ)です。           (p.138)
====================
 
深入りせずあっさり述べられていますが、
世俗の真理が、ちょろっと、語られています。

内容的に、むずかしいところです。

 
しかし、サラッと流して 
 
油断ならないわ。。。読みすごすかもね。。
 
 
哲学に入らないように、
それこそ、
パパンチャに行かないように、

長老さまは
気をつけていますね。。。ううむむ、巧みです!
 
しみ 
じみ、 
読みたい
経典です。 
 
欲や、
怒りや、
無知をはらって、
進む
修行者の姿が
胸に
せまります。
 
 

できることなら 
 
この蛇の章の、全訳を

最後にでも、一括して

あげておいてくれると

うれしいなぁ。。。
 
 
それと、

p.135あたりから出てくる

ノミナル(nominal)
エッセンシャル(essenntial)

は、日本語訳がほしいです。

ノミナルは、     「ただ名のみ」
エッセンシャルは、 「自性をもつ」

という感じでいいのかな?どうでしょうか、長老さま。

 
 
仏教の深みに

ズボッ~~~と

はまりたい方
 
 
蛇が皮を脱ぎ捨てるように
 
人間、

さっぱり脱ぎ捨てたい方

本書を、お勧めしておこう、っと。
 
 
 
この世とかの世をともに。。

捨てたいね。。。。。007
 

 
 

| | コメント (9) | トラックバック (0)

2009/07/13

うなされると、龍樹

さて、日記書かなくちゃ。。

昨日と同じセリフです。
004
 
 
 
 
 
なんだか熱っぽかったので
地下鉄の中で、

瞑想というか、妄想というか

龍樹のことを考えていました。。。

ま、じつは、いっつも考えてるんですけど
 
 


龍樹作といわれている膨大な論書

『大智度論』は、

いろんな物語とかたとえ話とかを入れたせいか

ちょっと前まで、

論理的に甘い感じがするような気もしていました。 
 

 
しかし 
 
今回、『龍樹と、語れ!』を書いたときに

ずいぶん使って、

その論理性にあらためて感心してしまいました。
 
 

『方便心論』の研究をしていて、最初の頃

わからないところは

じつは

この『大智度論』がものすごくヒントになったのです。

いまだから、言える。。。隠された真相。。というほどでもないけど。
 
 
 
『方便心論』のネタは、『大智度論』を探ったら、

ほとんど出てくるのではないか、と思うくらい

感覚的にも、内容的にも、しっくりきます。 
 

 

たまたま内容的に合ったというものではなく

『方便心論』は、

『大智度論』のスートラ※かもしれない

という気もします。


(※ スートラとは、教義の内容を短い文句でまとめたもの。
覚えやすく簡潔な文になっている。)
 
 
 

こういう感覚、って、どういう風に説明したらいいんでしょうか。

学問的には、実証的に解説しなくちゃダメだから

『大智度論』の龍樹真撰を決定づけるのは

むずかしいのかもしれませんが、
 
しかし、

ここに説かれる内容は、どこを読んでも

龍樹そのものの発想です。
 
 
 

龍樹のたくさんの論書の内容が、縦横無尽に

引かれているのも、すごいことです。
 
でも、龍樹本人なら、すごくはないか、あたりまえだわね。
 
 
 
さらに、

『大智度論』は、禅定や行に関して、とても深い

内容をもっていますね。 
 
 
 

いまさらですが
 
どれだけの智慧をもった人だったんだろう
 
と、ちょっとめまいがしてきますわ、ほんと。  
 
 
 
 
じゅうぶん、わかっていたこととはいえ、

『大智度論』、たった数ページ読むだけで

あらためて、ため息が出てきますね。。。
 
 
 
 

それにしても、

わたしも、龍樹のすごさが、ようやく

だんだん、わかるようになってきた、っちゅうことですか。。
 
 
 
 
それにしても、

熱出てくると、うなされながら

龍樹を読みたくなるって、どういう精神構造なんだろう。。。
 
 
 
 

それにしても、

わたしの、目標は、涅槃でも解脱でもなく、

どれだけ、龍樹の智慧に密着取材できるか

ってことになってきたようで。。。

 
 
 
はめられたかも、ね、龍樹に。。

002

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009/07/12

『ブッダの優しい論理学』をたずねて わたしの旅旅(たびたび)

日記、書かなくちゃ。。

昨日は、講義日数の加減で
補講をすることになって

虎の子の 貴重な休日を 仕事にとられてしまう。。。


あーん、ひどいよお。。いたいよお。。
講義の日数が足りないのは、
もともとなのにぃ。。。
 
 
と、グチは言わないのです。。。言ってるけど(汗)。。

ま、良かったのです。

なぜなら 

『ブッダの優しい論理学』2f72a1909fa0bc8a8b5e0210_lsmall

 
   


 
 
 

を使って講義をしているからです。
 
 
略して『ヤサ(優)ロン(論)』です。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

さて


今回は四人の方をお招きして、この『ヤサロン』について
語っていただくという、企画を立てました。

御四方、 
 
では、では、どうぞ! 

 
◆著者(わたし)のことば◆

この本は、

書くまでに10年くらいかかってるんですが
実際書いてる時間は3週間くらいという

とても変わった経歴の本です。

だから、
自分が書いたのかどうか
よくわかりません。
 
 
自分が書いたという感覚が
一つもないので、
読むと、
いつも新鮮です。はい。。。すんませんです。。
 
 
 
◆読者(わたし)のことば◆
 
なんか、後引き納豆みたいな本ですね。
 
あ、糸引き納豆でしたっけ。。ま、なんでもいいか。。

納豆もしつこく出てくる本ですよね。。。ねばねば、っとっ!

んで、ねばっ、ついつい、ずるずる読んでしまいます、ねばっ。
 
縁起マジック、っちゅうんでしょうか?

やめられない、とまらない感じで

ねばねば、読みながら、

これまた

ついつい、ねばねば、考えてしまいます。
 
 
★人生について
★この世界について
★ことばについて
★生きることについて
★優しさについて

ねば~~っ! 
 
 
 
001
 
           
 
 

 
 

◆評者(わたし)のことば◆
 
この本が言いたいことは

現在のわたくしの見解では

「さかしらにに生きるなよ」

ということと理解しております。。
 
はたして

著者の意図はいずこにあるのでありましょうか

ま。。。たぶん、何も考えていないであろうと
評者は思うのであります。。 
 
この本の著者は、空ですね、きっと。。。。。 。。。うむ 
 

◆大衆(わたし)のことば◆ 

論理は、なんか、どうでもいいんですけどぉ、

「優しい」って、

どんなことか、

ブッダは、

教えてくれたのかもしれない

って、
 
大衆代表としては、思うんですぅ。


 
以上、各界の四人の方に登場していただき

ご意見をお聞きしてみました。
 
レポート担当は、わたし(って、誰なの?)でした。
 
 


いやあぁ、それにしても 
全部、ひとりでやるって、
たいへんねぇ。。。。 by わたし(ほんと、誰なのよ?)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009/07/11

ウソ。。それは、何?

わたしは、哲学の あやしい 教師でっす。

で、あやしい 授業をやって まっす。

どんな風に あやしいかって?

それは、こんな風に あやしいのですぅぅ。。。002

 
 
 
 
哲学の森は、暗くて 深くて
穴がある

ちょうど、この写真のようにぃ~~
 


だから、授業の最初に、こう言いました。

「みなさん、哲学で、いっちばん大事なことは!

ウソをつかないことです。

正直に自分の意見を書くことが

い~~っちばん、大事だからねっ!」

 

で、まじめな 学生さんたちは、
みんな、事あるごとに

「せんせ、ウソ書いちゃ、ダメなんだよね」

と、確かめながら、
正直で赤裸々な意見を書いてくれたのでした。。。
 


なに?
ぜんぜん、あやしくないジャン、って?


まあ、これからですよん。
 

さて、今日の問題は
「ウソをつくか、つかないか」
にかんする問題です。

刺客に追われた友人が、あなたのところに来ました。
あなたは、友人を逃がしてやると、刺客がやってきて
友人の居所を言え、と脅します。

====================
さあ、あなたは、
友人の居所を言わず、ウソをつきますか。
それとも
ウソをつかず、友人の居所を言いますか。
====================

ウソをつかず、正直に答えましょう???

さあ、困った。。。

友達は助けたい、自分の命も惜しい、ウソもいけない

どうする?どうする?
  


◆もちろん、ウソついて

だいじな友達を助ける。。。。

ついても良いウソもある! 
 
 
 
 
◆だが、

よく考えると

自分の命も惜しい。。。。

親しい友人は助けるけど、

それほどでもなかったら、正直に言う
 
 
 
  
◆だが、よく考えると
 
友達によって区別するのも問題だ!
 
友達逃げる時間稼ぎに

刺客と駆け引きしてやるぞ! 
 
 
 
  
◆だが、よく考えると

刺客に脅されてパニック。。。。

ウソなんかついてるゆとりはない!
 
ほんとのこと言っちゃうだろな。。
 
 
 
  
◆だが、よく考えると

ほんとのこと言っても

どのみち、自分も殺される。。

こうなったら、友人の一人くらい助けて

自己満足で死のう。ウソついてやるぅ!

  

 
 
◆だが、よく考えると
 
ほんとは、どうよ?

こんな風にしゃべってる自分って、本音なのか。。。

ただことばを組み合わせてるだけなんじゃ。。。
 
こう書いてる、自分に、ウソはないんだろうか? 
 
 


ああ、わからん

それに、ウソといっても

気づかぬ相手には、それが真実だ。。

 
 
ああ、わからん

それに、ウソがいやなら

言えない、というのもありだ

言えたら、だけど。。。うう。。 
  
 

 
ああ、わからん

人を殺そうとしている人間に
 
ほんとのこと言う必要があるのか?! 

 
 
 
ああ、わからん
 
生まれてきてから今まで

ウソつかなかった人はいないだろ?  
 
 

 
ああ、わからん
 
でも、ウソはつかないのが一番だ
 
ウソはかならずばれる。 
 
 
 
ああ、わからん
 
何がホントかわからんのに
 
何がウソかなんて、わかるんか?
 
 

 
ああ、ウソ、ウソ、ウソ、

ウソって何?

窓の中の風景が遠ざかるように
 
ウソも、ホントも、遠ざかる 
008
 
 
 
 
 
 
せんせ、正直に書きますっ!
ウソついちゃダメなんだよね!
 
どうなるか、わかりませんっ!!!
出たとこ勝負でっす。。。。
 
 
せんせ、何がホントか何がウソか
わからなくなりました。。。

 
 
みなさん!とってもいい答えですよん。
  
んでもって、 
 
何がウソかホントかわからない”ここ”

ここから
 
哲学が”始まる”んでっす。 
 
あら。。。時間ね。。。んじゃ
 
これで、哲学を”終わり”まっす。 
 
 
始まりと終わりが一つになる

あやしい 哲学の穴 でした。
 
 
 
わたしは、あやしい 哲学の 教師でっす ♪フフ 

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2009/07/07

争わない、って、争うのは。。。

004



 
 
 
せ~んろはつづくぅ~よ、どぉ~こまでも~~

っといいながら、塀の柵にに描かれた電車で、GO!
 
 
今日も暑かったですね。

「カレー日記」書かないと、
コメント欄が掲示板になっちゃうよ

との請問者さまのおことばですので、

油断せず、更新 昂進 ポッポ~~

 
さあ、少し対話がはずんでくれば、

これまでの論理学的な問題点もはっきりしてくるかな

どうでしょうか? 


 
仏教がむずかしいのは、一つには

純粋に学問上の観点からの問題が

くるっと

その人の心のあり方の問題に

転換してしまうところがあるからですね。 
 
 
 
学問上の問題を論じているつもりが

他の人によって、心の問題(煩悩)として

評価・判断されてしまう怖さは
 
西洋の思想・哲学には、絶対ないものです。


 
そういう意味で

西洋的な価値観は、仏教的な世界観の中では

ほとんど通用しません。
 
 
 
そのあたりを、浮き彫りにしようとしたのが

拙著 『龍樹と、語れ!』 なのです。
 
 
 
西洋的な思惟にひたっていた人には、 
びっくり仰天の発想です。
 
知識のある人はエライ!
というのが、西洋的な思惟です。
 
 
善悪のわかる人はリッパ!
というのが、仏教的な思惟です。
 
 
いや~、これじゃあ~、ぶつかりますねぇ~
 
【西洋】
いや、ぶつからないよ。
なぜなら、
知識のある人は、良識もあるからね。
良識があれば、善悪もきちんとわきまえてるよ。

【仏教】 
いや、そうでもないよ。
知識があっても、良識のない人もいる。
知識は、善悪を保証しないよ。
 
【西洋】
しかし、何だって、善悪なんだ?
学問は、正しい、正しくないだろ?

【仏教】
学問の正しい、正しくないは、
決定する手立てがないからだよ。
争うことになるだけさ。

【西洋】
何? ぼくらは、理性によって、学問をリードしてきたんだ。
正しい、正しくないは、ぼくらが決める

【仏教】
いや、それはダメだ。
きみが「正しい」っていう根拠を、ぼくらは受け入れない。
だから、善悪がだいじだ。

【西洋】
いや、正不正だ
 
【仏教】
いや、善悪だ

【西洋】
いや、正不正だ
 
【仏教】
いや、善悪だ  

【西洋】
いや、正不正だ
 
【仏教】
いや、善悪だ

ううん、伸びてく、伸びてく
ツタは伸びてく
002
 
 
  

 
ツタない命だっちゅーのに

おい、おい!
そんなに争うなよ。

ツタが絡まるように
言い争って絡まっても

仕方ないっすよ。。。

それにしても、どうなってんだろね

このツタ。。。

電信柱をまるごと占拠しちゃってるっつた。

| | コメント (29) | トラックバック (0)

2009/07/01

龍樹との出会い。。系。。ちょっと、イタッ

002


 




ガス灯のある風景、って、感じですね。

しょっちゅう通っていて、
あまり意識してなかったんですけど

写真に撮ると

かっこいいです。。
 
 
ところで、


龍樹くん、きみが出てくると

どうも、話がこじれるね。

困ったヤツね。。。


どんなに

避けようとしても 
 
どうしても、こういう場面が

出てきちゃう。。

三浦氏と久馬氏には、

ご迷惑をおかけしていますが、

これが、

龍樹との出会いで

よく

起こることなんです。

だから、、

勘弁してください。

 
 
たぶん、だいじょうぶ!

痛みはあるようにみえて

ほんとは、

痛くない出会いです。

血ぃ出てないから。。。ね。

いたいのいたいのとんでけぇ~。


 
多くの人は、こうして、

龍樹との出会いをはたしてきました。

 
 
ここで竿灯から一歩を進めると

ぜんぜんちがった世界が広がるんだよ。

ほんとだって!
 


ほら、こんな世界がさ。。。
003
 
 
 
 
 
 
ありゃ、

何にもないジャン、線路だけ。。。
 
 
トップにある、ガス灯のロマンチックな風景とは

 
おおちがいだな。。。なんか、さびし。。。
 
 
 
 
あ、人がいる。。聞いてみよう。 
すみませ~ん
これは何という路線なんですか?

ああ、こりゃ
心のふるさと 菩薩線、
っていう
めったに人の行かない路線だね。。。
 
たまに、線路を歩いてる人もいるけどねぇ。。
 


え、この先?  この先かい。。
 
ず~~~っと先には、
めっぽう、いいもんがあるっちゅー話だが。。。 

さいわい、っちゅーもんらしいけど。。。」

行くまでが難儀だそうでなぁ。。。

アンタも行くんかい?  
ま、がんばってな。。。。。
行き倒れも多いっちゅー話だから。
 
 
 
 
し~~~~~ん

 
 
 
え? 


龍樹と出会うと


やっぱ、イタイんじゃ。。。。 
 

 
 
(今回、落ちが、ほんとに落ちてるわ。。新境地かも)

| | コメント (28) | トラックバック (0)

« 2009年6月 | トップページ | 2009年8月 »