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2008/07/23

有為解脱と無為解脱

本の虫

ということばがあるけど、

ほんとに、本の虫になりたい。。。

『大智度論』の中に、
はまって抜けられません。

なんと言ったらいいのか

人の心を盗み見てはいけないよ。
人の心をドロボウしちゃいけないよ。

そうなんですが。。。

なのに

ついつい
『大智度論』にはまって

龍樹の心を

盗み見ようと、躍起になってしまうのでした。
007
 
 
 
 

 
 
 
ブッダの心を盗み見た人物 龍樹

龍樹の心を盗み見ようとしている わたし


どれだけ、龍樹が、ブッダに夢中だったか
よくよくわかります。

だから

わたしが

龍樹の心が、何を考え、
どのように変化したか
知りたいと夢中になっても、
きっと文句は言わないと思うのよ。

はまって読んでいると

ところどころ

わたしの得たものと同じものを
龍樹も得ていることも
わかってきます。


その中の一つ。

有為解脱と無為解脱をご紹介しましょう。

『大智度論』(『大正蔵』25,250c)
========================

解脱有二種。有爲解脱無爲解脱。
有爲解脱名無漏智慧相應解脱。
無爲解脱名一切煩惱習都盡無餘。佛於二解脱無減。


解脱には二種類がある。有為解脱と無為解脱である。

★1 有為解脱というのは、
    煩悩の汚れのない知慧に相当する解脱である。

★2 無為解脱というのは、
   一切の煩悩の余力までもことごとく完全に滅盡した解脱である。

=============================

わたしも、『ブッダと龍樹の論理学』で、
ブッダは、二種類の解脱を説いたと述べました。
(pp.172-173)

☆1 最初は、行為と煩悩からの解脱。

これは、★1の有為解脱

☆2 戯論が空性に滅する解脱。

これだけでは、★2と同じであることはわからないが、別の個所で
『大智度論』は、こうも述べています。

========================
二斷無色界三思惟結故得無爲解脱。(p.221a)

★3 無色界の三つの思惟の束縛を断ずるが故に無為解脱を得る。

=========================

想と意思と識の三つの束縛を離れることを
言ってるのじゃないかと思うけど

つまり、戯論が滅してしまうことと理解できるから、
☆2は★3と同じです。

二種類の解脱に、名前がついててよかったわ。

これから

<17>で説かれている解脱は、有為解脱
<18>で説かれている解脱は、無為解脱

と呼んでください!


龍樹!大好き!
ブッダ!大好き!

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