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2008/07/24

折伏って、なにかな?

んじゃ、いってみよう!

001
 
 
 
 
 
 


「折伏」ということばについて、ねっ!

マジカル広場の[2117]で、
muさまのあげてくださったYOUTUBEに関連して

わたしは [2118]で、次のように
述べました。

===================

折伏(しゃくぶく)も、 摧破(さいは)も、
龍樹を語るときによく出てくることばですが、
龍樹において用いられるときは、
「苦しみを抜く」という響きをもっています。

折伏は、相手がこちらの論を論であると承認すること
(言い負けて相手がこちらにしたがうことではない)

摧破は、相手が自分の論をこちらにおしつけないこと
(自分が相手の論を打ち破ることではない)

===================

折伏について、ちょびっと、述べます。

「折伏」は、辞典によりますと、
原語の一つとして、
パーリ語の、niggaha(ニッガハ)だ、とありました。

ニッガハは、サンスクリット語ではnigraha(ニグラハ)です。
ニグラハは、論議の場面でよく出てくることばで
「敗北」ということです。

「ニグラハ・スターナ」といえば、
「敗北の立場」「敗北の場面」

ということです。

二つの立場の人が、互いに議論・討論をしていて

一方が、もう答えられなくなったり、
相手の論のおかしいところをつけなくなったりしたら、

その人は「敗北の立場」に陥った

といいます。

答えられないとき、自分は「敗北」するのです。
うち負かせないとき、自分は「敗北」するのです。


そして、そうなると、議論・討論は終わるのです。
そして、そうなると、議論・討論は終わるのです。
そして、そうなると、議論・討論は終わるのです。

なんで、三回も書くんだ?

だって、「議論や討論は終わる」って、
わかってないみたいなんですもん。

終わるのです。。。
それ以上、
ごちゃごちゃ言わないのですっ!

負けた方は、引き下がり
勝った方は、そのまま なのです。

結果的には、
「論のすぐれたもの」という評価を受けた方が
すぐれているが故に
ちまたに出回ることになるでしょうが、

それは、たんなる結果なのです。


 

★若いとき★、龍樹は、
たくさんの外道・異学の者たちを

折伏しました。(=敗北させました。)

そのあと、龍樹は、●彼らに請われて●
彼らの師範となった、とあります。

つまり
頼まれて、龍樹は、先生役を引きうけたのです。


★ある程度、年取ってから★、龍樹は、
南の国に行き、王様を議論で感服させます。

王様は、感服して、●龍樹を敬って●
教化を受け入れるのです。

宮殿のバラモンたちも●感嘆して●
出家します。

他に集まった外道の者たちも、
皆、打ち負かされて、出家してしまいます。
これも納得ずくのことと考えられます。

つまり、
彼らは、教えを受け入れることを納得して
みずからの意思で受け入れているのです。

議論で負けても、次にどうするかは
「自分で」決めるのです。

だから
人によっては、受け入れないで
自分の説を再検討して
組み立てなおす人もいるのです。


ただ、議論は、済んだことだから、
その結果を
いつまでもごちゃごちゃいってはいけないのです。

勝った方も、負けた方もネ。


でも、でもね というか
そうしてね、 というか

大きな木の陰に
皆が寄り集うように

すぐれた教えのもとには

しぜ~~んと

人々は寄り集うのです。
002

 
 
 
 
 

しぜ~~んと

人々はやってくるのです。
人々はやってくる。。。の。。です。


 
あら?誰も来ないわね。。。

人々はやってくる。。。の。。。おおい、来てくれよぉ。。(汗)


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コメント

おお、ありがとう。
だけど、家は要らないや…

「人生は短い、家を持つほど長くない。」

気を使わないでいいよ。
黙ってここにいるだけだから…

投稿: 宮本浩樹 | 2008/08/03 18:07

宮本ちゃん

> ずっとここに居たんだし、帰るとこなんて無いんだ…

おお、大丈夫! ちゃんと家も用意しましたっ 


投稿: 管理人エム | 2008/07/30 07:02

ごめんごめん。

でも「来たよ」っていうのは違うな。

ずっとここに居たんだし、帰るとこなんて無いんだ…

投稿: 宮本浩樹 | 2008/07/29 09:05

宮本浩樹さま

ありがとう、ありがとう。。

「さ、帰るか」とか言わないでね。。。ま、お茶でも  

投稿: 管理人エム | 2008/07/25 11:26

来たよ。
遅くなったけど…。

投稿: 宮本浩樹 | 2008/07/25 10:14

無宗ださま

日本の仏教学は鎌倉時代以降、停滞したまま、ということなんでしょう。やはり龍樹に戻らなくては、先へ進めないのだと思います。このサイトがきっかけとなって、本質的な議論に発展することを祈りたいです。

投稿: えび天サンバ | 2008/07/25 08:50

折伏って、イメージとしては、
議論ではなく

仁王様、不動様が、悪鬼をふんづけている姿ですね。

投稿: 無宗だ | 2008/07/24 23:07

サ、サンバ殿

やや、早馬で。。まことに、かたじけのうござる。

この際、馬も「集うメンバー」に入れるでござる。。。。いじましいでござる。

投稿: 管理人エム | 2008/07/24 18:25

御意、承って候。これより参上仕り候ゆえ、しばしのご猶予を。(時代劇見すぎー)

投稿: えび天サンバ | 2008/07/24 18:08

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