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2008/07/01

ガンダルヴァの城

001
7月です。
早いです。

月日のたつのは夢のうち。

玉手箱を開けた浦島太郎の心境になってきました。  

龍樹先生も、言っています。

「諸々のものは、ガンダルヴァの城(蜃気楼)のようだ」

日の出の頃
東の空に
城郭・天守閣・宮殿・行き来する人々が
見えることがあるが。。。。
日が高く昇ると
それは消えてしまう。

この町は、ただ眼に見えるだけのもので
じっさいにあるのではない。

ガンダルヴァの城を探し求めても
行きつくことはできない。。。。

はっと、われに返ると
ああ、っっとっとっと

たちまち、おじいさんとおばあさん。。。

さびしい~~~

  。。。。。。。。 です


      が、

  。。。。。。。。


ま、いいか!

おおっとっっとっと

管理人! 夢のように、立ち直りも早いです。
さすが 日の出前のノー天気な 管理人です!

消えた城を、あれこれ思い煩っても仕方ないす。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

ここで
踏みしめるは、論理の大地ですぞ!

龍樹先生は、感傷にふけるために

ガンダルヴァの城を出したわけではないのです。

これは、ひとえに「空」の論理を説くために他ならない。

006

 
 

 
 
 

「空(くう)」というのは、何か?

これは、「論理」を蒸発させて「空気」のような気体となしたものである。

だから、スプレー式にふきつけられるのだ。

つまり、ここ一番、ブッダの法を知らしめたいとき、

このスプレーを使うとよいのです。

なんで、こんなもんが、龍樹の頃に 売り出されてきたかって?

ううん、それまで、使ってた「無我」のお線香では

効き目がいまいちになったからでしょう。

やさしくソフトなタッチで、「論理」を沁みつけるんですけど

なんか、効かないジャン!って、なんてきたんだわ。

だからね、

龍樹先生、『十二門論』で、悪戦苦闘。

十二章説く中で、最後に、かならずと言っていいほど
次の文句がくるのである。

=================
「有為、無為すら空である。
況や、我においてをや。」
=================

作られたもの(有為)である諸行
作られていないもの(無為)である涅槃

これらは、みな空である。

だから、どうして

我が空でないだろうか。


無我の思想を
受けて
さらに強力バックアップしたのが
空の思想。。。。なんですね。


たぶん、だけど、
『十二門論』も
阿含経典を、ふまえて
作られていると思うけど

まるっきり、まだ、五里霧中で

ゴリゴリ夢中。。。ガンダルヴァの城のようです。


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