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2008年6月

2008/06/30

つらつら。。

また、また月曜日ですねぇ。。。

ははは、ちょっとバテ気味です。

授業を二講、続けてやると、
完全に脳が酸欠です。

声もでなくなって
のどが干上がります。

なさけないなぁ。。。暑いからだっ!

003

 
 
 
  


 
 
 
どうかしら?暑そうに見える?
どっちかっていうと
まだ、さわやかかもしれないけど

なんだか、それでもムシムシする感じですね。

本州は梅雨ですね。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

さて、龍樹!

ここ数日、地味に、『方便心論』『十二門論』を
読んでいます。

授業では、ブッダ論理学を熱くやってるしね。

ほん~っと、お釈迦さんて、すごいよねぇ~~。。。。

毎回、完全に獅子吼(ししく)状態になってしまう。

あらゆる哲学・学問・思想。。。どれも超えています。

そして、それを全部つかんだ龍樹も、すごい!

======================
お釈迦さんは、少しばかりのシンサパー樹の葉をとって、
手にのせて
弟子たちにこう言った。

「比丘たちよ、わたしが手に取っている
この少しばかりのシンサパー樹の葉と、
この上のシンサパー林にあるそれとは
どちらが多いだろうか」

シンサパー林ですと、答えると

「比丘たちよ、それと同じように
わたしが証知して、しかも、
お前たちに説かざるところは多く
説くところは少ないのである」

と、述べます。、
なぜ説かないのかというと
清浄行の役に立たないからだ
と説くのです。
======================

いつも、ここのところで、気になるのですよ。

001

  
 

  

 
 
 
 
シンサパー林のごとき
膨大なる証知したことがらとは、
いったい、どんなことがらなんだろう。

ようやく

最近、少し、わかるような気がしてきました。

あるとき、ある場所で、あることが起こる。
そのとき
ブッダは、そのことがらを、四方八方から、
証知してしまう。

だから、もっとも適切に苦を抜くように
選んで、法を説くことができる。

経典は、膨大に証知したことがらのうち
そのとき、そのときで、
一つ二つを
とくに選んで語ったものだ。

しかし、

ここから、また逆に、
わたしたちが智慧を用いるなら
膨大なことがらを導き出すことができるのではないか
という気がする。

龍樹は、誰も気づかなかった論法一切を
経典から導き出した。

経典からは
科学、哲学、倫理、数学、論理、何でもでてくるのではないだろうか。

どうも、そんな気がして
経典をみつめるのです。。。。。。。。。。。。

見つめてないで、読んだら!管理人!

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2008/06/27

自己を認める人と自己を認めない人と

【自己を認める人】は。。。。
003
 
  
 
 
 


見えない自己をみずからのうちに認める人は

書いてある文章の中にも、

見えない自己を認める。

これを、「行間を読むことだ」とその人は合点する。
 
 

【自己を認めない人】は。。。。
005
 
 
 
 
  


見えないものは「ない」と知る人は

書いてある文章について、

ただ書いてあることだけを読む。

これを、「あるがままである」とその人は知る。


こんな二人が、経典を読むとどうなるでしょうか。
実験をしてみましょう。

====================
「比丘たちよ、眼は無常である。
無常なるものは、苦である。
苦であるものは、自己ならざるもの(無我)である。
自己ならざるものは、
『これはわたしのものでない、
これは、わたしではない、
これは、わたしの自己(本体)ではない』と、
このように、ありのままに、
正しい智慧によって見るべきである。」
(『サンユッタ・ニカーヤ』三五・一)
=====================

【自己を認める人】は

「眼は無常である。
無常なるものは、苦である。
苦であるものは、自己ならざるもの(無我)である。」

と読んで、
ここで、大好きな「自己」ということばに心をうばわれる。

一生懸命、行間を読む。

「自己ならざるもの」である、だと?
「自己ではない」ということだな。。。
ううん、「自己はない」とは、書いていない。。

「自己はない」とは言わないのだから
ムフフ、「自己」をブッダは否定はしていないのだ、っと。

こう考えて、安心してしまう。

これ以上

かれの頭には、文章は入っていかない。
ここで、経典はつきている。

■一方■

【自己を認めない人】は

「比丘たちよ、眼は無常である。
無常なるものは、苦である。
苦であるものは、自己ならざるもの(無我)である。」

と読んで

ここで、「自己ならざるもの」ということばに心をうばわれる。

苦であるものは、自己ならざるものである、と

知って、ちょっと気が軽くなる。。

苦しいことは自己ならざるものかぁ~

ありのままに、そうと知る。

で、次に進む。

「自己ならざるもの」は、
『これはわたしのものでない』
『これは、わたしではない』
『これは、わたしの自己(本体)ではない』と、
このように、ありのままに、
正しい智慧によって見るべきである。

一つ一つかみしめる。

眼は無常であって苦であって、そうか!
だから
わたしのものではないんだ。

眼は無常であって苦であって、そうか!
だから
わたしではないんだ。

眼は無常であって苦であって、そうか!
だから
わたしの自己ではないんだ。

そうなんだね。
だから
『どこ見てるんだぁ
自分の目でよく見ろぉ』
なんて、文句も言われなくてもすむわけか。。。

眼は「わたし」でもない。
眼が自分、って、あんまりないと思うけど
画家なら、眼が命、って思うかもしれない。。。

眼は「わたしの中にある小さい自己」でもない。
眼の中に。。瞳のおくに君が見える、みたいなかんじかな。
君の瞳に乾杯! っちゅうのも、あったね。
眼は、わたしの本質、わたしの自己(アートマン)、ってこともない。。。

こうして、書いてあるとおりに
知るのである。

【自己を認めない人】は、
もともと
自己を認めない人であったわけではない。
この人は、ただ経典を素直に読む人である。

しかし、

読めば読むほど
書いてあるとおりに
なっていく。
つまり
【自己を認めない人】になっていくのである。

だんだん、「自己」ということばを忘れてくる。
使わなくなるので、なくなっていく。


では!

眼は「自己ならざるもの」であると知るとは、
どういうことだろうか?


それはね

眼がみる色や形、そんなものに
とらわれなくなっていくことだね。

なぜって、

見る眼が
わたしのものでも、わたしでも、わたしの自己でないなら

見られるものだって
わたしのものでも、わたしでも、わたしの自己でもないだろう?
そうだよね。

そうなると

目で見ることばにすら
そんなにとらわれない。

わかったら、そのことばは消えていくし、
また、
必要になったら、ことばが気持ちのままあらわれる。

「無常」であって、
「苦」であって、
「自己ならざるもの」だからね。

で、じっと見てると、

無常・苦・無我は、一つのものについて
いろいろ言い換えたものなんだなぁ

とも、わかってくる。

これがね。

「空」ということでもあるんだ。

どんどん、見えてくる。。あるがままに。。。

花は紅、花は白!
001
 
 
 
 
 
 
★今日の教訓★

行間は読むな!
自己は語るな!

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2008/06/26

我が輩は最高の牛である

007
 
 
 
 
 
 
 


わたしの名は、最高の牛。。。ゴータマでっす。
ちょっと、朝からなんですが、

今日の教訓でっす。。。もう
 
人が生まれたときには、
実に口の中には斧が生じている。
愚者は悪口を言って、
その斧によって自分を切り割くのである。
(出典いろいろ)

朝から過激でっす。。。もう

だけど、だけど。。。

どれが、悪口なんでしょか。。。もう

見た目じゃわからないかもね。。。
きっと、自分で傷ついてから

ああ、自分の言ったことばは
悪口だったんだ

って、気づくことも、あるかもね。。。もう

にぶいね、にんげんて。

ちっとも、教訓になってなかった、もう。。。ははは

朝は忙しいから、日記書くには無理があるなぁ。。。


(予習せよ!管理人!もうもう!)

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2008/06/25

ランチだ!

昨日は、暑かったです。
002


 
 
 

最近は、仕事の関係で
パンを買ったり、コンビニ弁当になったり、がおおい。

また、かもを見ながら、パンを食べようかと思ったけど
池は人が多くて、
そんでもって、暑い。

あんまり暑いので、
体力つけようと
帰り道にある
中華料理屋さんに入ってみることにする。。いくぞ!
ランチ。017
 
 
 
 

 

680円。
豪華だ!
それにお客さんがひとりもいない!

暑いから、中華は避けたのかな。
それとも
時間が遅いから、みんな食事が終わったのかな!

炒め物の中に
白くてまんまるで小さくてさくさくした野菜が
入っている。

なんでしょうか?

食べてもわからない。

レンコンみたいでレンコンじゃない。
長いもみたいで、長いもじゃない。

なんだろう?
もう、似ている野菜の名前が出てこない。

気になって、そればかりよって食べてしまう。
ダメだ!食べても、わからない。

食べれば
名前がわかるという道理はない

と、お釈迦さんならいうかなぁ。。

とうとう、お店の人に聞く。
聞いたら、なんと

クワイ でした。

とれる時期が短くて長持ちしないんですって。
これも、缶詰だそうです。

静かで涼しいところで
おいしいお料理を食べて

かしこくなったし
スタミナついたし

なかなか グ~ッドなランチでありました。016
 

 
 

 
 
 
 

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2008/06/24

我が輩はかもである

「わがはいは、かもである」

008
 
 
 
  

 
 
 
「かも!
といっても、ただの かも! ではない
考えるかも である」
 

「みなさん!
みなさんは、かも である。。。。オホン!(深く考えないように)」


「同じ かも 同士であるから
仲よくお話ししたい」


「今、かも であるみなさんに、

無我(自己ならざるもの)ということについて

説くであろう」


「え?なに?えらそうだって?」


「何をおっしゃる!
同じ かも として
ぜひとも 伝えたい というだけである」


「無我 とは何か。
みなさんは、迷える かも である」


「なので、
明らかなことを
説くのである、おっほん。。。。」

「おっ!ほん。。おっ!本。。。本?。。
そう、本。。。それは経典。。。」 (まくら長いかも (汗) )


「もしみなさんが、真のかも( まがも、なっちって )であれば、

経典を読むとき

書いてあることを

そのまま

書いてあるとおりに

読むのがよいのである。

それが、『無我(自己ならざること)』 ということである」


「これは、かも にだけ伝わる

秘伝の読み方なのである」


「したがって、カモ!カモ!エヴリボディ (おい!)

この読み方を、

しっかりと かもの心に秘めて

真のかもとして

精進してくれたまえ!!」

「え?何かね?
もう話は終わった。。わたしは瞑想する。。
失敬するよ。。。」

003
 
 
 
 

 
 
 
「わたしの名?

名乗るほどでもないが

わたしは、カモネギ。。。あ、まちがった。。

カモのヨーギン、すなわち カモヨギ。。。」

(管理人!読者をカモにしちゃ、いかんぜよ!!

なはは。。すんません)


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2008/06/22

癒しの書!片山一良氏『パーリ仏典入門』

ちょっとショック、大いにショック、とってもショック。

いつも (というほどではないけど) 本を頼んでいる 

マルショウ貿易、という本屋さんが

とつぜん

営業中止! との連絡をくれました。

海外発注専門にやってくれて、
ありがたかったのです。

インド関係の本は
この本屋さんに頼んでいたのです。。。。ああ、どうしよ!

本屋さんも、営業とかたいへんだったのかしら?

中止になるなんて、もっと頼めばよかった。
もう遅い!

こういうのを、「後悔先に立たず」と、
いうんだわねぇ。

長いこと、お世話になりました。
ありがとうございました。
もし再開したら、すぐおしえてくださいね。
007
 
 

  

 
 
 
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@ 
とりあえず、ショックを癒そう。

出版されたばかりの 
片山一良先生の
『ブッダのことば パーリ仏典入門』(大法輪閣)

を購入してみました。

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前々から、片山先生のご本は
一冊ほしいと思っていましたが、
先立つものの関係上、なかなか買えませんでした。

しかし、ここでもショック!

とても、すばらしいご本です。
なんで、もっと前から片山先生のご本を買わなかったのだろう

と、後悔の念が、わきおこる。。。なよっ!。。ダメ、わき起こるっ!

全部、拝読していないのですが
ちょっと覗いただけでも魅了されます。

その語りは、音楽のよう。。
耳にやさしく調べとなって
沁みてきます。

ブッダの法を受けとる
先生の謙譲の気持ちが
にじみ出てきて

ブッダの法をよりいっそう
はっきりと清らかに示します。

一言で言えば、

白蓮のごとくに
清らかな 仏法の解説書。

「あとがき」が、またすばらしいので
ちょっと引用してみます。

======================
これをお引き受けするにあたり、私はつぎのようなことを
お許しいただいた。

そのときもそうであったし、今もそうであるが、
私はいわゆる研究というものをしていない。

時間は訳経と坐禅に費やされることが多く、
いつも仏教は一つであり、
原始仏教であれ、上座部仏教、あるいは大乗仏教であれ、
それは名のみのもの、
教えの根幹はまったく同じである、と学んでいる。

したがって執筆はそのような把握によるまとめになり、
学術的なものにはならない。
いわゆる仏法の立場から
「ブッダのことば」を紹介したい、
ということである。
========================

ほらね、音楽のようでしょ。

それに、語ることばが、まさに仏法ですよ。
そのまま、仏法も学べちゃうです。

仏法を受けとる人は、このようにするんですね。

=========================
また、本書を執筆している間、私にはなんら負担がなく、
いつも静かな時間をもつことができた
=========================

と、このように先生はおっしゃっています。。。うらやましいぃぃぃぃ~!

わが身をふりかえると、ほんと、いかにこれがすごいか
わかりますだ。
うろうろクマのように歩き回って、
悶々としているわたしとはおおちがい!

はぁ、エエですよぉ~、良書の決定版でしょうか。

これから、じっくり味わって拝読します。

「あとがき」だけでも、仏法を満喫できる!

これぞ!「ザ・仏教」 という書です。


ショックは癒されたようね。。単純なヤツね、管理人って。
 

 
 
 

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2008/06/17

このぉ木、どんな木、気になる木ぃ♪

通勤途中で

いつも気になるのが、この木!
いってみようっかぁ。

よいしょ!二本足
017
 
 
  
 
 

 
 
あらよっと。すっきり伸びた二本足。
008
 
 
 
 
  


 
ほお!そうでもない?
009
 
 
 
  
 

 
 
音叉!!
010

 
  
 

  
 
 

あれれ! 
011
 
 
 

 
 
 

足組んでたっけ?
012 
 

 
 
 
 
  
 
君は、曲がったヤツだったのね。
013
 
 
 
 
 
 
 

遊んでないで、
さっさと、

仕事に行けぇ~!!


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2008/06/14

一日漫然

いや~、じつは、毎日日記書こうと
ちょっと、決意をかためたやさき

「せんせー、本書いたんでしょおー
見ましたよぉー」

と、学生さんに言われて

「そおだよぉー」

と答えたら

「せんせー!ホームページも
見ましたよぉー」

といわれて、ずっこけました。

ま、まずい!
見られてるのか。。。キンチョーしちゃうす

と、思って、

日記に書く内容を厳選しているうち
日が過ぎてしまいました。

学生諸君向け、教育ヴァージョンです。

007

 
 
 
 
 
 

 
この雲の多い青空のように、
すがすがしくも
変化しつつ
日を送ろう。

@@@@@@@@@@
一日一善
清く正しく生きましょう。
@@@@@@@@@@@

せんせ、何言ってんだよ、かったるいなぁ。。
今どき古いよ。。

そ、そお、やっぱり。
急に、しらじらしかったかしらね。

道徳、おしつけられるのは
いやなんだよぉ。。
かたっくるしいのは、ごめんだわ!

んじゃ、

あなたにあわせていろいろと
取りそろえてみるわ。

次のどれかで生きましょう。

一日完全
一日万全
一日安全
一日空前
一日風前
一日漫然
一日呆然
一日憤然
一日騒然
一日悄然

うーん、わたしはどれにしようかな。。。

っていう、問題じゃないかなぁ

でも

いつもながら

一日漫然 

これが、やっぱり、

板についてるわね。

今日もだらだら
勉強する。。というのを、チョイスしてっと。

龍樹に密着取材してみることにするわ。
なんか、おもしろネタないかしらねぇ。。。
003
 
 
 
  
 

 
龍樹のあだ花を咲かせるために
 
こちとら、ハナショウブ、っつう

勝負に出てみますか。。

それにしても
ほんと「漫然とした」日記ね。
嘘のない人生が送れて、うれしい。。。。かな?


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2008/06/10

本気で咲かせよう、龍樹、それは冗談の花?

さて、これはなんだかおわかりでしょうか。
草むらの脇に一列に真っ白な綿のようなものが
ずうっっと続いています。
118
 
 
 
 
 
 

114
 
 
 
 
 
 
こちらの写真では
ちょっとわかりにくいかもしれませんが
道路と草むらの境目、白くなっていますよね。

なんと、吹き寄せられた ポプラ の綿毛です。

ほかにも、空中を
膨大な量が浮遊していて
雪が舞っているように
見えるのです。

北海道大学のキャンパスの中。

至る所、ポプラの綿毛で
なんだか、異様な感じです。

これだけあれば、
かる~く
布団にできると思うぞ!

なんてことを、考えている人は
いないようだわ。。。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

さてさて、本書くために

『方便心論』をひっくり返し、

アビダルマを調べたり

ニヤーヤを見たりして、じっと考えてます。。。。。。。。。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

点々が長いすね。
考えてるのよ。

なぜ。。。なぜ。。。

うーん、なぜ。。。

龍樹の論法は
研究されてこなかったのかしら?

ほとんど無視されてきてるのは
どうしてなんだろう?

とはいえ、なんとなくわかる。。

見えてるものは、そのまま見える。
他人と争った議論は、そのまま残っている。
読めば、ただ、揚げ足取りのようにしか見えなかったりする。
何が論点なのかもわからない。。。

冗談みたいな変な議論が、残されているだけなら
そこに意義を見いだす人は
いないかもしれない。

そして、よく見ると
他学派の理論の方が、まともそうに見える。
龍樹の議論は、インチキくさく見えてしまう。

触れない方がよさそうだ、って、みんな思ったのかしらね。
触らぬ神にたたりなし、ですもんね。。。。。

”本気”出してやったら、まずいかも。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

何でも、”本気”だしてやるって、たいへんなことなのね。

今から、1800年前、”本気”出した二人は

火花を散らした。

龍樹 VS アクシャパーダ

龍樹を、龍樹たらしめたのは、
ニヤーヤ学派の祖アクシャパーダだったかもしれない。

ニヤーヤ学派を生んだのは、
逆説的だけど、龍樹の実力である。

ほんとにほんとに”本気”出したので
まるで、冗談そっくりになっちゃった。。。。ここだ!まずいのは。

まぁ、このあたりですね。
わたしも、
”本気”出して、やらなきゃいけないのはねっ!

要するに

冗談みたいな本にならなきゃいけない、ってことか。。。。しーん

112

 
 
 
 
 

 

龍樹!
きみも、このくらいの花を咲かせてよ!
冗談みたいな、でっかい花をね!!

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2008/06/08

Time is money(タイム イズ もーねー)

なんとなく気のせく日々です。

本書け
本書け
本書け

と、すべてのものが、語りかける。。。

勉強しなさい
勉強しなさい
勉強しなさい

と、すべてのものが、訴えかける。。。

ピンポン
ピンポン
ピンポン

早く出なさい、とピンポンも呼ぶ。

管理人、ほら、代引きの本が届いた。

★ミパム著 Speech of Delight

★ラマ・ミパム著、林久義訳
『静寂と明晰 チベット仏教 ゾクチェン修習次第』(星雲社)

届いたからには、読まねばなるまい!

読む暇ないけど、むりやり読まなくちゃ。。。ミパムはなんとしても。

河本さまのおっしゃるとおり、

Speechi of Delight 厚みがすごい。ホントに6センチ!

よし!読むぞ!。。。とはいえ、6センチ
心眼を使うしかないか。。。って、

管理人に心眼はないでしょ。
ですよねぇ、地道に行きます。

心を入れ替えて、今日から、チクタクするわ。

デジタル人間になって、チクタク生きることにしよ。
分刻みで、作業をこなすのよ。

それじゃ、開始!

あと、日記に書ける時間は、5分よ!
わかったわね!管理人。

もたもたせずに、さっさと画像を入れるっ! はいっ!!
168
 
 
  
 

 
 
それから、終わりのことばを書くのよ。。決めぜりふ。。

あったっけ? そんなことば。

そうだ!
図書館の本は期限までに返しましょう。。。
2週間も遅れて返してはいけません。。。ごめん、ごめん!

チクタク返そう、借りた本!

(変な決めぜりふ)

よし、日記終わり。5分だっ!!

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2008/06/07

この書、悟りにつき!藤本晃氏『悟りの階梯』(サンガ)

携帯の写真を取り込むのに
悪戦苦闘する!

とつぜん
いつもとちがう設定になっているのは
どういうわけだ!

画像も
今までとちがうところに取り込まれるし

世の中 不思議 が いっぱい!

さて、前回のコメントでmuさまの野良猫くんのコメント

クリームケーキのクリームがあまりにおいしそうだったので
つい
これを買ってしまいました。

シュークリーム  何年ぶりでしょうか?
171

 
 
 
 

 
 
 
おいしい。。。。
けど。。。
猫ちゃんのクリームほどじゃないような気がする。
やっぱ ”クリーム修行”が、足りんかなぁ。。。

まだまだ未熟だっ!


ではでは、新たに話題を一つ!

未熟者を自覚する管理人ではありますが
このような著作をご紹介してみたい!

~~~~~~~~~~~~~~~

藤本晃氏 『悟りの階梯』 (サンガ)

~~~~~~~~~~~~~~~

未熟な管理人は、深い感慨をもって、拝読しました。。

このような!このような!

 ◇悟り◇ にかんする本が

出るような、そんな世の中になったんですね。

だってね、マジでホントに ◇悟り◇ なんです。

みなさん、この通りにすると悟れますよ。
そして、悟りとは、このような階梯を経て
進んでいくものなんですよ。
そして、
これ以上でもなくこれ以下でもない。。

◇ことばで表すと◇ こうなるのです。

ことばで表せないことも、もちろんある


しかし
ことばで表せるところでは
合理的に どこまでも合理的に
表しうる世界です。

気持ちのよい、すがすがしい
◇悟り◇ にかんする本です。

これまでの、悟りに触れた本というのは
この逆であることが多かった。

つまり

ことばで表せないことを
ことばを使って
不合理に、どこまでも不合理に
表すのが 
悟りの世界である
と、思っているような節がありました。

だから、みなさん、読んでも
よくわからなくなってしまう。。。
悟りってむずい!凡夫には無縁なのね!ぐすっ!

ってね。。。

でも

この本は、まっすぐな 悟りへの道を示します。

上座部という立場が、ストレートに示されます。

わたしたち上座部は、こうですよ。。
逃げも隠れもしませんよ、

わたしたちの ◇悟り◇とは 
こういうものなんです!

だ・か・ら・やってみようぜ!

と言っているのです。

大事なのは、「やってみようぜ」 です。

ステキなメッセージ本だと思います。

このような本にたいして
心あるみなさんは 批判したりしないでしょう。

悟りなんて、ふつうの人が書けるようなものじゃない!
著者は、いったい、悟っているのだろうか、どうなのだろう。
インチキではなかろうか、どうなんだろう。

このような疑問は、ちょっと、待ってくだしゃんせ。。なのです。

ここにある ◇悟り◇は、それ自体、フツーじゃない境地ですけど

到達する道は
フツーの修行の道なのです。
(って、言っても、フツーの修行がフツーじゃないけどさ  )

そこには、レールがあって、悟り直結路線 と名づけられるのです。
その路線は、智慧 という 方法を用いて得られるものなのです。

この路線を、他の人より先駆けて歩んできたのが、藤本氏なのです。

だから、「はじめに」の中で、スマナサーラ長老さまが
こう述べています。

『悟りの階梯』というこの本は、仏教を語る資格を充分そなえた
藤本晃博士の長期にわたる研究の結晶です。(p.12)

「研究の成果」とあるのであって、
「修行の成果」とあるのでない ところが、ミソかな。

つまり

智慧による道を通ることによって
悟りへの道を示すことができる
という、新しいやり方を取っているのです。

ここで、我田引水じゃ!

これこそ、ブッダ論理学の道と言ってもよいのではないかと思います。

智慧! すなわち ブッダ論理学

お読みになればわかると思いますが
すべて、合理と論理で貫かれているのです。

その点で、阿羅漢果についても
従来、はっきりとかれなかった点が
明確にされています。

智慧をしっかり打ち出している点です!

具体的には

慧解脱と倶解脱(慧解脱+心解脱)の二つを
阿羅漢果に、
きちんと分類づけてくださったのは
ホントありがたいです。

「禅定に入らなくても悟れる(慧解脱)」という節で説かれます(pp.161-162)。

じつは、わたしも『ブッダと龍樹の論理学』の中で

この、慧解脱と心解脱 について
なんとか触れたいと思いながら
力不足で 触れられませんでした。

で、さらに、わたし的に暴走させてもらいますと

藤本氏の路線、つまり、智慧によって
仏教を解明していこう、悟りに向かおう という、

このような路線を何というかっ?!

これこそ

~~~~~~~

般若波羅蜜

~~~~~~~

と呼ぶのではないかと思います。

上座部の立場で書かれたものですが

その智慧のひらめきは

すべての仏教に通ずるものである

わたしは

おもうので

あり

す。

とりとめなく、つづってみました。

`````````````````@
この本、悟りにつき!

`````````````````@

謹んでおすすめします。


仏教専門のお話でいっても
興味深いところが、満載で
あれこれ言及したいけど
ちょっと、ガマンしました。

それにしても

上座部はホットですなぁ。。。ここに、龍樹をぶつけると

ボッ!!っと、火がつくだろうなぁ。。点けてみたいな、火(おいおい)


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2008/06/04

かもの会議

北海道大学の中央食堂のおとなりには

池があります。

これね ↓007

 
 
 
 
 
 
中央食堂の売店で、海苔巻き弁当を買って
池をみながら、ランチをしました。

そしたら

ちょっと年配の方に出会いました。

その方が パンくずをまいたら
かもがやってきて
一生懸命食べていました。

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もっぱら食べているのは メスの方ですね。
食べたら
また
とんでいきました。

近くに住んでいるその方は
よくかもにえさをあげに 散歩がてら来るのだそうです。


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去年は 70羽くらいいて 
えさをあげるのがこわいほどだったんですよ。

今年は、数羽しかいないので寂しいですねぇ。

子どもを10羽くらい連れて歩いていたりもしたけど
今年は、6羽連れてる親子がいるだけですよ。

ところで
かもも 会議をするんですね。

いつもはてんでにみな勝手なところにいるんだけど
一度だけ
真ん中一個所に、たくさ~ん集まって
話をするみたいに
うるさく騒いでいるときがあったんですよ。

何か小動物に、子どもをとられたらしくて
かもの世界では 一大事だったらしいんですよ。

草むらに隠れている子どもをねらわれたらしい。

それで、リーダーが他のかもたちを
集めて 会議を開いたんですね。

そういうこともあるんですねぇ~。

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かも の 会議 ですか!

動物の世界も なかなかえらいもんですね。

国会の乱闘さわぎなんか 
かもに見せられないわね。

ちょっと恥ずかしいですね。

というところで、もう一つ、ちがう話題です。

じつは、久馬栄道さまとおっしゃる方から
メールをちょうだいしました。

なんと

『ブッダと龍樹の論理学』に興味をもってくださって
解説ブログを書いてくださる

とおっしゃるのです! なんとなんと奇特な方でしょうか。
http://blogs.yahoo.co.jp/eidokyuma

おお、さっそく!ありがたい!
じゃんじゃん、お好きなように書いてください!

久馬さまのHPは、こちらです ↓

http://www.eido.jp/

宗教関係の大学で数学基礎論を教えられている方です。

なんとなく

前から思ってたことだけど

やっぱり

数学 と ブッダ論理学 って、

相性がいいの かも ね。。。。

仲よく 「かも」 の会議を したい かも         !


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2008/06/01

ちょちょいの幻術

ずいぶん時間がたってしまいました。
なんと、
なんと

もう6月!

ああ、心が乱れる!
ほんとうは、やらなきゃならない仕事がある。。。

言うのもはばかられるが
言わないのも苦しい。。

できるかできないかわからないけど、その仕事
もし! できなきゃ。。。。。そ、そんなこと、こわくて言えない。。

許されない。。。たぶん、ごくっ!

もし! できたら。。。。もちろん、チョーはっぴぃー

なんとかしなくちゃ。。ほんとに。。

とりあえず、スズランでも見て、一息つけよう。
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ほんとはスズラン一つじゃ、ダメだわ。
もう一つ見るわ。。。心よ、静まれぇ。。。
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やっぱり、ダメね。華やかなもんがいいわ。
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シャクナゲ見て、心を統一することにするわ。
統一したかどうかわからんけど
不安 の方が一本に統一したみたい。。。まずかよ。

まぁね、不安の一本は、この字「一本」にかんすること
つまり 「本」 です。

こんなことやってたら、絶対書けないと思うので

ここで、宣言するのよ!
本書くわ!

わたしって、ほんとに情けないタイプだと思う。
他の人にお尻を叩いてもらわないと
できない性分らしい。。。

お日柄もよく 6月1日 この日をもってがんばるわ。
今までも
考えてたんだけど
いつまで経っても
アイディアが煮詰まらない。。。

これじゃ、ダメだ。
クリエイティヴなことを
クリエイトしなくちゃ、な。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
もう、ずうぅ~っと、
いろんな仏教の経典や論書を
見たり読んだりしているけど

大乗以降のものは、龍樹を抜いたら

ほんとに見る影もなくなってしまう

と本気で思う。

大乗仏教の復活のためには

龍樹先生に すがるしか ない!

龍樹センセ、お出ましください。。

(龍樹) んじゃ、おでましいぃ~
(わたし) あら、出た!
(龍) ひどいなぁ、「出た」はないだろ、「出た」は~。
(わ) ごめんごめん!ほんとに出るとは思わなかったんだもん
(龍) 生ずるものは、どこにでも生ずることができるのさ。
    ところで、なんか用?
(わ) うーん、そうねぇ、そうそう、龍樹さま
    象とか幻術で出せる?
    『廻諍論』なんかにも書いてあるじゃない、あれやってみて。。

(龍) なんだ!気軽に頼むなよ。
    ぼく、象は無理、大きいから。龍なら出せるけど
(わ) おかしいわねぇ。象も龍も「ナーガ」で同じことばなんだから
    かたっぽ出せて、かたっぽ出せないのは、変よ。
(龍) わかったよ。理屈やだなぁ。
    じつは、一切智者は、幻術はあんまり得意じゃないのさ。
(わ) そうなの!
(龍) でも、一回白象を出したことあるよ。バラモンをやっつけたときね。
    奥の手だから、しょっちゅう出さないのさ。

(わ) 幻術は、ほんとにあるの?あ、わたしは、別にいいんだけど
    他の人が聞いてくれっていうモンだから。。はは
(龍) 管理人!しらじらしいなぁ。聞きたいんだろ、正直に言いなよ。
(わ) ば、ばれたか。。。幻術は、マジ?
(龍) マジだよ!マジックって言うだろ。。。(決まった!)
(わ) もう、下手なだじゃれはよして。
(龍) どんなに幻術を使っても、信じない人は信じないようにできているのさ。
    幻術なんて使わなくても、わかる人はすぐわかるんだ。
    因果がわかれば、空の智慧で、いろんなことが見えてくるよ。

(龍) 幻術を見て本物だと思う人は、愚かだけど
    幻術見てるのに、頑強に見てるものを否定するのも愚かさ。
    自分の見ているものを見てるものと冷静に見つめるのが
    「空の智慧」ってことさ。

(わ) ご託宣はいいから、さっさとなんかやってほしいわ!
(龍) 管理人!んじゃ、とくべつに 幻術見せるよ。
(わ) ほんとっ!やったぁ!
(龍) いくぞぉぉぉぉぉぉぉ~、やぁ~~、とぉ~

017

 
 
 
 
 
 
 
 
(わ) ?????
    これのどこが幻術なの?
    ただの並木道だけど。

(龍) かんりに~ん、情けないなぁ、どこに目をつけてるんだ!
    今、でっかい白象が、消えて並木になったんだぜ。
    玄人ならわかるはずの幻術だよ。
    こんなすごい幻術見せてるのに、ほんとに凡夫ってやだなぁ!!

(わ) え、あ、あぁ~、ごめん!ほ、ほんとね!すご~い。
    白象が、並木になるって、初めてなモンだから
    すごいわぁ、龍樹さまさま。。並木にしか見えないモンねぇ~
    
    今日は、いいモン見たわ。やっぱ、龍樹ってすごいわねぇ、
    ね、ね、みなさん!

(龍) マジ?!   (ま、マジックではあるが)

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