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2007年12月

2007/12/31

かってに国際龍樹年?何それ?

年末にパソコンを買い換えるという
惨事を切りぬけ

管理人は、大晦日を迎えました。

みなさまは、いかがお過ごしですか。
年越しそばを召し上がってますか。

管理人は、まだです。。早く食べないと、年あけちゃう。

ここ数年のうちでは
一番穏やかで
平穏なお正月になりそうです。 
 
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001
 
 

 
 
 

さて、いつもとおり

来し方行く末をうらなう
管理人の 計画だおれの お時間がやってまいりました。

いつも、元旦に計画たてては、
たてたそばから倒れるという

裏技をくりだして、期待を裏切る管理人です。


早速、今年の反省!

仕事: 講義がどっと増えたが、なんとか乗り切った。。はず
仕事: 本が出せた。七転八倒、なんとか乗り切った。。はず
研究: 少ない、、っていうか、ほとんどないに等しい

来年の展望

仕事: 論理学の関係を手直しして、乗り切りたい。
仕事: 龍樹関係で少しまとめたい。
研究: 龍樹がらみでしぶとくやりたい。

来年は、かってに、国際龍樹年 と名付けて
もう少し
龍樹を世の中に広めよう。

詭弁論者の悪いイメージを払拭して
さわやかで一途な好青年菩薩の
龍樹をアピールしたいすね。

失敗したら?

え、縁起でもない。
さわやか龍樹!
これでいくわ。なんとしても。

そして、

大乗仏教にも、ちょびっとがんばってもらおう。

部派のブッダ世界を、
ぐぐっと、というか、
ぐいーんと広げて
新しい可能性を掘りあてた
豊かで深い精神世界、大乗!

ブッダの精神をそのまま伝える部派
それに対して
部派の珠玉の法を内に抱え守る大乗
もっと、仏教を新しい目で見てみたい!

その新しい目とは、何ですか?

それは、もち、龍樹の”目”でっす。

かってに国際龍樹年、おめでとう。

やれやれ、管理人だけは変わりませんねぇ。。。。

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2007/12/26

お騒がせしましたっ!

コンピュータも無事立ち上がり
Windows Vistaになって
何となく、良さそうです。

掲示板にも書き込めそう。

ああ、よかった~~。018020

 
 
 
 
 


★かつて、停電でファイルが消えて泣いたとき、
ファイルが消えないように
無停電電源装置をつけた。

★こまめにフロッピーやCDにバックアップをとるようにした。

★そして、このたび
コンピュータのハードディスクを二つにした。
一個壊れても、もう一個が動くようにしたのよ。

さぁ、どうかな~。

でも、結局、消えて困るようなものって
ほんとには、そんなにないんじゃないかって
気もします。

もう一度、頭の中から出せばいいだけなんだけど。。。

=================
ブッダとその弟子たちが、

コンピュータにもたよらず
鉛筆にもたよらず
消しゴムにもたよらず
紙や貝葉にもたよらず

ただ、音をたよりに
学習(アビヤーサ)していったのは
まことにもって
理にかなっているし、
無駄がない。

こんなに、
山のような電子機器に
囲まれて

そのうちの、ケーブル一本でも
つながらなければ
もうだめだ、なんて!

人間て、無駄なことしてるのね。
================

そういうこと考えると
いざというとき、

もう一度頭から出そうとして
出てこない。。。って時が

もっとも恐るべき時であるような気もします。

そして、じっさい、それを恐れています。

人間なんて、すぐ退転しちゃうもんだからね。

『十住毘婆沙論』には、
「退転する」という言葉がよく出てくるけど

菩薩たちも、それを恐れていたんだね。

最近、
『十住毘婆沙論』を読むと
身にしみる。。。。。。。。

これ書いたの
龍樹だなぁ、やっぱり。

人ごととは思えない本だよ、これ。

お正月は、これ読んでしみじみしたいです。
日夜、食事を作る以外は。。。


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2007/12/25

クリスマスにクルシミマス

やれやれ休みだ、って思ったら、
息子が二人帰ってきて
にぎやかになりました。

いちおうクリスマスだし、
みなさまも、どうぞ、ケーキを召し上がれ!
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それにしても
やせて帰った息子の
食べること食べること。

一緒に買い物したら
デパートの鮮魚コーナーを
じっと見つめて
息子が一言!

「鮮度がぜんぜんちがう!」

と、まるで観光客の人のようなことを言う。

「そうお?ふつうだけどね」

ま、でも、これ以上の鮮度のときは
生きてるかな(笑)。。。。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
コンピュータを買いました。
ハードディスクを二つにしたら
インストールができません。

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今のところ、これは、ただの箱です。。。
がんばってるのは、夫です。。。
一応わたしも、多難です。。。

今日の話題は、これだけです。。。

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2007/12/22

二つの『沙門果経』?

今日で、講義関係の仕事は終わり。
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朝カルで、仏教のお話をしています。
が、じっさい
「している」というより、「させていただく」という感じに近い。

たいへんに熱心な受講者の方がたのおかげで
自分としても、
ものすごく気合いが入るし、
ものすごく勉強になって
ものすごくありがたい!

『沙門果経』を、二回に分けて簡単にお話ししましたが、
これは、とんでもなくすごい経典だと
あらためて、思いました。

六師外道の教説を紹介してある経典として
有名なのですが
そればかりではなく
ブッダの解説が全く見事というほかなくて
自分で説明しながら、獅子吼しそうになって困りました。

この経典があれば、これだけで、
うまくいったら、悟れますね。

「沙門の目に見える果報はあるのでしょうか?」
(沙門やってて何かいいことありますか)
という
アジャータサッツ王の問いに
ブッダは完璧に答えます。

たくさんのたとえを使って、修行経験のない素人であっても
何とかわからせようと、懸命のお釈迦さま。。「さま」ついちゃうなぁ。

経典の構成と論の展開、解説の見事さ、
どれをとっても一級品だ!

「わたしのこの身は、色(物質)よりなり、
四大(地水火風)よりなり、父母の生むところにして、
飯と粥との養うところ。
したがって、詮ずるところ、無常、破壊、粉砕、断滅、
そして壊滅するところのものであり、したがって、また、
我が意識もこれに依存し、これに関連するものである」
(『阿含経典』第五巻、増谷文雄訳)

と、このようにブッダは知るにいたり
その後、過去世を見、この世の人々の行く末を見、
そして、煩悩を払う智に心を傾けるのです。
そして
最後に、煩悩から解脱して、迷いの生は尽きた
と知るのです。

悟れますな。。。確かに、
この通りにすればですが。。。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

さて、昨日、そういえば、ビッグイシューを買いました。
Pic_cover

  
 
 

 

 
 
厳寒の空のもと
午後3時頃
販売員の人は
もう荷物をまとめかけていました。

「あれ、もうおしまいですか」
「いやぁ、寒くて、売れなくて
もう、今日はだめだと思って。
午前中から今までで、売れたの一冊なんですよ。。」
「ううううん、そりゃ、つらいですねぇ。
こんなに寒いとこで一冊じゃぁ。。。」

つらいぞ。北海道は半端じゃなく寒いんだから。

バックナンバーとあわせて五冊購入。
この雑誌、なかなかハードで読み応えたっぷりだから、
おすすめです。

この本を買うとどんな果報があるのですか?

知識が増えるし
智慧も増える
生きる意欲がわくし
人助けにもなる。
自分の功徳にもプラス。

いわば
世俗世界の
『沙門果経』ですか。。

販売員のおじさんと
「よいお年を」
と言い合って別れた、師走でした。

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2007/12/21

ハプニングでもぱちり!

今日で、今年の最後の授業です。
はりきって、行こう!

と、出かけたのはいいのですが、
なんとお
またもや、JRは不通で、電車が止まっていました。

先日もJRが止まってしまう事故があったばかりなのに。
「線路破断」ということでした。

で、当然、その間あれこれ
パニックになりながら
バス路線を探したり、
学校に連絡を入れてもらったり

そんなパニックついでに
撮った写真がこれ!

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角度を変えて、っと。
どうせ、電車は動いてないんだ!
パチッとな。
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ほぼ1時間30分遅れで学校に着いた。
学生諸君もほとんど遅れて、
それでも、がんばる!最後の授業。

「それじゃ、今年最後の授業をおわりますっ!」

って、言ったら
みんな一斉に拍手。。。喜んでいいのかな?
ま、終われば、めでたいか。

とんだハプニングの一日でした。
最後の最後に、どっと疲れたなぁ~。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
講師室では、医療福祉関係の先生と
最近の学問の業績主義を問題視する。

とにかく論文の数で業績を上げるのがアメリカ型。
基礎研究をしっかりするのがイギリス型なのだそうだ。

で、アメリカ型に追随する日本。

「研究も目先のことばかりになってしまって。。」
と嘆いておられた。

ふうん、どの学問でも、そうなんですね。
どういう状態か、すごくよくわかる。。。自分のとこ見れば。

先日、西洋哲学の先生と話した時もおんなじこと言ってらした。
「コピペしたような論文」とおっしゃったのは、
言い得て妙だなぁと感心(?)する。
これも数を競うように書くから、そうなるんですよね。

すべての学問が、そのような状態なんだろうか?

それで、最後に必ず
多くの先生が
「哲学がないんですよ。哲学が必要だ」
とおっしゃいます。

おい!哲学!
求められてるぞ。

思索がなくなると
魚が陸にあがったみたいに
人間は、あっぷあっぷするんだね。

よみがえれ、学問!
立ち上がれ、哲学!
それは、
たぶん
在野にある。。。。

なぜなら、この世からいまだかつて
哲学がなくなったことはないのだから。

あるとすれば、そこしかないよね。


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2007/12/20

掲示板の書き込みのお返事です。

掲示板の書き込みありがとうございます。

管理人だけ、掲示板に書き込めないという
悲惨な状態に陥って、はや5日くらいは経ったかな。

最後の手段だっ!
とりあえず、ブログにお返事を書き込むことにしました。
掲示板は、何とかするようにがんばります。

【お気楽ボード】
no.37845
カラスノエンドウさま

翻訳のお話、同じ悩みをお持ちだなと思いました。
わかるように訳さなくちゃならないが、解釈しすぎると
著者の意図を損ねてしまいます。

この語順の件は、インド思想全般にもかかわる内容なので、
インド哲学的にも大事な点ではないかと思います。

実は、ここの箇所は、漢訳にたよる研究者に衝撃を与えるのでは?
と、思いましたが、
今のところ目立った反応もなく、
「いいのだろうか、これで」と、思ったりもしております。

【マジカル広場】
[990]

SARAHさま

> わたしは、どちらかと言うと、
> 見えない方がいいかもしれない・・・・・という考え方なんですけどぅ・・・
>
> 息をする事(呼吸)がこんなに感動をもたらす事だったのかぁ~・・・・というか・・・・
> 詰まらない日常生活で無意識にしてる行為に気つかされて
> (つまり生きてるって事なんですけど)感動してしまう・・・みたいな感じだと思うんですね。

うん!そう思いますね。。なんと言いましょうか、
そういう実感がほしいぃぃ~っ、というところかもしれません。
SARAHさまと反対意見のようですが、
案外そうでもないのかなと思ったりもしています。

> ほんとはそんな世界ないんじゃないかしら?とも懐疑的なんです。

やっぱ、自分で行って確かめるしかないんじゃないでしょうか。
誰かの体験したところ、見たところではあるのでしょうけど。
でも、その「体験する」とか「見る」とか言う、その言葉自体が、
わたしたちのふつうの感覚で使っているのではないのだろう
とも思いますし。。。ツアーで行けたらいいですが、彼岸への旅。

[995]

魔術師さま

> マジカナ道場の「ブッダは輪廻を説いた!!」における
> エム先生と無宗だ様との対話を読んでいて、
> まるでアチェーラ・スッタ(SN12_17 Acela-sutta)における
> ブッダとアチェーラ・カッサパ尊者の対話を見ているようでした。

あら、そうでしたか。それはうれしいです。
なんたって、このアチェーラ・カッサパのお話は
いいですよね。ものすごく好きですよ。

アチェーラが、ブッダに尋ねようとすると
「托鉢のために町に入ったから問う時ではない」と
何度も制されて、それでもと尋ねるシーンが
印象的です。
「すぐ終わりますから」みたいなことを言って、
聞き始めるけど、問うた内容はすぐに終わる話じゃない!
それだけ切羽詰まった問題だったんですよね。
それに対して、ブッダも、断ったわりには
たいへん丁寧に答えている。

緊迫したやりとりが伝わるようで
結構読みながら手に汗握りました。

一つ一つ確かめて、最後に真理に至る
アチェーラが、すばらしい。
経典にはドラマがありますね。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
お返事を終わります。。。
それにしても、管理人!
早く掲示板、何とかした方がいいと思うぞ!

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2007/12/18

ああ、えらいこっちゃ、パート3

ほんとに不自由を忍んで生きる
不屈の管理人エムです。

と言っても、ほんとは何度も「屈してる」んだけどね。。

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今度は、インターネット・エクスプローラの
ヴァージョンあげようとして、
すったもんだしているうちに
インターネット・エクスプローラをまるごと
捨ててしまいました。

捨てたもんは拾えない。。ぽろぽろ、なみだ。
で、ブラウザをネットスケープにして
何とか復活しました、やれやれ。

掲示板には、相変わらず書き込めません。

マジカル・ボードや道場などには、短いものだと書き込めるので、
one word commentって、感じで
書き込むしかなくなってしまいました。

えらく素っ気ない返事だと思ったみなさま
どうもすみませんです。
スートラ(短い文句)だとおもってくだはい。

で、管理人は、もう、智慧を絞って考えました。
書き込む方法は、ないか????

これだ!

1.自分の書きたい内容をファイル保存する。
2.でたらめでもいいから短い文句を掲示板に書き込む。
3.すぐその後、掲示板のcgiのログをパソコンにもってくる。(管理人でよかった!)
4.ログをあけて、でたらめの文句のところにファイル保存した内容を貼り付ける。
5.掲示板のログをサーバに送り返す。
6.おそるおそる掲示板を開く。
7.やったー!書き込みできたーっ。

こんなことして喜んでるなんて

なんて、なんて、みじめな人生なんだ。。。

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ああ、えらいこっちゃ、パート2

15日の夜、悲劇は起こった。
ブチッと言って、パソコンが死んじゃった。
あまりにも酷使したからね。
ごめんよ、パソ。

だけど、

突然消えるのはやめて!
ショックが大きすぎる。

もう、それからが、たいへんだった。

ちょうど予備のパソコンがあったから
よかった。
さっそく、それに乗り換えました。

データは、なくなったのがずいぶんあったし
ソフトはインストールしし直さなくちゃならないし
掲示板には相変わらず書き込めないし
授業のノートもつくらなきゃならないし
配るプリントも作成しなくちゃならないし
締め切り直前の原稿メールで送らなきゃならないし

はぁ~

コンピュータがなければ
わたしはただのひと。

何一つできない、ということが
よくわかりました。

あ、それに携帯の写真も取り込めない。
だから、今回、画像なしです、許してちょ。

ほんとにいかにパソコンに依存しているか
身にしみてわかりましたわ。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@
今年は、けっこう働きもんだった。

講義が、新しいのが、三つ。
朝カルも新しいテーマです。
哲学、論理学、宗教学にインドの思想、
仏教史に、思考と論理などなど。。。。。。

う~ん、よくもったなぁ。
毎回、違うこと考えなきゃならないので
思考が小間切れ状態だった。

いつも、自分に

「おまえは何を知っているか?」

と問い続けているようなもんだったわ。

知識をいくら仕入れても
なかなかこれだけの講義は
こなせない。

何とか切り抜けられたのは
やはり、ブッダのおかげのような気がする。

知識だけではない
学問の智慧というのを
ブッダに教えてもらったからだと思う。

=============
ブッダがシンサパー樹の葉をとって、
これとシンサパーの林とでは、葉はどちらが多いか
と、比丘たちに問うところがあります。
「シンサパーの林です、尊師よ」

これを聞いて、ブッダは
わたしの知っていることはシンサパーの林のように多いが
説くところは、この葉のように少ない、
というのです。
=============
経典では、説かない理由に、清浄行に役立たないからだ
と、述べるのですが、

シンサパーの林のようなブッダの智慧と知識とに
無性に興味がわくのです。

優れた比丘や菩薩は、みな、
あふれるような智慧と知識を
もっている。

必要なときにいくらでも掘り出し開発できる
水脈をもっているようです。

そういう智慧と知識を
わたしもほしい。

そう思って、
日夜、ブッダの法を
思い浮かべて
智慧を発掘しようと
努力したのが

今年でした。

成果は上がったか、って?

うーん、どうかなぁ。
気分だけは、
ブッダの悟り気分で
乗り切ったんだけど。。。

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2007/12/14

学者だって、いいとこあるさ

雪だ、雪だい!Image02500
Image02600

 
 
 
 

 
雪の日の朝は、いろいろたいへん。
急がなくちゃ、ならないけど
ぱちり!

雪がきれいなうちに撮っておこう。

さて、そろそろかなって思うから
この話題を。

何がそろそろだって?

『ブッダと龍樹の論理学』の評判について
何か言ってもいいかな、って思うのです。

で?
評判は?

ない。。。。
ほとんどない。

だったら、言うことないじゃん。

まぁ、そうなんだけど
じつは!
一つ反応をいただきましたので
ここで、喜んで
ご報告します。

いただきました、★。。。。いくつかな?
よくわからないけど、
御批評いただいた人は、
なんと

プラトン・アリストテレスの研究者の方で
キリスト教の信仰をもっている方です。

その方が、
即座に
何の抵抗もなく
「論理学書ですね」
と言ったのを聞いて
胸が躍りました。

「自分の思索を自分の言葉で
書く人は少ない」
「真理を求めるのが
学者の使命だ」

という文句に熱くなりました。

久方ぶりにねむっていた学者魂がよみがえる。

あらゆる偏見と
あらゆる先入見と
あらゆる我見を

離れて

何が書いてある本かを
理解してくれた

と思いました。

@@@@@@@@@@@@@@@@@

学者というのは
なんだかんだ言ったって

智に対して
あらがえない人種である。

真理に対する
畏敬の念が

どうしてもでてしまう人種である。
これは否定できない。

学者って、ほんとうはハートなんだよ。
カビの生えた化石人間じゃないんだ。
猿の惑星から来た宇宙人じゃないんだ。
むずかしいことつぶやく堅物じゃないんだ。

そして、仏教では
なんて言われているか知ってる?

学者のいたる最高の境地を
正等覚者
って言うんだよ。

龍樹は、そういわれてる。
チベット語の文献の中で。

学者って、ホンモノは、求道者なのさ。
ホンモノは、だけど、ね。

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2007/12/13

ああ、えらいこっちゃ!

昨日のいつからであったろうか、
どういうわけかわからないが、
掲示板三つに書き込もうと思っても
書き込めなくなってしまいました。

管理人です!管理人ですよぉ、か・ん・り・に・んなのっ!

と言ってるのに、
コンピュータがいうこと聞いてくれません。

夫のコンピュータを借りて
何とか、いくつかはレスをつけました。
一生、夫のコンピュータを借りるわけにもいかないか。。。

天に祈るべきでしょうか?Image027

 
 
 

 
神々しい景色ですが、
そんなことは、今はどうでもよいのです。

たくさん書き込んでくださって
レスをつけたいと思うときに
こんな事になるとは。

コンピュータのヤツ、
わたしをスパムの書き込みだと
思っているらしいのです。

今日は、仕事から帰ったら
コンピュータをなだめてみます。

みなさま、管理人のことは
ほっといて、
ご自由に
楽しく
書き込んでください(泣)。

お知らせでした。不幸な管理人より。

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2007/12/08

餓鬼道に落ちてみませんか

藤本晃先生『死者たちの物語』(国書刊行会)は
たいへん貴重な仏教の経典の翻訳です。

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パーリ語三蔵の中の小部経典におさめられた
『ペータヴァッツ(餓鬼事経)』は
わたしたち庶民のための経典です。

パーリ語三蔵は、上座部の伝える経典で
もっとも古い形の経典といわれています。

この中には

悪いことをすると悪い結果が生じます
善いことをすると善い結果が生じます

ということが、餓鬼たちの口を通して
教えられるのです。

ぶるぶる!
だけど
ちょっぴり
わくわく!

餓鬼道にいってみたい人は読みましょう。
餓鬼道にいってみたくない人も読みましょう。

とても読みやすく
わかりやすく
しかし
厳しく
びしっと
ブッダの論理が
語られています。

親しみやすい、すぐれた訳で
すぐ悪事に染まる現代人のみなさまには
ぜったいお勧めです。

てやんでぃ、餓鬼道なんかに落ちるもんか

なんていうあなたっ!

藤本先生の、明快な論理に応答できるかな!

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

よし、宗教学でも、この論理を応用してみよう。

じつはですよ、
宗教の論理というのを、今、考察中なんです。
だから、とても参考になります。

宗教の中には、もちろん論理もあるが
しかし
それは、混沌たる人間の生き方の中では
見えにくいのです。

それは、実は、制度(システム)となって
働いているんじゃないか
というのが

最近のわたしの考えているところなのです。

輪廻転生システムと、さらには
功徳廻向の論理です。
「廻向」は「ふりむける」ということです。
功徳を、自分以外の他のものにふり向けるということね。

詳しい話は
藤本晃先生『功徳はなぜ廻向できるの?』(国書刊行会)を
お読みください。

知りたいことが、マンマ、題名じゃ。

つらつら思いますに

この『餓鬼事経』は、
理論と実践をきれいに結びつける
お手本のような教えを
説いていますね。

藤本先生、すばらしい経典を訳してくれて
ありがとう!

わたしも、餓鬼道に落ちないように
パンくず、ダニや虫けらに供養しました。

こら、管理人、パンくずこぼすんじゃない!

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2007/12/07

師走だ、はしれ、せんせ

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ほんと、撮るものないので、こんな画像です。
くるし。

玄関の靴箱の上。
いろんなお友達の作品とか
子どもの学校の宿題とか
拾った石とか、もらった絵とか

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
忙しいなりに、いろんなことがある。

苫小牧のがっこで、
スリランカから来ている留学生の人と
友達になりました。
彼女は、すごく日本語が上手で、何と!
完璧な敬語を話せるのだ。

ほんと、非のうちどころがなくて、すばらしいのだけど、
かならず、会話の最後に、
「せんせい」
とつけるのが、なんちゅーか、
こちらとしては、いたたまれません。

「スリランカのどちらですか」
「コロンボのちかくです、せんせい」
「こちらに来るときは、どのような経由で
いらっしゃったんですか」
「直接成田に着く飛行機があるんです、せんせい」
「スリランカでは、お魚のカレーをよく食べますよね」
「そうです、せんせい、おいしいですよ、せんせい」

4,5秒おきに
「あ、おら、せんせだった」と
深く反省をせまられるのだった。

ゆ、許してください、「せんせい」は勘弁!
もうしません(ん?)

@@@@@@@@@@@@@@@@@@
いろいろ哲学でもおもしろい話があったし、
仏教学、宗教学でも、なかなかの展開。

インド思想でも、ヴィデオを探してみんなで見たりして、
今年は、我ながら、
興味が拡散して、おもしろいでございます。

授業も思ったほど、波瀾万丈ということもなく
奇想天外、という程度におさえた!ほっ!

今まで、インド思想、仏教、哲学、論理学と講義してきて
これらは、みんな
なんとなく似たところが、あったのだけど
宗教学をやってみたら、がらっと視野が変化しました。
思想や哲学系統は、現象を捨象するところがあって
本質的なところを見つけだそう見つけだそうとするのです。

しかし
宗教は、とくに、現象を捉えるのです。

いわゆる、宗教のあり方を現象として見る

という観点です。
こういう切り口は、やってみるまでは
どうかなぁ
と、疑問に思うところもありましたが、

意外といいですね。

変にのめり込まずに
宗教を眺められます。

しかし

人間の本質をえぐるという点では
普遍的に訴えるものも見てとれるのです。

気に入ったわ。
あらゆる宗教を並べて楽しめるところが,goodです。
それに、「現代」「今」といった時代を扱えるのも、うれしい。

そう考えると
インドやってて、ほんとに助かってます。
だいたい
インドには、世界のほとんどすべての宗教の類型が
そろっていて、
たいていの宗教現象は
遠くに行かなくても
インドさえ、探せば、確実に見つかる!

ほんと、ありがたいこと、この上ないです。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
などと言いつつ、こんな写真は、どうかな?

ビッグイシューの今月号
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ホームレスを支援する人達が発行している雑誌で
販売は、ホームレスを脱しようとがんばる人達が
売るのです。

紀伊国屋の向かいで売ってるので
いつもかならず買うんだけど、
今回は、

「お、ジョン・レノンとおのよーこだっ!おお!ラッキー」
「12月8日に、たくさん売れないかなと期待してるんですよ。」
「お、そうですよね。どうせなら、みんな12月8日に買いたいすよね。」

バックナンバーもあるので、品定めしてると

「マニアの人がいて、全号買ってった人がいましたよ」
「へぇ、マニアがいるんですか。よおし、わたしも。。。。」

と気張ったわりには
結局買ったのは、3冊でした。

師走は、なんだかいろんなことがありますね。

さあて、はしって帰るかな!せんせ、やってるんだもん!

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2007/12/06

今日のおかずは?

いつも水曜はへとへとです。
講義を二講してくるだけだけど、
仏教なものだから
力の入ること入ること。。。ぬ、ぬけない

だから、水曜は、バタンキューです。

さて、春間さまのご要望に応えて(?)
冷蔵庫の中は。。。。さむい
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ヨーグルトの瓶と梅干しの瓶と味噌のいれもの。
手前に、お歳暮でもらったハムを飾っておこう(?)。
これがなければ、ほんとみじめな冷蔵庫だなぁ。

入れるもんなくて、説明書も冷やしてあるところが
にくいす!

さぁ、今日のおかずは、なんじゃろな?
梅干しのヨーグルト和え。。?

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2007/12/02

智慧は、電車の如し。。。かな

とうとう12月ですね。
ということは、師走。

もう今年も終わるんですね。
年賀状を買わなくちゃ。

そう言えば、去年は、今ごろ
龍樹本で、四苦八苦の毎日だったですね。

あのころは
ザクロのように脳が割れそうな気分でしたが、
のど元はすぎるものでございます。

熱さは、忘れ、忘れ。。。。
ダメだ
まだ、忘れられませんね。

ザクロ気分が甦ります、うっぷ。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@
ただいま、ふたたび

スマ長老さま『ブッダの実践心理学』第三巻を
玩味熟読中。

89(また121)の心の中身をしさいに分析する
分析哲学にはまりこむ。

はじめは圧倒されてたけど
最近、読みながら、
いろいろアビダルマの心の分析を、
さらに分析する術をおぼえる。

つまりです。
アビダルマの
心のさまざまな有りようの分類は
ひとえに
輪廻を解脱し
苦を滅した涅槃にいたるためのものである

ということが
よりいっそう見えてくるようになりました。

p.290にありますように

「アビダルマは勝義諦を語っているのです。
合成した世俗諦ではないのです。」

というところは、よく考えなくてはダメですね。

また、同じページに

ヴィパッサナー瞑想では、「智慧を育てる」という
大胆なことには挑戦しません。心の王様である
paJJA慧心所の取り扱いは、簡単ではありません。
satiを実践するのです。

とあります。
(※「慧心所」:「慧」は智慧で、「心所」は「心の中身」
あわせて、「智慧という心の中身」というくらいの意味かな。
satiは、「気づくこと」。「念」と訳される。)

うむ、にゃるほど。。。
もう、けっこう必死で自分の心の分析を
してますが、
sati(気づくこと)は、仏教書読むときには
「発動せよ」と自分に命じてることが
わかりました。

とくに、スマ長老さまのものとか、張明澄氏とか
龍樹とか、ブッダとか、

satiといえば、きれいですが
自分では
なんか鵜の目鷹の目という感じです。
satiにしては、ガツガツしてるかしら。

291ページは

satiの実践は仏教の真理について、
論理的に知識レベルで分かった人がおこなうものです。
ですから俗世間レベルのpaJJA慧心所があるのです。
合成機能(認識する情報を捏造すること)が減るたびに、
慧心所が強・大になっていくのです。

と、あります。
satiは、俗世間レベルの慧心所なのですか。ふむふむ。

ここをどんどんレベルアップしていけば
悟れるわけだから

けっきょく、仏教は般若波羅蜜(智慧の完成)である

ということにもなりそうですよね。

無明が滅して智慧が生ずるとき、
そのときを求めてがんばるわけなのね。

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こんな具合に
智慧がスピードを上げてやって来るといいですね。

むりやりこじつけた感は否めませんね。
智慧ないぞ!管理人(とほほ)

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