« 2007年7月 | トップページ | 2007年9月 »

2007年8月

2007/08/29

のど元過ぎて

のど元過ぎると熱さを忘れる
ノーテンキな管理人です。

初校を出したら、
すべて苦しみから解放されました。。。いっとき。

では、初校にかかわった夫の意見を聞いてみましょう。
ご感想を、ひと言 どうぞ。

「『ブッダ論理学五つの難問』よりわかりやすい」

「え?むずかしくない?」

「むずかしいよ。
でも
『ブッダ論理学五つの難問』よりわかりやすい」

以下、何度聞いても
「『ブッダ論理学五つの難問』よりわかりやすい」
という
答えがかえってくるのであった。

ほんとに、ひと言ですね。

わたしとしては、かなり、不安でしたが

「『ブッダ論理学五つの難問』よりわかりやすい」

と聞いて、希望がでてきました。

もしかして
読んだら、わかる本なのかも。。。。

って、喜ぶのも問題だが

それにしても

『ブッダ論理学』って、そんなにわかりにくかったのか。

し、知らなかった。。。。。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2007/08/27

管理人、脂汗をながすの巻

おや、管理人は、何をしてるかな?

お、何だ、ごろごろしてるぞ。
お、机の前に座った。
お、なんか、赤を入れはじめた。
あ、また、ごろごろしてる。
あ、うろうろもしてる。
お、また、机の前。
お、赤ペンにぎった。
お、腕くんで、ボケッとしてる。
あ、空(くう)を見つめて、ペンにぎってる。
あ、また、ごろごろ。

以下果てしなく続くので
この文章を各自何回も
コピペしてください。

龍樹本、初校作業の管理人の一日でした。

いまさら言ってはいけない言葉が
心の中に。。。。

チャラにして、もう一回書き直すと
もっとよくなるんじゃ。。。

迷いの中にあるのが管理人です。
バカ梵天とおんなじじゃ。

「無明のうちにあるのが、バカ梵天だ」
って、ブッダに言われてましたっけ。

もう一回書き直して、
良いものが書けるかというと
たぶん、それはぜったいない。

へたすると、もっとずっと悪くなる。
仏教って、そういうもんだと思う。
発展するとは限らない。
すぐ退転するもんだから。

しかし、龍樹本

「すべての面でうまく答えきった」
ということは
おそらくありえない。。のではないか。
と、いう気もしてくる。。。なさけないなぁ

わからないところがあるのが
校正してると
目立ってくる。。。そこばかり。
でも、
それは、「今」わからないところなのかもしれません。
書いてたときには、わかっていたかも。。。。
なんて、気もする。
わたしの読みが、もう落ちてるのかもしれないしなぁ。

もう、「縁起」にゆだねるしかありません。
書き直しも、今まで何回もしたので
少しつぎはぎしてるかも、と思うけど

もうどうしようもない。
どうやったら直るかもわからないし。

初校って、けっこうつらい。

ブッダはエライ。初校なしだもんね。
龍樹もエライ。言い切ってるもんね。

比べるものが、わるかった。。。
つうか、
比べるもんが、善すぎたっつうか。。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2007/08/26

おから漬けを伝授します

この前、お豆腐屋さんから
おからをもらいました。

おからを二つもくれて

これに塩を混ぜて
キュウリやなすを漬けると
漬け物ができるよ

と教えてくれました。

さっそく実践。
ほんとだ。
なめて塩辛いくらいの「しおおから」を
作ります。

その中に、キュウリやなすを
ツッコンでそのままおくのです。
冷蔵庫に入れても入れなくてもいいそうです。
一晩から二晩でよいのです。

ぬか漬けより簡単だ。
ちょっとしょっぱくなりすぎたので
さらに、おからをたして薄めました。

塩が入っているので
おからは腐りません。

冷蔵庫に入れて
すぐ何でも忘れてしまうわたしに
ぴったんこ。

あれ?このタッパーなんだっけ。
あ、漬け物だ、ラッキー。

よし、これでご飯だ!
「ごはんだよぉ~」

ってわけにはいかないか。
漬け物だけじゃ。。さびしいかな。

この前も、家族に

「すべての人は、遅かれ早かれみな死ぬんだから、
どうせ死ぬなら。。。。
ご飯食べなくてもいいと思わない」

と聞きましたら
即座に

「思わない」

といわれました。

「悟りの境地に達したかっ!」

と、誤解してくれるかと思ったけど、鋭く

「たんなる不精者」

と見破られましたねん。。修行が足らんだったな。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2007/08/23

アクセスカウンタにアクセスするには?

管理人には、人には言えない悩みがありました。
しかし
昨日めでたく解決したのです。

「このブログにアクセスカウンタを
つけられます」

と書いてあるのに
いくらやっても
カウンタがつきません。

管理人にだけは目に見えないが
訪れる人には見えるようになってるのだろうか?

気づかないところについてるのだろうか?

ブログのカウンタではなく
なんかわからないところのカウンタだろか?

ココログにまるっきりだまされてるんだろうか?


悩んで、1年間(長い!)

昨日、たまたまでたらめにクリックしてたら

「アクセスカウンタをつける」

という項目が目に入ってチェックを入れたら
つけたかったカウンタが
な~んと
ついていました。

はぁ~、疲れた。

ま、とにかく、よかったです。
@@@@@@@@@@@@@@@@@

レポートも読みまくって採点終わりました。

今どきの学生さんは
インターネットがあるから
読める文章を書きますね。

ウィキペディアは大活躍。
マニカナのココログから引っぱってる人もいた。

わたしのレポートの課題は
「如是我聞」方式なのです。

「わたしは、講義の中で、○○について
△△と聞きました」

こういう風にはじめること、というのが
条件です。
書き方として、
上のヴァリエーションはいろいろです。
めっちゃ長く△△が続く人もいれば
△△なしのひともいるし、
○○が長い人もいる。

この「如是我聞」方式
大正解だった。

誰が授業を聞いてて、誰が授業を聞いてないか
一目でわかります。

何の話かもすぐわかる。

それに学生さんは正直で

授業を聞いた人は「聞いた」と書くけど
聞いてない人は、プリントだけ見て書くので
「説かれていた」と書くのです。

へぇ~、すごい!
バレバレだ。

さらに、よく聞いている人は
聞いた内容をさらに発展させるように
レポートを作ることができます。

ところが
聞いてない人は適当に
引用をつぎはぎするので
内容が一貫しません。

また、自分なりに問題を感じて
よく聞いている人は、自論を
展開できています。

興味のあるところに集中するので
読んでて内容がけっこうおもしろい。

同じウィキペディアでも
使い方がちがうと
けっこう生かすことも殺すこともできるんだな
って、こちらもべんきょになります。

それによく聞いてた人は、タイトルが
ありきたりじゃない。
「インドでは何も捨てない」と言いましたら
それをタイトルにしてる人もいました。
「人気落ちのインドラ」を話題にした人もいたし
「恐いカーリー」に注目した人もいました。
ガネーシャの太鼓腹に目を引きつけられた人も
シヴァ神の異名に関心をもった人もいた。
「合理思想と神秘主義」を問題にした人も
「アナートマン(無我)」に密着した人もいた。
ウッダーラカの一節をながなが引用してる人もいた。
「苦の滅」と「人間の幸せ」
ここに目をつけた人もいた。

でも
なんだかんだ言っても
「輪廻」と「カースト」
これは、二大トピックでしたね。

レポート提出ははじめてだったけど
けっこう楽しいことがわかりました。

250人って数さえ除けば、だけど。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/08/22

考えるな、考えるな、っと、人間は考える

昨日は、なかなかな一日でした。

駅に着くと、JRが人身事故でストップしてました。
まるまる1時間待ってようやく、運転再開。

授業に遅れたその分
二講、ノンストップになっちゃった。

「ノンストップでやってください」
「はいっ!まかせてちょ!」

と、やってましたら
授業のまっただなかで
アイスコーヒーがとどきました。

「ノンストップって、残酷かな、と思って
コーヒーおもちしました」

ひぇ~~、長いこと授業してますが
コーヒー付きの授業なんて
はじめてよ!

授業では、

「人間は考える動物である」

というのと

「人間は考えない動物である」

というのを勉強しました。

人間というのは、
「考えろ」というと、考えないのです。
ところが
「考えるな」というと、考えるのです。

ほんとです。

では、わたしがみなさんに「考えるな」といいますから
「よし」というまで考えないでください。
いいですか。はい、考えるな!!。。。。。。。。。。よし!

「どうでしたか、言われたとおりできましたか」

「せんせ、『考えない、考えない』と考えてました」
「わたしもです」
「ぼくもです」

このように、人間というのは
「考えるな」というと、考えるのです。

では、今日の授業を終わりますm(_ _)m

(え?あれ?
「考えろ」というと考えない
という方はどうなった?)


それは、これからの授業の中で
いやっっっっっっっっと、いうほど
せんせが実感するから

いいのです(ぐすっ!)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/08/20

原稿は完了しましただ。

ようやく龍樹本の原稿を送りました。

最後の最後で、かなり書きかえた。

見直してる間にわかってくることもあって
細かいところがずいぶん変わってきちゃった。

目次もまただいぶ変えました。

こうやって、見直していれば
永遠に死ぬまで見直せそう。

それでもいいかな。。って、気もしてきたわ。

しかし、それにしても
この本は、きつかったす。

わかりやすくしたかったけど
わかりやすくなったかどうか
まったくわからないわ。

読み過ぎで
管理人は
マヒしているし。

でも、この龍樹本さえ出れば
あとは、いろんなことが

わかりはじめるにちがいない。
というか
混乱しはじめるにちがいない。
というか
錯綜しはじめるにちがいない。
というか
展開しはじめるにちがいない。
というか
転がりはじめるにちがいない。

ま、いいか!
どうせ

諸行無常なんだしね!

さぁ、龍樹!
アンタの出番だ、がんばれよぉ!

え?管理人ですか?
騒動が起きる前に
この場からスタコラ、さっさと。。。。。こらっ

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2007/08/19

管理人の深き悩みとは。。。ハァ

あっという間に、もう19日ですね。

へぇ、へぇ~、と、毎日ようやく生きてます。

なんでかって?

8月は、ずうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっと
龍樹本の原稿を、細かく見直して
ミスをさがし続けておりました。

けっこう1日、それに費やして、
ようやく終わりに近づいてきたけど

ミスは、なくならない。

人間て、何で、ミスを犯すのでしょうか?

どんなに見直しても、気づかないところに
ひょいっと、あるんだもん。

って、

でも
その、ひょいっと、が、なかなかわからないんだよね。

それに、内容をチェックするので
ほんとにぐったりと消耗する。

龍樹とブッダは、ほんとうにキツイ!
ちょっとでも気を抜くと、
すぐわからなくなるし
ミスは出るし
つじつまあわなくなりそうだし
ちがう問題がでてきそうだし

いつも、ありとあらゆる方向から
検討していないといけない。

ふつう、これだけ見直せば
かなり自信もつきそうだけど

龍樹とブッダの場合は、ダメ。
不安がふえてくだけ。

見落としてるんじゃないか
見過ごしたんじゃないか
おかしいんじゃないか

一瞬、息継ぎにフッと気を抜くだけで
もうミスが出そう。

だいたいブッダや龍樹は
一つや二つの問題を
単発で考えてるわけじゃない。

一つの問題のひろがりに、
別の問題のひろがりが重なって
さらに、別の観点からの考察がからんで
というように
何重にも何層にもなって
それが、全体としてきれいに組みあわされているような
そういう問題群を考えている。

そんな複雑な構造のものを
どこからでも
いくつでも
考えることができるように
できている。

それにあわせろ、ってんですかい。
むりだい!

管理人は、

一つ考えたら
三つ忘れるように
できてんだい!(いばるなよ)

仏教って、仏教って、つらすぎる。。。。
休みは、もう終わっちゃうし。。。。
管理人の人生は、短いし。。。。
予習はしてないし。。。。
明日は月曜だし。。。。
仕事はとろいし。。。。
頭はわるいし。。。。


レポートの段ボール、開けてないし。。。。


けっきょく、これみたいね、一番問題なのは。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2007/08/16

ブッダ派? それとも 龍樹派?

今日は、ホッと一息、27度。
生き返りました。

全国のみなさま、ほんとすみません。
40.9度の多治見と熊谷のみなさま
お見舞い申しあげます。

なんとか息を吹きかえして
自転車で図書館に行ってきました。

図書館の中が、暑い。
外の方が、すずすいぃぃ。

マチウリカールの『掌の中の無限』を
借りようとしましたが、貸し出し中。

前にも、借りようとしたら、貸し出し中だった。

人気があるのかな。

何回か挑戦して、いまだに手にできない。
次こそ、なんとか!

@@@@@@@@@@@@@@@@@@
さてさて、

学問というのは、なかなか、むずかしい。
何がむずかしいかというと

偏見をもたずに研究するのが
けっこうたいへんです。

「これまでの研究」というのを
おさえないといけないが
しかし
あまり身を入れて見てしまうと
自分のなかに
先入見を植えつけることにもなってしまう。

先人の成果は成果として見ながら
それとはちがった観点を見出すのは
至難のワザだ。

その点で、

龍樹研究というのは
けっこう、ありがたい。

意外なことに
研究者が、いるようで、あまりいない。
龍樹註釈の研究者は、多いけど
龍樹専門の研究者は、それほどでもない。

さらに、論法の研究者は、皆無にひとしい。

なんでだろ?

こんなに有名なのに。
こんなに目立つのに。
こんなにおもしろいのに。
こんなに核心に近いのに。

それに不思議なのは、
論法に冷淡なのは
今に始まったことではないということ。

昔から、龍樹の論法は
なかなか、検討されなかった。
注釈者でも、ここに手を付けた人はいない。

むずかしかったからなのかな?

『中論』は有名だけど、
これは、論法の本だ。

論法がダメだと
ぜんぜんわからんようにできている。

論法ぬきでなんとかわかろうとすると
修行の完成間近の人でないと
むずかしいと思う。

つまり

論理に強い人か
煩悩ぬきの人か
どちらかでないと
わからないようになっていると思う。

そして
一番むずかしくて
かならずみんながこけているところ

そこにはゲーデルの定理がある。

どうやら、そのあたりでひっかかっている
ということが
わかってきた。

注釈者の解釈が分かれるところや
研究者が疑問点として出すところ
まったく学者が検討できていないところ

そこにあるのが、ゲーデルの証明不可能性をめぐる問題です。

それでは

ブッダは、ゲーデルに気づかなかったのでしょうか?
龍樹だけが、それを問題視したのでしょうか?

いや、心配なく。ブッダにもれはありえない。
一切智者なんですもん。

ブッダは、ゲーデル問題など
とうぜん了解済みでした。

では、どうして、ブッダのときは、何も言われなかったのでしょう。
問題にならなかったのでしょう。

それは、ゲーデル問題が出てこないように
ブッダは、理論を組みたてたからです。
知ってるからこそ、
ゲーデル問題にひっかからないように
できたのです。

ブッダだからこそできた理論の組みたてなのです。

じゃ、どうして、龍樹は、ゲーデルを問題にしたのでしょう。

うううん、どうしてかな?

わたしが思うに、
変な言い方だけど

龍樹は、どんな人に対しても
手抜きせず、バカにせず、正面から
正直に対応したから

だと思う。

対等の立場で
相手に対応したので
どうしても、ゲーデル問題を
はっきり出さなければならなかった。

それに対して

ブッダは、慈悲によって、
体系の欠陥を見せないようにして
人々をすくい上げた。
人々の無用な混乱を避けたのだと思う。

ブッダの教えの説き方は
弟子の能力にあわせてある。
必要なことだけにしぼって教えてくれる。
母牛が子牛を守るようだ。

龍樹の教えの説き方は
相手の智慧にあわせてある。
必要なところにヒントを置いて教えてくれる。
分かれ道に道しるべがあるようだ。

どっちがよいのかはわからない。

ブッダの守護と清浄行。
試練の龍樹と菩薩道。

好きな方で進んでください。

あなたは、

ブッダ派? それとも 龍樹派?

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007/08/13

暑い

暑いです。

覚悟をきめて
試験の採点をしてましたが
暑くて
意識がうすれます。

一日中
採点してて
一日中
暑かった。

ようやく
終わったら
もう
次の日だった。

夜中の12時すぎても
まだ暑いなんて
北海道じゃないぞ!

と思ったら
やっぱり
外はずいぶん涼しい。

北海道の家は機密性が高いから
夏が暑くて、こまります。
こもった熱が逃げません。

暑いと
管理人
まるきり
頭がはたらきません。

話題が
暑い 
一辺倒です。

では、おやすみなさい。

最後に
ひと言

暑いです。

| | コメント (9) | トラックバック (0)

2007/08/09

二冊いきます

龍樹本の「あとがき」も書きました。
変かもしれないような気がしてきました。

あんまり何回も読んでたので
完全に頭が麻痺して
いいのか悪いのかわかりません。

ああ!龍樹!
なんか龍樹中毒って感じだ。
むずかしいのかやさしいのか、
もう完全にわからん!
ちょっと休もう。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@

そこで、本をご紹介します。
二冊です。

★杉本卓洲氏『ブッダと仏塔の物語』(大法輪閣)★

杉本先生の本は、とても読みやすいなぁ。
(龍樹本もこんなふうになればなぁ)

仏塔や寺院などの遺跡
出土品やレリーフ、彫刻などから
わかることを丁寧に紹介してくれます。

このような仏塔を中心にした研究の成果をまとめた本なのです。
とてもおもしろい。仏教の本と思うと、すごく新鮮な印象です。

文献の中からは、知ることがむずかしい
さまざまな仏塔をめぐる当時の社会状況や歴史の様子を
興味深く伝えてくれます。

遺跡や遺物を中心にしていますが
文献的な研究もじゅうぶんなので
説得力のある見解を出してくれているのです。

大乗仏教が仏塔崇拝を母胎にして生まれた
という定説化した意見に異議を唱えています。

また、
大乗と部派は対立していたというのは、
正しくない。

などなど。
とても参考になります。

わたしも、
龍樹の頃を調べていて
大乗と部派は共存共栄していたなど
いろいろ知りました。

龍樹がいたと思われる
南インドのナーガールジュナコーンダあたりは
部派の仏教がさかんだったようですし。

龍樹といえば、部派批判ばかりが知られていますが、
調べると、龍樹自身、部派っぽいところもある。
これまでの龍樹解釈には、ちょっと疑問があるので
杉本先生のこのご本は、とても刺激になりました。

龍大乗仏教の様子、部派の様子、仏塔の周辺、
ヒンドゥー教のありさま
当時の人々の様子が彷彿としてきます。

インドの宗教を全体に見渡すような視点もあって
ヒンドゥー教に興味のある人も読んでもいいかも。

お勧めです。

次の本は
★スマナサーラ長老さま『般若心経は間違い?』(宝島新書)★

出ましたね!ウフフ。
なんて、喜んで
最初にパタって、開いたら、なんと108頁!
おお!なんとおお!

なんで驚いてるのかって?

だって、タイトルが

「龍樹の失敗」

ページがわたしを呼んだのね。
ううん、イテテ、っというところもあるけど
龍樹のためだ、
ここだけ反論したいわん。

でも、さすが、長老さまじゃ、
簡単に反論できないように
さりげなく先手先手で、反論を
封じてあるのは、すごい!

龍樹の「空」を、「龍樹の相対論」という表現で
説明しています。
そして
長老さまは
「すべて空だ」と言ったのは、まちがいと言います。
「哲学を作るなかれ」というお釈迦様の戒めを破ったのが
龍樹の失敗だった、とされています。
で、「仏道」を見失ってしまったと。。言われたぜぃ、龍樹ぅ~~

おろおろ、反論しなくちゃ、はんろん、はんろん、はんろん
よおし~

ある意味、あたってます!

(おいっ!はんろんになってないじゃん。)

これからするのよ!はんろん、はんろん

あたってるけど、
でも、だいじょうぶ。
龍樹は失敗していないんですぅ。
わざと、そうしたんですぅ。

(これって、はんろんなのか?
はくりょくないぞ!はんろん)

これからだっちゅうの、はんろん

「すべて空だ」といっても
哲学を作ることにならない

わかって言ったんですぅ。
だから「仏道」を見失ってないと
思いますぅ。
それから
「すべて空だ」は
修行のためなんですぅ。

わたしの龍樹本に
ぜぇ~んぶ、はんろん書いてありますぅ。

まるで
サマナサーラ長老さまの批判を
あらかじめ聞いてたみたいなほど
ぴったしかんかんのはんろん!が
ありますよぉ!

出すぞ!はんろん
じゃなかった
出すぞ!龍樹本

(わかった、わかった、興奮するなよ。
で、『般若心経』の方は?)

龍樹で頭がいっぱいで
それどころじゃなかったわ。
でも、
スマナサーラ長老さまに賛成したくなる。

わたしも、ほんとに
『般若心経』書いた人って
わかって書いたンか、って
思ったりしたことが
ないとはいえないとはいえないとはいえない。。

龍樹なら、はんろんできるけど
『般若心経』は
わたしもわからないんだもん。
空海さんでも読んでじっくりやらなきゃダメだわよ。

たぶん「第一義諦」ではんろんしないと
しきれないと思うけど
わたし
龍樹で頭がいっぱいだから。

(あわれ管理人!どーよーが激しいようだな。)

@@@@@@@@@@@@@@@@@@

しかし、しかし、ありがとうございます。
スマナサーラ長老さま

こんなにスマナサーラ長老さまの
つっこみに
ぴったし答えた龍樹本をかけたなんて、

まちがってないって、ことだよね。

あ、いや
ぴったし
まちがってるって、ことか?

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2007/08/06

ふりかえるなよ!ふりかえれば波瀾万丈

龍樹本の「あとがき」を書くために
昔のファイル箱をあけて
ファイルをひっくりかえしていました。

そういえば、龍樹本て、いつから書き始めたんだろ?

あれ、7月、なんにもない。
あれ、8月、目次の作りかけがころがっている。
あれ、9月、なんにもない。
あれ、10月、目次のアイディアが8日の日付である。
ああ、こりゃ、だめだわ、使えん、って感じのもの。

だ、だいじょぶかいな!
管理人!なにやってんじゃ?

おお!
10月31日、突然龍樹本の一部出現。
原稿用紙80枚分くらいが、一気にできてる。

へぇ!
とつぜん、覚悟がかたまったか、管理人!

あれ、12月、第3章と第4章ができてる。
あれ、1月18日、第1章はできてます。
           第2章空白だらけ。

あれ、1月、29日、第2章、資料が原稿に混在。

だいじょうぶ?
かなりぐちゃぐちゃだぞ!
空白も多いなぁ。

あれ、1月31日、え!? うそ!できてる!

完成してるぞ、うそみたい。

いやぁ、我ながら、ハラハラしますわ。
どうやって、書いてるんでしょ。。。ナゾだ。

けっきょく、11,12,1月と10月の半月くらいの
3ヶ月半ですか。

あと、6,7月で見直して、今日にいたる。
見直しは、正味1ヶ月もないですね。

自分でいうのもなんですけど、
管理人の思考回路って、そうとう変かもしれない!

ぜったい無理、っていうタイミングになると
なぜかスムーズに
ものごとが進行してくことがわかりました。。。

いやぁ~、ふりかえってみて疲れました。

こういう人生って、イヤだ。。。といっても、どうしようもないか。
ふりかえったのが、よくなかった。

ふりかえらなければ、なにごともなし。。かもね。


| | コメント (32) | トラックバック (0)

2007/08/03

鼻息あらいぞ!管理人!

ご無沙汰してます、

で始まる日記というのも妙ですね。

しかし、管理人

なんとかやり抜きました。

龍樹本、とうとうほぼ見直しを終えました。

ただ「あとがき」を消しちゃったので
これがまだです。

ううううううううううううむ!

「あとがき」かぁ~、ううううむむ
龍樹本のいきさつにふれる

というのも、考えたのですが
あんまりパッとしないんですよね。

依頼された。
書いた。
断られた。

「来た見た勝った」
みたいな感じだけど
イマイチみすぼらしいわね。。。

受動態の文にはさまれた能動態の文だからかなぁ。
それに、「あとがき」、3行で終わっちゃうし。
もうちょっと、ネタがほしいよね。

ううううううううううううむ!
こんなとこで悩んでどうする?
本の内容より悩んじゃうわね。

最終的な、目次は以下に決定です。
かなり細かく見出しをつけました。

あとは、誤字・脱字などチェックして
なんとか出版へと向かいたいです。

宣伝文句もあります!

「ブッダと龍樹をまるごとキャッチ!
論法を制するものは仏法を制す」
(大言壮語風味)

「世界初の試み!真理表は語る!
ブッダの法と龍樹の空」
(誇大広告調)

「君よ、知れ!仏教の奥義!縁起の法の真実を」
(ちょおっと、くさいです)

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

『ブッダと龍樹の論理学  縁起と中道』

はじめに

序論
ブッダ論理学の話からはじめよう / ブッダ論理学は幸せのための論理学 / 西洋と東洋の互いの理解のために / ブッダ論理学が語りうるもの / 事象の論理はブッダ、言語の論理は龍樹 / ブッダ論理学と龍樹 / 正法としてのブッダ論理学

第一章 ブッダ論理学の基礎

世俗諦の論理学 縁起・四聖諦

一切智者としてのブッダと龍樹 / 西洋論理学の基本構造 / 真理表 / 西洋論理学の特徴:入れかえ可能の原則 / 西洋論理学の特徴:使用不能の真理表3 / ブッダ論理学の基礎固め / はじめに言葉ありき / 【単語】 / 【文】 / 語順を乱すな / 西洋論理学のわな / 【否定】 / 否定はくせもの / 西洋論理学の否定とブッダ論理学の否定 / 世俗諦と第一義諦 / 虚妄な法と虚妄ならざる法 / 二つの真理(二諦)と十二支縁起 / 正しからざる道 / 正しい道 / 【接続詞】 / 【世俗諦の接続詞】 / 【縁起「~(する)とき」】 / 「ブッダの公式」を使ってみよう / 「ブッダの公式」が適用される真理表 / 「ブッダの公式」を検討しよう / これに依ること(此縁性) / 四聖諦と十二支縁起 / 【真理表5】 / 「縁起」は相依相関関係にあらず / 生因と了因 / 【真理表7】 / 相対的な言葉の扱いについて / ブッダ的思考方法 / 【真理表2・真理表8・真理表10】 / 真理表の後半は仏教世界 / 【真理表9(苦・楽・苦でも楽でもない)】 / 真理表9は世俗諦 / 「虚妄な法」は世俗諦

第二章 ブッダ論理学の完成

第一義諦の論理学 中道・四句分別

ブッダの論理世界 / 苦楽二辺の中道 / 【真理表15(中道)】 / 「中道」は出家独自の道 / 世俗諦から第一義諦へ / 言葉の上だけで考えると / 世俗諦だけで考えると / かき氷はどこにいった / 「虚妄な法」はしばしのもの / 空性・仮説・中道 / 四句分別 / マールンクヤプッタに与えた形而上学説 / 四句分別は詭弁にあらず / 【真理表16(四句分別)】 / 「貪欲を離れた者」はどうなるのか / 論議の道も根絶やしにされた / 聖者のレベル / 『中論』における聖者のレベル / 戯論(プラパンチャ)と空性 / ブッダの説く修行は二段階 / 『中論』は何の書? / 論争してはならない / 龍樹の決意と『中論』 / 『中論』の特徴 / 八不中道は形而上学説を否定する / ブッダが選んだ形而上学説 / 輪廻と業 / 不滅不生 / 「中道」は「四句分別」へ / 不断不常 / 常住論と断滅論の「中道」 / 不一不異 / その火はどこに行ったのか / 不来不去 / 無常・苦・無我 / 無常・苦・空・無我 / 空と無我 / 空であるのは自己についてである / 空であるのは自性についてである / 空性を熟知せよ / 如来を「無我」と見よ / 厭離・離欲・止滅 / 寂静・証智・正覚・涅槃 / 去りつつあるものは去るのか / ブッダは「空」を用いたか / 【真理表1(一切智者)】 / 最後に

第三章 龍樹を解読する

一 龍樹の著作について

龍樹研究は舵を失った船のごとく / 龍樹入門は『中論』から / 論法を語る空を語る / あらゆる人に語る / 論法の書『方便心論』 / 『方便心論』は『廻諍論』の虎の巻 / 『廻諍論』は最高難度の論理学書 / 六句論議 / 『廻諍論』と『中論』の関係 / 『無畏論』の一文 / ゲーデルを超えて / 『中論』と『方便心論』の関係 / 龍樹のとった対機説法 / 思想書としてみると連作 / 話題が減ると内容は難しくなる / いかなる動機で作品は作られたか

二 龍樹の言語論

龍樹研究は、時に逆らうことなく / 龍樹研究は、龍樹の説くがごとくに / 「言失」と「言失」はちがうものである / 言葉は文脈の中で意味をもつ / 言葉の中身は意味上空っぽ

第四章 龍樹を理解する

一 龍樹の伝記について
龍樹作品の中の龍樹像 / 龍樹の生存年代 / 龍樹の伝記 / 因縁物語のもつ意味

二 論師龍樹の前半生
出家まで / 論師誕生 / 龍樹の挫折 / 龍樹の挑戦 / 無生法忍の悟り

あとがき

文献のご紹介

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

出すぞ!ぜったい!

ガリ版でも。。。。。ってのは、みすぼらしすぎ。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

« 2007年7月 | トップページ | 2007年9月 »