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2007年6月

2007/06/25

わたしは、複雑系?

シンプルに生きるというのは
意外とむずかしいものだと思う。

感覚器官の勉強しているんだけど

5つの感覚器官と、もう一つ心
全部で6つの感覚(六入)とすると

このあたりで
もう学生さんたちは
混乱しはじめる。

「心は脳の作用だ」という子がいる。
心は、正体不明のもののように
思う子もいる。
第六感ですよね、って言うときは
霊感みたいなものを考えてるのね。

感覚器官が何をとらえ
心(?)が何をとらえるか

完全にわからなくなってくる。

混乱するなら
心がないことにして
五感だけで何をとらえるか
考えてみようとすると

こんどは

心がとても大事だという。
心がなかったら
生きていけないという。

五感だけでは
ロボットみたいだ
とも言う。

感覚器官は一つだけでは働かない
という子もいる。
感覚器官と心とセットで働く
という子もいる。
感覚器官はいつでも働いている
という子もいる。

感覚器官と心 というのは
とてもむずかしい。

この混乱ぶりを見ていると
ゴータマ・ブッダが
いかにすぐれているか
あらためて思わざるをえない。

五蘊(身体と心)
十二処(6つの感覚とその対象)
十八界(6つの感覚とその対象とその認識)

きれいに分類して
そのとおりに認識し
それを制御した。

とてもきれいに
やってのけたので
ブッダの人生は

ほんと
シンプルになった。

ほんとに頭がいいんだなと思う。

頭がいい人は、考えることがシンプルなのだ。

ということは

頭が悪い人は、考えることが複雑なのだ

ということになりますね。
うううむ、一見すると
逆みたいに見えるけど

これが正しいんだろうね。

複雑に考えすぎて混乱するから
愚か者になる

とも言えるかな。

だから
経典の中で
ブッダが
「このように考えた」
とか
「このような思いがあった」
というところを読むと

すごく
ホッとする。

ああ、なんてシンプルな思いなんだろう
ってね。

って、ことは わたしも複雑系。。。。
学生さんに文句言えないや

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2007/06/24

わたしが輪廻するわけ

労働者 管理人です。

家に帰ると、最近、完全にへたってる。

へたってるときには
元気の出るコトして
気を紛らわせなきゃ
って、思って
龍樹本を見直す。

夢中になるので
他のことはどうでもよくなる。

やばっ!予習やらなきゃ。。。
と、現実がわたしを呼びもどす。

少ない予習で
大きな成果を
あげたいが

そんな楽な道があるはずもなく
時間を食われる。

そんなわけで

仕事に出かける前から
半分へたってる。

そんでもって

帰ってきたら、完全にへたってる。

へたってるので
元気出さなきゃと

龍樹本。。。。おい!

そこで、龍樹本が出るから
また、へたるんじゃ。。。

人間というのは
こうして

苦の道を歩む

ということがよくわかりました。

わたしの場合

十二支縁起の

渇愛(愛)→執着(取)→生存(有)→生→老死→苦

という、この行程、

龍樹(愛)→執着(取)→生存(有)→生→老死→苦

って、なってるよ。

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2007/06/20

近況報告がてら

昨日は、少し龍樹本に手を入れる。

半分近くまで、見直してるけど
けっこう手を入れるところがある。

端折ったりしたところを
丁寧に書き足していくと
かなりボロボロだったことがわかるなぁ。

★「一切智者」の観点から★

というポイントが強調されたのと

★論理的な詰めをしっかり行う★

という点が強化されました。

今のところ、ブッダの論理学には穴はない。
ほんとに、ブッダはすばらしい。
煮ても焼いても炒めても
ブッダ論理はくずれません。

それはいいんだけど
わたしの心配は、自分の文章。
うまく書けてるのか、ほんと心配だ。

「世俗諦の論理学」は、退屈かなぁ。
そんなことないよね。
けっこう、ドッキリものの意見も入れたし、ね。
とはいえ、じみだから、ね。
あきちゃったら、どうしよ。

何たって、第一義諦の論理学は
自分でも、まぁ、おもしろいかなと思うけど

でも

おもしろくなってくると、
がぜんむずかしくもなるので
それが悩みの種。

中道、四句分別あたりが、
中では一番読みやすいかな。
どうかなぁ、心配だわ。

その後の、「無常・苦・無我」と「無常・苦・空・無我」は
こんがらがる。
ここを乗りこえられれば、大乗も見えてくるんだけど。

第3章は、ここはなんとかした方がいいかも。
がちがちによろいかぶとで身を固めて
おもしろくも何ともないような。
龍樹の言語論も、もうちょっとあか抜けしたこと
書けないもんかな。。。

第4章は、新しい提言も多いし、
大乗への道の分岐も見えて
それなりかもしれない。

などと、勝手にいってるけど
とにかくむずかしくて
わかりにくいんじゃないかと

それだけが心配。

でも、完成めざして、もう一がんばり!

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2007/06/15

心の時代になりました

今日は、朝と夜に日記を書く
なんとお
 勤勉の二乗
な 管理人です。

授業は、水もの
あてにならないもの

学生は寝るモノ
おしゃべりするモノ
そんなモノ

教師は…

なかなかね
ちょっとね

でも、今日は
やったね

お釈迦さんにたよらずに
魔法の言葉を
述べたら

教室は、し~~んと、静かになって
授業に集中

では、では、みなさんに質問です。

わたしの述べた
魔法の言葉とはなんでしょう?

ひと言です。
必殺の殺し文句です。

答えは?

こころ
(心)

これです!!

いかにこの言葉が
若者のハートをとらえるか
わたしもビックリ!

心とは?ほんとにあるの?
心は何をとらえるか?
感覚器官と心
心はどこに位置づける?
科学の立場では?

なんて、そんな話です。
むずかしくない、簡単な話よ。

でも

ほんと飢えてるんですね、心の話に。
たいしたこと言ってないけど
「心」をまじめにとりあげると
みんな一生懸命聞いて
一生懸命書いてくれる。

今の若い人は、
なんだか気の毒になのね。

こんなに豊かに
なんでもそろってる暮らしをしてるのに
目に見えぬ

これを求めて、満足できない。

ふうむ、なんかなぁ。。。人生って、こんなもんですか。。

とはいえ
今日は、おとなしく聞いてくれたけど

いくら大事とはいえ、
毎回「心」の話じゃ
効き目ないだろうなぁ。

学生はつらいよ、
教師はつらいよ、

の、巻き でした。

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いいもの読もう、空海さん

最近、弘法大師空海さんの
『秘蔵宝鑰(ひぞうほうやく)』を
しみじみと
読んでいるのです。

かつては、日本人でも、こんなに
縦横に仏教を
解釈できた人がいたんだなぁ

感に堪えません。

龍樹が、きちんと評価されているのが
ほんと、驚きです。

空海さんの龍樹理解は
空海さんのスケールにあわせて
とても大きい。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
第七覚心不生心

因縁生の法は本より無性なり 
空仮中道は都(すべ)て不生なり
波浪の滅生は但しこれ水なり 
一心は本より湛然(たんねん)として澄めり
色空不壊にして智よく達す
真俗宛然(えんねん)として、理、分明(ふんみょう)なり
八不の利刀、戯論を断つ
五辺、面縛し、自降して平らかなり
心通無礙にして仏道に入る
この初門より心亭に移る
@@@@@@@@@@@@@@@@@@

こんなにさらっと説明できているのに
なんで
現代の人はみんな混乱するんだろう。

細かく見ると、よくわからないところも
ありますが
仏教を、
通して見抜く、その卓抜した解釈に
脱帽です。

『般若心経』も引いてありますね。
『大智度論』なども入ってる。

こういう文章を読んでいると
一つ思うことがある。
これは、空海さんでなければ
ぜったいに書けない文章です。

だから

仏教の解釈というのは

意外にも 個性が光るんだな!

ということです。

仏法さえつかんでいれば
どのように表現し説明し語ってもよい。

無我にいたって書かれた解釈は
(※「無我にいたって」と書いては見たものの
なんか、ちょっと違和感ある表現ですね、
あたってないかな)


もっとも、個性的だなんて!

おもしろいもんだなぁ。

それにしても
すばらしいものを読むと
ほんと
救われる気がする。。。。

よし、これで元気を出して
今日も乗り切るぞ、っと。

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2007/06/12

暑いので、とりとめなく

急に気温が上がって29度。

ううん、暑いぃ~、というと
他の地方のみなさまに
笑われそうだけど

暑い!

火曜日は、車でお豆腐屋さんが
お豆腐を売りにくるので
かならず、夕食のメニューが

ひややっこ

と決まっている。
わたしが決めたっ!

メインディッシュだからね。
簡単じゃ!
息子が二人ともいなくなったので
もう、食事が激変!チョー貧相です。

ほとんど肉を買わなくなったし
簡単なものしか作らなくなったし
品数も減ってしまいました。

人間て、けっこうしぶとく生きるもんですね。
こうなったら
さらにもう少し食事を貧相にしてみるかな。

といっても、
これ以上は貧相になりようがないかなぁ(笑)。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

今日、ちょっとだけ、授業でブッダ論理学の話をしてみた。

現代の科学者は、高度なレンズを磨いて、顕微鏡を覗き
微小な世界を究明する。

科学者がたよりにするのは、因果律。
この論理を使って、実験と観察から得られたデータを解析する。

お釈迦さんは、心のレンズを磨いて、みずからの心を覗き
微妙な世界を究明する。

お釈迦さんがたよりにするのは、因果律。
この論理を使って、瞑想と禅定から智慧によって解析する。

なんて、調子に乗ってしゃべっていたら
みんな、じっと聞いている(ような気がした)。

お釈迦さんの話をすると、とても熱心に聞いてくれるのは、なぜ?
教室の空気が変わる(ような気がする)。

やっぱ、お釈迦さんはすごい!

最後の切り札、お釈迦さん。
何はなくても、お釈迦さん。
たよりにしてます、お釈迦さん。

お釈迦さんを称える歌(?)でした。

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2007/06/09

龍樹のきもち

毎週、同じことを書いてますが、
今週も無事に過ぎました。ヤレヤレ。

仕事の帰り、大通りのヨサコイ会場を尻目に
あれこれ用事をすませて帰ってきたら
疲労困憊して
そのまま夕方7時半まで数時間寝てしまう。

ヨサコイ、
わたしが踊ってるわけじゃないんだけど
脇を通っただけでも疲れるって、
いったい、なんでしょ。。うつるのかな、疲労は。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

とはいうものの
今日は、睡眠じゅうぶんで
すっきりと、龍樹本を眺めています。

龍樹本を書いているときは
やっぱりふつうじゃない。

龍樹度 が、フルの段階だったなぁと思う。
最高を、5とすると
今は、だいたい1か2の段階。

このくらい、低い段階で、見直すと

この本

やっぱり、

変。。。。お、おい

じゃなくて

非凡だ。。。同じ意味だけど(笑)。

龍樹度5のときは、

みんなにブッダ・龍樹の論理を
わかってもらおう、もらおうと
しながら

一方で

無意識に
わからない人には
ぜったいわからないようにしよう
とも、思っている
ということが

今、読むと、よくわかる。

つまり、
ブッダと龍樹の教えを
めちゃくちゃ誤解してかかるような人から
守ろう、守ろうと
すごく必死になっているのが
伝わってくる。

むしろ、そっちが強い。
めちゃくちゃにされるくらいなら
誰にもわからない方がいい!

思っている。。ようだ。
(他人事ふうす、龍樹度1だからね)

だから、肝心なことが
ぬけてる!

この本の目玉が
ウソみたいに
きれいさっぱり
隠されている。

よく読む人には
わかるかもしれないけど

わたしの主張が
書き忘れられている!!

気がつかなかった。。。(笑)

座標軸が一本
ぬけてました
って、感じです。
こういうことから分析しますと
書いてるときは

無我っ!

なんですかね。
で、
一本、座標を書き足しました。
数行だけど
かなり、何してる本か
わかりやすくなったかもしれない。

今となって、思うことは

一気に完成品出してしまえるなら
めちゃくちゃにされることもないだろう
ということ。

それより
わかってくれる人の方を
優先しなくちゃ
と思うわね。。。大丈夫よね。

あとは、読者のみなさまにおまかせだわ。

@@@@@@@@@@@@@@@
と、以上のようなことに
気がついて
もう一度、龍樹のことを考えて
ハタと思い至りました。

●なぜ『方便心論』が、これほどわかりにくいのか

●なぜ『中論』が、偈頌で素っ気ないのか

●なぜ『廻諍論』が、突如始まり身も蓋もない議論の末
突如終わるのか

そうか!そうだったのか!
そうだったのか~ぁ~!

「仏法を守るために 
荊棘(けいきょく)の林を築く」という意味が
あまりよくピンとこなかったけど

今なら、よくわかるわ。
『方便心論』には
ブッダのブの字もでてこない。
『アングッタラ・ニカーヤ』によりながら
ぜったいそれがばれないように
してるのよ。

ブッダ論理に気づいた人だけが
荊棘の林をぬけることができる。
守られた正法は、
それを受け取るにふさわしい人にしか
知られないようにできている。

ブッダ論理を認めない人は
まわりのとげにやられて
混乱して
ただの藪だと、帰っていくのね。
要するに、ブッダ論理の流れに
逆らって進もうとするから、混乱するの。

それも、ねらいの一つだったのか!
つまり
わからない人にはわからないように。。と。

だから、

三つの本に分けて
ブッダ論理学を論じ
どの本も論が重ならないようにしながら

他との連絡路となるヒントを
随所においた。
わかってくれる人を
かくじつに導くためよ。

三つの本に分けたのは
テーマを区切る意味と
ブッダ論理学を守る意味と
二つあるわね。

龍樹が、
何を考えて
どういうことしてたか

龍樹度5にいたると
よく見えるわね。

どうやって
仏法を護りながら
(=知られないようにしながら)
しかも
仏法を広めるか
(=知ってもらうか)。。。。

不可能な道を
ほとんど不可能と知って
やってたのか。。。はぁ

だまされたわね。。。龍樹に。
ほんと、思うけど
来世は、

ぜったい 

龍樹研究するのだけは
やめよう
って、思うわ。

どうか覚えてられますように。

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2007/06/06

お休みは愉し

ふふふ

ふふふ

あはは

気持ち悪いですね、管理人
とうとう来たか、と思った あなた

ちがいますっ!しつれいね。

じつは、今日は休講で休みなのです。
久しぶりにくつろぐのです。

ここで一息入れて、あと7月の終わりまで
死のロードをつっぱしるのです。
はぁ、いいわぁ。
よし!癒しついでに
ホッとする画像をアップしよ。
Image070_1
Image073_1
庭の牡丹です。
風に揺れて
なかなかレンズにおさまりません。
えいっ!
テキトーシャッター!

あ、まぁまぁね。


せっかくの暇だし、さて、龍樹本でもはじめるかな。るんるん。

自分でいうのもなんだけど
わたしって、休みだとメチャ機嫌いいよね。


自分でいうのもなんだけど
わたしって、ほんと単細胞生物だなぁ、って。。。思うなよ。

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2007/06/05

理想のすがたは?

暇を見て、龍樹本の手直しをしてるのですが、
ただ書くよりこちらの方がむずかしいですね。

出版社の意向にそった分を
自分の書きたい方向へ
すりかえていこうと思うのですが

これって、案外むずかしい。

「最高のものを書いてくれ」といわれて
自分の最高限度のものを書いたら
ボツになっちゃいました(笑)

ので、

最高限度のものをそのまま出すのは
まずいのかな(?)、と思います。

内容のレベルを維持して
読みやすく
非難されても、反論されない!もの

これを書くのがわたしの使命であ~る。

最後の「反論されない」
ここは、とくに大事です。

非難は、いつものことだから
やってもらっていいのよ。
もう慣れてるしね(笑)。

でも、反論となると、
ブッダ論理学全体にかかわるので
ちょっと用心しなくちゃ。

ブッダ論理学それ自体に
ほころびがあってはいけない
ということですよね。

あ、ブッダ論理学にはほころびはない。
ブッダは万全!

けど
わたしの書き方が悪いせいで
ほころびを作ることがあるかもしれない。

ここは、ぜったい注意しなくちゃ。

それから、次の問題は
「読みやすい」こと。

ここも、ほんと、むずかしい。
そもそも龍樹ですもん、
読みやすいなんて、ほとんど無理

なんだけど
そこをなんとか、できるかぎりがんばる ぞと。

となると

西洋論理学の論理学書 のような感じに
論理学の全体を語り

インド哲学教典 のような感じに
スートラ(経)の註釈を語り

仏伝や本生譚 のような感じに
人物のものがたりを語る

こんな感じになるといいな。。。理想のすがたは

ふう、理想「だけ」は高く設定されてますなぁ。

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2007/06/02

ハードワークだ!管理人!

今週は、土曜が休みなので
ようやくなんとか息をふきかえす。

先々週から、ヘロヘロ状態が続いて
毎日、夜になるとすぐダウンしてしまう。

予習しよう、とか思いながら、やり始めると
かならずそのまま寝てしまうのは、ほんとこまる。

綱渡りのようなスケジュールで
乗り切った管理人、
電池を使い果たして
もう頭も身体も働かず
ベンチに寝そべって
コンサドーレのテレビ観戦する。

コンサドーレは、J2サッカーのチームです。
今年は、J2のトップをはしっているので
来年は、J1に行けるかもしれないのです。

たえず敵の攻撃の芽を摘もうと走り回る
ディフェンダーの仕事ぶりを見ながら
『ダンマパダ』21の言葉を思いだすのです。

つとめ励むのは不死の境地である。怠りなまけるのは死の境涯である。
つとめ励む人々は死ぬことがない。怠りなまける人々は死者のごとくである。

厳しいなぁ。
でも、そのとおりだよね。
一流といわれるプレーヤーは
「怠りなまける」ことがないもんね。

そういえば、コンサの今年の合い言葉は

ハードワーク

でしたっけ。
90分間全員が、怠けず守備をし
チャンスには攻撃に参加する。
ディフェンダーでも、機を見て、
駆けあがってシュートする。。。えらいぞ!

ハードワークかぁ。。。
仏教界・印哲界にも、
ハードワークが求められてるような気がします。
では、また『ダンマパダ』27より

放逸にひたるな。愛欲と歓楽を楽しむな。
おこたることなく思念をこらす者は、大いなる楽しみを得る。

うむむ、身にしみる言葉だなぁ。
ヘロヘロ状態はゆるされないかも。
コンサなんか見て歓楽にひたってる場合じゃなかったか。

いや、ハードワークのべんきょだ。。。いいのだ、これで。

すぐ、言い訳、思いつくとこ、そこだけは、
管理人、ハードワークの訓練できてるな、ははは。

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