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2007/01/15

いしを刻むべし

昨日、パソコンがハングする。

いちおう龍樹の原稿はフロッピィ(いまどき!)に
バックアップしているけど
他の資料が、、、他の資料が、、、

オロオロ

悟れてないことをあらためて実感する。

夫がここぞと
「いつもファイル開きすぎなんだよ」とか
ぼろくそに言うけど

動揺しているので
子守歌にしか聞こえないのがラッキー(?)

人類の大半が滅亡するときもこんなだろうな、、って思う。
え?あ?うそ?まじ?
とか言ってるあいだに

叡智の産物と誇っていた、あらゆる文明は
はかなくも夢のように消え去るのでした。

フロッピィ一枚手元に残ってどうなる?
四角いから、円盤投げにも使えないや。。。
CDにすりゃよかった、、って問題ではないです。

われ、思うに、

なんか残そうと思ったら
石に刻むべし (発想が極端ですか?)

でなければ
意思に刻むべし

でなければ
意志を刻むべし

それは次のようにすることなのです。

悟りを得たものたちが出現することなく、
弟子たちが再び衰退したとき、
ただ独り悟るものたちの知恵は
世俗より離れて現れてくる。
(『中論』18.12)

ここ、『中論』の中でも
とくに好きだわ。
パソコン壊れた龍樹の気持ちね。


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コメント

奥住毅氏の訳だけは意味が違ってるような気がします。

やはり、エム訳が一番気に入りました。

投稿: 宮本浩樹 | 2007/01/15 22:09

宮本さま
奥住毅氏の訳もみてみましょう。

諸等覚者がいまだ生じておらず、さらになお、諸声聞がすでに滅尽しているときには、諸独覚において、智が、遠離により生起する。(18.12)

言ってることはおんなじだと思うけど、ずいぶん印象がちがいますね。

投稿: 管理人エム | 2007/01/15 21:07

お!宮本しゃん
いいよね!ここ!

> (でもそれ、何処にあるんだっけ?)
それは、わたひの壊れそこねたふぁいるの中です。

って、ことではなくて、ほんとだ、中村元先生の『ナーガールジュナ』(人類の知的遺産13)の中には、ないですね。中村先生、訳すの忘れた?テキストにあるのに。。。おかしいな???

三枝充悳先生の『中論』(中)(レグルス文庫)には,18.12があります。

こんな訳です。

もろもろの正覚者(ブッダ)が[世に]生ぜず、またもろもろの声聞(教えを聞いて実践する人)が滅したときには、もろもろの独覚(ひとりでさとりを得る人)の智が、不執着(遠離)より起る。

ちょっとかたい感じかも。


投稿: 管理人エム | 2007/01/15 20:51

『中論』18.12 僕も好きです。
(でもそれ、何処にあるんだっけ?)

投稿: 宮本浩樹 | 2007/01/15 20:32

春間 則廣さま

ご心配かけました。
ハードディスクは、なんとか無事でした、ほっ。

古い『ニヤーヤ・スートラ』の和訳のファイルを開くとハングすることがよくあるのです。
開かずのファイルをあけたためです。

つい忘れて、開いてしまいました。

> PCを何故、何処から得たの“果”とか、
> どのようなサービスマンと巡り合う”果”など、
因が求められる時です

忘れていた「因」も思いだしかけました。いつ買ったっけ?説明書や保証書あったっけ?
手近なサービスマン(夫)がやってきてなんとか復活しました。


投稿: 管理人エム | 2007/01/15 11:41

PCのハングアップ

結構、ハードディスクの中は無事なことが多いので
悲観的にならずに、少しの休憩 くらいに思いましょう

そんな時が、
PCを何故、何処から得たの“果”とか、
どのようなサービスマンと巡り合う”果”など、
因が求められる時です

大丈夫ですよ !

自らが、世界を望むように
世界は、自らを望んでいるのですから


( アレッ !  もう回復していたんだ ! )

投稿: 春間 則廣 | 2007/01/15 10:31

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