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2006年9月

2006/09/30

秋風と龍樹(意味ないタイトル)

2006年9月23日(土) 49、84
2006年9月24日(日) 50、83
2006年9月25日(月) 42、75
2006年9月26日(火) 46、90
2006年9月27日(水) 49、91
2006年9月28日(木) 67、136
2006年9月29日(金) 38、64

アクセス解析一週間
最初が訪問者数、あとがアクセス数です。

金曜日のアクセスが少ないのはね、
みんな、はな金で
遊びに行ったのね、きっと。

それとも

わたしのように、仕事疲れで
ひたすら寝てたか、どちらかね。

はぁ、よく寝た!
ほぼ12時間は眠り続けておりました。
1年分の睡眠不足を解消した気分だわい。

~~~~~~~~~~~~~~~~

ところで、もう9月終わりですね。

~~~~~~~~~~~~~~~~

お釈迦さんは
6年間、苦行に全身全霊をかけて打ち込みました。
そして、その結果、こう言いました。

苦行はむだである。

おお!よくそんなことが…

管理人は
ここ3週間、漢訳関係の研究に打ち込みました。
そして、その結果、こう言います。

漢訳研究はむだである(涙)。

おお!よくそんなこと言ったわね…

研究者の研究も読んだし、
羅什の漢訳も読んでみました。
でも
求めたものは、どこにもなかった。

探し方悪い?
そうかなぁ、そうかしら…

『中論』『十二門論』『大智度論』

漢訳は、龍樹のいいところが
あんまり出てないなぁ。
羅什は、読みやすいんだけど
それが、なんか、
論の甘さを感じさせちゃうし。

無意識のうちに
羅什の解釈はいってるんじゃないかって
ちょっと疑いの念がおきちまう。

『大智度論』が羅什作ではないかと
言われるのも
ちょっとわかる気もする。

あの研ぎ澄まされた
射抜くような論理感覚がない。
妥協を許さぬ真理への探究心がない。
彼がもってる人々へのあったかい慈悲もない。
ブッダに傾倒しひたすらダンマを求める求道精神もない。

ほんとに微妙な世界だなぁ、と思うわ。

漢訳は、とても注意深くプロジェクトを組んで
行われたはずなのよ。
荘厳な雰囲気の中で
国家事業として
何人もの人が、智慧を集めてとり組んだ。

正確に わかりやすく 流麗に 訳された。
まちがいはないはずなの。

だけど
何か大事なものを

おっことした

って気がする…

まぁ、わたしがバカだったのよ。
漢訳にへんに期待したのが、悪かったわね。

龍樹は、人に頼って読んじゃダメだって
あらためて思うわ。
自分の能力「だけ」が、頼れるさいごのもの

どんなに乏しくてもさ…
(最後の一言が、利くなぁ、ああ、わびし)

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2006/09/28

プリンタ買いました

夫は、壊れたプリンタもって
仕事に行きました。

「仕事帰りに修理に出すから」

夫は、プリンタもって
仕事から帰ってきました。

「プリンタ買ったから」

ヒェ~!
2週間くらいかかると言われたそうな。

「待てないので、もう一台買ってきた」

買った方が早い、というだけあって、
ほんとに早いです。

こんどのプリンタは、ただのプリンタ。
「ただ」と言っても無料ではないのよ。
機能がプリンタ機能だけ。
色も4色ですむし。

速い!安い!うまい!
じゃなかった
速い!安い!きれい!

8500円。本より安いかも!

しかし、パソコンは、壊れると「待ったなし」よね。
いかにパソコン人生おくってるかわかるわ。
即決で行動しないと
人生やってけないようになってしまってる。

うちじゃ、パソコン壊れるたびに
即決で行動して
売ってる中で
一番安いもの買うから

なんか、だんだんシンプルになってくわ。
まえは、スキャナとかコピー機能もついてた。

人間は、自分の器にあわせて
ものをもつのよ。

「何でもできます」というキャッチフレーズは
何でもできる人が使って
はじめて言えることね。

わたしの場合
「印刷しますか」
「はい」
で、いいのだというコトが
よっっく、わかりました。

わたし
カラーはいらない、
白黒のプリンタでよかったのに。


今どき、そういうもんは、売ってないっ!

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2006/09/27

諸々の事象は滅する性質のものである

印刷中に、プリンタが悲鳴をあげて
動かなくなりました。

マニュアルをご覧ください。

はいはい。

なぬ!お買い求めいただいた販売店に聞け、とな。

マニュアルのバカ…
役に立たないじゃんっ!

何度電源入れ直しても、悲鳴をあげてます。
わたしも、悲鳴をあげつつ
授業にいくまえでなくてよかったと思うのでした。

忘れよう(オイ!)

夫はクールに

二年使ったんだから、もうダメだな
こういうもんは消耗品なんだよ
買った方が早いな

と言うのだった!

片山さんの原始仏典買うお金は、
プリンタにまわるのね。

諸行(プリンタ)は無常で
ないのは苦で
色(財布)は空で
存在物(わたし)は無我(茫然自失)だわ…

いつでもぶっきょー、どこでもぶっきょー

泣くな!
諸々の事象は滅する性質のものである…

って、これ、こういうときに使う文だったのね

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2006/09/23

あんたのせいだよ!りゅうじゅ、ってば

ココログアクセス解析です。

2006年9月16日(土) 45、97
2006年9月17日(日) 44、138
2006年9月18日(月) 44、125
2006年9月19日(火) 47、101
2006年9月20日(水) 67、149
2006年9月21日(木) 86、166
2006年9月22日(金) 51、92

最初が訪問者数、あとがアクセス数です。

最初(97)と最後(92)のアクセス数が
二桁でそろってますね。。。

という分析も
いまいちでございますなぁ。

こういうの、
分析というんでしょうか?

お!
木曜日に訪問してくれた人が
異常に多いが、

なぜだ?

なぞだ!

これも分析というのでしょうか?

管理人には
アクセス解析は
宝のの持ち腐れの
ような気がしますわ。

どうやって役に立てたらよいか
わかりません。

000000000000000000000

さて、日々新たな管理人です。

火曜日、駅構内を疾走(?)していた管理人
木曜日も走る羽目に!

地下鉄で異臭騒ぎがあって
不通になり
代替バスでのろのろ

こんどは、疾走するも
JRにはかんぜんに乗り遅れ、
「10分遅れで」
授業に間に合いました。

あ、すいません、
こういうのは、
間に合ってない

いうのかしら。

でも、10分の遅れで済んだので
事務の人に誉められました。
「あと30分はかかると思いました」
っと
言われましたが、
そりゃ
あまりにも…

000000000000000000000

先日から、『中論』にひたっているのです。

どうも、
この書は、
なかなか
危険なにおいがする書だ
と、思って
すごく
用心してたけど
ころっと
足下すくわれました。

否定の言葉が
ずっと続いても
ちゃんと龍樹の意図が
わかっていれば
魔境に陥ることは
ないのに

どういうわけか
否定の言葉に
するりとはまって
しまいました。
ああ!
どんどんあらゆることが
滅していって
「虚無」の中に
落ち込むような気分に
なってしまいました。

やばいっ!

と思いながら
「ヤバイのヤバイのとんでけぇ~」
と言いましたが
時すでに
遅し!

けっこう恐怖が
やってきて
「おお!まずいわっ」

思った瞬間

今までの先学の研究の意味が
突然了解できました。

そ、そうか!これかぁ!

龍樹の「縁起」を
相依相関関係としたり

八不縁起を
ふつーの縁起と分けたり

世俗諦と勝義諦を
次元のちがう真理のように
あつかって

勝義諦に
絶対的な価値を
見つけたり

なぜ
そういう解釈をするのか
今ひとつ
理解に苦しんでたけど

このキョーフ体験のおかげで
はだ感覚で
ナットク!
うう~む、そうかぁ~

虚無を見て、
それから逃れようとするから
ああいう解釈になるのか。。。。

それで、ブッダの縁起と
ちがってきちゃうのか

了解!了解!
なるほどねぇ…

え!

ということは。。。。。
この前、『春秋』5月号に
書かせてもらった。。。。

龍樹のエッセーは。。。

一部の研究者の人たちには
も。。の。。す。。ご。。く。。。
違和感があっただろうなぁ。。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
。。。。。。。りゅうじゅ。。。。。。
。。。。。。あんたの。。。。。。。。
。。。。。せいだかんね。。。。。。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

わたしの冷や汗の中に
龍樹を
閉じこめました!
バツとして。。。。。

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2006/09/20

しまった!ドア閉まった!

昨日の朝でした。
地下鉄に乗って、座っておりました。

なんとなく
「これがあるときかれがある」
という
その名も名高い(?)「ブッダの公式」について
一生懸命考えてしました。

ブッダは、これを何通りに使ったのか
あれこれ事例を挙げつつ
数えておりました。

駅に着くたび
人は出たり入ったりしています。

1,2,3,4,5,6…

おお!すごい、6通りだ。
「これがあるときかれがある」
たった一つで
6通りのことをあらわしていたのかぁ。

感動!

っつうか、お釈迦さんて
けっこう思考節約してんのね。

「ブッダの公式」って、
万能なべみたいなもんなのねぇ。
朝から有意義な…え?!

あれ?何で、右側のドアが閉まるんだ。
え?ここどこ?

あああ、地下鉄サッポロ駅が
すぎていく。

ほんとに、考えるのはいいけど
いい加減にしないと…

こうして、
次の駅で向かいの地下鉄に飛び乗り
駅の階段を駆け上がり、
エスカレーターも駆け上がり、
JRの階段を駆け上がり、
なんとか電車にまにあったのでしたぁ~。

なんかいつも無駄に走ってるような気がする。

思考節約するお釈迦さんにならって
せめて
少しエネルギーだけでも節約したいわ。

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2006/09/15

食欲の秋

昨日、仕事帰りにデパートで筋子を買いました。

筋子(すじこ)というのは、鮭の卵です。
秋だなぁ。

いくら ともいうかな。
これをばらして
酒と醤油につけて一晩おくと
とてもおいしい。

いくらでも、いくら、食べられます。

ご飯が見えなくなるほど
かけて食べるのが
コツ!

「最近1時間目で腹へるんだよ」と
のたまう
息子は
どんぶり、お代わりして
がっこにいきました。

どうだっ!
これなら
さすがに
大丈ブイ(^_^)V

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2006/09/13

読書三昧

知らないうちに秋の気配になってきました。
最高22度、最低11度の、半袖が心地よい気温ですね。

昨日は、ちょっと調べものをするつもりで
『大智度論』を開いたのが
まちがいのもと。

そのまま、読みふけってしまう。

開いたところ、
どこを読んでもおもしろい。

いろんな問いがあって、
答えも載ってるんだけど

わたしだったら、ここはこういう論理で
説明できるかな
と思うところ
『大智度論』作者は、あえて
論理を使わないで
ブッダの教えを上手に引いたりして答えている。

わたしには
龍樹の論理が透けて見えるけど

けっして作者はそれを出さずに
わかりやすいたとえ話や引用で
全部通しているところが
すごいなぁと思う。

ほんとにみんな
作者は龍樹じゃなくて
鳩摩羅什だと思ってるのかしら?

うーん、龍樹だにゃ~~!
これだけの教えの内容を
これだけのヴァラエティをもって
これだけの譬喩や例えで

「矛盾が一つもなく」

語れるのは

龍樹!

君だけだ

ブッダの教えから
部派の解釈
他学派の論
大乗の無生法忍にまで
至るんですよ。

全部わかっているということだよね。

これ書いた人は
一切智者ですよ
文字通り!

圧倒されて一日が暮れました…
進んでないなぁ、龍樹。。
しかし
30%くらいにしておこう。。いい加減なヤツだわ。

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2006/09/11

仕事寂滅の涅槃をめざせ

アクセス数: 25 (前日値:163)
訪問者数: 17 (前日値:98)

おお、なんと!昨日は、アクセスが163もあった。
訪問者数が、98人!
すばらしい!

がんばって、今日もなんか書かなくちゃ。
ここ一週間は、龍樹に没頭できるので
精神的に
ひっじょーに安定している。

わたしは、サンスクリットを読んでいるときが
一番幸せだということが
わかっているのよ。

ペンギンどのは、(ばらしてもいいかの)
実は
仕事してるときが
一番幸せなのだそうだ。

昔は、仕事しすぎて
書くことがなくなったら
どうしようと思ってたそうですが、
それはまちがいだったと
おっしゃっていましたよ。

書けば書くほど
書くことが増えていく
書かなきゃならないことが
どんどん出てくるんだそうです。

ははは、ペンギンどの、それ
ワーカホリックっつうもんじゃないですか

なんて、のんきにコメントしてたら
キツイ一言がかえってきました。

そんなこと言ってるけど
管理人さん!
あなたも
すぐ
そうなるから、
まぁ、見ててごらん、
じゃ、ね。

え?!
うそ … そんな …

まずいこと思い出しちゃった
仕事増えるのは、いやよ。。

せっかく安定してた精神が。。
一気に乱れるわね。

よし!今日のテーマ

戯論寂滅に
とり組もう

ついでに

仕事も寂滅したい。。。。

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2006/09/10

楽あれば…甘いぞ!楽無し

朝は曇り。日曜日。

いいわね…

何が?

日曜日ってこともあるけど

『中論』って、いいなぁと思って

ちょっと、日記に書いておくのよ。

*******

『中論』は、偈頌の部分は、龍樹作といわれている。

これに反対する人はいない。

そりゃ、そうだわ。

龍樹から『中論』の偈頌をとったら、龍樹、ゼロ(空)になっちゃう。

+++++++

『中論』でありがたいのは、サンスクリット語のテキストがある
ということだわ。
(仏護のサンスクリットのテキストも見つかったそうですし)

心が穏やかになるわ、ほんと。
何が楽だって、サンスクリット語があることほど
楽なものはない!

#######

これまで、『方便心論』は漢訳一本だったから
ものすごくたいへんだった。

一応、仏教漢文、という伝統的な読み方が、
通俗的には知られていて
それにならうことが多いけど
これは、「確かである」という読みの確証は得られない。

他にも読みの可能性を秘めていて
何とも言えないことが多い。
だから、他の文献との比較研究などが有効なんだけど…

『方便心論』の読みを決定づけたのは
やっぱり
わたしのサンスクリットの知識だった。

サンスクリットが漢字の中にみえたとき、
「わかる、わかる」
という感触をつかんだのだった。

ま、それも過去の話だわ。

~~~~~~~~~~~

パーリ語も、ある意味、サンスクリット語から
入っていくことができる。
俗語にあたるから、サンスクリットを知っていると
とても楽。
でも、これにはこれの独特のむずかしさもあって
パーリ語は、深く入っていくと
サンスクリット語の及ばない部分が出てくる。
まだまだですわ。

==========

で、最後に、サンスクリット。
これは、もう、六派哲学をやってる人なら
常識の言語!

ダルシャナ(学問)が用いるあらゆる単語・語句と格闘し、
血を流し、肉を切り、骨を断ち、したボロボロの
惨状が、今ここに… 

 よみがえる!

あ、よみがえらなくていい…

しかし、その経験が『中論』を読むとき
こんなに生かされるなんて思いもよらなかった。

『中論』は、あらゆるダルシャナの濫觴(らんしょう)。
そして、
あらゆる経典・論書の集まるところ。

学問や思想の交差点。

サンスクリット語のおかげで
いろんなものがよく見える。

¥¥¥¥¥¥¥¥¥

で、今のところ、もっとも難儀なのが
チベット訳…

これはねぇ、もう、しばらくぶりだから
よちよち歩きの赤ちゃんみたいな感じ。

少しづつ思い出してはきてるけど、
リハビリは時間がかかってのう…

せっかくのサンスクリットの癒し効果が
チベット訳見ると
相殺されちゃうのよ。

&&&&&&&&&

ほんとっ!
世の中って、うまくいかないわねぇ。

楽な人生って、絶対ないようにできてるのよ、
みんな、知ってた?

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2006/09/09

ざっつ、雑感!

例によって、アクセス解析です。
はじめの数が訪問者数であとの数がアクセス数です。

2006年9月2日(土) 42,94
2006年9月3日(日) 42,82
2006年9月4日(月) 42,83
2006年9月5日(火) 57,98
2006年9月6日(水) 46,95
2006年9月7日(木) 43,91
2006年9月8日(金) 36,67

みなさま、ほんとゴメンだよ。
ほとんど更新してないのに、
きてくれて…

えらいわ、ほんと

って、感心している場合じゃないですわね。

それに
例のブツですが…

じゃなくて

例の仏ですが…

でもなくて

例の龍樹ですが…

進んでますか?

自分で自分に聞くな
っつうの。

進んでるも何も
『中論』読んでるわよ。

『方便心論』もそうだけど
読んでも読んでも
読み切れてないところがたくさんある。

『中論』も
今回は、枠組みと部分で、本がいっぱいになっちゃいそう。

『中論』は、でも、『方便心論』より
だいぶわかりやすい感じだわね。
多方面に拡散しないもの。

チベット訳の註釈『無畏論』を、
龍樹の註ではないと思っている研究者は
多いんだけど
なぜかしらね。

チャンドラキールティとか清弁とか
他の注釈者の註で読んでしまうからかしら。
もの足りないようにおもうのかなぁ。

ぜいたくよね、
っていう問題ではないけどね。
わたしと一緒の考えの人がなかなかいなくてさびしいわ。

『中論』は、偈頌だけでも読めることは読める。
『方便心論』の論法と
仏教を知っていればだけど…ここが問題だ

仏教知らないわたしは、もうたいへん。
いちいちパーリ仏典探ったり、漢訳さがしたり、
頭ン中のわずかな経典を思い出したり、
すんごいことになっとるだ。

親を恨んでも仕方ないけど
何で、子どもの頃
わたしを寺子屋にいれてくれなかったんだろ!

寺の子屋で、お経でも暗記させてもらえば
一発だったのに。

寺子屋?
そういうもんでしたか?
あったんですか、寺子屋?

ははは、ま、ま、かたいこと言わずに…
小学校に入ったのが、人生のまちがいだった
と、今気づくのだった。

だけど、

そのまちがいを正し、さらに、おつりまで来るのが
じゃーん!
この
『無畏論』なのです

…そうですか…

あら、しらけてますか?
これがあると、時間短縮されてありがたいのよ。

わたしが「こうかなぁ、どうかなぁ」と思うと、
『無畏論』に
「やっぱりそうです」
と書いてある

「こうかなぁ」と思うところだけに
註釈がついてて、
分かりきったところには註がないから
無駄がないのもいいや。

こんなにフィーリングあうんじゃ
龍樹も、ひょっとして、

あせあせ主婦やってたんじゃないかと…

思うなっ!

じゃ、仕事はじめ!

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2006/09/04

「考える」を考える

先週は、毎日数回大きなため息をつきながら
過ごしました。

夏休みの課題が残っておったのよ。
ダンボ-ルの答案をとうとうやっつけた。

楽しい答案は、今年は少なかった。
みんなに自分で考えて書くのよ、って言ったのにぃ~。

誰だ、つまんないあんちょこ流したのは。
テストつける楽しみがなくなっちゃった。
おんなじ解答がぞろぞろ。

いろんな考えに出会うから
これを心の支えに
答案つけてるのだわよ。

でも、一人、えらい子がいた。

なんでも整理法で
「どのような整理の仕方をしてますか」って訊いたら
ほとんどの子は、タンスや机の整理、教科書、ノートの整理など
詳しく書いてくれた。
その中で、その子は頭の中の整理について書いてくれたのです。

その子は、
わたしは、いやなこととか困ったことなど悩み事があると、
それをノートに必ずつけます、書いてくれました。

それも、いやなことでもなんでも包み隠さず正直に書くのだそうだ。

全部書いたら、少なくとも二回読むのだそうです。
書いてみると、自分で何を考えているのかわかって、
自分の考えを自覚し整理できるとありました。

そして、そうすると、
なんてちっぽけなことに悩んでいたんだろうと、
いう気がして、悩みから抜け出せるのだそうです。

えらいぞ!
すばらしい!

やはり、ちゃんと書いてる子は、
他の記述式の問題も苦もなくこなして
毎日頭を使っていることがよくわかります。

どんな困難も、この子なら切り抜けていける、ねっ!

大人も見習わなくちゃねっ!

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

考えたことを文章にするのは
とてもよいことだと思う。

自分で考えたことは、文章にしてはじめて
自分で自覚できる。
つまり、そこから本当に
「考える」ということがはじまる。

「書く」というのは行為だからね。

「考える」というのは、ただ頭の中だけで
行っている行為なのではないのね、きっと。

「考える」というけど、そのこと自体は、
実態がないような気もする。

必ず、次に「書く」とか「言う」とか「行動する」とか
そういうものをともなってはじめて
「考える」と言われるようなことが
表面に表れてくるような気がするな。

そして、表面に表れてこないと
「考える」とも言われない。

ふうん、なるほどね。

となると
たとえば修行も、この「考える」を引き出すための
ものだろうね。

「考える」+「修行」=「考える」
「考える」+「書く」=「考える」
「考える」+「言う」=「考える」

こんな感じかしら。
左辺の「考える」は無自覚で
右辺の「考える」は自覚的。

まぁ、こんなもんにしておこ。。。

ところで
今日書いたこと
「考える」
に入るとおもう?どう?

疑問ですね?????

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