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2006/06/20

出家したいぞ!

6月は、日記が一日分だけっ!
さびしい!

しかし、あいかわらず忙しくて
いつも眠たい管理人です。

最近では
ブッダと龍樹にグチをこぼしたくなる日々ですわい。

なんでかって?
そりゃ、決まってるわよ。

二人は、出家だからいいわよ。
家事も仕事もないんだもん。
どうせ暇なんだからさ。
いくらでもむずかしい教えをつくったり
論書を著したりできるじゃん。

もう、こっちは、完全にギブ・アップだから。

晩ご飯のおかずつくりながら
龍樹の解釈考えてると、
おかずだって煮つまるつうのよっ!

つくってるわたしが、煮つまってるんだから
しかたないわよねぇ。

家族に言ったのよ。

「ちょっと、出家してもいい?」

「え?何いってんだ!
自分だけ楽に勉強しようなんてとんでもない」

さりげなく言ったのに……

完全にばれてるわね…本音が。

出家は失敗したけど
でもね、日記は書けたから、よかったわ。

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コメント

 >[1]は、『コスモス表示』の王者。

了解! 味見世代は、[1]味(コスモス・いちみ)をめざす。

カオスはコスモスを希求し、カオス⇒コスモスへと

> (π/3)+(π/3)+(π/3)=π
>[球]では、もう(π/3)足さないと、
>   (4/3)π にならないが。

足しましょう! 一味(eka-rasa)のため
π/3は、修行の味 ニッチもさっちも行かない道

円満具足の球体は、[みかん]型をとる
 ★つき[みかん]は、有田むきで、コスモスにせまる
 いざ! カオスを超えて、コスモスへ

>スービタイズの[1 2 3 4]には、
>数の言葉(自然数)に次元の意味構造が『眺望』できている。

次元の意味構造は、さとりへの『眺望』

 1 いのち 一個のみかん
 2 名色  名前とフォルム 「みかん」と色かたち
 3 感受  うまい・まずい・どちらでもない
 4 4次元の意味構造(=四聖諦)
↓↓
苦 <これ>が苦である 
集 <これ>が苦の原因である
滅 <これ>が苦の滅である
道 <これ>が苦の滅に至る道である

これは、ブッダ接続の、アングッタラ(指さし数え方、増支部)なり。
骨を折らずに、指を折る。。ああ、コスモス[1]は、遠し。

投稿: 管理人エム | 2021/03/07 09:32

≪…全体を捉える思考の中に、
無限がある。…≫の≪…無限…≫を、
[e]と[π]とする『カオス表示』。

 [1]は、『コスモス表示』の王者。

[球]((4/3)π)
     ⇔ 
[立方体](1×1×1)

 ≪…数4を見るものは …… うまい …≫を、
⦅有田むき⦆の味見の世代に重ねた時間に
する[形態空間(ニッチ)]での営みとしたい。

 世代を重ねた⦅有田みかん⦆は、
味見分(π/4)の成果で美味しいみかん(π)を創っている。
 
 (π/3)+(π/3)+(π/3)=π
[球]では、もう(π/3)足さないと、
   (4/3)π にならないが。

 十進法の基の西洋数学の成果の[e]で捉えた[π]の立体形がある。
 『釣り鐘体』と『富士山体』が[π]の
立体形で、底面積がπで高さが(eー1)の
錐体だ。

 『カオス表示』と『コスモス表示』による4次元までの意味構造を数の言葉(自然数)に観る。
   『カオス表示』 『コスモス表示』
形      球体     立方体
点      4π       1
線(1次元) √π      1 
面(2次元)  π       1
立体(3次元)(4/3)π    1 
時間(操作数)1 ⇒ 2 1 ⇒ 2

数学思考
の様態    動的     静的 

カオス表示と (π+1)と (e‐1)と
コスモス表示 (π+1)  (e‐1)
の始原   との『眺望』 との『眺望』

立体形からの
『眺望』 『創発円筒体』『創発直方体』 

数学思考の  [円]  『自然比矩形』
始原  の動的『眺望』 の静的『眺望』
 
[円]・『自然比矩形』への数学思考は、どんなに大きくてもどんなに小さくても変わらない。

数直線上の
『眺望』   +(1/12) ー(1/12)

 プラス(+)とマイナス(ー)のつく
 (1/12)が、時空間単位(メトリイック構造)に観え、解析接続のメタ数学からの
『眺望』としたい。

 スービタイズの[1 2 3 4]には、
数の言葉(自然数)に次元の意味構造が『眺望』できている。

投稿: カオス ⇔ コスモス | 2021/03/05 14:40

全体を捉える思考の中に、
無限がある。

たてよこたてよこ 有田むき

縁起をみるものは みかんをみる
みかんを見るものは 数4をみる
数4を見るものは …… うまい

投稿: 管理人エム | 2021/02/02 04:00

≪…自然数と奇数と…≫の奇数が絡む無限級数 ライプニッツ・ の[π/4]に生るモノは、思考平面(直交座標)の展開図だ。
 
 みかんの⦅有田むき⦆の動作手順で[π]の変身ぶりを知り、[1]のさまざまな変身ぶりを気付いてしまう。

投稿: 絵本のまち有田川 | 2021/02/01 20:07

> 出(いずる)も、入(い)るも、見方の差だけ

> コーサラ相応マッリカー 
> 「人の心はどこへ赴くこともできる」

> これが、「 縁起 」の法則です

春間さま、龍樹乗りこえ、進んでますね。
わたしは、まだまだですわ。

> 出るを支える入るの立ち場、
> 楽(に勉強)を支える苦の立ち場

そうかもしれません。
忙しいときの方が、勉強できたりとか。

> 真理には、一部と全体との区別がない
> (自然数と奇数との無限大の比較)
> 一部を寄集めても全体にはならないが、
> 一部の中にある” ことわり ”は全体の中にある
> 真理と同量(無量ではあるが)である

部分しか、わたしたちには見えないですけど。
だけど、一切を見ています。

> 此処のところを、”棄嫌”しては、
> タンハーから発する、「私」は、
> 存在の基盤を失います

根深いですね…
とはいえ、これも含めて一切なんだし。

> このところが、
> 私のとらえる、拠り所(洲)の根拠です

取っ掛かりをしっかりおもちですね。
この点も、わたしはまだまだですねぇ。


投稿: 管理人エム | 2006/07/04 19:31

ー以下のコメントが掲載されなかったので、
 もう一度コメントを書き込みいたします


出(いずる)も、入(い)るも、見方の差だけ

コーサラ相応マッリカー 
「人の心はどこへ赴くこともできる」

これが、「 縁起 」の法則です

出るを支える入るの立ち場、
楽(に勉強)を支える苦の立ち場

Su 884 第二のものは存在しない、、、

真理には、一部と全体との区別がない
(自然数と奇数との無限大の比較)
一部を寄集めても全体にはならないが、
一部の中にある” ことわり ”は全体の中にある
真理と同量(無量ではあるが)である

それでも、道元は、その取っ掛かりで、
 -そうとはいっても花散りゆくのを惜しみ、
  草は、イヤで、取り除きたいものと思う
と、披露しています

此処のところを、”棄嫌”しては、
タンハーから発する、「私」は、
存在の基盤を失います

このところが、
私のとらえる、拠り所(洲)の根拠です

投稿 春間 則廣 2006/07/03 11:13:43

投稿: 春間 則廣 | 2006/07/04 12:03

ペンギンどの
ありがとうございます。

シュフもシェフも同じね、うん。

中島みゆきの「ファイトぉ!」はいいですね、元気が出ます!

投稿: 管理人エム | 2006/06/22 17:39

 道元禅師の「典座教訓」が思い出されます。典座(料理長)の仕事も修行じゃわいという例の話です。行住坐臥すべてが修行だと思えれば、シュフもシェフも出家と同じ。(中島みゆき調で)「ふぁいとお」。

投稿: 紫陽花ペンギン亭主 | 2006/06/22 15:41

はじめまして、稲葉うあさま

そうなんですか。やっぱり、出家の道もたいへんなんですね…。
甘かったですね。楽に勉強できるなんて、考えること自体が間違っていたのかもしれませんね。

> 寺の内外の清掃、そして炊事洗濯。

これらは、また、修行の一環でもあるのでしょうね。
よし!わたしも、発想を変えて、家事と仕事を修行の一環にしてみます。うまくいくかしら。

拙著お読みいただきありがとうございます。おお!同い年!

投稿: 管理人エム | 2006/06/22 09:30

初めまして、日本的出家の立場からお話いたします。
出家も毎日忙しくて大変です。修行中は坐禅の時間もありますが、それとて摂心以外は2時間か3時間。住職になると、毎日のお勤めに坐禅。寺の内外の清掃、そして炊事洗濯。自分の資質の向上に使える時間は余りありません。

お子様方が学校を終了すれば、大分時間ができるのではないでしょうか?

「ブッダ論理学五つの難問」を今読んでいる、1951年生まれ。

投稿: 稲葉うあ | 2006/06/22 08:20

ペンギンどの

ビックリ!「家庭内出家」、それって、ありですか!?

「家庭内乞食」したら、「家庭内お布施」あるかなぁ。
「家庭内断食」になって、「家庭内苦行」への道を歩みそうなとっても悪い予感が…。

投稿: 管理人エム | 2006/06/21 08:07

 「家庭内離婚」なんてのもあるご時世ですから、「家庭内出家」もあり得るんじゃないかしら。ご工夫しだいですね。

投稿: 紫陽花ペンギン亭主 | 2006/06/20 22:28

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