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2006年6月

2006/06/24

家族団らん!団らん!

昨日、夜の10時半でした。

居間には、三人の人間がおりました。
三人とも、暇そうでした。

「土曜は、がっこ、ないから」
「お、早起きしなくていいんだねっ!」

ということは、全員、休みじゃーー!
ゆっくり顔を合わせるのも数ヶ月ぶり。

ようし!久しぶりに団らん、団らん!

「 ひさしぶりだなぁ …… 」
「 そうだね …… 」
「 春休み以来だ …… 」

ありっ!
もう話すことなくなっちゃった。

「 … 」
「 … 」
「 … 」


「 … 寝ようかな 」
「 もう寝るの … 」
「 …… そうするか」

けっこう、弾んだじゃん、会話。

そお?
そうかしら
そうかもね

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2006/06/21

念僧瞑想、あらん、念僧迷走

出家したい管理人ですが、果たせず、
この世でシュードラやっております。

で、

この前ご紹介した
スマナサーラ長老・藤本氏
『ブッダの実践心理学』第二巻、心の分析

を、熟読玩味しているのです。

心の中ではもうすっかり「とりこ状態」なのですが、
ひそかにラブ・コールを「念」「念」と送るだけにしているのです。

で、

気がつきました。
わたしって、
「念僧迷走」、おっとっと、「念僧瞑想」
やってたんだ。(pp.201~3)

スマナサーラ長老さまは、
智慧第一のサーリプッタの念僧瞑想を
なさっていたわけですが、

あたしの場合は、ブッダやったり、龍樹やったり、
龍樹やったり、龍樹やったり、ブッダやったり、龍樹やったり…

頭の回路壊れてますよぉ、管理人さん

あ、ゴメン!龍樹やったあと、アクシャパーダにも挑戦したり、
それこそ、「念僧迷走」もしたのです。

で、

スマナサーラ長老さまは
「わたしが何の困難もなく仏教を語れるのはサーリプッタ尊者のおかげです。
人がどんな質問をしても、仏教に対するどんな疑問が生まれても、
『あ、この場合はこう答えればいい』と、瞬時に頭に浮かんでくるのです。」
(p.202)
と述べています。

ここよ、ここ!わたしの知りたかったのは。
長老さまのたくさんの著作群の謎が一気に解けました。

いつも、「どうしてこのように答えられるんだろう」と
不思議で不思議でなりませんでした。

氷解!氷解!

正直なところを言いますと、
答えには、それぞれのお坊さんの個性が光ります。
お坊さんの智慧があふれます。
その中でも、スマナサーラ長老さまのあふれ方は半端じゃないです。

そのまんま、ブッダじゃん

感心してしまうのです。

そうか!やっぱりなぁ。
ものすご~~い智慧だと思っていましたが、
やはりものすご~~い智慧だったのね。
はあぁ~~。

もう同語反復しちゃうから。

やばいなぁ、って気持ちもわいてくるけど、
幸せだなぁ、って気持ちもわいてくる。

わたしの場合は、レベルは相当落ちるけど、
やっぱり龍樹!
龍樹ならどう考えたろう、どう答えるんだろう、
って、いつも思うわね。

で、

「あ、この場合はこう答えればいい」と、
瞬時に頭に浮かんで「こない」のです。

いや、浮かぶときもある、答えだけなら。
むしろよく浮かぶといってもいいかも。

ただ、そう答えることが
いいことなのかどうなのかが
よくわからない。

相手にダメージ与えたらどうしようと思うと
二の足を踏んでしまうし
龍樹は、ほんとうにはどのように言ったのかわからないので、
悩んでしまう。

これは、龍樹作品というのが「書かれたもの」であるためだと思う。

サーリプッタ尊者の話の場合は、
ほとんど伝承が「口誦による経典」にもとづくので、
臨場感をもってそのまま伝わる。

書かれた作品は、いくらかよそよそしいのよ。
欠点だわね。
現実にはどうなのかがなかなか見えてこないもの。

でも、わたしの読みが足りないだけかもしれないから、
「書かれた作品」には罪はないかもしれないなぁ。

仏教がどうやって伝わってきたか
知る鍵は、スマナサーラ長老さまにあるっ!

突然ですが、今日の考察を終わります。

智慧第一にはなれないけど
仕事第一管理人だいっ!


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2006/06/20

出家したいぞ!

6月は、日記が一日分だけっ!
さびしい!

しかし、あいかわらず忙しくて
いつも眠たい管理人です。

最近では
ブッダと龍樹にグチをこぼしたくなる日々ですわい。

なんでかって?
そりゃ、決まってるわよ。

二人は、出家だからいいわよ。
家事も仕事もないんだもん。
どうせ暇なんだからさ。
いくらでもむずかしい教えをつくったり
論書を著したりできるじゃん。

もう、こっちは、完全にギブ・アップだから。

晩ご飯のおかずつくりながら
龍樹の解釈考えてると、
おかずだって煮つまるつうのよっ!

つくってるわたしが、煮つまってるんだから
しかたないわよねぇ。

家族に言ったのよ。

「ちょっと、出家してもいい?」

「え?何いってんだ!
自分だけ楽に勉強しようなんてとんでもない」

さりげなく言ったのに……

完全にばれてるわね…本音が。

出家は失敗したけど
でもね、日記は書けたから、よかったわ。

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2006/06/10

仏教的「心の分析」教えます

呼吸を止めたまま、3ヶ月いたような感じです。
休みがまるっきりない生活を続けてましたん。

月月火水木金金の
息子の部活が
クライマックスを迎えて、
ようやく、
一息つけるかと思いきや、
まだまだ
なんだかんだとありました。

んで、いきも絶え絶えのまま

今週火曜日、北大図書館のかびくさい書庫で、
1時間も過ごしたら、体調不良になりました。

めげるかっ!っと、無視して
三日過ごしましたが、
金曜日は夜にはダウンでした。

今週は、頭をどこかに置き忘れた感じです。

で、置き忘れた頭を何とか拾って

藤本晃氏・スマナサーラ長老
『ブッダの実践心理学』第二巻 心の分析、株式会社サンガ

を、一気に読みました。

一気といっても
熱のため、途中で、何度も休憩しながらですが。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
熱にうかされてるわけではありません、断じて!
はっきり言いましょう!

ううん、トレビアン!の一言ですね。

なぜかはよくわかりませんが、
書いてあることが
ほんとは知らないこともた~くさんあるはずなのに
なぜか
読んだあと
みんな知ってたような
そんな気がしてしまう。
あれ?この説は何だろうというような
違和感は一つもなし。


色界、無色界のことは
おそらくふつうの人には
考えもおよばないはずだけど…
でも
まるきり「ふつうな」わたしでも
そんなに意外でもない。


人間の心をこれほど
深く扱った本があっただろうか
知らないことだらけだ
と思いながらも
それでも
人間やってるので
書いてあることに
妙に親密な印象をもつのです。

だからね
結論としては、こうです!
「アビダンマが
こんなにおもしろかったなんて
知らなかった」
って、きっと誰でもいうにちがいない。
今すぐ仏教徒になりたくなる
そんな本かも。


最後に、ちょっとつけ加えれば
わずかにある疑問は
「他宗教は色界第一禅定レベルまで」(pp.211~)
とあるけど
古典ヨーガ学派はどうなんだろう
もっと行ってるんじゃないか
って、いうことだけかな。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
熱のせいだ~。
いくら本がすばらしくても
こんな批評しかできないのは。

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