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2005年9月

2005/09/28

ブッダさま、みごとに説いてね、とくにわたしによっ!

何もないあたま、それは悟りの境地ね、

昨日の考察の結果ですが、
ほんとは、
ほんとは
マジに得たいものですなぁ。


前に、友人と話したことがあったんだけど、

(友人)
「わかるまでは、ものごとはわからないものだから、『わかる』という言い方と『わからない』という言い方の二つしかない。何十パーセントはわかった、っていう言い方はおかしい」

と言われて

(わたし)
「わかる直前が、一番わからない。だから、そうなったら、もうそろそろ次に答えが来るなぁ、って思うんだけど。わかる前にも、『わからなさ』の段階を感じる」

と答えて、

意見が食い違いました。


20%わかる、とか、40%わかる、とかいうのは、あるかどうかわからないけど

わたしのばやい、

なにかわかる直前は、とにかく、もっともわからない。

今までもってたなけなしの知識が全部、借金の形に取られたような、きれいさっぱり何にもない状態になる。

小学校1年生のテストでさえ答えられない、っと自分で思うくらい何もない。

さびしいぃぃぃぃ~っ、何にもないぞぉ~、どうしよ、

って思ってると

それから、おもむろに、答えがやってくる。

こういう過程で、やってきた答えは、わたしのそばに寄り添って、けっしてどこかに行ってしまったりすることはない。

ほかの手段で得られた知識は、忘れてしまったり、もう通用しないと思ったり、知識ではなかったと思ったりするけど、こうして得られたものは、今のところ、出そうと思うときはいつでも出てきて有効に働いてくれるし、いろんな風に変化して、問いにあわせた答えになる。


一回これを経験すると、いつでも知識はこんな風にやってきてほしい、って思う。

けど、

こんなことはなかなか起きない。


普通の人は、見ているときには、見ていない。
普通じゃない人は、見ていないとき、見ている。

ああ、普通じゃない人になりたいわ。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
って言ってたら、ふふ、プチ普通じゃない人になったかな…

パーリ経典読んでて、進展ありっ!
イェ~エィ!龍樹論理学にも少しプラスになったかな。

『ブッダ論理学…』にも書いたけど、ほんとに、
どうして、
パーリ経典は一つもまちがっていないのか、
互いに矛盾したりしないのか、
ほんとに
ほんとに
ほんとに
不思議だわ。

人間だったら、ぜったいどっかミスするはずよね。
言い方が少しちがったり、
表現がやや揺れたり、
言葉がちょっと変わったりするわよ、
人間ならよ。

記憶が薄れたり
説明が前後したり
思想自体もやや変化したりするものよ。
人間ならね。

くり返しが多いととくに
ミスが出やすいのよ。
とばしたり
同じことをくりかえしたり
機械的になって誤用したりするはず。
人間ですもの。

だけど、経典にはそれがない。
ミスは、ちゃんと気がつかれる。
確実に教えられたとおり
順序正しく
正しい言葉で

「見事に説かれる」

ブッダも言ってるわ。

「みごとに説かれた言葉のみ語り、悪しく説かれた言葉を語らず
理法のみ語って理にかなわぬことを語らず
好ましいことのみ語って、好ましからぬことを語らず
真実のみ語って虚妄を語らないならば、
この四つの特徴を具えてる言葉は、みごとに説かれたのであって、悪しく説かれたのではない。」(中村元『ブッダの言葉(スッタニパータ)』岩波文庫、91頁)

自分で言ったとおりにしてるのね。
この文自体も、この文の内容を守ってるわね、
自己完結してるわ。

それはいいんだけど、
とうとうわたしの『ブッダの言葉』、
かわいそうに、表紙が取れちゃって、
さらに、ページが1ページずつとれてきて、

だんだん本が薄くなってるのよ。

みごとに説かれてても、ちょっと問題かな…

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2005/09/27

悟ってることを悟った話し

今までも、はまってたけど、ここしばらく、またブッダにはまっています。

なに?

いっつもはまってるじゃん、って。

まあ、ね。
昨日から、けっこう核心に迫る発見をしそうな気がするような気がして、

頭が半分、パーリ経典に釘づけ。
もうむりやり、引きはがして、授業の予習したけど、ほとんど自分でも何やってるかわからんのよ。

授業してても、何か上の空。
口で言ってることと、頭で考えてることが違うっちゅう、器用なことをする。

ああ、困ったもんだわ。

こんなことしてたら、学生さんが寝てしまうわ、全員。
ね、ねがったりかなったりだ、なんて思ってもいっちゃダメよ、わかったわね、管理人っ!

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
最近好きなブッダ語録。

ブッダって、けっこう、かわゆいのです。
とくに若い頃、っていうか、出家したてのころとか、悟りをひらいたころが、とくにかわゆい。

やっぱ、一生懸命だったんだな、ってよくわかる。

出家して最初、アーラーラ・カーラーマのところに善なるものを求め、いくのです。

そんでもって、いくらか修行したのち、
アーラーラ・カーラーマに
「この教えをどの程度知っているのですか」とたずねます。

彼は、「無所有処(むしょうしょ)定」という境地を教えてくれるのです。

そのときのブッダの言葉。

「アーラーラ・カーラーマにのみ信があるのではない。わたしにも信がある。
アーラーラ・カーラーマにのみ精進があるのではない。わたしにも精進がある。
アーラーラ・カーラーマにのみ念があるのではない。わたしにも念がある。
アーラーラ・カーラーマにのみ三昧があるのではない。わたしにも三昧がある。
アーラーラ・カーラーマにのみ智恵があるのではない。わたしにも智恵がある。」

こう言って、自分も同じ境地を得るため努力するんだけど、いいなぁ、この言葉。
けっこう、勇気がわいてくる。

最近では、「わたしにも信がある。精進がある。…」と言いながら、やってんですけど
だけど、一つ出来なもんがある。三昧(禅定)って、これ、できないよ。

無所有処定(何もないという禅定の境地)…

むりそうだわねぇ。

でも、それ、どこかにありそ。

何もない

何もない

何もない

何もな

あたいの

あたまだった! ……   なんだ、元から悟ってンじゃん 


……………   ああぁ ……  おばか

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2005/09/22

充実した一日でした、まる

よっしゃ!おわりっ!

っと、昨日といっても今日の午前様に、仕事を片づけたら、

ふふ、しばらく暇よん。いやぁ~、やったぁ~~~~~~!
うれしいですぅ、

で、「しばらく」って?

あ、明日まで…少ないです…でも、ないよりましです。
いつから忙しかったっけ?と、ふりかえる余裕もあるもんね。

さかのぼれば、今年のお正月以来、何だかいろいろありまくりっ!でしたね。
そうだっ!さっそく今年の総括をやってしまおう。もう気分は、来年をめざすぞ!

今年の成果:
論文はボツだが、本は出た、(プラスマイナスゼロ)、っと。
あらん、何もしなかったのと一緒じゃん。

こんなに忙しくて、何もなし(ゼロ)なの?
納得できないわ、総括するんじゃなかったわよ。

よし、気分を変えて、さっさと未来に目を向けよっと。

今年の余生(9月以降):

龍樹研究の深みにはまる

もしくは

ニヤーヤ学派の混沌へ潜り込む

いいわねぇ、両方、って、手もあるわね。

さ、計画も立ったし(これで計画?いい加減すぎない?)、
あとは、お茶でも飲んで、よもやまばなしでもするわ。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
管理人は、何か頼まれると、あんまり断れないタチです。
いやぁ、ダメなのよ。
確固とした信念てものに、いちじるしく欠けとるのよ、いかんなぁ。

んで、試食販売でも、何か勧められて試食しちゃうと、どうしても買ってしまうのよ。
試食した段階で、もう負けてるから。
だから、管理人は試食はほとんどしない方針です。

先日、デパ地下でお買い物。
通りすがりに見ると、同じようなカマボコ(?)みたいなものを売ってる二つの売り場があって、
一つは、若いかっこいいお兄さんが試食販売していました。
もう一つは、その倍くらいの年齢のおじさんが試食販売してました。
ううむ、どっちかっていうと、「男は中身だ!」タイプの人です。

若い方には人がいっぱいいましたが、「男は中身だ」の人の方は誰もいなくて
勧めても人は通り過ぎてしまいます。

んで、ひょっと目が合ってしまいましたのじゃ。
あ、まず!
んで、管理人って、ああゆう(どうゆう?)「男は中身だ!」っちゅうチャールズ・ブロンソンタイプの人、って、
弱いのだ!

なんとなく渡されたものを食べる羽目に…
もう、負けてるわたしは、「何買ったらいいだろ」っと商品に気を奪われ…
すると、あら、ブロンソン氏は、別のを「これはホタテだから」と渡してくれ…

え?これ?さっきのは?
ああ、あれ、野菜のミックス、これが、エビので。
あ、あの、もういいんですけど…
まあ、そういわないで。いろいろあるから、全部食べてってよ。

人を見る目のある彼は、カモをはなしません。
さっさと商品を取り上げ、切り始めます。
これがズワイガニで。

もう次から次に渡されるので、何がどれだったかわからん。
それに、最後は、つみれ汁とかいうのまで渡され…

素直に受け取るわたしもわたしだ!
もう、覚悟を決める!

どうせわたしのタイプなんだから(何という発想だっ!)、っと、
ブロンソンさまとしっかり世間話をして、
つみれ汁の作り方を教わり、
食事(?)も済ませて、

一番ちがいのわかった(汁物だもん)つみれを買いました。

そしたら、わたしの彼(おい!)は、「おまけしとくから」って2割値引きしてくれました。

やっぱり、男は中身だと思いますっつ!きっぱり!

それにしても
充実した一日でした。…おもに、おなかが。

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2005/09/19

はあ、カップ麺!

しばらくぶりでございます。
日記も、掲示板も。無事だったのね。
ああ、自分のサイトなのに、2日間、まったく見ることができませんでした。

な、なつかしいわ、自分のサイトって。
いや、調子は悪くないんですわよ。
忙しいだけなの。
これだけ、忙しいと、頭なんて何にも働きません。

いつもだろ?って。
うう、そうかも。最近、頭なんて、働いてたことないもんね。ぐす

それに、忙しいと食生活も様変わり。

今まで、うちでは、カップめんてほとんど食べたことなかったんだけど、
最近、20個以上テーブルの上にピラミッド型に積み上がってるようになっちゃった。

子どもが、だんだん「カップめん通」になりつつあるような…

全銘柄制覇する日も遠くないかも。
でも、常時、テーブルに並べておくのはやめてよぉ。

常にチェックを怠らず、足りなくなったらすぐ買い足しておけ、って、

言わんばかりです。
言わんばかりじゃなくて、言ってるのね。あ、そ。


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2005/09/12

せんせいは奧が浅い

日々労働する管理人です。
ああ、労働してる間に、自民党が圧勝してしまいました。

新たな戦前の始まり、なんてことになりませんように。
たのむよ、ほんとに。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
哲学の90枚の答案つけ終わり、ふう、なかなか。

1)自分の死生観を述べ、他の死生観と比較して論じなさい。
2)認識は正しく対象をとらえうるかという問題について述べなさい。
一問選択です。

4月に入ったときには、哲学の素養なんてゼロだから、みんな。
死んだあとどうなるかなんて、考えても仕方ない、なんて言ってた子たちだから。
哲学なんて、答えが出ないんだから、意味ないし、むずかしくてかたくるしいって、言ってた子たちだから。

それがですよ、どの子も、持ち込み不可で、少なくとも原稿用紙3枚から、多い子は10枚くらい書けるようになる。
全部自前の意見だしなぁ。すごいよね。
どんどん勝手に考察をはじめて、進む子はどんどん広がっていくし。

夏休み、相当みんな考えましたね。
もう、人間ちがってる。別人だわ。

ううん、見習いたい!

多くの子は、死生観を自分なりになんとか見つけて、そして、それが「生きる意味」につながっていくことを知ったのでした。死生観を語りながら、最終的には、自分がどう生きるかをがっちり確保してきているんですね。

なるほどね、

死生観をもたない人間は生きる意味を知らない!と断言できそうですよ。

で、結論としては、
輪廻転生、あるいは、死後の世界を認めるタイプと、
今生きている命を見つめてこの一生しかないと死後の無を語るタイプと

大きく二つのタイプに分けられる。

輪廻転生タイプは、くり返し生きるその生き方の中で、何がもっとも善い生き方か(倫理)を考えるし、
輪廻思想なんて逃げだぞ!いかん、この一生・この命を大事にして生きろと語るタイプは、実存主義的。

それとおもしろいのは、若いからかもしれないけど、
自分は「他によって生かされる・生きる」と、他者(親・友人・先生)とのつながりを重視する子が多い。
縁起的ですよね。
みんな、なんだかんだ言っても、愛されて育ってるんだわね。

いや、ほんと勉強になります。
それで、みんなが最後に感想書いてくれたりするんだけど、「哲学は奧が深い」と書いてくれた子が多かった。
そうすか。いや、あなたも奧が深いです。

二問目もとった子は少なかったけど、けっこうカントの「物自体」にせまる子がいたのは、ほほう。
こっちもいろいろおもしろいけど、今日は省略しよう。

で、

一つ思いますことです。

死生観のような、認識できないもの(例えば輪廻転生・天国・地獄)については、

何らかのことがあるとも言えないし、無いとも言えない。証明できない。

このようなものについて何らかのことを主張するとすれば、その根拠はどこに求められるのか?

それは、率直に言うと

「信仰」というしかない。

それを善しとする、誰もが納得する根拠を見つけることはできないのだから。

だから、ちょっと飛躍気味ですが、ある哲学体系の内部で語られることは、

その哲学体系を信仰している人の言葉なのだということです。

そして、それは、論理学においてすら、言えると思う。

ある演繹論理学の体系を受け入れた人は

その論理学を信仰している人だということになる。

だからね、

あらゆる人に普遍的な論理の基盤というものは、じっさいには存在しないのだと思う。

あるのは、対立する二者が、お互いに詭弁だと思う論理学だけ…

ううん、さびしすぎる結論だが、むりやり一つにするよりましかなぁ。

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2005/09/11

管理人の人生読本(ありがたいんだから、ほんとだよ)

いろいろ悪戦苦闘の結果(夫が)、下の子のPCだけがインターネットにつながらないというところまで行きました。

後、一歩だぞ。
この「後一歩」が、一番たいへんだったりする。

わたしも、ね、「後一歩だぞ!」ってところまで来ましたよ。
いろんな意味でね。

まずは、『方便心論』。
まあ、一応終わってるといえば終わってるんですが、
これは、探れば何でも出てくる打ち出の小槌なので、
ついついわからないところが出てくると、見てしまう。

論理学でわからないところが出てくると、これを見、
仏教でわからないところが出てくると、これを見、
ニヤーヤ学派でわからないところが出てくると、これを見、
何でも、まず、これを見てしまう。

万能本です。

ここから、つらつら考えるに、
仏教(おもに龍樹)をやってほんとによかったと思うのは、
人生に対する応用力がついた(気がする)ということです。

どんなことが起こっても、
人生で起こることは、ブッダの教説の範囲内だということがわかって、
いやぁ、気が楽っつうか、変な自信がつくっつうか…

といいながら、世渡りがうまくなったわけではないのが悲しい。
それに、応用するっていっても、ね、

あ、こうするとやっぱり失敗するわけかぁ、なるほどねぇ、ブッダってあたってるなぁ、

っていう応用の仕方だから… 応用できてるって言えるかどうか…

と、とりとめないですが、
わたしが言いたいのは、

仏教の正しい教えは、
どんなにへんてこなことが説かれていても、
どんなに立派なことが説かれていても、
どんなに妖しいことが説かれていても、
どんなに難解なことが説かれていても、
どんなにやさしいことが説かれていても、

みんな、みんな、おんなじことが説かれているということです。

そこがおもしろいよね。

だから、原始仏教といい、初期仏教といい、大乗仏教といい、
いろんな仏教があるのに、みんな仲良く(?)仏教だもんね。
どこの門から入っても、中は一緒。

ありえないんだけど!ふつうなら。

で、最終的に何が言いたいかというと、

いつも同じことが説かれているのに、
まったくちがうように変化する、ってこっちの方を強調したい。

それこそ七変化といっていいくらい、
思想的には多様に展開しめまぐるしい。

この幻の如き変化を支えるのが、

何かって言うと、

縁起(縁りて起こるということ=因果関係)

この理法だってこと。

使えるなぁ、ほんと、すごいよね。
これ一本でお掃除らくらくの魔法の洗剤も、負けちゃうと思う。
縁起一本で、人生らくらく!
脅威の法則、あなたもわたしも思うがままに生きられる!

よし!貴重な意見だが、無料で配布しちゃうわ。
縁起を知る者は、人生に打ちかったものよ。

縁起:あらゆるものは、因と縁とによって起こるのだ。

智恵を使ってよく知って、この理法をうまく使うのよ。
ま、これによれば、どんな変な人生をおくっても、失敗ではないとも言えるし。
変であればあるほど多様性を示して価値があるとも言える。

みんな、がんばって、めいっぱい多様な人生おくってね。期待してるわ。

管理人の人生読本でした… どこがありがたいんだっけ?

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2005/09/09

事態は、どんどん悪化の一途…あ、PCの話しだから

友人から苦言をいただきっ!

「最近、弱すぎないですかっ!
そんなことじゃ、こまるんだよな!
学者は、体力なんですからねぇ~っ。
わかってんですかぁ。まったく、もう!

ニンニクすり下ろして朝晩二回ヨーグルトに混ぜて飲むんです。
自分の体調管理、しっかりやってくださいよぉ」

な、なんだい!
もう少し、いたわりの言葉っつうもンをいただきたいっ!
それに、ニンニク二回も飲んだら
文字通り
鼻つまみ者の人生歩むんじゃないかって

すっごく心配よ!

とはいうものの
最近、体力なさすぎは、実感するところ。
何とか対策うたなきゃ… やっぱり、ニンニクかなぁ…  

一回にしてみる?どうする?

とにかく、キン肉マンをめざしてみるかな… けっこう、決断力のいる選択肢ね。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

さらに、事件勃発!
子どものPCにウインドウズXPを入れたら、
インターネットにつながらなくなり、
そのため、無線ランをいじっていたら
もう一人の子どものPCもつながらなくなり、
そこで、泣く泣く
新しい無線ランソフトを買いにいき
つなげるところです。

これにより
親二人のPCにも影響が…

つ、つまり、
へたをすると、全員のPCがインターネットにつながらないかもしれない

っと、夫が言うのだぁ!

だから、もうみなさんに会えないかもしれないので、
どんな内容でも良いから

更新しておくわ!

だから、変でも、文句いわないで!

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2005/09/06

龍樹との実り無き対話(縁りて起こらん)

ようやく復活の兆し、管理人1号です。

っていっても、1号しかいなんだよね。
2号3号といればなぁ。鉄人28号がうらやましい。

っていっても、鉄人の場合、27号までは何してたんだろ?ね。
あんまり役立ってるようには見えないかな。

さて、っと、
予定と現実が大ずれの日々を送ってますが、
意外とまだ平穏。

このずれは、後から来るのか?ツケとなって(考えまいぞ、管理人)。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
さて、熱でもうろうとしているときは、
もう当然

わたしにとっては
ラッキータイム!

ま、だいたいでてくるのは龍樹だわね。
最近では、頭の悪いわたしに論法を伝授してくれる!

あのね!龍樹せんせ!
わたし、思うんだけどさ、その論法、どう考えても詭弁だと思うよ、
それ、わたしに、「言え」っての?

え?何?
否定されなきゃ詭弁ではない。
ふむ!
気がつかれなきゃ詭弁ではない。
おお!
時間が経って気がつかれたものは、すでに敗北したものだ。
な~る。
そのように論法を使えばよろし!
へ?でもすぐ気づかれたら?

きづかれたときが勝負のとき、実力でねじ伏せる。
詭弁に詭弁を重ねるのだ(っと、自分でいうかっ。たいていいちころのはず。)
そ、そんな!詭弁て思ってたら詭弁て使えないのヨン!

その通り!だから詭弁ではない!わかるか?
わからんわよ。詭弁に見えてるのよ、何とかしてっ!

相手の論法が詭弁だと思えば、自分の論法は正論になる、わかるな!
え~、そうなの?
そのなのなのだ!「なの」が多いのだ
いいか!
これは智恵と智恵の戦いなのだ。わかるか?
わかってるわよ。だから、言うのよ。無理だって!
どうしよ。念じてみる、詭弁よ、詭弁よ、飛んでけぇ、とか?

う~ん、だな!
お、おい!そこで、素直に賛成しないでよぉ!
何とか頼むわよ!
『バカにもわかる龍樹論法』っていう付録、『方便心論』についてないの?

う~~ん、ウ~~ン、
わたしも修行が足りなかったようだ!大乗菩薩としての!
ここまで、智恵が鈍いと…縁起の理法も、ついてけない…
縁りて、縁りて、起こる、起こるはずだが、起これっ!
ふう、バカにつける薬は…なぁ…縁りても起こらん。

縁起の理法が破綻するほどのバカにであったのは
君がはじめてだ!すばらしいよ…ある意味…
(ぼくちん、さじ投げちゃったかも。)
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

管理人1号、ほめられちゃった……かな?…(めでたいヤツよ)

それにしても、熱ある管理人、熱いすね、龍樹となると対話の方も。
(さらに、言えば、詭弁論法ゲットまでまだまだのようで)

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2005/09/03

備えあって憂えちゃった話

完全に悲惨な体験をしている管理人です。

猛烈に忙しくなる予定だったの。。

だから、それに備えて、

あらかじめ
病院に行っておこう

という、けなげな選択をしたのだった。
ま、体調も落ちてるし、微熱もあるかも。
備えあれば憂いなし!だもんね。

じゃん!
ところが、

もらった薬が効きすぎて
足が腫れて、発疹が出て、猛烈に熱が出て

ほんとの病気になっちゃいました。

病名ですか?

「副作用」っつう病名かと。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

ああ、このような体験をするにつけても
龍樹先生の正しさが心に刻まれるのであった。

龍樹はいつもうるさいのよ、ものごとの順序にかんしてはね。

後のものを先にしてはいけない。

これだ!これですよ。

あらかじめ病院に行ってはいけない
病気になってから、行きましょう。

何が起こっても、龍樹って、正しいのねぇ。
よかったわ!
龍樹の正しさが確認できて…そういうもんか?

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2005/09/01

どうやったら、素粒子を捉えられるか、妄想中

書こう、書こうと思いながら、なかなかうまく書けない管理人です。

ほんとは書くこといっぱいある。
だけど、
ちょっと時間をおくと、いきおい が、でなくて、うまく書き込めないわ。

日記も いきおい なのね。

睡眠不足の考察やら、 夢の考察やら、 本音・たてまえ論争やら、
辞典のミスやら、 カラスの会話の話しやら、ヨーガの八神通やら…

どれにする?

毎日四時間くらいの睡眠で、熱なんかも出たりして、
仕事三昧してると、

もう世の中どうでもよくなるっていうか…

なんか、普通じゃないこと、起こってほしいっていうか…

ブッダをはじめ、インドの人が、なぜ あんなに瞑想修行に没頭したかっていうか…

どんどん妄想がふくらんでくるのよ。

どうせ、熱と寝不足で常人の感覚が失われてんだから、
ついでに、瞑想修行もやった方がいいんじゃないかって…

「普通じゃない体験」 をするチャンスだわよ。

『ミャンマーの瞑想』ウィパッサナー観法でもやってみよう。

仕事しながら……って、これがさびしいわよ!
でもぁ、仕事しないと生きてけないし。

いいのかな…

ま、なんでもいいや

最近限界感じるもんだから
如実知見、っていうのを実体験しないと、ブッダについてはこれ以上語れないかも、ってね。

頭の中のことは、考えればいいだけだから、いくらでもできるけど、
この、縁起の理法を見る、ってのは、考えてるだけじゃダメだもんね。

この前から、思ってるんだけど

現代人が、大きな大きな大きな大きな機械で、
捕まえようとしている
小さな小さな小さな小さな電子などの素粒子ね、

ブッダはそれを見てたんじゃないかって、思うのよ。
インドのヨーギンたちもだけど。

四つの元素とか、五つの元素とか説くでしょ。
なんで、そんなことわかると思う?
インド人は 。。。。。ぜったい。うそつかない。。。。

なのに、四元素(地水火風)を説いた。。。。

ここからわかることは?。。。。。。見たからよね。
見えるんじゃない?あなたやわたしも。。。。。

どう思って?
断食修行して見てみようかしら?
位置と運動量の二つが同時に決まらないという電子を見ちゃうのよ。
やっぱり、妄想かしら。大まじめだけど。。。。。

それに、運良くいけば

フフ


やせるかも。。。。食費もうくし。。。。動機!不純すぎ!

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