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2005/07/02

問答できれば仏教なのさっ!

さて、っと。はぁ、やれやれ。

なんでしょうか。上のため息みたいのは。

わたしの人生って、どうして、こんなに間歇温泉みたいになってるんだろ?って思ってね。

何にもないときには、いやんなるくらい何にもない。
何か起こってくれい~。お待ちしますわ、波乱さま、って感じです。

なのに

起こり始めると次から次へと怒濤のごとくに押し寄せる。
「シュトルム・ウント・ドランク(疾風怒濤時代)」なんて言葉もありましたっけね。

で、今、不気味な予感がするんだわ。地鳴りですよ。

今しばらく、何にもなかった「無」の人生の中に、
ようやくやるべき勉強・仕事を見つけたのよ、
そうしたら、というか、そういうときにかぎって、というか、
遠くから嵐のように砂煙が上がっているのが見える。
あ、あれは、おそろしい「仕事嵐」という嵐…。

で?

どうしようもないわよ。恐れおののいて通り過ぎるのを待つ作戦。
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

さて、さて、ところで、仕事嵐の来る前に、ちょっとこんな本をご紹介。

いただきましたっ!ほしみっつですぅ。(テレビ番組、堺正章巨匠の「厨房ですよ」の定型句より)

玄侑宗久師とスマナサーラ長老の対談『なぜ、悩む!』(株式会社サンガ)という御本でございます。

今まで、古い仏典とか学者の研究書とか、そういう本ばかりを読んできましたので、
こんな感じの現代仏典(?)ははじめてです!

日本の大乗仏教のお坊さんとスリランカの部派仏教のお坊さんの問答です。

読んだ感想は、

一言、

★まんま★仏教ですねぇ★(ほらね、ほしみっつ)

あたりまえですけど、どこを切っても仏教がそのまんま出てくる。
大乗、部派の二つの仏教が一度にわかる!一粒で二度おいしい本!!

また、「問答の妙」というのも感じました。

ひとりが押せばひとりは引いて、逆に、押し返すともう一方は引く、
という妙。

「はじめに」は玄侑師が、「おわりに」はスマナサーラ長老が書いています。
それ読むと、相当強烈な智恵の戦い(?)あるいは和合であったことがわかります。

わたしとしては、
龍樹と他の学派の人がどんな風に問答したのか、
あるいは、
お釈迦さんが他の人々とどんな風に問答したのか、
何だか、見えたような気がしましたよ。

仏教の本質は、「問答」なのねぇ~(感動!)

って、管理人!名僧二人の問答のやり方ばっかりに気い取られてないで、
他に何かありがたい教えについての感想はないの?
ほら、生きてくうえで大事な「今日の教訓」みたいな、さ。
「幸せになるこころのしくみ」って、副題にもあるじゃん。

え?あ?

そ、そうよね、きょうくん、きょうくん、っとね。あったけ?
問答無用…のところは…きりすて、ごめん…みたいな(汗。。。

ったく!問答無用は、管理人のほうだっ!

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