« 問答できれば仏教なのさっ! | トップページ | 『インド思想史研究』論文不採用のお話 »

2005/07/05

心の満足か、財布の満足か

昨日、時事英語の先生に、「お釈迦さんのことわかる?」と聞かれました。

「あ、最近(?)、わかりますっ」

「お釈迦さんは『慈悲(compassion)』についてなんて言ってるの?
西洋の慈悲とどうちがうの?」

え?
おしゃかさんから何にも聞いてない。
それに西洋の慈悲って?

そうしたら、Time(2005.2.28の切抜きをくれました。

Pankaj Misra という人が書いたエッセーで”A Deeper Sense of Happiness(幸せのもっと深い意味)"という題でした。
そして、次の副題に

「仏教が教えるのは、心が満足に向かう道です、財布が満足に向かう道ではなく」

と書いてありました。

アメリカ大統領ブッシュの言葉「『慈悲(compassion)』は、アメリカのもっとも深い価値の一つである」
をやや皮肉っぽく引いて、仏教の「慈悲」と比較していました。

さらに、
ここから「自由」と「幸せ」という言葉をキーワードとして導き出して、

「仏教徒にとって、幸せの極致というのは、内面的に自由であることであって、何かを得たり、消費したりすることへの自由ではないのだ」

と教えています。

「幸せは、自分の外側にあるできごとによるというよりむしろ、心の状態によって決まるのだ」

とも書いています。

亡くした子どもを元に戻してくれと泣いて頼む女の人に、死者を出したことのない家から芥子種をもらってくれば、子どもを元に戻してあげようといったブッダの説話もはいっています。

アメリカもこういうエッセーを必要としてるんですね。
同じように、財布の膨らむ道を求める日本もかもね。

それにしても

本当のところ、もっとも同情すべきはどこの国なんだろうか?

|

« 問答できれば仏教なのさっ! | トップページ | 『インド思想史研究』論文不採用のお話 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 心の満足か、財布の満足か:

« 問答できれば仏教なのさっ! | トップページ | 『インド思想史研究』論文不採用のお話 »