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2005/02/04

病は、気から?どこから?

昨日は、風邪!
今年に入って、もう二度目です。軟弱ものめ!
まったく意味なく風邪引くのは止めようと思っているのであるが、思ったからといって止まないのがやま(な)い。

まったく落ちもおちんわ、風邪のせいで。

しかし、ここは念力で何とかなるのではないかと思う。

昨日は、ほんと、瞬く間に脳みそがただのみそと化して、何一つ出てきませんでした。
調子がいいと喜んでいたけど、結局、一日遅れでゼロになっただけだった。
やっぱりなぁ。世の中うまいこと行かないことがわかったのですが、だからといって手をこまねいているわけにはいかん。
世の中に逆らって生きるのが、管理人の持って生まれた性分なのだ(え?そうだっけ)。
今日からそういう性分になったのだった…??

そこで、念力の登場です。

むりやり、考察するから、見とれよ!風邪のヤツめ!
何か、まちがった方向に進んでる気もするが、いいのだ!このまま風邪の考察に突入。

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古代インド、それは『ヴェーダ』が編纂されていた頃、とっても昔。いつだかわからん。

とにかく大昔。
病、とくに、流行病(はやりやまい)は、破壊の神ルドラ神のしわざだった。
彼は、吉祥なる側面を表すときはシヴァ神と呼ばれたが、いつもは、暴風の神々群神マルトをともなって、怒りの神として暴れまくるのだった。

そうなると
人々は「悪鬼が来る」といって、子どもを外に出さないようにして家の戸をぴたりと閉めた。
体を清めてルドラ神に捧げものをして、ひたすら祈りをささげて、怒りがおさまるのを待つのである。

病気が回復するのもルドラ神のおかげ。「千の治療薬をもつもの」といわれている。治療薬を得るために人々はまたルドラ神に祈るのである。


さて、現代。
病、とくに、流行病(インフルエンザ)は、渡り鳥や家畜のしわざだった。
それらは、吉祥なる側面を示すときは季節の風物詩として喜ばれたが、いつもは、季節風とともにやってきて、そこらにウイルスをまき散らすのである。

そうなると
人々は「ウイルスに感染する」といって、子どもを外に出さないようにして家の戸をぴたりと閉める。
手洗いやうがいを欠かさず自らに滋養物というささげものをして、ひたすらじっとテレビ・ビデオを友として、怒りがおさまるのを待つのである。

病気が回復するのは抗生物質のおかげ。「千の効果を持つ薬」といわれている(かな?)治療薬をえるために人々はまた医学に祈るのである。

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『ヴェーダ』の中でも、呪術的な要素の強い『アタルヴァ・ヴェーダ』は、また、医学・薬学の源になったとも言われたりする。

人々の用いる言葉はちがっていても、やってることは変わんないです。

うがい、手洗い、人混みをさけるが予防、罹ったらあったかくして栄養をとり安静にする。効果的な薬をもらってくる。
最後の手段としてお祓いしてもらったりするのも、おんなじだわね。

現代医学が、人間の心理的側面を治療に生かそうとすると、どんどん古代医学に近づいていくってこと、あり?
どう思って?みなさん。

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