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2005/02/19

涅槃寂静への道、ご案内します

いやはや、へとへとですわ。
試験つけてコメント書くのに今までかかってしまいました。
もう、頭がぁ…あたまがはたらきまへん。

なんというか、若駒がぴょんぴょん好き放題跳ね回ってるような文章読んでたら、ついていくのがしんどいわい。
好きなこと書いてくださいといったら、ホントにめいっぱい好きなこと書いてるんだもん。
考えることは楽しく、知ることは楽しい。こんなに楽しいなんて思わなかったと言ってるわ。
ホントに自由な思考は楽しいのよ。。

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仏教は、無我だの、非我だのと言われますが、そのような言葉にだまされて、仏教のもつダイナミックで自由な生き方という点にみんな気がついていないような気がする。

なんだ!とつぜん始まったな。

確かに涅槃を求める修行は、寂滅へと進む道なのでありますけれど、
その生き方は見ているとけっして消極的で主張のない人生ではない。
現代人の目から見ると、力いっぱい自由を求め自由を満喫している人生を送っている。

だいたい自分の肉体から自由である。
自分の身体なのに、身体の欲求にしたがわずに生きようとする。
つまり、体にわがまま言わせません。
食べたい、飲みたい、活動したい、などをの欲求を、「だめっ」っと叱ってぴしゃりと抑える。

だいたい自分の心から自由である。
自分の心なのに、心の動きにしたがわずに生きようとする。
つまり、心にわがまま言わせません。
うれしい、悲しい、いかりに楽しさ、みんな引っ込んでなさいと抑えてしまう。

「生きている」
この束縛からは逃れられまい。

イヤそんなことはない。
身体と心を抑え自由度をアップしていき
最後には「生きている」という束縛も脱してしまう。
究極の自由人だわね。

「すべてのものに汚染されず
一切を断つ者となり、渇愛が滅したとき解脱したのである。」

と、お釈迦さんが自分でいってんですから。

すべてに汚染されてないなんて、この現代の地球上じゃありえないわよ。
必ず大気汚染だの、水質汚染だのとうるさいしね、ってちょっと関係ないかしら。
さらには、一切のしがらみを断って、欲の頑固なヤツである渇愛もないんですよ。

あらゆるものから自由である、だってぇ?

そんな境地は、この世のどこにあるどんな状態なんだろう。
そして、そんなに自由でありたいのはなぜなんだろう。

そんな境地は、思考(=真理)の中にあって論理(知恵)に住しているとき得られるもの。
そんなに自由でありたいのは、喜びだから、楽しいから。

そうだったんじゃないかな。
つまり、この世の中では、それは哲学の中にある。
考える楽しみなのですよ。

言い換えれば

哲学の試験問題解く楽しみですね。

あれ?どこで、「涅槃寂静」が、「試験問題解くこと」になっちゃったんだ。
(あんがい本気の管理人の意見でしたっ)

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