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2004/12/21

論理学・反論理学

数日前から、論理学関係のシラバスを作りながら、悶々としておりました。そして、おります。

わたし、論理学って向いてないかも…

今さら言うな~ぁっ!

もう病膏肓にいたったらしく、どの論理学の教科書見ても、かならずどっか変だと思うようになっちゃった。
西洋の論理学って、はだにあわないのかも。
前から「おかしい、おかしい」と思いながら、しかし、自分をだましだましやってたんだけど、もう完全にごまかしが利かなくなってきつつある。

ほんとに正直にいうと、

西洋論理学って、どこかに必ずウソがある。
だから、
結局、現実の世界と折り合いがつけられない。
実際に、現実の世界に適用できてる論理って、ほんとないすよ。

前に帰納論理学の推論を試験に出したことがあった。

    これまで生まれてきた人はみんな死んでいった。
    だから、…

…を埋めて、帰納的推論の結論を導いてみましょう、っていう問題。
前提の文にも、問題があるが、それは、まあ、おおめに見てもらいましょう。結論は、いろんな教科書に載ってるし、一応、一般的な西洋論理学の知識にもとづいて教えてあるので、わかることになってる。

みんなの答え:
「これから生まれてくる人も死ぬ」
「わたしも死ぬ」
「わたしの母も死ぬ」
「どこにでもお墓がある」など。

「わたしの母」「どこにでもお墓がある」っちゅうのが奇抜でした。座布団1枚!
思わず出てきたんだろうな。
それはいいの。

これね、問題にもならないと思って出したのよ。みんなに点数とってもらおうと思ってさ。

「これから生まれてくる人も死ぬ」を見て、「うっ!」と思ったのだった。こっちの方がいい答えじゃん。
個別的な事柄を集めて一般化するのが帰納的推論といわれるが、この「これまで生まれてきた人は死んでいった」という前提から
「すべての人は死ぬ」を導くのは、そもそも構造的に相当の無理があるのではないだろうか、っていう気がし始めたら、もう帰納論理学は教えられなくなった。帰納論理学自体、考えてみなくちゃ、っていう気がするのよ。

演繹論理学でも同じ。
      すべての人は死ぬ
      ソクラテスは人である
    だから、ソクラテスは死ぬ

これだって、この推論の意味についてはずいぶん検討を重ねて、現代論理学では一番上の前提は「すべてのxにとって、xが人なら、xは死ぬ」という複合命題だなんて言われてる。一応、ま、むりやり納得してるけど、個体変項xが何かということについては、納得できてるわけじゃない。そもそも、推論が最初から正しいと決めておいて、その上で、この推論の意味を考えるという本末転倒を行っているんだけど、それについて文句をいう人はいまだに見たことがない。
まだ、他にもいろいろあげれば問題を感じるところはある。

論理の枠組みを知識として教え込むということは何を意味するのか?
理屈が現実にあっていないようなのに、むりに教え込むということは、これは「洗脳」なのではないだろうか?
ああ、まずっ!人類は、西洋論理学のウソを習ってる?!やばいすね。変なこと考えるのやめよ。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

さて、そこで、悩んだわたしは気分転換にサイトを検索して遊んでいました。manikanaでひいてみっか。
うわぁ、いっぱいあるぞ。大半うちです。
中に、掲示板のサイトがあって、わたしの論文をリンクしてくれて、これによって「龍樹が論理学を否定したことがわかります」みたいなことが書かれてあって腰がぬけました。

ちょ、ちょっと、お待ちくだされい!

なぜ、そのような、誤解を…ああ、『方便心論』を「反論理学の書」と書いているところから、そのように解釈したんですね。

「反論理学」って、正統派の論理学に対立する論理学という意味で「反」と言ったんだけど。
「反」は反対の「反」。でも、読んだ人は「反」は「矛盾」ということだと受け取ってしまって、論理学の完全な否定だと思ったみたいす。
よく読んでもらえばわかるんだけど…。

わかった!今度から、『方便心論』を「論理学書」にして、『ニヤーヤ・スートラ』を「反論理学書」にしておくことにきめたわ。
次の論文からだからね。

はぁ、めいっぱい疲れました。
西洋についても、東洋についても、とにかく「論理学」にいいだけふりまわされてる、哀れなわたしだった。
(なぜ、過去形かって?現在形だとつらすぎるって、ただそれだけの理由です。)

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