« 大地震と大津波 | トップページ | 来年に向けて(はやく書かなきゃ、あと1時間しかない) »

2004/12/30

大災害について

以下の感想は、29日に日付が変わった時に、書いておいたものです。
朝起きたらアップしようと思って気持ちよく寝たのでありました。ところが、29日は朝から「ココログ」につながらず、書き込めませんでした。そして、いま、30日に日付が変わった午前1時、もう寝るんですけど、寝る前に最後に試したらつながったので、急いでアップしときます。
今ひとつ、ぴりっとしない意見かもしれませんが、「伝承」とか「言い伝え」とか、あながち信用できないと捨て置くことはできないのではないかというメッセージです。というのは、現代の科学的な知識が、じゅうぶんうまくわたしたちには生かされているようには見えないからです。あるものは、何でも使いましょう、有効に。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
29日午前?時
寝る前に書いておこう。
今日の日記と言うには、あまりにも昨日だが、明日(といっても今日)は忙しいのでとりあえず書けるときに書いとかなくちゃ。

午前中は、正月用の仕込みをしながら、ときどきニュースを見てはおびえる。
さみだれ的に起きてくる子どもに、その都度ご飯を食べさせるのでめんどくさいぞ。
冷蔵庫の整理で残飯整理メニューだけどね。
片目でテレビのニュースを見ながら、片目で版画を彫る。
年賀状用のです。

海が異様に引いたら津波に決まってる!と思いながら、ビデオ映像に向かって「はやく逃げてよ」と叫ぶが、みんなけっこう悠然としている。津波を知っている人がいないのだろうか。
海の水が引く場合はある程度わかるだろうが、海が遠くで白波を立てて盛り上がってきているだけなら、気がつかなければ波におそわれるかもしれないと思う。
不可抗力ということもあるなぁ、と思う。

しみじみ教育ということを考えてしまう。
昔はその土地の長老の経験が生きていたが、昨今はそのような知識を求めることもなくなった。
現代的な専門家の知識が重要視されて、他は顧みられなくなった。
専門家の知識は、包括的なものである。それはそれでよいが、それらの知識は、人々に還元されていなくては役に立たない。
その土地で過去に起きた言い伝えでなくて、一般的な知識であっても、みんながそれをもっていればある程度予測できただろうと思う。

インドでは、古くから「伝承」とか「信頼すべき人の言葉」とかが、正しい認識の手段とされてきた。いまでは、現代の科学的知識を社会的常識とするから顧みられないかもしれないが、そういう伝承のひとつとして津波や地震の言い伝えなどがあったら、とも思う。
そういう話の方が、みんなよく覚えていて心に残るものだ。それに地震や津波の客観的な知識ではなく、具体的な対応の仕方や目に見える変化の様子を伝えるから有効だ。

もし「伝承」などを排除するなら、代わりの知識を学校などでわかりやすく教えていかなきゃと思う。

今回ほどの大災害になると、知識の有無で避けられる範囲のものではないのだろうが、それにしても、7万もの人が亡くなるということはなかったのでは…と思ってしまう。
何とも痛ましい。

ここまで、29日分。
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

これは、30日分。いま考えてること。

それと、動物たちは今回の津波で死んでいないという点、じゅうぶん教訓になると思います。
どう教訓になるんだって?
「野生に帰れ」です。
極端かもしれないけど、いつも自然の変化に気をつけるように、意識を変えていくこと、これによって、いくらかは注意深くなれるのではないでしょうか。

地震予知のシステム強化や警報装置の設置など、対策を立てることも必要だけど、お金がかかる。すぐには無理だし、広範囲にわたる場合、個別に対応は無理だ。だから、わたしたちの感覚を磨いておこう。自然に注意深くなろう。都会に住んでいてもそれはできると思う。
それとそういう場合があるかもしれないと思うだけで、パニックにならずにすむと思う。

たぶんわたしたちにできることはそんなことくらいだ。だけど、それはあんがい有効だろうと思う。

|

« 大地震と大津波 | トップページ | 来年に向けて(はやく書かなきゃ、あと1時間しかない) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 大地震と大津波 | トップページ | 来年に向けて(はやく書かなきゃ、あと1時間しかない) »