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2019/03/03

むずかしいはなしより ふしぎなはなし

昨日は、日記を書いた。
今日も書くぞ!

人猫の自覚を、書いたのが昨日。
こう書きました。

     ++++++
> 『チュー論』を読むのが、人猫
> 『チュー』を捕まえたいと 心に秘めている

> チューを捕る仕掛けをかけてる人猫。
> 空のかごをしかけて、
> チューがくるのを待っている。

> えさは、ブツ、ブツ。。。
     ++++++

このブツに、ちなんでのお話です。

この  ブツ  ということば
当然  仏  って、連想されるよね。

ここを書きながら、『日本霊異記』を思い出してました。
_

この中に、こんなお話があるのです。


         ◇◇◇


信者の講*を結び、四恩*のために仏の画像を作り、
霊験によって不思議なことが現れた話 第三十五


河内国若江郡(大阪府八尾市南部)遊宜(ゆげ)村に
修行を積んだ尼がいた。その姓も名もはっきりしない。
生駒郡(いこまぐん)平群(へぐり)の山寺に住んでいた。
信心の仲間を集めて講を作り、四恩*に報いるために、
つつしんで仏の画像を描き、その絵の中に六道も描きこんだ。
供養した後に、その寺に安置した。

(さて)この尼は、ちょっとした用事があって、あちらこちらに出かけていた。
(ところが)その留守中に、この尊像が誰か人に盗まれてしまった。
尼は泣き悲しんで探したが、ついに出てこなかった。
そこで今度は信者を集めて、放生会*を行うことを思い立ち、
難波(大阪)に出掛けて、市をあちこちめぐり歩いて帰ろうとした。
 
ふと見ると、背負い籠が樹の上に掛けてあった。
いろいろの生き物の鳴き声が、籠の中から出てくるのを聞いた。
尼たちは、これはたしかに生き物が入っている違いないと思い、
放生のために来たのだから、必ずこれを買って放してやろうと、
そこにとどまって持ち主が来るのを待っていた。

しばらくすると、籠の主が現れた。そこで尼たちは、
「この籠の中から、生き物の鳴き声がするのが聞こえます。
私はゆずっていただきたく思って、あなたの来るのを待っていました」
と言った。籠の持ち主は、
「生き物ではありません」
と答えた。それでも尼たちは、なおも乞うて止めなかった。

すると、市の司の役人が間に入って、
「とにかく、その籠を開けてみなさい」
といった。
籠の持ち主は恐れ、処置に困って籠を捨てて逃げてしまった。
その後、籠を開けてみると、(先に)盗まれた仏の画像が入っていた。
尼たちは喜び、涙を流し、泣きむせんで、
「わたしたちは、前にこの画像をなくし、
昼も夜も恋しくてなりませんでした。
いま、はからずも再びめぐりあうことができました。何とうれしいことか」
といった。市に居合わせた人々は、この話を聞いて、大勢集まってきて、
「珍しい、ありがたいことだ」
と誉め称えた。

尼たちは非常に喜んで放生会をとりおこない、
放してやった生き物の幸福を祈った。
仏の画像は再び元の寺に安置した。僧俗ともにこれを敬い信じた。
これはまた、まことに珍しい話しである。

中田祝夫訳『日本霊異記』上(講談社文庫)を基本に少し改訳。

* 講:仏教の信者が集まり仏の徳を賛美する法会(ほうえ)。
* 四恩:天地、国王、父母、衆生の恩。天地の代わりに三宝を置くこともある。
* 放生会: 魚や貝、鳥獣などを海山など自然に放して、殺生を戒める法会。


         ◇◇◇


背負い籠に入っていたのは、生き物ではなくて、
仏の画像だったのか?!

いろいろな生き物の鳴き声に聞こえたのは、
仏の声?

ブツ、ブツって、言ったのかな。

まあ、わからないけど、確かに不思議なお話ですね。

古代の日本人は、このようなお話を信じて、
仏を敬い、法を敬い、僧を敬って、生きてきた。

ブツの画像は、ブツの声、ブツの音。

絵も音も一緒なのね、尼たちにとっては。

慕う気持ちは、一緒くた。
六根(六つの感覚器官)すべてが反応する。


        ◇◇◇


おとぎ話のように考える人もいれば、
この中に、認識の真実を見る人もいるだろうな。

現代人にとっては夢物語でしょうか。

いやいや、そんなことはない。

認識の真実は、実は、ブッダの法の真実に
通じている。

こう思う人は、法を見る。

ブツの尊像を見るものは、やっぱり、法を見てるンかな。


むりやり感が強いけど、

こうして、ブツブツ探れば、ブツの法にいくのではないかと。


毎日書くと
最後にオチがないっすね。

しまらないので、おひな様でも。
Dsc02543s
母がリハビリで書いた絵手紙。

いちおう、雛祭りにふさわしい日記になった気がする。

うん!

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コメント

愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ

歴史を学ぶことを
  揀択の範囲の 経験 に すれば  
そこに学びはない

歴史  というモノは  勝者によって 語り継がれる

なんの 勝者  かは
ジナ に 学べば分かる

じゃーな   

バイバイ   あなたの 隣(by)


投稿:  春間 則廣  | 2019/03/15 09:44

歴史を肌で感じながら暮らすことができるのは、幸せですね。

元興寺の仏像は、もっと注目されて良いのではないか、と書いてある解説を読みました。

なんだろう。
有名にならない何かがあるのかしら。

投稿: 管理人エム | 2019/03/15 08:13

元興寺 つながりで もう一つ

中巻 第一縁 四段
尾張の国 の 女の話

蛤の桶五十コク を 船に乗せる

( ここで、 船着き が 古渡 の名とともに、 理解できる )

その地を 織田氏 が 占めているのです
源頼朝 の 生誕の地でもある
熱田神宮 の すぐ近く 半里 のところです

源氏 は 熱田の力と 深く結びついていて
日本武尊 も 家康の 幽閉も 熱田に 関わります
天皇家と関わる藤原氏 です
頼朝の父 も 追われて 近縁を恃み 尾張の地へと 逃げてきて
そこ(知多)で 命を落としました
足利尊氏 は (家康の) 三河の 守護 の子でした
      http://www.aichi-c.ed.jp/contents/syakai/syakai/nagoya/nag001.htm

聖武 の 頃から 室町へとの 時の流れの 淵にたたずむ 、、、、

講談社文庫 を 読むと 
仏教説話としての 今昔物語集( 日本古典文学全集21 ) に つながっていく

「 今ハ昔、  ノ国ニ  トイフ人アリケリ 」
と 加上・増広 に 対応する 説話 であり    仏教である

・  

投稿:  春間 則廣  | 2019/03/12 08:13

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