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2017年9月10日 - 2017年9月16日

2017/09/13

『十二門論』について

大きなスイカだこと。
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さぞかし食べ応えがありそう。


でも、今時、なぜスイカ?
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と、思ったら、
これでもスイカ?

我が家で取れたスイカです。
割ってみると
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でも、小さくても、ちゃんとスイカですね。


     ◇◇◇


世の中、こんなもんですね。

■「瓜の蔓になすびはならぬ」というのは、ある。

それだから、

「油を採るのに、胡麻をしぼるが、
砂をしぼることはない」

といわれる。
どんなに小さくても、スイカはスイカ。

だけど、スイカだ!と胸を張っていうには
ちょっと寂しいスイカだ。

■「鳶が鷹を生む」というケースだって、ある。

うちでも、キュウリの苗を買って植えたら
カボチャがなった。

カボチャにキュウリを接ぎ木した分らしい
って、わかったのだけど

こんなこともある。

☆☆☆
因中有果論 (原因の中に結果はすでに入っている)
因中無果論 (原因の中に結果は入っていない)
☆☆☆

これら二つの論は、『十二門論』に出てきて、
さかんに議論されています。

こういう議論を、「一切法空」で簡単にくくって済ませてしまうと、
大きく混乱してくるのじゃないかと思う。

「一切法空」なんでしょ、わかってるよ、そんなこと。
って、考えていると、

落とし穴が待ち受けている。


       ◇◇◇


今回、『十二門論』の「同疑因」について検討してみて、
そう思いました。

論文をリンクしておきましょう。
『十二門論』における論法の用語をめぐって

ただ、いろいろ議論を好みで切り接ぎしたのではなくて、
実際に起こった議論をもとに編集している。

似たような言い方だけど、違う。
どこが違う?

論理というものを、意識しているか、いないかが違う。


自分の好みや自分の主張に合わせて
編集しているのではない。

もちろん、相手の好みに合わせているわけでもない。

しかし
相手の主張に添うようにしながら、自分の説くところを
打ち出すようにはしている。
でも
自分の見解を打ち出すために、都合良く編集しているのでもない。
論理の一貫性を確保しながら

相手の論でもなく、自分の説明でもないところで、
納得できるところを出そうとしている。

中道が光る書だ。

縁起が、ただの因果ではないことが
しっかりと浮かんで来る。
これが「空」

空を語りながら、たしかな順序がある。
これが「縁起」


縁起、中道、空の、新しい展開がある。


       ◇◇◇


『十二門論』を読んでわかったことは、

もし、本当に、龍樹の『中論頌』を解明したいなら、

龍樹作品といわれてきたものを、
それをそのまま言われたとおりに
読んで解明していくことだ

と気づきました。

おそらく、それ以外に

‘龍樹’の『中論頌』を解明する道はないのだろう。


要するに


どれだけ、自分がブッダ論理についていけるか、
それが勝負になるだけだと思う。

自己の探究なんだなあ、ブッダ論理は。

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色づき始めたナナカマド。

色づき始めた 龍樹『中論頌』  。。

だったらいいなっ。


     


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