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2017/12/14

あいうえ おっ、と、ボーディへ 

死ぬほど忙しい今日この頃。
クロノス(時間)に追いかけられる日々。


と思ったら、もう12月もなかば。


ああ、と思ったら、2018年は終わってるだろな。。

いい、ああ、もういいや。

うう、っといいながら、仕事しよ。


みなさん、おはようございます。
この法則性に気づきましたね。

つぎ、「ええ」ってくるだろうと思ったあなた。
あたりです。

ええ、ええ、そうなんすよ。

昔、とった写真を出すためだけに、

の字まできました。

お!

Dsc02374s
題して、「O」 です。

まんまだな。
雪の降りたてのころ、こんなおしゃれな自然の造詣。

この写真を撮ったら、後は電池切れで、カメラはただの箱になってしまいました。

      ◇◇◇


さて、どんなに忙しくても、縁起を感じない日はない今日この頃。

今日の縁起は、

七仏通誡偈

諸悪幕作  (諸々の悪いことはせず)
衆善奉行  (たくさん善いことをして)
自浄其意  (みずから心を清らかにすること)
是諸仏教  (これが、諸仏の教えである)


これは、般若心経のマントラとおなじです

ガテー
ガテー
パーラガテー
パーラサンガテー

(ボーディ スヴァーハー)

うーん、そっくりだ。

どこが?
全然似てないだろ。


そんなことない、そっくり、そっくり。


ガテーガテーは、諸悪幕作衆善奉行

これで世俗諦だから、「ガ」と「テー」で方向づけ。
みんな悪いことはするなよ、善いことをたくさんせぃよ。

次に、飛躍する パーラガテー っと。
これが、聖者の境地に足を踏み入れる 一歩。

自浄其意

心を自分で浄める、って何?
ふつうの人にはわからないけど、聖者の道を進む人には
パーラ(ぴょん)っと、飛躍して、ガテーと進む

写真もお手伝いしてるね。
「O」の文字。清らかな、からっぽの「空」の心

そうして、

パーラ・サン・ガテー と、諸仏をつなげる。

「サン」ってのは、「集まる」という意味がある。

だから上の写真では、横にずっと引いてある黒い線(?)
つまり、雪のないところね。

諸仏はみな、横一線に並んで、仲良く
無上正等覚を示して
いうんだよ。

「ボーディへ!」


仏教は、みな同じことを言っているね。

般若心経も、七仏通誡偈も。

どんな経典の中にも、
どんなところにも、
悟りへの指標が隠れている

もち、自然の中にも、ある

それがときどき、こんな風に顕わになるんだ。
四角い世間の中で、まあるく生きる
Dsc02373ss
どぉ? 悟りに見えてきまへんか。


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コメント

どこにでも
いつでも 起きる
門ですね
縁起の門

見つけ方次第で 問は開きます

そこで 問の扉を開いて 問を出します

入るモン と 出るモン
どっちの者(モン) が 先になるかな ?

出る者は 打たれる 、、、、


フクロウの なかをのぞけば ふくろ の匂い

投稿:  春間 則廣  | 2018/01/04 14:59

>この 「縁起」 って 何を指しますか ?

>縁起のいい言葉だけを使って 説いてください

一富士二鷹三茄子 四はシマフクロ

東急ハンズに寄ったら、シマフクロと鷹(?)がいて、手に止まらせて写真を撮るイベントをやってました。

シマフクロに縁って起こる腕は止まり木

一句でけたっ!

縁起よくない?

投稿: 管理人エム | 2018/01/04 09:25

一体 何を研究して 2018年が終わる
 などという認識 を  持つのですか
『十二門論』における論法の用語をめぐって
考察する理由は
そういう認識を 構築するためですか ?


今日が終われば 明日が待つ  というくらいの認識なら
適用方法によっては 問題も起きません
締切日は 今日が終わり  明日になるというのなら
今日 は  いつでも今日です
わたしは それについては 認めます

何を認めないかが わかりますか ?

ついでに言うと
ついでが 本論ですが
「 縁起 」
>  縁起を感じない日はない今日この頃
>  今日の縁起は、
>  七仏通誡偈

この 「縁起」 って 何を指しますか ?

縁起のいい言葉だけを使って 説いてください

投稿:  春間 則廣  | 2017/12/28 23:46

エム先生

ありがとうございます。サインの方はやはり、一冊目に送った本のリアクション次第です。難しい本を送って逆に容態を悪化させてもいけないしなぁ、とか、色々です。そんなことを言っている僕自身もここ数週間、帯状疱疹とかになって、痛みを堪えながら難行苦行してます(苦笑)。でも、色々と勉強にはなります。で、先生の本を読み返していますが、やはり一番はスッタ二パータです。現代の日本人はなんと恵まれていることよ、としみじみ思いますです。ヾ(*´∀`*)ノ

投稿: えび天サンバ | 2017/12/18 19:51

えび天サンバさま

お姉様がご入院中なんですね。お見舞い申しあげます。
宮坂宥洪先生がお近くなんですか。
わたしの方は、お父上の宥勝先生のご本で勉強中です。
文庫の方は、1月1日発売になっていたような気がしますが、どうなっているかな。サインでも何でもしますよ。早くお元気になられますように。

投稿: 管理人エム | 2017/12/17 04:21

先日、病院にいる姉のために本を一冊送ったのですが、著者が近所にいたので、サインをお願いに行きました。宮坂宥洪先生という人ですが、石飛先生との対談とかどうですか?と、ついでに打診しておきました(笑)。でも、この次に送る本はM先生の企画中の文庫(新書?)と決めてますので、どうぞ(サインの方も)ヨロシクです~m( _ _ )m

投稿: えび天サンバ | 2017/12/16 10:06

参画

参 の 上にある △ は  ムジルシ  です
画 は  角 がある

起る と 女は 角を出し 般若 の 様相を 垣間見せる


囲った 中には 「 無 」 が  ある ( ??  無いかもしれない )

そこを開くと
公 の  開き印の 八 が つけられる

総てが 皆のモノ  であれば  皆のモノ は 一つもない
( そこには 自分のモノしかない  から  五劫の思惟 は ヒトリガタメ )
( 全部が 一つ  だから  量り難い  →  弥陀 )

いくら量り難くとも
   真直ぐに受ける ということは どういうこと  か
と  思い憚る ことなく 公案 を 廻らす

公案  は △ から 出でて 「 無 」 に  戻り = 行く

行ったり来たり  が 「縁起」 です

投稿:  春間 則廣  | 2017/12/15 07:59

> この 「 縁起 」 に 入ると 瞑想の姿に △ している

この □ い世界 で、 ○ い心をもって △ していこう、っていうことかぁ。

どの形も、「 閉じている 」ところが、仏教だなあ、と。


投稿: 管理人エム | 2017/12/15 07:27

指標を見つける

 その道が
 見つける指標が

 導く方向に続き
 導かれる者の 足下に
 道が堅固へと 踏みしめられて
 堅固 ということを 重ね合わせていく

わたしは あなたに 導かれていく 、、、、
  > どんなところにも、
  > 悟りへの指標が隠れている 
って 言ったじゃないですか 、、、、

よく読むと、何度も読み重ねると
自らの中から 悟りへの道が 浮かび上がってくる 、、、、
「 煩悩即菩提 」

> 四角い世間の中で、まあるく生きる

四角  て いうことは  「縁起」 に 起きます
サンカク  って どういう「 縁起 」に起きるか 分かりますか ?

この 「 縁起 」 に 入ると 瞑想の姿に △ している

坐っているときは 誰でも 「 仏 」 です
しゃべれば 言葉の世界へと 参画 する

惨覚  って いう  角 も 立つ

真 歩く 
    古城へと 続く道を 、、、、  シュラシュラ と 歩みを進める 、、、、

投稿:  春間 則廣  | 2017/12/14 11:38

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