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2017/05/25

五月雨と五月晴れと羅什と龍樹そしてわたしと

タイトルが長すぎるなぁ  

タイトルも、五月雨式かな。
Dsc02258s
曇った空に、桜のなごり

悲しい日々は、羅什の毎日。
五月雨の毎日。

     ◇◇◇

漢訳は「旧訳」と「新訳」の区別がある。

「旧訳(くやく)」の中の代表者、

漢訳上の名訳者として名高いのが、鳩摩羅什である。


羅什。。。なんて、かわいそうな人なんだろう。

誤解されまくっているように思えてならない気がする。


鳩摩羅什の漢訳事情について、語っているのは、

★ 印順氏・述意、昭慧氏・整理、岩城英則氏・翻訳
 『『大智度論』の作者とその翻訳』(正観出版社、1993年)
(pp.3-7,pp.31-33)

★ 船山徹氏 『仏典はどう漢訳されたのか』(岩波書店、2013年)
(pp.96-102)

などである。

これらの中で、羅什について説かれているのは、

かれは、「達意の意訳」を行って、
中国人にわかりやすい表現を心掛けた、ということだ。

その理由は、中国の人々は簡略を好むこと、である。

また、

羅什が、弟子の僧叡にいつも語っていることとして

「梵文を中国語に置き換えると、その美しい文藻が失われ、
大意はつかめてもまったく文体に齟齬が生じる。
まるでご飯をかんで人に与えると、
味が失われるだけではなしに嘔吐を催させるようなものだ。」
(船山、p.97)

という内容であった、と解説されている。

船山氏も、韻文の訳を念頭においた発言だとしているが、そうであろう。


つまり、羅什が言いたいのは
「こういうわけで、わたしは、中国人の好む通りに訳しているのだ」
ということであったのだろう。


しかし、羅什よ、憂愁の人よ、
どうして、そんなことを言ったのだろう。

        ◇◇◇

印順氏は、また、微妙に異なる解釈をしているように見える。

「たとえば、早い時期に訳された『百論』は、
翻訳が悪かったために、弘始六年に改めて翻訳された。
『大品般若経』は、すでに訳されていたが,
『智論』の翻訳時には、経文に対して、
その時々に応じて修正が加えられた。
これらのことは、僧叡等、多くの義学沙門の目には、
羅什の「秦語」は
あまり期待に沿うものではなかったことを証明している。」
(印順、p.6)

中国人である僧叡らにとっては、
外国人の鳩摩羅什の「秦語」には問題を多く感じていたが、
しかし、勝手に書き換えたりすることもできぬまま、
訳者の話した通りに訳文を書くしかなかった、
という説明を、
印順氏はしている。

一度訳したものを、もう一度訳したりしたのは、意味が通らなかったためであろう。
「秦語」の問題なのか???

って、気もしてくるはずなのだけど、

鳩摩羅什の大乗学の知識や仏法の知識は、
大きく疑われることはなかった。

疑問に思ったところで、どうしようもなかったことであろう。


      ◇◇◇


本当のところ、何がどうなっていたのであろう。

羅什には、おそらくは、うすうすわかっていたことだろう。


梵文の美しさを保たせるために、
あえて、達意の意訳をしなければならなかったのだ、
といわんばかりの説明は、
それは、いくら何でも納得できない。

また、「秦語」に問題があったから、羅什が訳せなかったのでもない。
僧叡等のいらだちも、羅什だけの欠点とは言えない。


羅什は、国家プロジェクトとして行われていた翻訳場で、
板挟みのようになっていたのではなかろうか。

鳩摩羅什には、決定的に、不足しているものがあったのだ。

それは、龍樹論法 だと思う。


だから、訳せなかったのである!

で、結果的に


どうして、そういうことになったかわからないが、
『中論』では、偈頌に手を入れ、書き換えた。。。


『中論』で、それをやるのは、いくら何でも乱暴だと思う。


言い換えると、場合によっては、「改ざん」ということになる。

羅什が、泣く泣く行ったのか
僧叡らが、意味を取ろうと必死になって羅什にせまったのか、
よくわからない。


青目釈の『中論』第四章の第八偈と第九偈は、
羅什自身が、その偈の内容を大きく変えている、と思う。

青目の注釈にも手を入れているかどうか、そこはよくわからないが、
手を入れている可能性はある、と思う。

青目が、羅什の訳の通りに注釈していたとは、
ちょっと考えられない。
それには、知識がありすぎる。

だから、問題なのは、

翻訳の難しさを、
梵文と中国語の言語の違いのせいにしてしまった、ことである。
あるいは、
簡潔を好む中国の人たちのせいにしてしまった、ことである。

そうではない!
羅什が、龍樹の論法をまったく知らなかったことが、
翻訳を不可能にしていた理由なのである。


         ◇◇◇


『方便心論』は、羅什がなくなった後何十年も経ってから、
吉迦夜・曇曜によって訳された。

その時、おそらく吉迦夜は、羅什の不備に気づいたのではないかと思う。
『方便心論』の訳も、羅什訳の作品を補うためかもしれない。
さらにまだ他にも、
羅什の欠陥を埋めるような、
その不備を補えるような、作品もいくつか訳している。

『雑宝蔵経』
『付法蔵因縁伝』

毛色の異なるこれらの作品は、『方便心論』と合わせて読むと、
鳩摩羅什が知らない多くの情報を与えてくれるのである。

吉迦夜は、おそらく、
羅什が論法にまったく疎いため、
内容を理解できず、何とか自分なりにつじつまを合わせようとして、
多くの改ざんを行って、内容を変えてしまったことを
知っていたのではないか、
と、想像する。

『十二門論』
『中論』
『大智度論』

これらは、論法に関してどのようなことが読みとれるか

検討しなくてはならない。

そこから、おそらく、羅什の理解を引き出して、

さらに、

そこから論理的に読みとれる青目の本来の注釈
そこから論理的に読みとれる龍樹の本来の議論

こういったものを、見つけていこうと思っている。


あと、羅什は『百論』も訳しているので、
こちらの検討も必要になってくるだろう。

『大智度論』については、
羅什が著したのではないか、などという説まで表れているのである。

さすがにそれはないと思って、
論文を出しておいたが

「『大智度論』と『百論』の関係」

この論文とも連携を取って、
羅什が行ったことを
明らかにして

そして

龍樹の著作本来のものを
明らかにしていきたい

って、思っている。

五月晴れをめざそう。
Dsc02257s

翻訳の牢獄にとらわれた、悲しみの人鳩摩羅什、
かれを解放しよう。

いつもびくびく、自分の無知がバレないかとおびえていたのではないか
という気がしてくる。

大丈夫、晴れは晴れでも、五月晴れといきましょう。
Dsc02267s
バレても平気な、五月晴れ だもん、ね。


論法は、他学派との対話を記したものだから、
仏法の広がりを知りたいなら

どうしても、論法をおろそかにはできない。

近々、論文に書きます。
そして、このサイトにアップします。


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コメント

論( という モノ ) は
真を知らなければ 戯(論)となる

いかなるが  真  かは
「信」 を もって 能入と為す
「智」 を もって 度す

「信」 がなければ 「アタワズ・不能」

フリダヤ を シン と為す


投稿:  春間 則廣  | 2017/06/02 17:53

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