« 降った雪一日分 | トップページ | それでも春へと »

2016/12/31

一年の終わり

一年の最後なので、日記を更新しておかなくちゃ。

札幌は、雪国のはずだったけど、
12月の大雪には、みんなが泣かされました。
Dsc02163s

渋滞につぐ渋滞
車で移動するのは、一か八かの賭のよう。
Dsc02170s

除雪・排雪してください。
Dsc02171s

そう言えば

台湾からの留学生の人が、

降り積もる大雪の中で
ポケットに入れてた メガネを
落として

必死で探したけれど
見つからなかった

と、泣いていました。


メガネも、雪のため
くもったので、
たまたまポケットにいれたのだとか。


雪にものを落とすと
ふんわり積もった雪の中に
沈んでいって
あとかたもなくなってしまうので

まず見つかりません。

春になって、雪が融けたら
出てきます。

なんてこった!

    ◇◇◇


雪の中に忘れ物をしたかのように、
一年がすぎますね。

わたしも、忘れ物は得意です。


何か、忘れてる。。。ぜったい、大事なこと。


公共料金は、督促状が来るので、安心だ(?)
督促状が来たら、払うと、忘れない。

っていうか、
これ
すでに忘れてるんだっけ。


講義や学校行事も、何とか大丈夫。

介護と猫の世話も、何とか大丈夫じゃなくできている。


今年も、おせちを作成中。
年賀状は。。。。

ああ、そうだった、年賀状は、

今年は、さりげなく、忘れているかのように
出さないことに心で決定して、

心の平安を得ました。


ああ、よい年の暮だわ。
Dsc02165s

珍しく、苫小牧駅から見える煙突の煙が
まっすぐに伸びてました。

一本筋が通って、
ブラフマーの一日※が終わります。

来年も、どうぞよろしくお願いします。


※ ヒンドゥー教では、人間の一年が
ブラフマー神の一日にあたる、とされます。
昼の一日のことなので、正確には半日かな。

|

« 降った雪一日分 | トップページ | それでも春へと »

コメント

>学校は 始まっていますか ?

お返事が遅くて、もう書かなくてもいいよ、と言われそう。

始まって、一部終わり、一部は終わりかけ、一部は新たにまた始まりました。

大仏になってずっと坐っていたい。

投稿: 管理人エム | 2017/01/28 18:16

春間さま

ご無沙汰してます(?)

滝野霊園にあるという頭大仏を始めて拝見。

まったく知りませんでした。
youtubeにもありますね。

モアイ像とかストーンヘンジがあるのは知っていましたが、いつの間に!

冬は、頭が少し寒そうですね。

そう言えば、シェルターで思い出しましたが、札幌の地下鉄は、一部地上を走っています。
高架になっていて、全部筒のように覆われています。
それを地下鉄シェルターと呼んでいたけど、今でも、その呼び名で呼ばれているのだろうか?


投稿: 管理人エム | 2017/01/28 18:13

真駒内 頭大仏

WEBの記事を見ていたら
真駒内 という地名があり
雪の画像の駅名が 真駒内 だから
画像をいろいろ見ました

安藤忠雄氏 が 設計したようです

霊園で どのように 
大仏と接するかに 思いを引かれます

一昨日 友人たちと 会食しました
そのうちの一人が 正月に軽井沢にいたと話し

軽井沢のビル・ゲイツの 別荘について
色々興味深い話を教えてくれました

一山を崩して 核シェルターを作り
山を復元して 別荘を建築したそうです

彼の祖父が軽井沢の開発に深くかかわり
彼は 小野洋子とも縁戚関係にあり、
ジョンレノンの子供と彼の子には 血縁関係があるそうです


なにか 頭だけ出ている のと
核シェルター の 上の 住居 が 重なり合って
こんな書き込みになりました

学校は 始まっていますか ?


投稿:  春間 則廣  | 2017/01/13 12:12

一年の終わり で 一年の最後

その位置に始まり この位置にいたり かの位置に移る

この  一日 の
この (今の)  始め   よう 

イチ は 一つで 
いつ も 今という“ところ”で起こして
同じでも 
起こす 思いには 違いを見出す
そういう起きていることの 総合を “思い” と呼ぶ
自ら の 生  という 始まりを起こすから
自ら に 終りを迎える

人の生 は 自ら というものが 起きる前に 起きているけれど
人の生 ということを 他人事としているときには
自ら には その 人の生 は 無く
自ら の  自分を(自分で)作り上げる 世間 にある

「 ぢつと 手を見る 」
啄木 は 手を観ずに 生きざまを見る 、、、、

実 を 観たのか 持津 を 見たのか 、、、、
( もちたる砂は 寄せる瀬にあり   、、、、   )
( 水の少ない浅瀬の 船着き場を 津 といいます ) 

今ぞ知る くるしもの と 人待たむ 里をばかれず とふべかりけり

心は一つでも
持つ手にあるモノは 見い出す “限り” に 無限にある 、、、、

投稿:  春間 則廣  | 2017/01/01 09:08

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/58200/64699146

この記事へのトラックバック一覧です: 一年の終わり:

« 降った雪一日分 | トップページ | それでも春へと »