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2016/01/03

あけましておめでとうございます

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写すものがないので、日めくりでも。

もう、3日になってしまって、今年も残りわずかですね。。?

焦ることなく過ごしたいけど、
そういうわけにもいかないかも。

今年の計画は立てないのか、って?

忙しすぎて計画倒れになること必定なので、
立てるのやめました。

やることはわかっているのよ。


『中論』なのだ。


      ◇◇◇


求められているのは、『中論』解説。

そのための下地が、『スッタニパータ』とふんでいます。
さらには、パーリの「ニカーヤ」類。

『スッタニパータ』と『中論』をつなぐ、大事な注釈が、
『大智度論』と『方便心論』などなど。

『大智度論』は、龍樹作ということが認められないと
ちょっと困るけど、
たいしたことではありません。


ブッダの教えの中に、論法があることを

はじめて気づいた人は誰か

ということがわかると、後は芋づる式に解決されてくるでしょう。


      ◇◇◇


だから、『スッタニパータ』をやっているのです。
龍樹は、ブッダの教えからどんなことを受け取ったのだろう。

そのヒントになるのが、スッタ(経)という形式なのです。
教えの核心を示す短いことばです。

ここを自分で探らなくちゃあかん、って思ってます。

それで

『スッタニパータ』の一部で、本を書こうと思っています。

まだ、何もかたちになっていませんが、
ここに計画として書いておこう、っと。

年々忙しくなって、落ち着いて勉強出来なくなってくるけど、
それは仕方のないことなので、
出来る範囲で、可能な限り、前進していくつもりです。


龍樹は、ブッダの法を、どのように受け止めたのだろう。

原初にかえって、何もないところからはじめてみたい。


年頭に当たり、念頭にあることばをしたためました。

きりっ!

しかし、ほんとにだいじょぶだろうね。。


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コメント

春間様

どうもありがとうございます。
読んでみます!

今頃、書き込みに気がつきました。
そんなに覗いていなかったのかぁ、って、自分でびっくりしています。

光陰矢のごとし

投稿: 管理人エム | 2016/02/02 01:41

苺屋毒蛙さま

>旧約聖書って創世記からずうっと、何か別のオリジナルがあってそれのユダヤ教徒視点による独自の編集って感じがするんですよね。

なるほど。そう言われるとそんな気もしてきますね。ありうるかも。

>シュメールからオリエントに広がるいろいろな文物の、独自編集物。

そんな感じです。
阿羅漢が編集したのではないことだけは、わかりますが、どういう基準なのか、わたしには雲をつかむようです。

>無明が頭であって七つに裂け落ちるのならいいな。

お、昨日訳していたところだわ。

聖書と違って、複雑ではないはずなのに、ものすごくむずかしいですよね。

newmoon

無言行に入っちゃったかしら。。

投稿: 管理人エム | 2016/01/19 07:14

こまかいことですが
頭破作七分でしたね。

無明が頭であって七つに裂け落ちるのならいいな。

年末からちょっとコメントしすぎましたかね。
無言行に。

投稿: 莓箭毒蛙 | 2016/01/17 12:43

マニカナ先生、こんばんわ♪

>「コヘレトの言葉」

おお、無常観じゃ空観ですじゃ。
とここで無言行に入るべきなんですが、
ちょっと

旧約聖書って創世記からずうっと、何か別のオリジナルがあってそれのユダヤ教徒視点による独自の編集って感じがするんですよね。

シュメールからオリエントに広がるいろいろな文物の、独自編集物。

何かこう蛙には像を結ばない感じ。
リアリティが感じられない。

法華経っぽいって言ったら、蛙は岩にされてしまうか、頭陀八分になるか。

ま、しょうがないですね。ゲコゲコ

投稿: 莓箭毒蛙 | 2016/01/16 22:39

> 人間以外の地球上の生物はそりゃあもういい加減にして滅んでくれって思ってるかもしれませんね。

人間以外の地球上の生物は、人間のようには考えません
人間は、人間としての思考を運びますが
人間以外の (地球上の)生物 は、人間の思考をしません

そもそも、思考は、人間だけ の “モノ” です

他の生き物も 考える と 考えて、
その(自分の)考え を  当てはめる

犬は考えもしないし、思うこともない

考えは  言葉にある  人 のモノ


ただし、
感じることは 共通している
感じは、感じで知るしかない

投稿:  春間 則廣   | 2016/01/16 17:08

苺屋毒蛙さま

おはようございます。

>旧約聖書って信者でないとなかなかこころに入らないところがありますね。
>なんか自己中心的というか。

ほんとに。理屈をもって理解しようとすると、拒否されるところがありますね。

だからといって、理屈抜きでもないところがむずかしいです。
「コヘレトの言葉」に安らぐのは、わたしだけ?

かつてあったことは、これからもあり
かつて起こったことは、これからも起こる。
太陽の下、新しいものは何ひとつない。(コヘレトの言葉1.9)

……

わたしの心は知恵と知識を深く見極めたが、熱心に求めて知ったことは、結局、知恵も知識も狂気であり愚かであるにすぎないということだ。これも風を追うようなことだと悟った。
智慧が深まれば悩みも深まり
知識が増せば痛みも増す。(コヘレトの言葉1.16-18)

あら?うーーん。ちょっと、違うかな。。


ただし見よ、見いだしたことがある。
神は人間をまっすぐに造られたが
人間は複雑な考え方をしたがる、ということ。(コヘレトの言葉7.29)

そうなのか。
複雑ってことは、仏教的には、無明ということでしょうね。

こんなところにも、涅槃のかけらがありそうな気がする、間引き一歩前のわたし。

投稿: 管理人エム | 2016/01/16 09:47

蛙のたわごとですが
ちょっと補足を

日本は平和だから私は大丈夫という意味ではありません。

人間以外の地球上の生物はそりゃあもういい加減にして滅んでくれって思ってるかもしれませんね。

人間が増えすぎちゃってちょっと間引する名簿には蛙も入っているかもしれません。
間引きされる前にニッバーナをチラ見させてもらいたいものです。

投稿: 莓箭毒蛙 | 2016/01/16 01:53

そこに量があるとしましょう


寂滅に導く者は聖者と呼ばれる

それは 自己があろうと、他己があろうと
変わらぬ真理としましょう
( 真理である と 認める自己 を 認めましょう )

自己を寂滅の道に有らしめるとき
自己は寂滅  を(に) 怠りなくする(精進する)

寂滅にあるとき
そこに 高低=上下 優劣はありません
 「平等」 が そこに起きている
有情と無常との境を定める心も起きない
山川草木・すべて は 平等・寂滅 の 様相にある

様相にあるとする 自意識もない

量があるから
最も多く 寂滅に導くものが 聖者足らしめられる

寂滅していないところが多くあれば
聖者ではないところが “少なからず” ある

あると見る意識が(多少なりとも)ある
( 見られて成り立つ自己 は 置いて起きましょう )

最も多く寂滅させる者は 聖者に近い
( まず 自己に始まるということも 置いて起きましょう )

すべて を 破壊すれば
自己も自我も破壊される

一人だけ(の存在)では 自我を起こす由縁がない
( なんで か 考えてごらん )

他己がある限り
自己が起きるのは妨げられない

sun

投稿:  春間 則廣   | 2016/01/15 07:55

マニカナ先生、こんばんわ

>世界の人口が、七十億を超えている時代ですから、
>みんなが生きられるように考えないとね。

どうですかね。
ギリシャ神話的にいうと、ゼウスは人間が増えすぎたんでここいらで大戦争を起こすいたずらをしそう。

ま、人間に限らず動物は定員オーバーになれば争いを起こす自然の摂理かもしれないのでウペッカ~

>一神教は、どちらかと言いますと、人口増加への道ですから、
>仏教とあわせるとバランスよい??

産めよ増やせよ地に満ちよですからね~

旧約聖書って信者でないとなかなかこころに入らないところがありますね。
なんか自己中心的というか。

ユダヤ教・キリスト教・イスラム教の近親憎悪がいきつくところに行くかもしれません。
最後は悪くすると大量破壊兵器を使うところまでいくのではないでしょうか?

投稿: 莓箭毒蛙 | 2016/01/15 00:20

苺屋毒蛙さま

>世界が西欧や北欧や北米諸国みたいな自由主義と民主政体になって領土紛争もなにもかもなくなるのかと思ったら、全然ダメでしたね。

まったくねぇ、同じ過ちを繰り返しているようですよね。
世界の人口が、七十億を超えている時代ですから、みんなが生きられるように考えないとね。

>人間も猫も全員出家したら一世代で絶滅するけど、まああんまり理想形ではないですよね。

ほんとに 涅槃寂静 ですねぇ。
人口が抑制される程度にはなるかしら。どうなんでしょう。

一神教は、どちらかと言いますと、人口増加への道ですから、仏教とあわせるとバランスよい??

投稿: 管理人エム | 2016/01/12 08:05

マニカナ先生、こんばんわ

世界が西欧や北欧や北米諸国みたいな自由主義と民主政体になって領土紛争もなにもかもなくなるのかと思ったら、全然ダメでしたね。

EUもドイツのひとり勝ちでおかしくなってますし。

>擬似涅槃
真の涅槃って火星みたいに生物が死滅する状態なのかな~

人間も猫も全員出家したら一世代で絶滅するけど、まああんまり理想形ではないですよね。

投稿: 莓箭毒蛙 | 2016/01/10 17:05

PLさま

すっかり明けて、おめでとうございます。

北海道は、今年は雪が少ないんですよ。どうなるんだろ、って、不安です。
このまま雪なしで済むとは思えません。

>僕は、なんだか、最近ダメです。停滞してます。

PLさま、倦怠期かな??
まあ、いろいろありますよね。

でも、そう言えば、わたしも似たようなもんです。シャキッとしません。
ノロノロウィルス、ってのが流行っているのかも。

>どうか、僕の仏道が少しでも進むことを、お祈りください…。

はいぃ。自分の分とあわせて、神さま仏さまにお願いしてみます。

ところで、
今、『スッタニパータ』だけで、仏法が得られるかどうか、試しているところです。
案外、仏教用語が出てこない方が、良いかな、な~んて、思っているところです。

というところで、今年もよろしくお願いします。
また、道場で、威勢よく語ってくださいませ。

投稿: 管理人エム | 2016/01/10 01:53

苺屋毒蛙さま

>平和は暴力と暴力が均衡した束の間の静けさです。

疑似涅槃みたいなもんでしょうか。
これでもいいや、とりあえず、というように、少しずつ前進して行って、やがて、本物の涅槃へ、というのが、いいかな。

そんなに上手いことは行かないか。 coldsweats01

投稿: 管理人エム | 2016/01/10 01:34

エム先生、あけまして!おめでとうございます!

お久しぶりです、お元気ですか、お変わりないですか。北海道は雪がすごそうですね、関東に僕には想像もできません。

『中論』に『スッタニパータ』の研究の方、僕からもよろしくお願いしますね!

僕は、なんだか、最近ダメです。停滞してます。だから、とりあえず、がんばらないと恥をかく所に身を投げ出して、おぼれて苦しんでます…(笑) なーんか、結局、どこかで言い訳して逃げてしまう。どうか、僕の仏道が少しでも進むことを、お祈りください…。


話は変わるのですが、さいきん、勉強してないと、もう先生と話すことなくなってくるんですよね…(笑) 縁起的に語れることがなくなってくると、なにを語ってもそれが無駄口に、つまり、それが慢となってしまうような…うーん、おもしろいですね~!これでいいんだな~って。


近況報告はこんなところで、また、道場におじゃますることもあると思いますが、なにはともあれ、今年もよろしくお願いします!

投稿: PL | 2016/01/07 16:38

マニカナ先生、こんばんわ

>武器を執ること経

シッダッタ王子の独白がなかなか迫力のあるところですよね。
修行者や一般市民としては素晴らしいです。

しかしながら、クシャトリアや警官や軍人や政治家は別の職業倫理があるのだと思いますが、ま、いいか。

平和は暴力と暴力が均衡した束の間の静けさです。
純粋な信仰や理性よりかは、ジャングルに近い論理の世界でしょうか。

ま、ニッバーナとは関係ないですね
ゲコゲコ

投稿: 莓箭毒蛙 | 2016/01/07 01:23

苺屋毒蛙さま

おめでとうございます。

6日になると、「あけまして」もとれてきちゃいます。

>今年も初めから世界は宗教戦争ですね。
>いきつくところまでいきそうです。

ああ、ほんとにね。困ったです。
宗教学を勉強していて、中東を見ていると、ほんとにどうしたら良いのかわからなくなりますね。

たぶん、ほんとは分かっているんだけど、誰も「折れる」ということをしないので、岩礁に乗り上げる感じがします。

『スッタニパータ』「アッタダンダ(武器を執ること)経」が、身にしみます。

投稿: 管理人エム | 2016/01/06 09:10

>意味不明

無明にあるということか。 mist

だから、『大智度論』よ、きたれ、いざ、って、なってくる。

投稿: 管理人エム | 2016/01/06 09:03

あけましておめでとうございます。

って良く考えてみたらグレゴリオ暦の区切りでしたね。

今年も初めから世界は宗教戦争ですね。
いきつくところまでいきそうです。

中東に比べたらとても比較的良い環境なのに感謝します。

投稿: 莓箭毒蛙 | 2016/01/05 15:53

>>今年は『中論』著者の著作の『大智度論』に頑張ってもらいたいと祈念しております。
わたしも、切にそれを願っています。

意味不明
龍樹は頑張ることなどどこにもないと知っている
願いは自らに起き
起きた ところ(その時その場所) で、
起こしたモノは
起こされたところ( その時・その場所を占めている 自我 )
へと 歩みを進める

自我の願い は 自我の確立 の ため  に 起きる

>『大智度論』は、さらっと読めるようなところがありますが、よく味わうと、すごく論理的に構築されていると思います。以前、論文二つ書いて、その感を強くしました。

さらっと読むのも
味わうのも
自らの人生
自らが どのようにあるかを知る時
(自らというものなどなく)
人の人生がそこにある

自らがそこにあるのか
人としての人の人生がそこにあるのかは
自らが決めることではない
人が決める

「 ヒトノセイヲウクルハカタシ イマソレニアル 」

>>人は仏性を宿す仏子であり、やがて仏になり得る

子を持ってわかる 親の起き方
いつから親かは
親となって知る

仏子 など どこにもいない

子をもって親となるのでは無く
親のありようを知る時 (そのありよう としての)親である

>『大智度論』の中にもあるかもしれませんが、ちょっと記憶にはありません。

ありません
有ってもなくても記憶になければ
無いということ

見つけた時に
見つけようの上に乗った 「ある」 が アル

>仏性という語は、『大智度論』にはまだ出てこないのではないかと思いますが、どうでしょう。

それは単に 訳仕方の問題にすぎません

元からないモノが顕れる理はありません
あるモノは ある
(それがあるのはいつからと決めることではない)

何があるかは
あると知る時にあると決められる

決めた者  ジナ かい ?

勝っているものが 負ける
負けるという構造に 負けが起きる
本来 というものを否定するのが 大乗

本来 ! 
本来などというものはない !
真理は 真理ではないモノが存在するときに
真理として起きる
真理は虚偽の上に乗っかっているから虚偽に過ぎない

真理など 本来ない !

これは 本来 真理として決まっていることです

アハハノハ  ハノ間にハ が はさまっている


投稿:  春間 則廣   | 2016/01/05 08:50

前世は一在家さま

あけましておめでとうございます。

>今年は『中論』著者の著作の『大智度論』に頑張ってもらいたいと祈念しております。

わたしも、切にそれを願っています。
『大智度論』は、さらっと読めるようなところがありますが、よく味わうと、すごく論理的に構築されていると思います。

以前、論文二つ書いて、その感を強くしました。

>人は仏性を宿す仏子であり、やがて仏になり得る

『大智度論』の中にもあるかもしれませんが、ちょっと記憶にはありません。
仏性という語は、『大智度論』にはまだ出てこないのではないかと思いますが、どうでしょう。
何か見つけましたら、また、書き込んでみます。

今年も、どうぞよろしくお願い申し上げます。
仏教並びにキリスト教並びに諸々の宗教全部、よろしくお願いします。

欲張ってしまいました happy01


投稿: 管理人エム | 2016/01/04 23:57

元「人は仏宿す仏子であり、やがて仏になり得る」

改「人は仏性を宿す仏子であり、やがて仏になり得る」

(ルカ伝)
「神の御国は人の内にある」

投稿: 前世は一在家 | 2016/01/03 11:13

ミチ先生sun、住人各位、明けましておめでとう。

>『スッタニパータ』と『中論』をつなぐ、大事な注釈が、
>『大智度論』と『方便心論』などなど。

『中論』の読者の多くが原始仏典『スッタニパータ』をあまり重視していないと観じておりました。
今年は『中論』著者の著作の『大智度論』に頑張ってもらいたいと祈念しております。

法華経の重要な法(真理)の中に、「人は仏宿す仏子であり、やがて仏になり得る」とあります。
これに近い解説がもし『大智度論』にございましたら、また教示願います。

昨年はキリスト教板でのやりとりが多かったので、主なる父神に感謝し、隣人を尊ぶ、と繰り返してきました。
改魂(あらたま)の年の初めに、親なる如来に感謝し、衆生を尊ぶ、合掌。

投稿: 前世は一在家 | 2016/01/03 11:09

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