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2015年5月10日 - 2015年5月16日

2015/05/16

<種>があるとき <芽>がある おお!

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カラフルなパンジーを、上から目線で撮りました。

上から目線じゃいけないか。
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では、下から目線でも、一つ。
となりにあるコンテナのパンジーです。
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なんて言うのかな。花の名前が分からない。

さて、雑草に埋もれて
ミニ牧草地化していたうちの庭。
一念発起して、花を植えることにしました。

何でもいいのよ、花なら、ね。
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パンジーが68円だったので、いくつも買いました。
手前のプランターには、数年前のモロッコインゲンの種を植えました。
芽がでてきたのには、びっくり。。種をまいて土をかぶせただけです。
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それが、これ ↑


さて、最初の庭の写真に戻ると


手前の何もないように見えるところは、
花の種を植えたところ。
ここも小さい芽がでてきています。不思議だわ。
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何か1種類をばらまいてみたら
あまりに小さくて植えたかどうか分からなくなったので、
もう一つちがう種類もばらまいてみました。

それはたぶんナデシコだと思うけど、
最初にまいたのは何だっけ?

いろいろあるように見えるけど、
母の日に送られてきたカーネーションとか、ミニガーベラとかも、
鉢植えで並べてあります。
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球根を植えたら芽が出ました。
まさか、芽が出るとは思っていなかったので、
何の花か分からないのだ。
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たぶん、グラジオラスのような気がする。
あと、一個で400円もする球根が中にあるけど、
それも、どれだか咲いてみなければ分からない。

花の名前より、値段で覚えているってのが、なさけないっす。


       ◇◇◇

『スッタニパータ』を地味に読んでいます。

昨日読んでいて、ビビッときたところです。


779 =======
想いをあまねく知って、暴流を渡るとよい。
諸々の愛着に、聖者は汚されることはない。
かれは、(愛着の)矢を抜いて、怠らずに行じながら、
この世もかの世も望むことはない。
=========

どこにビビッときたかというと、

「想いをあまねく知って」 というところ。

サンニャン パリンニャー

っていうんだよ。

そうか、輪廻の暴流を渡る前に、
「想いをあまねく知る」ことが、必要なんだ!!

こう思って、そうか、そうか、
輪廻するぞ、
って、思った次第です。


変ですか?

イヤイヤ、そうじゃない。
だいたい、すべてのサンニャー(想)をものにするには、
わたしのこの一生では、とうてい無理だろう。

想(サンニャー)をきわめるまで
輪廻の暴流にもて遊ばれて、
さんざんボロボロになってから、
渡るとよい、って、

もしかして、お釈迦さんは、言ってるのかも?

って、思ったのです。


      ◇◇◇


あと、金岡秀友氏の『密教の哲学』(講談社学術文庫)を、
開いて、眼に入ったところを読んでいました。

p.240=====
…ここにもまたわれわれは、空海の自己の没後にたいする
烈々たる仏法弘通の志をみるのである。同じ『性霊集補闕抄』
第八にみえる、つぎの有名な一句がそれである。

虚空尽き、衆生尽き、涅槃尽きなば、我が願ひも尽きなむ。
金峯(金剛峯寺)高く聳えて安明(須弥山)の
培塿(ぼうろう)(蟻塚)を下し睨(み)、
玉毫光を放って忽ちに梵釈の爀日(かくじつ)を消さむ
(仏の眉間よりでる光りは、一瞬のうちに梵天・帝釈天等
外道の神々の光りを消し去るであろう)。

これでみれば、空海は、自分の没後も真言の教えは絶対に
不滅であるとの志を述べているのである。
なぜなら、虚空や衆生や涅槃が尽きるということは、
けっしてありえないからである。
===============

前後の文脈をまるきり無視して、眼に入ったところだけで
反応すると、「あれ?」という気がしました。

空海は、真言の教えは不滅だと思ったのだろうか。
虚空や衆生や涅槃が尽きるということは、
けっしてありえないのだろうか。

現実には、われわれのレベルでは、このように思えるのは、
わかるのですが、
でも、空海は、やはり、ことばどおりではなかったのだろうか、
という風に思います。

虚空が尽き
衆生が尽き
涅槃が尽きる

これが成し遂げられたなら

わたしの願いも 尽きる


そのまんま、受けとめるのが、よいのではないだろうか。

目標があって、
そこに到達したら、
それが終わりである。完成である。


けっして終わらない
という教えは、どこか恐ろしい。


完成を示すからこそ、
精進努力がある。

だから、空海の仏法の追究がある。

いつか、終わるとき、
仏法が完成して

虚空が尽きて、衆生が尽きて、涅槃が尽きるとき

そこに初めて、’永遠’がある。いや、ないか。。

<種>があるとき <芽>がある
<種>がないとき <芽>がない

輪廻の種がなくなるとき、もう虚空も衆生も涅槃も尽きる。
芽は出ない。芽が出ないことが示されて、完成する。
縁起は、閉じて、終わりを告げます。

それまで、空海さんは
わたしたちと一緒にいるんだね。
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2015/05/12

花は盛りに

荒れ地に雑草が生い茂っていた牧草地状態の
うちの庭。

少し花の苗を買ってきたりして、植えています。

その写真は、また今度載せるよ。

今は、他の家々や公園などに咲き乱れる花々を
ご覧あれ!
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ヤナギの芽吹きと、八重桜のハーモニー。

やえざくらだぁ~っ。
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アップにすれば、こんなに大輪です。
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と思ったら、もう、ライラックが咲いてました。
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早いなあ。。ライラック祭りの頃には花はないよ、これじゃぁ。
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紫もきれいだ。
最後は、タンポポでしめよう。
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やっぱり、西洋タンポポは、北海道の花かな。

昔は、ほんとにどこにでもあって、山のように一面タンポポだった。
最近は、それほどでもなくなったけど。

昔は、雑草の王さまのように君臨していたタンポポ。

今では、日陰の身。。。って、ことはないな。
でも、昔ほど、にくらしいほどの繁殖力が無いように見えるのが
さびしい。

何でも、諸行無常 なんですね。

考える頭の枯渇した管理人は

花に頼って日記を書いてます。

では、いざ仕事へ!


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