« 2015年3月29日 - 2015年4月4日 | トップページ | 2015年4月26日 - 2015年5月2日 »

2015年4月19日 - 2015年4月25日

2015/04/24

春爛漫

びっくりです。桜が咲いてました。
Dsc01216s
写真を撮ったのが、4月21日!

こんなに早く咲くなんて。
これ一本だけだったので、周りでみんなも驚きながら
「え、桜?!」といいつつ写真を撮っていましたよ。

え?え?桜?ほんとに桜? 枝が白樺なんですが?
Dsc01218s
ほんとに、びっくりしました。
白樺にも桜が咲くのかと。
まさかね。
Dsc01220s
ああ、良かった。白樺の後ろに桜があったのか。

昔は、5月の連休すぎた頃、
桜は咲くものでした。

20日以上も早く咲いています。

ということは、
どうやっても、連休にお花見が
できないようになってるらしいです。

さて、他にも花々を少々。
Dsc01213s

家の前の野生の水仙
Dsc01221s

よその家の前のクロッカス。
Dsc01223s

これも、よその家の芝桜。
Dsc01224s

ほんと、一気に何でも咲いてしまう。

写真だけで、今日は終わりです。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015/04/21

欧米化の侵食

朝一番に、日記を書く勤勉なわたしです。

ちょっと、馬の写真を載せようと思って。
えび天サンバさま、これで徳の研究をしてくだはいませ(笑)。
Dsc01138s_2
ここには、去年は、何頭かの牛がいたのだけれど、
今年は、馬に変身しています。

牛が、馬に変わった。
まだらの模様が牛っぽい。。

元は、牛だってことは、ないよね。

そういえば、
今年は、午年(うまどし) ?
じゃなくて、未年(ひつじどし)だった、っけ?


すっかり忘れてます。


     ◇◇◇


sattvaを調べてみようと思っています。

如来(タターガタ)を、衆生(サットヴァ)の意味で使っている、
という四句分別の解釈を、調べてみようと、

前から手ぐすね引いているけど、チャンスが来ません。

     ◇◇◇


いまは、ヨーガを読んでいるんだよ。


あんまり、わからないなあ。
そもそもが、ゴチャゴチャして、整理されてないんだわ。

現代ヨーガ(ヨガ)の流れを、整理しようという研究もあって、
身体技法という観点からまとめられた

マーク・シングルトン『ヨガ ボディ』という本があります。

http://www.junkudo.co.jp/mj/products/detail.php?isbn=9784905328063

ほとんど精神文化としてのインド思想は、無視されていて、
欧米の眼で見られたインド発祥のヨガ研究です。

一言でいうとヨガという名の

体操の文化

をまとめたものです。


ヨガということばは、
はっきり、身体技法としての意味をもっているのです。

喜多千種氏が訳していますが、
この方の「あとがき」の冒頭に、こう書いてあったので、びっくりしました。

===
日本のみならず、世界でも「ヨガ」は
すっかり日常的なことばになりました。
スポーツ選手やハリウッド・セレブがヨガを
エクササイズに取り入れていると言っても、
違和感なくすんなり受け入れられています。
 ただ、日本では、宗教色の強い「ヨーガ」が先に浸透し始め、
健康法として一定の評価を得た後に、
欧米のフィルターを通したフィットネスとしての「ヨガ」が
広まったこともあり、人によって「ヨガ」のイメージはさまざまでしょう。
===

宗教色の強い「ヨーガ」

ナンダなんだ、このことば、っていう感じです。
いや、びっくりしました。

ヨガとヨーガのちがいについて、
こうなっているようですね。

ちまたの解釈では、
「ヨガ」はフィットネス
「ヨーガ」は宗教
ということらしい。

喜多千種氏は、専門は技術史の方ですから、
「ヨガ」や「ヨーガ」の専門ではないようです。
ですから、このことばの使い方は、
この方のもっている語感による解釈なのでしょう。

そう言われてみますと

最近ヨガ(ヨーガ)のインストラクターの方から、

「今では欧米が、ヨガの発信地みたいになってますよ。
インドがヨガの本場だって、知らないみたいで、
アメリカやヨーロッパがヨガを生んだとでも
言わんばかりになってます」

ということも、よく聞きます。


どうやら、インドはヨーガの文化のお株をとられて
しまったのでしょうか。

アドヴァイタと言われる思想も、
インドの思想文化を超えて、欧米化を遂げているようです。

サンスクリットのことばでは、

一応「ヨーガ」と、二重母音として伸ばして読みますが

実際、インドのヨガ道場などでは、現地の発音で

「ヨガ」と聞こえるため、そのまま音写して用いてきたことによって、

二つの読み方が交差しているのだと思います。


このちがいは、けっこう大きなもので、

◆インドの伝統をふまえるか   ヨーガ

◆欧米のニーズに応えるか    ヨガ

のちがいとなって現れているようにさえ見えます。


ここで、現場のヨガの先生たちは悩むのかもしれません。

ヨーガをするなら、精神的なものへ

ヨガをするなら、身体改造・美容・健康へ


分かれていくんでしょうね。


「ヨーガは、合一ということである」
身体と心と魂を一つに結びつけることだ

と、高らかに宣言していた
アイアンガー氏も、

『ヨガ・ボディ』の中では
どちらかといいますと、
体操派の方とみられています。


そういえば、アイアンガー氏は、著書の中では
サンスクリット語を頻繁に使い、また、
その発音も、きちんと示しているのです。

ヨーガの文化を残そうという、現れなのかな
精神性がない、と言われないための防御姿勢かな。


インドの苦労は、今でも続いているようですね。

欧米というのは、いつでも侵食するんかなぁ

インドの精神文化の中にあるヨーガから
きれいに
精神だけを抜いて
自分たちの理解できる肉体文化ヨガに
してしまいました。


ということはだ、

インドの心は 「ー」で表されるのですね。


「ヨーガ」 - 「ヨガ」 = 「ー」

インドよ、示せ、汝の「ー」を。

ちょっと、しまらなかったな
ウマくないわ
Dsc01128s


| | コメント (6) | トラックバック (0)

2015/04/19

人間は動物である

何か新しいことないかな?
Dsc01130s
お、クロッカス。
毎年、毎年、春にはクロッカスを撮って載せてるけど
やっぱり、春らしくて、いいですね。

いろいろ学校も始まって、忙しくなってきました。

難病の母が、足がしびれる、動かない、むくんで痛い
といろいろ言うので、
最近のうちの語録は、こうです。


人間は、動物である


これを、母に噛んで含めるように言うのです。
何度も何度もくりかえして言っています。


「人間は、動物っていうくらいだから、常に動いてないと、
いけないんだよ。

だから、動かないからといって、動かさないと、
どんどん使えなくなってだめになる。

動かないと意欲もなくなって、
どんどんだめな方にくんだから、
とにかく、動かそうと思うのがいいんだよ

意欲をもたなくちゃ、
動かそう、って思うだけでもちがうンだから」


などと、いっぱしのことを言っては、

歩行器の練習をしたり、
複式呼吸をしたり、
体操したりするのを、手伝っています。

マッサージもけっこうイタについてきた感があります。

「痛い」とか言っても、無視して、
とにかくリンパ液が流れるように、
念じながら、マッサージをすると、これがけっこう効く。

母は、わたしが一番上手だと言います、エヘン。
とはいえ、わたししかやってないじゃん!

「あんたは、痛いけど、ほんとに良く効くよ」
って、殺し文句も知っている。


          ◇◇◇


生きるっていうことは、意志をもつことだと、
そんな気がしてきます。

何かしようという意欲もなくなれば、
どうしても、動かなくなってくる。
眼も張りがなくなって、死んでくる。
だから、だんだん死へと向かっていきます。

だから、
何か意欲をもやすことがないか、
周りのものが
常に探していたりします。

人間って、黙ってっても、
生きようという願望を持つのかと思っていたけど、
そうでない、という方向に向かうこともあるだなあ。


お膳立てをしてもらって生きる


という人生でない、
もっと積極的にわがままな人生を送ってもらいたい、母よ。

あれしたい、
これしたい、
こっち行きたい
あっち行きたい

と、遠慮せずに、言わなくちゃ。

Dsc01135s


      ◇◇◇

もう一つ、でてきた真理(?)

生きることは、わがままである。

だから
思いっきり、他人に迷惑かけて生きれば、
って、言いたい。

さんざん迷惑かけて、
死んだら、いっそ気持ちがいいと思うんだけど。。


ああ、人間って、
不思議なものですね。


煩悩は、あれば面倒だけど
なくなってくると、ほんとに寂しい


煩悩くらい、もったらどうなの
っていう言い方もあるなんてね。

教室の窓から、馬場を臨む。
Dsc01134s
馬はいいなあ、煩悩いっぱいに走り回るもんね。

| | コメント (13) | トラックバック (0)

« 2015年3月29日 - 2015年4月4日 | トップページ | 2015年4月26日 - 2015年5月2日 »