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2015年3月8日 - 2015年3月14日

2015/03/11

『現代仏教塾 Ⅰ』を読んでみました

出版されたばかりの著作をご紹介。

『現代仏教塾 Ⅰ』(幻冬舎)です。
Photo

著者は、三人の方です。

吉村 均氏/三木悟氏/岩井昌悟氏


帯には

「 日本の仏教界は
このままでいいのか?
求めるべきは
宗派主義を越え、
社会に開かれた

仏教だ! 」

とあって、

危機感 とともに なんとかしよう感 

がいっぱいの 問題提起 の書と言えます。


ご著者のひとり 吉村均氏は、
このサイトにも書き込んでくださったことが
ありますので、
みなさまもご存じかもしれません。


この書は、
「現代仏教塾」という名の講話会での
講演録をまとめたもので、
それぞれ、質疑応答なども付け加えられていて、
講演の雰囲気も伝わってくる、
臨場感のある一冊になっています。


       ◇◇◇


わたし自身は、仏教に首はつっこみながらも、
ここまでの、危機感も、なんとかしよう感もなく、

その意味では、
「現代仏教」とは、縁が遠かったかもしれません。

あらためて、
現代仏教の功罪を意識することになりました。

こうして

ホットな書きぶりと
ホットな情報と
ホットな問題とに

へぇ~、っと感心しながら読んでしまいました。


三人の講演者の先生方は、
それぞれに、現代にアピールする観点や論点を打ち出しています。

吉村均氏は、あまり知られていないチベット仏教の「今」を
紹介することによって
日本仏教のあり方に刺激を与えてくれます。

三木悟氏は、問題意識がもっとも鮮明に出ており、
広い学識をもとに、近代仏教学の見直しと反省を、
力強くせまるものです。

岩井昌悟氏は、初期仏教の研究を中心にして、
現代仏教学者の学説批判と問題点を
確実な文献研究から、指摘しています。


        ◇◇◇


おもしろかったのは、現代仏教学が説いてきた

仏教解釈の反省と批判が、整理されていること。


「ブッダは、輪廻を説かなかったのだ」
とか
「ブッダは、死後を語らなかった」
という説に、はっきりと反旗を翻しています。


また、三木氏は、

「アートマンはない」という意味の無我説は、
近代仏教学の犯した誤りとしています。

かれは、
無我説を否定するあまり、逆に、

輪廻の主体である「霊魂のようなもの」も、
「仮有(仮の存在)」として認める立場を、
主張しているのは、ちょっと、びっくりですが、

無我説の否定から、
このような説も、時代の趨勢なのかと思わせます。


わたし個人としては、この説には、
同意することはありませんが、

無我の説が、否定されると、
反動として、
「アートマン肯定」の説が勢いづく、
というのは、
思想の変遷としては起こりうる、
思想の歴史を見るような思いで眺めています。


      ◇◇◇


さて、議論の中で
もう一つ、おもしろいと思ったのが

岩井氏のあげている 「タターガタ(如来)」に

かかわる議論です。

十難無記といわれる、ブッダの答えなかった説の中に

「如来の死後」についての議論があります。


「タターガタ」は死後生じるか
「タターガタ」は死後生じないか
「タターガタ」は死後生じ、かつ、生じないか。
「タターガタ」は死後生じるのでもなく、
生じないのでもないか。

これら四つの質問に、ブッダは答えなかった
というものですが、

それに関して、

「タターガタ」を「衆生」と解する解釈がある

という点に触れています。
近代の仏教学者たちの多くが採用したところです。

このことを最初に主張したのは、
ブッダゴーサという五,六世紀の人物だと
岩井氏は指摘しています。

そうなんですか。知りませんでした。

「衆生」という読みをとって、
ここから、
ブッダは、輪廻については無記であった
とする学者も多くいるのですが、

この点を、岩井氏は、問題視して、

「タターガタ」は「如来」と本来の意味でとった方が、
よいのではないか、と述べています。

ここは、
わたしも、たいへん興味深く思いました。


かつて、宇井博士、赤沼博士が、
「タターガタ」を「人」と解釈したと
説明がなされていました。


わたし自身も、この点を、
もう少しはっきりさせたいと思っています。


今のところ、わたしは、
「タターガタ」は「如来(=ブッダ)」と解釈した訳しか
出していませんが、

実は!

この「タターガタ」を、「衆生(サッタ)」と解しても

原理的には、ありうるか、とも思っているのです。


どうして、そう思うかは、詳しく検討して、
まとまったら、論じてみたいと思います。

       ◇◇◇


さて、話しをもどして、
このご本について、よく考えてみますと、

この書、けっこう過激、とも言えますが、

でも、近代を越えて、今、現代の

熱心な仏教の研究者たちが

何を考えているのか

ということを

熱く語ってくれた

現代仏教の法話講座

として、現在と未来の仏教に

大きな意義のあるものと言えましょう。

まあまあの、山型となりましたね。

この書、また何年か経ってから、
読んでみると、どうなっているでしょうか。

求められている仏教というのは、
でも、いつの時代も変わらないのかもしれません。

時代に合わせた教えであると同時に
いつの時代でも成りたつ仏教をめざしたいですね。


この書の姿勢も、現代仏教批判だけではなく、
そんな時代を超えた仏教を求めようとする姿勢も、
見え隠れしているように、思いました。


熱い著者たちに、乾杯!

とはいうものの

ひどいお天気で、また、春の雪。
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せっかく融けてきたのにね。


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