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2015年3月1日 - 2015年3月7日

2015/03/07

こよなき幸せ、大きな幸運

昨日(3月6日)は、朝日カルチャーセンターの一日講座の日でした。

何か、いろいろ、悶々としながら予習して、
不安をかかえて、お話してきましたが、
結果的には、おもしろかったというご感想をいただいて、
よかったです、ほっ!

講座の前の腹ごしらえじゃ。

高級感いっぱいの豪華なパンケーキだ!
Dsc01091s
レモンがさわやかでとてもおいしかったんだけど
晩ご飯に食べましたら、あとで、お腹すきました。

やっぱ、じみに、400円のもりそばにすればよかったかなあ。


なんて、話しより、

「 こよなき幸せ、大きな幸運 」

のタイトル、気になりますよね。


             ◇◇◇


一日講座のタイトルです。
『スッタニパータ』の、第二章4の経典の題名は

岩波文庫『ブッダのことば』の、中村訳によれば

「 こよなき幸せ 」

となっています。

特別、何も問題がないような気がしますよね。

内容的にも、おかしくないし、
どこからも文句の出ない訳のようでもあります。

どんなお話しかって?


ブッダと神さまの対話です。

神さまに「最上の幸福」を尋ねられて、
ブッダが次々に答えていく、という内容です。

たとえば、259の詩では、こんな風。
=====
愚かな者に親しみ近づかず、賢い者に親しみ近づくこと、
そして、尊敬供養すべき者を尊敬供養すること、
これが、最高の(=こよなき)幸せです。
=====

ふうん、なるほど、って感じですよね。


心の中にふか~~い感動がぁ~

別に

ひろがり


ませんよね。


意外と、地味目に展開していく
この経典。

ですが、自分で訳してみて
びっくり仰天。

どんどん、仰天、あら、仰天。

この経典、
題名が、

マハー・マンガラ・スッタ
(大吉祥経)

という名前なのです。

「幸福」とか「幸せ」とか訳されていたことばは、

マンガラ

という語なのです。

「マンガラ」

ってのは

「吉祥なこと」「幸運なこと」
つまり
縁起のよいこと

って、いう意味で、

ふつうには、

「おみくじ」「まじない」「占い」「運勢」

がかかわる範疇なのです。


そんな意味だったのね。
「最高に運のいいことって、なんすか」
みたいな質問だったのだわ。


        ◇◇◇

Dsc01088s
これは、メニュー表。
立体感があって、パンケーキが浮き出てみえますね。
本物より、おいしそう?


おっと、パンガラ、じゃなくて、マンガラマンガラ
神さまの質問にもどりましょう。


そこで、答えたのが、ブッダ。
259は、こんな意味になるのです。
====
愚かな者に親しみ近づかず、賢い者に親しみ近づくこと、
そして、尊敬供養すべき者を尊敬供養すること、
これが、最高の幸運です。
====

こうして、わたしは、「最高に運のいいこと」について、

あれこれ、あれこれ、お話したのです。


まあ、いろいろあるんだけど、
日記なので、

わたしの受けた衝撃はどこか、ってことを、
お話して、簡単にまとめます。


259の二つをじっとみて比べていくと、


自己をもつ、つまり、エゴをもつ

ということが、どういうことか、わかってきます。


「こよなき幸せ」と訳している方には、
自己や自我があるのが、わかりますか。


幸せは、自分でつかむもの。
自分が導くものだと思っている。

愚か者とつき合わないこと  も
賢い者とつき合うこと     も
供養すべき人を供養すること も

みんな自分が決めて、そんな風に行える
という意識が、どこかにある


だから、


そうできることは、こよなく幸せなことだ

と思うのです。

そうしない人もいる、できない人もいる、
でも、自分でがんばれば、
そうでないことは可能だ

幸せは、歩いてこない
だ~から、歩いていくんだね ♪

ふつうの歌だと思ってたけど、
そんなに、ふつうでもなかったのかも。。。


       ◇◇◇


ブッダは、それら三つのこと

愚か者とつき合わないこと  も
賢い者とつき合うこと     も
供養すべき人を供養すること も

そうなれるなら、とてもラッキーなんだよ

と教えるのです。


自分だけで、決めたからといって、
愚か者とつき合わないことができるとは限らないのです。

だって、だって、自分が愚かなら、

どうしても、
自然に

いい人で賢いなあ、とか思いながら

愚か者とつき合っちゃう、ことも、あるだろね。

その都度変化するできごとを、
きちんととらえられなければ、
愚かか賢いかの判断も容易ではありません。

縁起の理法を知らないときは、
論理学は西洋が一番だ と思ってました。

愚かだったけど
自分では、「やっぱ、勉強すると賢くなる」って、
心底思っていたのであったった、いたた。

ブッダの法に出合えた
龍樹の論に出合えた

これは、人生、最高のラッキーだった。

まったく、3億円の宝くじにまさるラッキー度!

ありがとう、ありがとう
かみさまほとけさま。。ん(?)


     ◇◇◇


縁起的に見るならば、
あらゆるできごとには、原因がある。

多くの原因や条件が一緒になって
結果を作っていくのです。

もし「わたし(自分)」というのがあるとしても、
それは、条件の一部にすぎない

自分がしっかりすることも大事だが、
それだけでは、世間を自由にわたっていけないのです。

分かるでしょう。

望む結果を得たいなら、
多くの条件を組み合わせて、
そこを操って、結果へと進まなければなりません。

操る、って今書いたけど、
ほんとには、操られる、ってのも、入ってる。

そのやり方を、ブッダは、

中道

って、言ったんだ。
エゴを出さない道だね。
いろいろ組み合わせて自然にうまく行く道だけど、
そうする道を選ぶ方法が、

「中」の道    なるほどなぁ。


誰でも、できごとの縁起(因縁)を
すべてわかるわけではないのです。

だから、

望んだことが、誰でも手に入るわけではないのです。


そう知るならば、


愚か者とつき合うことなく
賢い者とつき合って
供養すべき人を供養できたら

その時

あなたは、最高にラッキーだ

と知ることでしょう。


人間に生まれることはむずかしい。
ブッダに出合うこともまたむずかしい。

Dsc01094s
お、満月だったのか。

満月の夜に、満月のような「ラッキーな法」に出合えて

マハー・マンガラ で スッタ

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