« 2014年11月30日 - 2014年12月6日 | トップページ | 2014年12月21日 - 2014年12月27日 »

2014年12月14日 - 2014年12月20日

2014/12/16

「創世記」と「宇宙開闢の歌(リグ・ヴェーダ)」

苫小牧と札幌を行ったり来たりしてました。
Dsc00940s

駅前のバス停です。多少雪があります。
Dsc00942s

広い大地に、電車が行く。
Dsc00944s
乗っているのはわたしだけ。

おや、ここは、まったく雪がない。
Dsc00950s

広いなあ、道路も。車も人も少ないので、よけい広い。
Dsc00949s

だけど、札幌では、大雪になりつつある、って。。
Dsc00954s
どういうことだ。


       ◇◇◇


一神教を勉強しています。
旧約聖書(新共同訳)

「創世記」=======
天地の創造
1.1 初めに、神は天地を創造された。
1.2 地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。
1.3 神は言われた。
   「光あれ」
   こうして、光があった。
1.4 神は光を見て、良しとされた。神は光と闇に分け、
1.5 光を昼と呼び、闇を夜と呼ばれた。夕べがあり、朝があった。第一の日である。
===========

「光あれ」とことばを発すると、光があった、というところに、
ロゴスの宗教であることが、見えてきます。

ことばとものは、きちんと対応している。
光を昼と呼んで、闇を夜と名づける。
そこから、夕べと朝があった、のです。

おもしろい世界の作り方のような気がしてきます。
ことばと共に、ボンボン、ものが、「あった」のです。

混沌の地と、深淵の闇は、まだ、神の支配を受けていませんね。
水の上を神の霊がすべっていくようです。
そこに、神は秩序をもたらしていきます。

そんな感じがします。

混沌と深淵と水というのが、
神に支配さるべく用意されているように思われます。

スッキリした世界創造だという気がします。


       ◇◇◇


それでは、インドの世界創造も見てみたい。
『リグ・ヴェーダ』でも見てみよう。(辻直四郎先生訳)

「宇宙開闢の歌」(10.129)======

1 そのとき(太初において)無もなかりき。有もなかりき。
  空界もなかりき。その上の天もなかりき。何ものか発動し、
  いずこに、誰の庇護の下に。深くして測るべからざる水は
  存在せりや。
2 そのとき、死もなかりき。不死もなかりき。夜と昼の標識
  (日月・星辰)もなかりき。かの唯一物は、自力により風なく
  呼吸せり。これよりほかに何ものも存在せざりき。
3 太初において、暗黒は暗黒に覆われたりき。この一切は
  標識なき水波なりき。空虚に覆われ発現しつつあるもの、
  かの唯一物は、熱の力により出生せり。
================

リグの哲学思想の最高峰と、辻先生は述べています。
これは、たしかに、わたしも、最高峰かもしれないと思います。
ブッダにも通じていくような気もしてきます。

「無」も「有」も、ないところから、はじめる開闢とは、
こんな風に描かれるのか。

「かの唯一物」は、自力で呼吸する自存者とでもいえるでしょうか。
そして、熱の力とは、タパスで、苦行者のうちに発するものです。
つまり、自分で発熱して生まれてくるんですね。


旧約聖書とは、ほんとに、ずいぶんちがいますね。


「かの唯一物」とは?

インドの思想は、この宇宙開闢の歌に、
たしかに、極まっているかもしれない。。

自力で発熱して、
意欲が唯一物に現れる、と次に書いてあります。

4,5を飛ばして、6から行きます。

============
6 誰か正しく知る者ぞ、誰かここに宣言しうる者ぞ。
  この創造(現象界の出現)はいずこより生じ、
  いずこより(来たれる)。
  神々はこの[世界の]創造より後なり。
  しからば誰か[創造の]いずこより起こりしかを知る者ぞ。

7 この創造はいずこより起こりしや。そは[誰によりて]  
  実行せられたりや、あるいはまたしからざりしや、
  ― 最高天にありてこの[世界を]監視する者のみ
  実にこれを知る。あるいは彼もまた知らず。
================

どう見ても、ブッダの涅槃と重なってくるのですが、

どう思います?

また、

どう見ても、ブッダの輪廻とも重なってくるのですが、

どう思うでしょうか。

まえまえから、何か、
ひっかってしようがなかったんだよね。

インドのあらゆる思想は、この開闢の歌を基本として、
展開されてくるのではなかろうか。


旧約聖書の「創世記」の

> 「光あれ」
> こうして、光があった。

をじっと見つめて、
ここに西洋思想の原点があるんだ、と思ったら、

『リグ・ヴェーダ』の「無有歌」ともいわれる
「宇宙開闢の歌』が、
こんな風に、見えてきました。


「宇宙開闢の歌」を全部、書いてみましょうか。
岩波文庫の辻直四郎訳『リグ・ヴェーダ讃歌』です。

===============
「宇宙開闢の歌」(10.129)  

1 そのとき(太初において)無もなかりき。有もなかりき。
  空界もなかりき。その上の天もなかりき。何ものか発動せし、
  いずこに、誰の庇護の下に。深くして測るべからざる水は
  存在せりや。

2 そのとき、死もなかりき。不死もなかりき。夜と昼の標識
  (日月・星辰)もなかりき。かの唯一物(中性の根本原理)は、
  自力により風なく呼吸せり(生存の徴候)。
  これよりほかに何ものも存在せざりき。

3 太初において、暗黒は暗黒に覆われたりき。
  この一切は標識なき水波なりき。
  空虚に覆われ発現しつつあるもの、かの唯一物は、
  熱の力により出生せり(生命の開始)。

4 最初に意欲は歌の唯一物に現ぜり。
  こは意(思考力)の第一の種子なりき。
  詩人ら(霊感ある聖仙たち)は熟慮して心に求め、
  有の親縁(起原)を無に発見せり。

5 彼ら(詩人たち)の縄尺は横に張られたり。
  下方はありしや。上方はありしや。
  射精者(能動的男性力)ありき、
  能力(受動的女性力)ありき。
  自存力(本能、女性力)は下に、
  許容力(男性力)は上に。


6 誰か正しく知る者ぞ、誰かここに宣言しうる者ぞ。
  この創造(現象界の出現)はいずこより生じ、
  いずこより(来たれる)。
  神々はこの[世界の]創造より後なり。
  しからば誰か[創造の]いずこより起こりしかを知る者ぞ。

7 この創造はいずこより起こりしや。そは[誰によりて]  
  実行せられたりや、あるいはまたしからざりしや、
  ― 最高天にありてこの[世界を]監視する者のみ
  実にこれを知る。あるいは彼もまた知らず。


==========

原典を読んでみなくちゃいけないな。

日記が、備忘録みたいになってきちゃった。

ところで、最近、ほんとにヨレヨレです。
まえからだろ、って?

前にもまして、完全に限界を超えんとす。
どうなる、管理人?

我も知らず。。リグ・ヴェーダ風です。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

« 2014年11月30日 - 2014年12月6日 | トップページ | 2014年12月21日 - 2014年12月27日 »