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2014年5月4日 - 2014年5月10日

2014/05/05

「ある」は、執着のあかし。。ああ無常

やっぱり、春は桜ですね。
あっという間に咲いて散ってしまうから
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毎年、やっぱり、桜の写真をアップしてしまうなぁ。
はかないものは美しい。

こちらもはかないキバナノアマナという草本。
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ほんとうに一時現れて、あとは他の草にうもれてしまいます。
なかなかキレイに撮れないのも、悲しいです。

        
        ◇◇◇


ちょっと、学問について、小考察してみます。

近代の学問というのは、
主観ということを排除して、
客観ということを重んじてきたのです。


できるだけ、普遍性を追求していこうとする態度が、
この客観重視の傾向を生んできたのでしょう。


科学の言語は、数学であるのも、ここからきています。
また、
論理学も、数学的なやり方を取り入れて
機械的に割り出すような手法がとられました。

だから、

数学的な記号表記が、論理学でも取り入れられたのです。

論理的であることは、客観的である

と自負をもっていわんとするかのようです。

現代記号論理学
数学的論理学

などと名前がついているのも、客観重視の現れだと言えます。


ですが、数学的に分析する方法は、はるか昔、

すでに、ブッダが見出し行っていたものでもあります。

           ***

ブッダは、
日常表現で語る言語と、
ブッダの教えを語る言語を、
使い分けています。

★日常表現においては、重要なのは語順です。
語る順序に、その人の気持ちが表れます。


★教えを語る言語において、重要なのは有無(肯定・否定)でしょう。
あるとないに、その人の見解が顕れます。


こういう二つの★の表現は、
正しいのか正しくないのかわからないけど、

世俗諦と第一義諦という二つの真理から見ると
そうそう外れていないようだ。

日常表現では、語順を大切にする因果を語ります。
教えを説く表現では、見解を離れる空を語ります。


ほらね、うまくおさまるので、合っているみたいだ。


そして、これらの二つの表現には、
主観や客観という分類は、合わないように見えるのです。

主観であるといえば、主観である
客観であるといえば、客観である

だから、主観・客観にかかわらないので、
ブッダの教えは学問的ではないのでしょうか。
どうなんだろう?


            ***

でもね、最近思うのは、

っていうか、

前々から思ってたことだけど


学問に欠かせない「見解」というのには、執着が絡むよね。。。。


うーーーーーーーーーーん、


学者には、欲や怒りや、なんやかやの心があって、

それが、見解を特徴づけるのではないか?

という考えが浮かびます。

客観性を重視する姿勢だけでは、
どうしようもないほど、
執着というのは、目に見えにくく現れにくいのではないか

という気がします。


学者というのは。。自分も学者のなれの果てなので、
言いにくいけど、

しがみつきたがる

という習癖があるのではないだろうか。。。どうなん??


さあ、どこに、その「しがみつく心」は、潜んでいるのだろう。


それは、語ることばの中に潜んでいるのだ!


きゃー、こわっ!


どんな風に潜んでいるかというと、

概念、という形で、
単語の中に、ドンと居座っていたりする。

「概念」というのを持ちだしたら、
次にくるのは、
「存在する(ある)」ということである。

たとえば、牛の概念を考えよう。
四つ足で、白黒まだらで、モ~となく動物。

かりに、これが、牛の概念とするなら、
こういう動物について、そういう動物は「いる」、と言いたくなるでしょう。

だって、ほら!
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どう見ても、「牛はいる」と言いたくなってしまう。

いないと言われると、余計に「いる」と言いたくなる。


牛は実在するのだ!


と、説くとき、見解が生まれ、もうそこには客観性も見えるのです。

認識によって、確かめることができるから。


こうなると、どこに執着があるというのだろう。
確かめられるじゃないか。

見えるでしょ?


こうして、「客観的である」という信念と共に
思いの中にことばの中に

執着が、牛の形をとって、現れるのです。


ほんとに、「牛がいる」と思うことが、執着の心だったなどと、
誰が気づくだろうか。


こうして、あらゆる学問は、「ある」もの「いる」ものを探し求めて
発展してきたのです。


「ある」は、執着の証。。。なのかぁ

よし、一気にいこう!
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桜にレンギョウ、しだれ柳は ある  のか ないのか

やがて消えていくものは、いとおしい。

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