« 2013年2月17日 - 2013年2月23日 | トップページ | 2013年3月10日 - 2013年3月16日 »

2013年2月24日 - 2013年3月2日

2013/02/27

一粒の麦死なずば。。。 輪廻の謎

130223_152351
いったん除雪が入って、こんなんなりました。

ずっと前から、ここは、こんなんです。
130223_152432
ずっと寒かったので、雪が落ちそうで落ちません。

ではっ、っと


キリスト教の方から、輪廻についての、ご質問があったので、
お答えしてみたいと思います。

===============
一神教では、得られないものが出て来ると言う「輪廻」とは
一体どのような「仕組み」^^なのでしょうか?
===============

「仕組み」ということでいうならば、
わたしは、その「仕組み」の現れている文は、
これだと思います。

キリスト教の場合

その仕組みは
「輪廻しない」という仕組みです。

イエスのことばがあります。

(ヨハネによる福音書12章23-26節)
============
「人の子が栄光を受ける時が来た。
はっきり言っておく。

一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、
一粒のままである。
だが、死ねば、多くの実を結ぶ。

自分の命を愛する者は、それを失うが、
この世で自分の命を憎む人は、それを保って永遠の命に至る。

わたしに仕えようとする者は、わたしに従え。
そうすれば、わたしのいるところに、わたしに仕える者もいることになる。
わたしに仕える者がいれば、父はその人を大切にしてくださる。」
=============


「一粒の麦が、地に落ちて死ななければ」

ふつうなら、どうなるのでしょうか?


★輪廻にあるわたしの、単純な頭では、
一粒の麦が、地に落ちて死ななければ、  

芽が出る

と、思います。

しかし、

★イエスは、述べます。
一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、

一粒のままである。


究極には、このちがいに帰着すると思います。

輪廻する場合、「死なないならば」 生ずる(変化する)
輪廻しない場合、「死なないならば」変化しない(生じない)


ここを解明すれば、その「仕組み」として
輪廻すること と 輪廻しないこと の違いがわかる、と思います。


★★イエスの場合★★

地に落ちた死なない一粒は、そのまま変化しません。
何も変わらない。

変わるためには、何かがいります。

死ぬことです。
この死ぬことは、ふつうの「死」ではないようです。

死ねば、多くの実を結ぶのですから、
死は、特別のことがらのようです。

次の文によって、わかります。

自分の命を愛する者は、それを失うが、
この世で自分の命を憎む人は、それを保って永遠の命に至る。

「死」とは、自分の命を憎むことで、
それによって、永遠の命を得る、といわれます。

つまり、

麦は、みずから発芽する力はなく、
麦は、命を憎んで、差し出すと (死ぬと)
麦は、永遠の命を得られる

ここで、麦にできることは何かを考えます。

麦には、「死ぬこと(=命を差し出すこと)」を選ぶことができる
それによって
麦には、多くの実り(永遠の命)がある

「死」の選択が、麦にできることです。

ここに、「多くの実り」を与える 原因は、別にいることがわかります。

おそらくは

第一原因である父(神)が、「死」を選択した麦に、永遠の命を与える

のだろうと、推測できます。

どのような「死」を選んでいるのか、そこが、問題になります。
麦には麦の悩みがありますね。。。


       ◇◇◇


第一原因(父)があるとき、「輪廻」ということは起こりません。

「死」の後には、断絶があり、
第一原因が働かないと
何も起きません。

「死」の後に、確実に第一原因である父(神)が作用してくれるのかどうか、

そこに、「謎」があるので、一神教が生まれます。


もし自動的に、神が働くならば、人間の意志に神が従うことになるからです。
そうなれば、神に対する「謎」はありません。

神を信ずることにより、それを最大の条件として、「復活」は起こるのです。

というより、起こると期待されるのです。

あくまで、父(神)はが第一原因だからです。
「信仰」の強さをはかるのも父です、もち!

「復活」するのかしないのか、すべては、父なる神の御心のまま。

         ◇◇◇

一方、

★★輪廻するわたしの場合★★

一粒の麦が、地面に落下して、死なないならば、

ごくごくふつうに観察すると

その麦は、落ちた地面の諸条件により、うまくすると、

発芽するでしょう。

発芽したら、育っていって、うまくすると、
多くの実り(麦)をもたらします。

ここに、輪廻の「仕組み」があります。


「死なない」とは、ここでは、ごくふつうに考えますと、

発芽能力を残す

ということで、

「生ずる」可能性をいうでしょう。


つまり、輪廻する場合も、
この場合の「死なない」とある「死」は、
やはり、特別のことがらのようです。

なぜなら、

麦は、みずから発芽するのです。
みずから生まれる存在で、みずから枯れる存在で、
みずから地に落ちる存在です

地に落ちると、「死なない」ので、
発芽するのです。


麦の畑を観察する人は、このように見るでしょう。

このくりかえしを「輪廻」と呼ぶ、といってもよいでしょう。

『ダンマパダ』325
============
大食らいで、眠りたいときには、ごろごろ転げ回って寝る、
眠り多き愚鈍のものは、
大きな豚がえさで育てられるように、くりかえし母胎に赴く。
============

これですね。。輪廻って。。。。うわっ  すごいわ、この表現。。。


い、いやだ、こんなん、
何とかしたい、と思っても、

地に落ちると、「死なない」ので、生まれます。


うわーっ、「生まれたくない」、
ええっと、「ちゃんと死にたい」(何ですか、これ) (これが、「死」ですね)

と思っても、つまり、輪廻したくない、と思っても


生まれないこと(不生)


へ向かう「仕組み」を知らないので、

一粒の麦は、くりかえし発芽してしまうのです。


        ◇◇◇


ここに、ブッダ登場です。

ここで大事なテーゼがあります。
法の眼を生ずる大事なことばです。

「何であれ、生ずる性質のものは滅する性質のものである」


この一文によって、生まれてきた麦が、
再び生ずることがない、という状態に なれることを、
みずから知るのです。

生じたものは、滅するのだ、と、知ります。
滅すれば、「死なない」とは言えないでしょう。


『ダンマパダ』348
===========
348 前を逃れなさい、後ろを逃れなさい、中間も逃れなさい。
生存の彼岸に到達した人、あなたは、
あらゆるところで心解脱しており、
再び、生まれることと老いることにいたることはないだろう。
===========

わかったよ、
一粒の麦は、うなづくのです。

自分の力で、前も、後ろも、中間も逃れると、
生存から、逃れられるのです。

父(神)はいない、んだから、自分でやれよ、って。
自己を中洲とし、自己をよりどころとせよ、ってよ。

わかったよ、
一粒の麦は、
身を粉にして。。。(小麦粉になりそ)
みずから、滅するように、精進するのです。


麦は、みずから発芽する能力をもち
麦が、欲を厭って、解脱すると
麦は、滅する(=再び生じない)

ブッダは、麦の先生にすぎません。
自分で輪廻してきたのだから
自分で脱するのです。


       ◇◇◇


「輪廻」の仕組みは、

このように、
「輪廻しないこと」の仕組みからも、
推し量って
知られます。

それと、
あるがままに観察することによっても、
知られます。

観察と推論の二つを使って、
輪廻の「仕組み」も知られるのです。

唯一なる神をもたないブッダの教えは、
この世界をあるがままに見て、
そこから知られることによって、
問題を解決していきます。


「輪廻」は、形而上学として、あるのではない、のです。


種々さまざまな見解や意見があって、
入り乱れているとしても、

みずからの生き方を見つめるものには、
必ず、答えが見つかるでしょう。

天にいるネコも
130226_200535

地に横たわるネコも
130226_200752
ひとしく、
ひとしく。。。一粒の。。(ひとつぶか、これが!)。。麦粒です。

輪廻してるにせよ、してないにせよ、

大きな太った ひとつぶの 麦粒には、かわりません。

それにしても、ひとつぶ5kg。。って!

ちょ、ちょっと、ごろごろしていると
『ダンマパダ』325のようになっちゃうよぉぉ

| | コメント (64) | トラックバック (0)

« 2013年2月17日 - 2013年2月23日 | トップページ | 2013年3月10日 - 2013年3月16日 »