« 2012年9月30日 - 2012年10月6日 | トップページ | 2012年10月14日 - 2012年10月20日 »

2012年10月7日 - 2012年10月13日

2012/10/07

『手放す生き方』は、手放せないかも、おい!

あいかわらず、確実に忙しい管理人です。こんにちは!
昨日は、何にも悪いことをしていないのに(泣)、
補講でした。

月曜日が、祝日で休講だからです。

土曜に補講をするくらいなら、
祝日でも、正規の月曜に授業をしてほすい。。

月曜から土曜まで、スケジュールがいっぱいなのだ。
ちょっとでも狂うと、転落しちゃうのだ。。。

でも、何とかやりくり。。学生さんも、休んでる子が多いなあ。
仕方ないよね。

っと、小さいぐちをこぼしたところで

でも、でも、いいもの見つけましたょ。

小さい秋を見つけました、大学で。
121006_151909

どれだけ小さいかというと
これだけ。
121006_152023
左側に、ちょっと赤く見えるのが、小さい秋です。


さて、ようやく、書こうと書こうと思っていたこのご本をご紹介。

やっぱり、良いぃ~

アーチャン・チャー著 ジャック・コーンフィールド/ポール・ブレイダー[編]
星飛雄馬/花輪陽子/花輪俊行[訳]
『手放す生き方』 (サンガ文庫)

Image

単行本で、すでに出版されているので、ご存じの人も多いかもしれません。

わたしは、今回はじめて読みました。

アーチャン・チャー長老さまについては、
テーラワーダ仏教の月刊誌『パティパダー』の中に、
連載されていたので、すでに存じ上げていました。

長老さまの書く瞑想の記事は、たいへんにすばらしく、
いつも、心密かに、楽しみにしていました。

今回も、しみじみと読んでみて、
やっぱり、心が静かになっていくと同時に、

自分の瞑想(?)についても、
ずいぶん安心できるところがありました。

実は

自分は瞑想しているのかどうか、よくわかっていなかったのですが、
長老さまの瞑想を読んでいると、すごくよくわかるのです。

何がよくわかるのか
と聞かれてもわからないのですが、
でも、長老さまの書いていることが、
すごく腑に落ちるのが不思議な感覚です。

自分も、よく知らずに
瞑想のようなものをしてきたのかなあ、と思っています。


         ◇◇◇

ご本の内容は。。

仏法が、瞑想の形をしている、と言ってもいいかもしれません。

読むと、

仏法が、非常にシンプルになっているように思われるのですが、
実際に、我が身をふりかえると、それは錯覚だとわかります。

シンプルに語れるほど、よくよくわかっているのだと、知るのです。

個人的には、非常に微妙なところが知りたいのです。

ですから、後ろの方に行けば行くほど、
一字一句が、もう、沁みてきます。

不思議なことに、なぜか『大智度論』が、浮かんできます。

長老さまの悟りの場面を、あげてみるよ、すごいです。


====
そうして時が過ぎていきましたが、強い信(サッダー)と、
育ちゆく智慧とともに、わたしは瞑想を続けました。
やがて、だんだんとわたしは瞑想の自然なプロセスを
観察するようになりました。
…略…
 そんなある日のことでした。一日の修行の最後の時間帯に、
私はしばしば夜の十一時頃、歩行瞑想をおこなっていました。
思考はほとんど生じませんでした。そのとき、私は森林僧院に
滞在していたのですが、
遠くの村からお祭りの音がかすかに聞こえてきました。
歩行瞑想を終えると、私は疲れたので、自分の小屋(クティ)に戻りました。
小屋に戻り、床に座ろうとしたとき、
「すばやく足を組んで座る姿勢になれないな」という気がしました。
私の心は、自然と深い瞑想状態に入ることを求めているようでした。
それは、ただひとりでに起こりました。
私は「なぜ、このようなことが起こっているのだろう?」と自問自答しました。
床に座ったとき、私は心の底から静謐になっていました。(pp.276-7)
=====

次は、一番、『大智度論』と同じ匂いがするところです。

====
枕が頭に触れたとき、心の内面に向かうような変化がありました。
私はそれがどこで生じたのか分かりませんでしたが、
電気製品のスイッチを入れるような変化が私の内面に生じ、
大音響とともに私の身体は木っ端みじんに砕け散りました。
気づきは、限界にまで純化されていました。その地点をすぎると、
心の探究はさらに深まっていきました。
心の内部には、まったく何も存在しませんでした。
触れられるようなものが、何もないのです。
しばらく内部でとどまった後、気づきはやがて止まり、私は引き戻されました。(p.278)
====

ふーーーん、読めた!。。ような気がしてきます。。何か、読めそうな匂いがするのです。

おそらく、
アーチャン・チャー長老さまは、思想的には、空をよく了解したのではないかと思います。

本の中には、さまざまなところで「空」が語られています。

無常・苦・無我が強調されるのでは、と思うのですが、
ですが、長老さまの説くところは、空を指しているように見えます。
だから、『大智度論』が彷彿とされるのかもしれません。

おもしろいです。

経験したことのないことが、書かれているはずなのに、
なぜか、どこかでわかるような気がする、そんなことが書かれています。

何度も何度もくりかえして読む瞑想の本になりそうです。

現代のことばで書かれた経書、

というのが、わたし自身の位置づけです。

良い本が、たくさん出版されて、
わたしたちは、幸せですね。

121006_151936

やれやれ、やっと書けて、ほっとしました、ほっ。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2012年9月30日 - 2012年10月6日 | トップページ | 2012年10月14日 - 2012年10月20日 »