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2011年11月6日 - 2011年11月12日

2011/11/11

いるだけでいい人

001
以下の物語(?)は、先週のある日のできごとです。

====

地上は、雨がばらばら降ってきたので
地下の歩行空間にもぐりました。
そこには、こんなオブジェが展示されていました。
おしゃれですね。

今日は、ちょっと時間があったので、
ビッグイシューのKさんのとこによってみよ。

Pic_cover
寒くて、時折、すごい風と雨がたたきつける最悪のお天気。

Kさんは、わたしを見て、ものすごく喜んでくれました。

「しばらくぶりですね」っと、わたし。

「こんな天気だから、お客さんは通らないし、
もう意地で立ってたんですよ。
ああ、うれしいなぁ。やったぁ。
立ってたかいがありましたぁ」

ひぇ~、そんなに喜んでくれるなんて!
ただ、ちょっと立ち寄っただけなのに。

もう、手放しに喜んでくれるんで、
こっちも、うれしくなって、
二人で、雨がばらばらたたきつける中で、
ビルの下で雨を避けつつ
楽しく会話に花を咲かせてしまいました。

「やっぱり、ちゃんとサボらず立っていないと
お客さんは、ちゃんと見ていますから」

「どうせ、長続きしないんでしょ、みたいなことを
言われることもあります」

「3ヶ月立ち続けて、ようやく買ってくれたお客さんもいました」

ふうん、たいへんなのねぇ。
でも、わかるかな、やっぱり、「売るぞ」っていう熱意だよね。
一生懸命がんばっていると、誰かしら手をさしのべてくれる。

そういえば、わたしも、Kさんとこに寄ってみよ、っと思うのも、
いつもの場所に絶対立ってる、って信じるからだものね。


それにしてもねぇ、居るだけでこんなに喜ばれるなんて!

なんて幸せなんでしょか。
別に、何もしてない。
たいした役にも立ってない。

なのに、こんなに喜ばれるなんて。


おお、わたしは、居るだけでいい人。。。

ん?

ちょっと、なんか抵抗ある表現かな。

居るだけで、良い人  (これならいいけど)

いるだけでいい人   (とりえなし)

いるだけぇ、の人ぉ~。。(ちょっとさびしいかな)


そういえば、表紙が、斉藤和義氏。
これも、うれしいね。

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2011/11/08

輪廻列車は銀河鉄道をひた走る

001
何とはなしに、線路というものは、いいもんだ、

って、気がするな。

でも、先日、線路にひび割れが見つかったとかで、
ずいぶんダイヤが乱れて、列車は1時間も遅れました。
いろいろあります。


    +++

線路と、
最近はまってる宮沢賢治と、
そして、
引き出しの中から出てきた星座早見表。

この三つが合わさって、「銀河鉄道の夜」
という物語のことを思い出しました。


頭の中では、ずっと「銀河鉄道の夜」のお話が鳴り響いていますが、
書いてる文章は、次のようです。
あんまり、関係ないかな。。

    +++

線路は、途切れちゃ、用をなさないように、
人の一生も、途切れては、用をなさない。

人の一生というより、生類の生涯って、言った方がいいかもね。


輪廻の長い線路は、どこまで続くのだろう。

人は、死んでも、いつもこの世界に戻ってくる。

死んでも死んでも死んでも死んでも、この世界に戻って、
似たような生涯を送ってしまうのだろうね。


===
生まれ生まれ生まれ生まれて生(しょう)の始めに暗く
死に死に死に死んで死の終りに冥し
===
(空海『秘蔵法鑰』)


そのとおりだよね。


よく、

「前世のことは記憶がないのだから、
輪廻してても、この一生しかないのと同じである。
だから、輪廻を考えることは意味がない」

とも、聞くけれど、ほんとにそうだろうか。

輪廻していると知るならば、前世がどんなであるか、なんて、
自ずと知れちゃうことではないだろうか。

よく、

「死んだことないから、死んだ後どうなるかなんて、
わからない。だから、考えても意味ない」

とも、聞くけれど、ほんとにそうだろうか。

生まれてきたら死ぬとわかっていれば、死んだ後どうなるか、なんて、
自ずと知れちゃうことではないだろうか。

    +++

この世の中、善いことなんて一つでもあっただろうか、って
考えてみると
たいして善いことも起こらず、変わり映えしないのが毎日である。

そんな毎日を積み重ねて、やがて死を迎える。

あり得ないような、珍しいことなんて、何にも起こらない。
奇跡なんて、起こるのが奇跡なんよ。

つまりね、
起こることは、原因があって起こることしか起こらない。

寂しい話だけど、みんな結果なんて、想定内のできごとばかり。。

原因もないのに、起こったものは、見あたらないし、
また、そんなものが起こっても困ってしまう。

そうなると、生まれてくるには原因があるとわかる。
そうなると、死ぬにも原因があるとわかる。

    +++

このことを知らないので、

「生の始めに暗い」
「死の終りに冥い」

と、言われてしまうのね、空海さんに。

こうして、無知の闇の中で、
原因を知らないまま、
因果にしたがい
おのずと輪廻しちゃうわたしたちなのです。

    +++

今、生きていること、そのことが、もうすでに輪廻の証のようなものである。

原因があるから、生まれて、今生きている。
原因があるから、生きている者は、死んでいく。

だから、

原因を知ったものは、生を乗り越え、死を乗り越えられる。

輪廻の線路がどうなるのかは、その人だけが知っている。

    +++

暗い銀河の世界をひた走る銀河鉄道は、
人々の生と死を運んでいく、
どこまでも行く輪廻列車のようです。

主人公ジョバンニは、永遠のさいわいを探しに行こうと、
カンパネイラに話しかけます。
「僕たち一緒に行こうねえ」

ところが、カンパネイラは消えてしまいます。
胸を打って泣き叫びますが、そこら辺がまっくらになったように感じるだけなのです。

眼を開けて、ジョバンニは、眠っていたことを知るのです。
そして、現実の世界に戻って
カンパネイラが川に落ちていなくなったことも知るのです。

    +++

ジョバンニは、この輪廻する世界の中で、一人で幸いを
探しに行かなきゃらない。


かれの行く手は、こんなかな。
003

誰でも、輪廻の列車に乗ったものは、一人で行く。
一人でどこまでも出かけて、
線路の先がどうなっているのか確かめに行くんだね。
みんなの幸いを探し求めて。

    ***

話は、一応まとまったかしら。。。ね。

「銀河鉄道の夜」は、悲しい輪廻のファンタジー。
銀河鉄道から、現実に落ちて、
いつもあたりまえに苦しく悲しいことだけ起こることを知るのです。

だけど、救いは、永遠の幸い。ジョバンニのことばは心強いね。

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